『…ppp』
カチ。
聞き慣れた電子音の方角に手を伸ばし、いつもと同じような感触のスイッチを押す。
時間だ。
デジタルの時計は、午前四時を表示しており窓の外もまだ暗い。
自分のタンスからいつも使っているジャージを取り出し着替えた。
★
外に出て固まっている筋肉をゆっくりとほぐす。
伸ばされている筋肉がエネルギーを生み出し熱に変わっていく。
「はぁ」
足首、膝、腰、背中、腕、それぞれをゆっくり伸ばしさらに体温を高め、意識を切り替えていく。
普段の頭ではない。
もっと深く、頭の中の記憶を出す。
恐怖、怒り、緊張、苛立ちそれをすべて体に思い出させろ!
ブルンと体が震えた。
頭の中心、そこから何かがあふれ出し体にゆっくりと浸透していく。
体も軽くなり、吐く息が白くなる。
わかる。
体の感触が、細かく動く筋肉が、流れている血が。
地面を思い切り蹴飛ばした。
「…」
それを誰かが見ているとも知れず。
★
「はっはっ、はぁっ」
どれほど走っただろうか?
トレーニングというにはありえない、距離、時間、速さすべてちぐはぐな走り方。
「はぁ」
すでに来ていたジャージは汗で色が変わり長い髪は濡れていた。
大人も倒せるように、相手が武人であろうと倒せるように。
陸上選手より早く、空手有段者より強く、東大王よりも賢く。
相手が誰だだろうと立ち回れるように。
うまく映画の敵たちに勝てるように。
子供に重荷を背負わせることのないように。
まだ足りない、まだなんだ、まだ足りないんだ。
公園のベンチに横になり映画の知識を思い出す。
どれもこれも子供が巻き込まれること自体がおかしい事件事故。
それに巻き込まれることがほとんど決まっている自分。
打てる手はすべて打たなければならない。
あの子たちに不安を抱かせてはいけない。
「えほっ、かふっ」
歯を食いしばり体を起こす。
俺に休む暇なんてないんだ。
さぁ家に帰ればドラえもんに頼んでいた重力空間での筋トレだ。
『お前すげぇよ!』
…まだあの頃には足りないんだから
★
「お兄さんはなぜ体を鍛えているんですか?」
昼過ぎ、いつものように本を読んでいると覗き込むようにかぐやちゃんが私に問うてきた。
どうやらのび太達は、しずかちゃんたちの所へ行っているようだ。
「聞いてどうするんだい?」
本を閉じてかぐやちゃんへと向き合う。
「…わかりません。ですが、お兄さんが何かに逃げているように見えました」
だから、逃げているのになぜ鍛えているのかと。
そうつなげるとかぐやちゃんはこくんと頷いた。
どう答えたものかな。
ロボットといってもこの子は人間と同じだ。
食べ、学び、考え、そして答えを出していく。
体も人と同じか。
育ち、老い、死ぬ。
恋もすれば結婚もする。
どう答えたものかなぁ。
「そうだね、確かに逃げてはいるよ。けど、鍛えているのは逃げるのをやめて戦うためだよ。戦い、守り、最後に散るためだ。そのために私は鍛えている」
かぐやちゃんは顔を横に振る。
「…わかりません。生きるためではなく死ぬために鍛える。私には理解できません」
「理解しなくてもいいさ、けどそういう人間もいるんだ」
私は不安がっているかぐやちゃんを安心させるために頭を撫でた。
「貴方の考えを私は好ましくは思いませんが…私はこの行為は好ましく思います」
「そう、それはよかった」
目をつむり撫でられるのを受け入れるかぐやちゃん。
きっとそこには自分とは違う純粋な気持ちがあると思うとひどくうらやましかった。
「…やっぱりたらしだよ」
「…早すぎない?」
「君とのび郎君じゃ格が違うってことだよ」