Become a hero 作:餅きな粉
茅場の後に付いて行くと、学校の応接室へとたどり着いた。
使用される機会に恵まれていなかったのか部屋の中はホコリっぽく、使われていない部屋の独特なニオイがあった。
「楽にしてくれて構わない。そこにあるものを使ってくれ」
そう言って視線を近くにあったソファーに向ける。俺はおそるおそろう腰を下ろした。当然落ち着けるわけもなく、心臓は緊張のあまり鼓動を早め、視線は宙を泳いでしまう。
「コーヒーは?」
「あ、いただきます...」
俺を席に座らせ、茅場は淡々とコーヒーを淹れ始める。それと同時に室内には静寂が訪れた。お湯をコップに注ぐ音だけが部屋の中に漂っている。
「.....」
「.....」
これは、俺から何か話しかけるべきなのだろうか。和人は悩んだ。
超有名学者が自分を訪ねてくるなんていう経験は生まれて一度もない。そもそも、相手がどんな用件でやって来たのかもわからない。
(気まずいな...)
ただでさえ、生徒がおらず物静かだというのに。上条も小萌先生もいなくなり、いざ二人きりになった途端に会話が途切れてしまった。
「えーっと、茅場さんはどうして俺なんかに会いにきたんですか?」
その理由をまだ聞いていなかった。思い出したかのように俺はそれとなく話題をふった。相手の口から語られるのを待っていたが、どうにもこのままでは無言の気まずさに押しつぶされそうであったのだ。
「ふむ...」
突然口を開いた和人に、茅場さんは少しばかり考えるようなそぶりを見せる。コーヒーを淹れる手は動かしたままで彼は次の言葉を選んでいるようだった。
「和人君、君は異世界の存在を信じるかい?」
「異世界ですか...考えたこともなかったですね」
アルバイトと勉強で毎日が終わっていく。たまの休日には当麻たち友人らと繁華街へとストレス発散に遊びに行く。そんな過ごし方の中で異世界の存在ついて考えることなどなかった。
「私はね、異世界は実在すると考えているんだよ。そして、ここ最近でそのことを確信したんだ」
「そのことっていうのは、異世界の存在についてですか?」
茅場さんはこくりと頷く。俺にはどういうことかサッパリ分からなかった。
「5年前、私には北極に行く機会があってね。そこで奇妙なモノを発見した」
コーヒーの入ったカップを俺に手渡し、茅場は目の前の椅子に腰を下ろす。
「透き通るような青、そして特異な発光...それはまさしく未知の物体だった。私たちはこれをテッセラクトと名付け、すぐに研究が開始された」
そう言って茅場さんはタブレット端末を俺に見せてきた。画面に表示されているのは正方形の宝石のような物体。ぱっと見ではとても綺麗なルービックキューブのようだが、テッセラクトは画像越しでもどこか不思議なオーラのようなものを感じさせた。
「研究を進めるにつれ、テッセラクトには人類の技術力を超越した新たなエネルギーを持っていることが判明した。それもワームホールを作り出せるような莫大なパワーだ」
「このキューブにそんな力が...」
ワームホールを作り出せるなんて見かけによらずとんでもないキューブである。もしもこれを制御できれば、それこそ異世界にだって行くことも可能かもしれない...って!?
「もしかして異世界に行けたんですか!?」
茅場さんは異世界の存在を確信したと言っていた。それはつまりテッセラクトの制御に成功し、ワームホールから別の世界へ移動できたという事なのではないだろうか。
興奮気味にそう尋ねる俺とは対照的に、茅場さんはいつも通りの落ち着いた雰囲気で答えた。
「いや、正確に言うならば、異世界をの存在を観測しただけだ。ゲートを開くことは出来たが、すぐに消滅してしまった」
「それでも凄い発見ですよ! それにしても、まだ世間には発表していないんですか?」
これほどの大発見ならば、連日テレビで報道されていてもおかしくはない。だが、俺はこの手の話題について取り上げている番組をみてなかった。
「現状で発表する気はないよ。この事に関しての情報は機密扱いだからね」
「機密って...それじゃあ、どうして俺なんかに...?」
俺はただの高校生であって、天才科学者でもなければ特別な権限を持っているわけではない。そんな奴にどうして秘匿としなければいけないことを話したのか。俺はこの状況がとうとう理解の範疇を超えた。
「そうだね、ここまでの話に君の関係する部分はない。だが___」
本題はここからだ。茅場さんはそう言って話を続ける。
「テッセラクトを研究し、結果として一時的ではあるが異世界へのゲートを開くことが出来た。しかし、ここで問題が起こった。私たちも全く予想していなかった形でね」
問題...それが俺と関係のある部分なのだろうか。ここまでの話でもやはり俺にはよく分からない。が、次に出た言葉に俺は絶句することとなる。
「和人君、君はここ最近の間で奇妙な夢を見るようになっただろう?」
「な...」
どうしてその事を知っているのか。俺はあの夢の話を同居人である当麻以外に話したことはなく、それ故に他人に知られるはずがないのだ。
「君が驚くのも分かる。大丈夫だ、順を追って説明しよう。だが、理屈で分かろうとしないほうがいい。これは私たちの常識を大きく外れている」
