少女は泣き疲れて眠っていた。
しかしそれは、下の階層から聞こえてくる物音に起こされた。
「……帰ってきたんだ」
お腹を空かせて夜食を求めてはいないか、まさか村の外に出て魔物に怪我を負わされていないかと、一抹の不安が少女を襲う。
だが、立ち上がる気力がない。笑顔など出せそうにない。
今の自分にただできるのは、枕を抱きしめて泣きじゃくるのみ。
それが不甲斐なくて、情けなくて。
もしヒロがこの村を出るときも、泣く事しかできなかったら───?
怖かった。
自分には彼の旅についていく力はない。
近所のいたずらっ子にも「おれがもつよ!」なんて言われて、重かった瓶を軽々と運ばれたのだから。
どうにか行動に移さなきゃ。
行かないでって言わなきゃ。
でもそれができなくて、歯がゆくて───。
『キッカ』
「ッ!?」
『……返事はしなくていいから、聞いて欲しいんだ』
ドアの向こうに、彼がいる。
『俺さ、勇者になったよ』
「……?」
『絵本で出てきた勇者。これで、俺も旅に出る大義名分が出来た』
「………………」
『兵士のつるぎも買ったんだ。お金も少しならある。旅には……いつでも、出られる』
「………………」
『明日出るよ』
「……っ」
『キッカに迷惑かけたくないし。だから……さ』
「…………」
『今まで、ありがとう』
「ッ……」
『え?寝てるとか無いよね?これ独り言だったらだいぶ恥ずかしいんだけど』
誤魔化すような声。
少女は、扉を開けていた。
「あ……キッカ」
「っ!」
「ちょ!?」
ヒロの胸に飛び込んだ。
暖かい少年の体温が、服を通して伝わってくる。
「……行かないで」
「……キッカ」
「ずっと一緒に暮らそうよ!危険なことしないでよ!どこにも行かないでよ!心配させないでよぉ!」
「あの、な。キッカ、俺はその、勇者で……」
「勇者になったから何?なんで旅に出ないといけないの?」
「それは……」
「わかんないよ!ヒロの言ってることが、全然わかんないよ!」
自分の発言が、ヒロをこの上なく困らせていることはわかっている。
しかし、それ以上に、ヒロが遠くへ行ってしまうことが怖かった。
「キッカ」
不意に、上から声が投げかけられる。
「信じられないかもしれないけど、俺、この世の生まれじゃないんだ」
「え……?」
「あ、アンデッドとかそういう意味じゃなくてな。こう……異次元というか、別世界というか……。とにかく、この世で生を受けたわけじゃないんだ」
「…………?」
「だからその、この村でどれだけ調べても、多分、帰る方法は見つからない」
「だったら……!」
「でも、ここで燻ってるわけにもいかない」
見上げた少年の顔は、複雑な感情を宿していた。
「俺は、帰らなきゃいけない。まだあっちでやり残したことが沢山あるんだ。だから、あっちに帰ってから、ここに住むよ」
「帰れる方法なんてあるかどうか分からないじゃん……」
「行く方法があったんだから、帰れる方法もある。もし、あっちに行って戻ってこれなくても、そのときはあっちで方法を探すよ」
「でも……」
「大丈夫。大丈夫だから」
頭に、手が乗せられた。
大きなその手が頭を撫でる感触は、いつ以来だったか。
父親がよく自分にやってくれた、キッカを落ち着かせるための行動。
それが懐かしくて。
「うう……ああ……」
「大丈夫」
少女は、再び泣き出してしまった。
「ぜっだい……帰ってぐる……」
「うん。約束。もしかしたら冒険に行き詰まったとき、息抜きにここに来るかもしれないよ?」
「待ってる……待ってるがら……」
「うん。……うん」
一晩中、少女は泣いた。
おんおんと、泣き疲れて眠るまで泣いた。
少年は、いつまでも泣く少女をただひたすらに抱きしめていた。
そして夜があけた!