ふたりぼっちのかみさま   作:きせのん。

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寒くて動けません


かみさま、おつかいに行く。

 あたしの手に黒い箱が渡される。箱といっても木でできておらず固い。箱の一面からは黒い筒が飛び出し、その先端には硝子がはられている。小さな両手で持つと、ずしりと重かった。見上げるとあたしよりずっと背の高い女の人が立っている。

 

 ──ありがとう、おかあさん!

 

 あたしの口が勝手に動き、元気な声が発せられる。

 

 ──大事に使うんやで

 

 〈おかあさん〉と呼ばれたその人は、優しく笑ってあたしの頭を撫でた。

 女の人の髪は白銀色で長く、かろうじて着物を着ていることしかわからない。全体的に姿がぼやけている。

 

 ──うん!

 

 あたしは大きくうなずいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくと真っ暗な部屋の隅に座っていた。隣で、ハクレイのミコが布団に潜り気持ち良さそうに寝息をたてている。外からは秋の虫の涼しげな声が聞こえてくる。まだ真夜中なんだろう。

 

 ──あぁ、またこれか。

 

 ずっと前から変な夢を見ることがある。同じ内容の夢を、何度も繰り返し見ている。夢の中ではなぜか自分の体が思い通りに動かない。誰かに操られたみたいに、ひとりでに動いてしまう。夢の主人公はあたしのはずなのに、自分事として感じられない。

 

 でも、その時の感触は妙になまなましく覚えている。さっき女の人に撫でられた感覚もそうだ。

 胸の中にあたたかくふわっとしたものが入ってきて、ゆっくり流れ出てゆく。そしてあとにはほのかに胸を締め付けるような痛みが残る。夢から覚めるといつもこうなるのだが、この感覚をなんと呼べばいいのかわからない。別にわからなくてもいいけど。所詮夢なんだから。

 

 だんだん瞼が重くなってくる。腕に顔をうずめているうちに、やがて眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 〈辞典〉という便利な書物がある。新しい家〈ハクレイじんじゃ〉の蔵で見つけたものなのだが、この書物にはさまざまな言葉とその意味が同じ場所に書かれている。つまり、知らない言葉があればこれで調べられるというわけだ。分厚く重さもかなりあるけれど、役に立つ本だと思う。まだまだわからない言葉が多いので、ここで人間と暮らす以上たくさん知っておかなければならない。

 

 ハクレイのミコに簡単に字を教わってから、手始めに〈かみさま〉と引いてみた。線が複雑に入り組みわけのわからない字(カンジというらしい)が混じっていたので、彼女に読み上げてもらった。

 

 『神(かみ)・・・・・・信仰の対象として尊崇、畏怖されるもの。』

 

 うーん。いまいちピンとこないが、何か〈すごいもの〉というのはわかった。こう見えて、あたしは案外「すごい奴」なのかもしれない。

 ついでに〈じんじゃ〉〈みこ〉も調べてみた。

(『ハクレイ』はなぜか載っていなかった)

 

 『神社(じんじゃ)・・・・・・神をまつるための施設。』

 『巫女(みこ)・・・・・・神に仕える女性。』

 

 へぇ、彼女はあたしの召し使い的存在らしい。あんなにケチそうなのに、昨日しぶしぶながら泊めてくれたのも納得できる。

 

 

 辞典をぱらぱらめくっていると、彼女がこちらを振り返った。なにかしてくれるのかな?

 

「ねぇ、縁側の落ち葉すごいから掃いといて。あと草むしりも」

 

 

 

 

 

 ──ったく、なんであたしが神社の掃除なんか・・・・・・。

 竹箒で乱暴に落ち葉を掃きながら、心の中で毒づいていた。ここが神社だって言うからいろいろ世話してもらえる、なんて期待してしまった自分が馬鹿だった。

 

 縁側の開け放たれた戸から、ごろ寝しているケチ巫女が目に入った。美味しそうな食べ物の写真つきの本を読んでいる。

 箒を持つ手に力が入る。神のあたしに仕事を押しつけサボっている彼女が許せない。

 しかし残念なことに、あたしは彼女にどうこう口を出せる立場ではない。不満ならどこか別の場所に行ってくれ、と一蹴されて終わりだろう。

 悔しいのは山々だが、このことについてくよくよ考えたところで事態が変わるわけではない。今やるべきことは与えられた仕事である。早く終わらせよう。

 

 

 

 

 

 腹いせに蹴った石は、すぐ横を流れる小川に落ちていった。

 今あたしは神社を出て人里に向かっている。道の脇には、青空と対をなすように桃色の花がたくさん咲いていた。でもそんなものを眺める気分にはなれない。

 

 掃除を終え、畳で休もうとすると人間の里で野菜を買うように言われ、地図と小銭、覚え書きを渡されたのだった。覚え書きを確認すると、[大根、人参、ごぼう]の字と、細長い実のような物体が三つ描かれてある。

