Become a hero 作:餅きな粉
「キリトくんッ! スイッチ!!」
「ああ!」
少女の掛け声に合わせて、俺は勢いよく駆け出した。目の前には自分より何倍も大きな巨獣の姿。顔は虎で体は人間のような、現実離れした怪物だ。
ソレは俺の背と同じくらいの木製の剣を持って、少女と相対していた。
「はぁああああああッ!」
少女は覇気を纏ったかけ声とともに手に持つレイピアを振りかざす。刀身に光が宿る。
繰り出されるのは目にもとまらぬ速さの連撃、それは瞬く間に鋭い閃光となった。
「グギャァアアアアア」
悲鳴ともとれる咆哮をする巨獣。
攻撃を終えた少女はこちらにチラリと目をやり、そのまま俺と入れ替わるようにして後方へと退避した。
バトンを受け取った俺は手に込める力を強め、剣を大きく振り上げた。少女と同様に俺の剣にも光が宿り、体が自然と動き始める。
「くらえぇええええッ!!」
大きくのけ反った敵の胴体をそのまま垂直に切り下す。振り切った瞬間、再び力を籠め直し今度は切り上げ、再び下げる。そして最後に刃を深く突き刺し、跳躍するかの勢いで切り上げた。
片手剣スキル『バーチカル・スクエア』、絶大な威力を持った垂直四連撃は巨獣を完全に捉えていた。
「グ、グガガガ....」
苦し気なうめき声を上げて、巨獣は沈黙する。表示されたHPバーはこちらの攻撃に遅れて減り始め、ついにはゼロとなった。それと同時に姿を青い光の塊へと変え霧散する。
____はずだった。
生命の光を失っていた巨獣の目に炎が宿る。劈くような雄たけびを上げて、俺めがけ手に持つ巨大剣を振り下ろした。
「クソっ、不屈持ちだったか!?」
予想外のスキルに慌てて回避行動を取ろうとするも、ソードスキルの硬直時間内であったために体が思い通りに動かない。
「危ない...キリトくんっ!」
ここまでか、そうあきらめかけた瞬間。俺を押しのけるようにして少女は前に立った。
咄嗟の出来事にあっけにとられるも意識はすぐ引き戻される。即座に体勢を立て直すも、敵の攻撃は既に少女の体を捉えていた。
上半身を引き裂くように刀身は少女の体にめり込んでいった。
「____アスナっ!?」
そんな叫び声と共にベットから飛び起きる。体中にびっしょりと冷や汗をかき、呼吸は荒い。典型的な悪夢をみた人間の目覚めであった。
「んだよ和人...朝からテンション高すぎるんじゃないか?」
「わ、悪いな当麻...起こしちまったか...」
俺が起床して間もなく、ベットの下の段からあくび交じりの声が聞こえてきた。どうやら俺の叫び声は同居人の眠りを妨げてしまったらしい。
季節は鬱陶しい暑苦しさに包まれる夏真っ盛り、ただでさえ熟睡の難しい時期なのだ。そんなタイミングでの叫び声は誰だって嫌だろう。
「ふわぁ...まあ早起きは悪いことじゃないからな。和人の思い人さんの名前を知れたわけですし、ここは上条さんも手を打とうじゃありませんか」
「なっ...うちのクラスにアスナなんて女子いないだろ!? 変な勘違いは勘弁してくれっ!」
「ほうほう、つまりアスナさんは他クラスの女子生徒に絞られるわけだな?」
「そういう訳じゃなくてだなぁ!?」
寝起き早々、同居人の話術に翻弄される俺。彼なりにこっちを気遣ってくれているんだろうが、例によってやり方が穏便でない。思春期男子において好きな人の話と勉強の話は禁句だということは彼も重々承知しているだろうに。
「とはいえ、最近うなされてばっかだな。何か思い当たることとかないのか?」
オホンと咳ばらいを挟み、そう聞いてくる当麻。
「それが俺もサッパリなんだ。全く記憶にない人と一緒になってゲームをする。そんでもって必ずその中の誰かが死ぬ...原因は必ず俺ときた...」
脳裏をよぎるのは今朝方みた夢の光景。
少女の上半身が巨獣によって無残にも引き裂かれる。それがゲームの中と分かっていても、まるで現実の出来事であるかのように感じてしまうのは何故だろう。
目の前で失われていくHPがただの数値に思えない。その奇妙な感覚が俺の悪夢をさらに陰鬱なモノへと変えていた。
「和人ってそもそもゲーム自体そんなにやらないだろ? 流行りの実況動画ってやつでも見てたりするのか?」
「バカ言え、俺たちは金がないから同居してるんだ。スマホを買う余裕があれば、すぐにでもこんなとこ抜け出してるね」
