「ただいまキッカ」
「お帰りヒロ!……って、ケガしてるじゃん!手当するからこっち来て!」
「いや、これくらい大丈夫」
村の周りでモンスターを倒しまくって、ある程度お金を稼げて来た。
家庭菜園で使える作物を増やし、朝に農業、昼に魔物狩りをして資金を稼ぐ。
居候の身なのだからお金を払おうかと思ったが、キッカはまったくお金を受け取ろうとしない。
どうしたもんだか。
「でも……」
「それなら、今日覚えたコレを使おう。『ホイミ』」
腕に出来た傷を手のひらで隠し、魔法を発動させる。
手をどかすと、ズッキーニの槍でちょこっと裂かれた傷はもう無くなっていた。
「え……?ヒロ、魔法覚えたの?」
「うん。といっても、教会のシスターには敵わないけど」
「でも凄いよ……。そのままでも強いのに、回復魔法まで覚えちゃうんだもん」
「強いって……まだ足りないよ。アーニーさんに勝てるようにならないと、旅は出来っこない」
魔物を倒していてわかった。
この世界、意外と命がけだ。
魔物は世界中に生息して所構わず子孫を増やすが、人間はそうはいかない。
成長スピード人間と違って早く、その日見逃したベビーパンサーが翌日キラーパンサーになって追いかけられたこともある。
『どうのつるぎ』
この世界に来てアーニーさんに貰ってからずっと使い続けてる剣だ。
劣化が激しく、一度鍛冶屋に打ち直して貰ったほど。
アーニーさんは新しく買ったらしい『兵士のつるぎ』を見せて来て、「もういっそのこと兵士のつるぎ買っちまえよ」なんて言ってたけど、そっちの方が安上がりだとしても俺は打ち直しを選択するかな。
「……やっぱり、旅に行く気は変わらないんだ?」
「うん。ここで過ごすのは楽しいけど、やっぱり故郷に帰りたいしね。それに、いい加減独り立ちしないとキッカにも悪いし」
「私は構わないっていつも言ってるじゃん!」
「でも、なんか申し訳なくなる。男ってのは、そういう生き物なんだよ」
「……っ。わかんない。男って」
キッカは洗い物を残して階段を駆け上がり、自室に閉じこもってしまった。
……どうしたもんかな。
旅には出たい、けどキッカがあそこまで止める理由がわからない。
俺は居候だ。キッカも貯金を見直してうんうん唸っていたし、俺は早急に居なくなるべきだ。
どうにも居た堪れない気持ちになって、家を出る。
夜風が衣服を煽り、髪の毛が揺れた。
「いらっしゃい───ヒロじゃないか、よく来たな」
「おやっさん、少し商品見せてもらっていいかな」
「どうした改まって。別にいいよ、ヒロには魔物の素材とかやくそうとか、色々と卸してもらってるからな」
この村の人はみんな親切だ。
俺はただ、恩返しがしたくて魔物を狩っているというのに。
魔物の素材だって、そっちが買い取ってるんじゃないか。取引なのだから感謝される言われはないはず。
『やくそう』『5G』
『キメラのつばさ』『15G』
ここの道具屋の商品は安い。
魔物狩りで遠くに行って商人に話しかけられたとき驚いた。
やくそうは10Gで売っているし、せいすいに関してはシスターの作るものほど透き通ってない。
シスターは基本無料でせいすいをくれるし、お金に困った時だけ、格安の15Gで売ってくれる。
この辺りの魔物だとスライムが一番多いし、スライム一匹につき2、3G。
一番お金を落とすドラキーは8G。
かなりお得だ。
そんな中、値段の割に汎用性の高い、お得な商品がある。
『兵士のつるぎ』『150G』
どうのつるぎよりも攻撃力が高く、売るときは80Gで売れる。さらに軽い。
コレを持ったら旅の始まりとも唄われる剣で、村のみんなもだいたいこの剣を背負って村を出るという。
そして、現在の所持金。
『382G』
とっくのとうに買える。
これなら剣だけでなく、盾やぼうぐまで揃えられそうだ。
……旅、か。
どこから行けばいいのかわからないし、そもそもこの世界の住人じゃない俺が、果たして旅なんてできるのだろうか。
でも、やってみないと始まらないし……。
いっそのこと、ここで暮らそうなんて考えが頭をよぎる。
でもダメだ。光穂を置いて来た。
家族も心配だ、いまだ行方が知れない奏治や凛だって……。
……もしかして。
この世界に奏治や凛がいる?
だとしたら、合流すれば……!
……。
いや、へんな勘ぐりはよそう。
俺は運がよかった。
魔物が弱い地域にたまたま来ただけで、奏治や凛までもがそうとは思わない。
もしも、奏治たちが、魔物が強い地域に送られたとしたら。
………想像もしたくない。
「……本当にどうしたんだヒロ?それ欲しいのか?」
「えっ?ああ、ごめん。ちょっと考え事をね」
「まあいいが……キッカちゃんを泣かすようなことだけはやめろよ」
「……うん。わかった」
「キッカちゃんは良い子だよなあ。美人だし、面倒見が良いし。ウチの息子の嫁に来て欲しいとこだが……お前がいるからなぁ」
俺がいるから?
あぁ、成る程。
キッカの居候になってる俺がいるから、キッカがどこかへ行きづらいって話か。
「大丈夫ですよ。近いうちに旅に出ようと思うので、そのときに嫁に迎えれば」
「…………はぁ?」
え、なんすか。
「……そんな素振り見せないキッカちゃんもキッカちゃんだけど……察してやれよ」
「だから、居候の俺がいるからキッカが嫁に行けないって話ですよね?だったら早めに俺が出れば……」
「バカヤロウっ!」
理不尽だろ!?
おやっさんの雷はメチャクチャ怖いので逃げるように店を出る。
結局兵士のつるぎは買えなかったな。
どうしたもんかな。
とりあえずは、キッカに最初に案内されたところ。
村を見渡せる高台に、行ってみるとしようか。
◇
「ホントに、バカ……」
少女は枕を濡らしていた。
胸が締め付けられるような感覚に、抱えた枕を強く抱いてしまう。
父親は魔物狩りに出て帰って来なくなり、母親は病に侵され目の前で動かなくなった。
そして不運にも、初恋の人ですらこの村を離れるという。
支えという支えが全てなくなり、整理しきれなくなった行き場のない感情が、雫となってこぼれ落ちる。
「行かないでよ、ヒロぉ……」
父親のくれた強かさ。
母親のくれた明るさ。
それらで固めるには、キッカの負担は少々大きすぎた。
今に思えば、と今まで溜め込んできた感情が一気に流れ出す。
最初に会ったときは単純に心配だった。
魔物に木の棒一本で立ち向かうところに強かさを感じた。
周りを巻き込んで笑う姿に明るさを感じた。
農業を始めると、魔物を倒すと言った、なにかを成し遂げようとする姿勢に───ときめきを感じた。
半月。
それだけで、十分に成長したと思う。
料理の腕を上げ、農業の知恵を蓄え、子供の扱い方も彼と一緒に学んだ。
それもこれも、彼をこの場に留めるため。思い入れのある場所にさせるため。
今までの頑張りが泡になりかけていることを身近に感じ、少女は一人、泣くのであった。