 「今日の夕食にするから」とケチ巫女は言うが、どれも山で目にしたことなどない。あたしはこんなもの食べない。全てこの人間が食べるものだ。もう完全にあたしが召使いである。

 

 あたしを家に置いてくれた彼女には、もちろん感謝している。神社も山の中にあり、思ったより静かでいい。だけど巫女にこき使われるのはごめんだ。他人にあれこれ指図されるのは好きでないし、神として恥ずかしい。

 どうにかしてお金をかせいで、とっととこんな所出ていこうと思った。そのほうがお互いのためになるだろう。彼女にとっては厄介者がいなくなるわけだし、あたしもまた山でのんびりできる。

 

 

 

 

 

 しばらく歩いていくと視界が開け、壁に囲まれた里が見えてきた。色々な店が軒をつらねており、あちこちから威勢のいい売り子の声が飛び交う。山暮らしのあたしにはうるさく感じる。

 

 さっきから道行く人間に見られている気がする。周りが見たこともないものばかりでキョロキョロ見渡していたために、ぶつかってしまったのもある。でも、一番の理由はあたしの服装が他の人と明らかに違うからだと思う。神しかこういう服装をしないのかもしれない。長い袖とすそのついた厚めの布を体にまとっている人が大半だ。靴も素足の下に板をしいたようなもので、板の先の方にある紐に爪先を通している。悪くないけどなんだか動きにくそうだ。

 

 目的の店に行くのに思ったより時間を食ってしまった。人間の栽培する植物──野菜を買うんだから〈野菜屋〉という看板をさがして歩いたのだが、見つからない。何度も同じ場所を往復していると魚屋のおやじさんに声をかけられた。覚え書きを見せると、それは〈八百屋(やおや)〉で売っていると教えてくれた。そしてようやく到着できたのだった。

 

 

 

 

 

 お金を渡して大根とにんじん、かぼちゃを受けとる。たったこれだけの作業。会話しなくていいので楽チンだ。持ってきた買い物袋につめて店を出た。山にはない食べ物がたくさんあり、しばらく留まりたい気持ちもあったがやめにした。嫌でもここにはまた来ることになるだろう。

 

 来た道を引き返す途中、一軒の店に目がとまった。飾り物の店らしい。台の上には金具のついた小さな花や、先がふさふさの紐がたくさん置かれてある。隣の女の人が鏡の前でそれらを一つずつ髪につけていた。人間は体にいろいろくっつけるのが好きなようだ。

 あたしも一つためしてみようか。目の前の花飾りを手にとった。黒髪に鮮やかな赤がよく目立つ。たしかに、何もないより自分が映えて見える気がする。鏡の中の口元が少しほころんだ。

 

 「ねぇ、あのキラキラ買って!」

 

 後ろで甲高い声がして思わず振り向いた。小さな女の子が横のおばさんにだだをこねている。

 

 「こら、静かにしなさい」

 

 女の子が指さしているのは、透明な石のついた指輪だった。明かりに照らされきれいに輝いている。値札に書かれた金額は他の品物と比べてずばぬけて高い。

 そのときなんの前触れもなく、頭の中にある考えがポッと現れた。我ながら名案だ、と思わずほくそ笑む。

 

──自分の首飾りは、高く売れる。

 

 そう思うと、いてもたってもいられなくなる。半ば駆けるようにして神社に戻った。

 

 

 

 

 

 神社の階段のところでケチ巫女とすれちがった。どこか心配そうな顔つきである。

 

「遅かったじゃない!道に迷ったの?」

 

 道草を食ったのもあるが、せいぜい数分。八百屋を探していた時間の方が長い。『八百屋に行け』って書いといてほしかった。

 

「ま、ちゃんと帰ってこれたからいいけど」

 

 二人一緒に帰宅した。

 

 ケチ巫女が野菜を持って奥にひっこむのを見届けて、蔵へ急いだ。宝石を入れる箱を探すためだ。見栄えがいいほうが人間も買う気になってくれるだろう。ケチ巫女はあまり出入りしていないのか、ここはホコリで充満している。床にうっすら足跡が見えるほどだ。今朝もここに入ったけれど、大量にホコリを吸ってしまった。だから手っ取り早く見つけたい。四半刻ほどガザゴソして小さな白い箱を発見した。

 

 居間に帰って、まず濡らしたちり紙で箱と宝石を拭いた。あとはこの首飾りを入れるだけ。暗い場所で不思議な色に光るので気に入ってたけど、家を買うためだ。しょうがない。

 首から外そうとするが取れない。紐が短すぎて頭を通らないのだ。紐に金具がついているか見たがそれも見あたらない。

 いったい最初どうやってつけたんだろ?