「なっ、今の言葉は酷すぎないか!? 俺たちって仮にも親友だよな!?」
目を大きくして驚きの声を上げる当麻。俺は仕返しだと舌を出して存分にからかってやる。二年間を共にした俺たちの距離感は互いにいじり、いじられる。この極めて平凡な毎日がどこか癖になっていることに俺はまだ気づいていなかった。
当たり前のものは失って初めて気づく。俺は数年たった今でも、ふとそう感じるのだった。
_______________________
「不幸だ...理不尽だ...一体どうして俺だけ補修なんだぁあああ!!!」
夏休みで生徒の姿がほとんど見られない校舎に上条の悲鳴が響き渡る。今日は特に長期休暇の初日であったために校内はとても静かであった。
勉学の成績がよろしくない友人は絶賛補修中。そんな彼を横目に、俺は担任の小萌先生の方へと向き直り手をあげた。
「はいっ、桐ヶ谷くん! 発言を認めますっ!」
小さい体でビシッと俺を指さす先生。相変わらずその姿はとても自分よりも年上とは思えないほどに幼いものであったが、人間は慣れるもので今は全く気にならない。
「先生、当麻が補修を受けるのは当たり前として...」
「おい! 和人! またまた友人を裏切るのかっっ!!!」
血涙でもながしそうな勢いの親友の言葉を右耳から左耳へと受け流し、俺は話を続ける。
「どうして俺までここに呼ばれたんでしょうか? 補修を受けるような成績なんて取ってないはずなんですけど...」
俺の成績は特に良いとはいえないものの、悪いものでもなく中の中。平均も平均のある意味全く問題のない成績であるのだ。そのため、この補修教室に呼ばれる理由が分からなかった。
「ふっふっふ、ようやく聞いてくれましたね...」
首を傾げる俺の様子に小萌先生は待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑った。
「桐ヶ谷くんを今日呼んだのは...なんと、超有名ゲストさんが学校にやって来るからでーす!」
「「超有名ゲスト??」」
突如として先生の口から飛び出した言葉に俺と上条は顔を見合わせ疑問の声を上げる。この学校はこれといって特別な取り組みをしているわけでもないし、何よりも今は夏休みだ。特別講師を招くにしてはタイミングが最悪すぎる。
全く読めない展開に頭の中にははてなマークがいくつも浮かぶばかりであった。
「ゲストさんはなんでも桐ヶ谷くんに会いに来たみたいですよ? 先生もまさかと思いましたが...まあ、詳しくは本人の口から聞くといいのですよ!」
そう言って小萌先生は廊下の方へ目線を向けた。すると、示し合わせていたかのようにスッと教室のドアが開かれた。
そこに立っていたのは....
「か、茅場晶彦...さん?」
一瞬、自分は幻でも見ているのかと思ってしまう。なぜなら目の前にいる人間はあの天才量子物理学者なのだから。メディアに顔を出すことの少ない、真の意味での研究者。俺の古くからの憧れの人物でもあった。
「おや、登場の仕方はこれで良かったのかい?」
驚きのあまり口をパクパクさせている和人を見て、茅場は小萌にそう尋ねる。
「ぐっ!」
小萌は茅場の問いに全力のサムズアップで答えた。
茅場はそうか、と一言呟くとすぐに和人の元へと歩を進める。予想外の出来事に未だ驚きを隠せない和人はそのオーラに圧倒されつつも彼の言葉を待った。
「初めまして、という表現が正しいのかな。私のことは...その様子をみるに知っているみたいだね」
「は、はい! もちろん知ってます! なんたってあの__」
「む、その先は結構だ。君の情熱はもうこれでもかというくらいに理解したよ」
興奮のあまり思いのたけを全てぶちまけようとした和人を落ち着かせるように、茅場は右手を上げる。
「今日君に会いに来たのには理由があってね...ここでは何だから場所を移そう。ついてきてくれ、部屋は既に用意してある」
「わ、分かりました!」
促されるままに席を立つ和人。ツカツカと歩いて行く茅場の後を追うようにして彼は教室を出た。
「な、なんだったんだ....??」
取り残され、この状況に全くついていく事の出来なかった上条はただただポカーンと一連のイベントを眺めていることしか出来なかった。
第一話、お読みいただきありがとうございました!
これからコツコツ書いていきたいと思います。