 

 仕方がないので、紐を切って宝石だけ売ることにした。宝石の方に価値があるのであって、紐はおまけのようなものだから大丈夫だろう。あたしの鋏じゃでかすぎるので、机上にある小さいのを使わせてもらった。紐が固いのか、鋏の切れ味が悪いのか・・・・・・。何度も切ってみるけど、手応えなし。力を入れてやってみても同じだった。紐は全くの無傷、むしろこのまま続ければ、先に鋏の方がダメになりそうだ。

 

 早く帰れると思ったのに・・・・・・。やる気がなくなり、畳に大の字になる。なんだかお腹も減ってきた。多分ケチ巫女は自分のごはんしか作らないんだろうなぁ。というかこの調子だと、あたしが作らされるのだろう。悔しい。

 

 

 

 

 

 (ふすま)が開いて、奥からケチ巫女が顔を出した。食欲をそそる匂いが流れてくる。

 

「お待たせ、ご飯よ~」

 

耳を疑う。あたしの分まで用意したとでも言うのか。

 

「何をそんなに驚いてるのよ?ほら、並べるの手伝って」

 

 ケチ巫女について隣の台所に行くと、食事の乗ったお膳が二つ置かれてある。

 片方のお膳を指さし、自分を指さした。

 

 「そう、それがあんたの」

 

 ケチ巫女が答える。ちゃんと作ってくれてたんだ。

 お盆の中に、あたしが買ってきた大根を刻んだ料理を見つけた。刻み大根だけでなく、全体的に野菜を使った料理が多い。山暮らしだったあたしのことを考えてくれたのだろう。

 食卓に湯気のたつ夕食を全部並べて、あたしたちは向かいあって座った。ひとと一緒に食べるなんて初めてだから緊張する。

 

 

「いただきます」

 

 彼女にならって手を合わせ、食べはじめる。まず小皿に入った植物の種に手をつけた。豆という名前らしい。

 汁を一口飲んで、ケチ巫女が口を開いた。

 

「思ったんだけど、貴方って〈外の世界〉から来たの?」

 

〈そとのせかい〉?あたしからすれば、〈外の世界〉はこの神社も含め、住んでいた山の外を指している。

 正確な意味はわからないので首をかしげておく。

 

 

 ここは〈幻想郷〉と呼ばれる場所で、人間以外にも妖怪や妖精、鬼などいろんな種族が住んでいるらしい。〈幻想郷〉は山に囲まれていて、山の向こう側の世界のことを〈外の世界〉というそうだ。普段は幻想郷と外の世界を行き来できないが、何らかの理由で外からこっちに来る人がいるんだって。

 

 〈すまふぉ〉、〈じどうしゃ〉、〈とーきょー〉

──彼女が羅列したこれらの言葉。全て外の世界にあるものらしいが、あたしにはさっぱりわからない。

 

「だってその格好、どう見ても外の世界のじゃない。少し前に、あんたがいた山辺りから〈幻想入り〉してきた人がいるのよ──ってあんた、何も知らないのね・・・・・・」

 

 食器と一緒におかれている二本の棒を一緒に握って豆を刺していると、ケチ巫女の手が伸びてきた。

 

「〈お箸〉はね、こうやって持つの」

 

 親指、人差し指、中指で片方をはさみ、もう一本は残りの指の上に置かせた。そして自分ので器用に豆を一粒つまんでみせた。あたしも真似してやってみるけれど、力加減がなかなか難しい。はさめたと思ったとたんに豆はつるんと宙を舞い、盆の上に落ちてしまった。

 

「ちょっとずつ慣れてけばいいわ」

 

 彼女が微笑む。

 

 「それで、さっきチョキチョキ音がしてたけど何切ってたの?」

 

 首飾りの石を見せてから親指と人差し指で輪を作った。

 

「宝石・・・・・・お金?売りたかったのね。あんたはお金の心配しなくていいわ。私の責任だから。それは持っときなさい」

 

 ケチ巫女はおもむろに立ち上がると居間を出ていき、大きめの瓶を持って戻ってきた。その中には片手ほどある結晶が入っていた。

 

「これは〈霊石〉っていって、強いエネルギーが秘められているらしいの。最近妖獣が暴れまわる事件が何度か起きたんだけど、その妖獣たちがこの欠片を持ってたの。欠片どうし一緒に置いとくと、くっついて力も強くなるみたい。レア物だって聞いたから、もっと大きくすればきっとものすごい値段で売れるはずよ!そしたらあんたに良い祠を買ってあげるわ」

 

 結晶について語る彼女は楽しそうだった。それだけでは飽きたらないようで「ほら、きれいでしょ?」と言って瓶を渡してきた。さすがレア物、思わず見とれるほど美しくも妖しい輝きを放っている。あたしの首飾りがすごくショボく見える。外側は曇りなく透き通っているけれど、よく見ると内側にいくにつれ濁ってゆく。この濁りが石の力なのかもしれない。

 

 ──ジリジリッ・・・・・・!

 

 瓶を落としそうになった。

 何もしてないのに結晶が動いたように感じたからだ。

 怖くなって瓶を返した。ケチ巫女が受け取ってからもう一度見てみたが、ぴくりとも動かなかった。気のせいか。

 

 

 「話が長くなっちゃったわね。さあ、冷えないうちに食べましょ」

 

 箸をとり、あたしはまた豆と格闘するのだった。

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