「は、はぁ...分かりました...」
何だか頭が混乱してくる。俺はコーヒーを一気に飲み干して、深く深呼吸をし気持ちを落ち着かせた。
「まず初めに異世界の数は一つではない。現状で存在する世界の数を知ることは不可能に近いが、私たちは合計で3つの異世界を観測した。そして、ゲートを開いた瞬間、ほんのわずかな時間ではあるがその3つ世界とこの世界は繋がった」
茅場さんはそう言うと、おもむろに立ち上がり近くにあったホワイトボードに何やら書き始めた。黒ペンで書いているのは誰かの顔だろうか。それにしては随分と輪郭が歪んでいるのだが。
「私たちが生きるこの世界を仮にA世界、ゲートの向こうの世界をB世界とする。A世界には桐ヶ谷和人が存在しているのに対して、B世界にも桐ヶ谷和人が存在している可能性は十分にあり得る話だ」
「しかし、全く同じ人間が同じ世界に存在した場合にどうなるのか。A世界とB世界、本来は独立した存在であるはずの世界が、ゲートを介して繋がることによってどんな影響が生じるのか...」
「私の持つ認識からすれば、2つの世界が別のものであるように、二人の桐ヶ谷和人は別の個体として存在するはずであった。だが、現実に起こったのは信じ難いことに同一化に近しい現象だ。全く別の生き方をしてきた二人の桐ヶ谷和人が同じ存在として成立しようとし始めた____」
茅場さんはその勢いを落とすことなく、数十分もの間ノンストップで語り続けた。
流石に彼の言っていること全てを理解することは出来なかったが、自分に何が起こっているのかだけは理解することが出来た。
要するに、俺は別世界の桐ヶ谷和人に影響を受けているらしい。毎晩見る夢はその別世界の自分が経験した内容に近しいものであり、俺はそれを追体験する形で自分の経験にしているとか。
「おそらく、夢をみるようになって君には変化が起きている。無意識化による自己の変革だ」
「無意識化の変化ですか...そういえば、心当たりが...」
言われてみれば確かに俺には少なからず変化があった。
例えば、今朝の発言だ。俺は自分の見ている夢がゲームの中の出来事であるとさも当たり前のように言っていたが、よくよく考えてみれば俺の知っているゲームは自身がゲーム内に入り込んでプレイするほどハイテクではない。
「また、この現象は誰にでも起こりうるものではない。どういった法則の元に成り立っているかは不明だが、和人君ならば...そう思ってね」
我ながらおかしな推測だ。そう言って茅場は小さく笑った。彼の事をどこか遠くの存在だと思っていた俺はその様子に少しばかり親近感を覚える。
「でも、ちょっと待ってください。どうして茅場さんは俺の事を知っていたんですか? 自分で言うのもなんですが、俺にはこれといって目立つところがないですし...」
「ああ、それは私の夢に君が出てきたからだよ。実は私も夢をみるようになっていてね」
「そういう事だったんですか...って、ええ!?」
俺と茅場さんが異世界では知り合いだった。今のはこういう解釈で間違いないだろうか。
「も、もしかして異世界の俺は研究者だったりしたんですかね?」
俺がみる夢はいつだって見知らぬ仲間とゲームをするというものだけ。この世界と同じ学生なのか、はたまた社会人か。現実世界での自分の状況を知る事の出来る内容ではなかった。
「いや、別世界の君は研究者ではなかったよ。いうならば、立ち位置はこの世界の君と近いと言えるだろう_____」
そうして茅場は俺に自身の知る、別世界の桐ヶ谷和人に関する情報を話してくれた。
俺が成し遂げたこと。俺の仲間のこと。俺と茅場の関係性のこと。それらはまるで漫画やアニメの中の話のような、さながら一つの冒険活劇のようであった。
「ソードアートオンライン、ですか......」
全てを聞き終えた時、俺の心の中に残ったのは意外なことに妙な懐かしさであった。
きっとこの気持ちはもう一人の俺が感じているものなのだろう。あの夢で見た世界は俺にとって、とても大切な世界だったに違いない。
大切だからこそ、俺が見る夢はゲームの夢ばかりだった。そう考えれば納得がいく。
「それにしても、どうして茅場さんはその...SAOを作ったんですか? 俺にはとてもアナタが大量殺人をするとは思えない」
ソードアートオンラインが彼の手によって作られたことで、多くのプレイヤーが命を落とすこととなった。この世界では起こり得なかったことではあるが、その規模から考えても世界的な事件となったことは間違いないだろう。
茅場は少しばかり間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。
「私は...いや、茅場晶彦という人間は、異世界への探究心が核になっている。別世界の私はその為の手段がSAOだったというだけだ。君が思っている以上に私は他者に対して優しくはないんだよ」
「.........」
何も言えなかった。自身のことを語る茅場の顔はとても嘘をついている様には思えなかったのだ。
自分の目的のためなら、他者がどうなろうと関係ない。そんな残酷なことを彼は臆することなく俺に言った。
それがどれだけ恐ろしいことか。学生の俺にだってよく分かる。
「茅場さん....結局、俺には何の用で会いに来たんですか。この世界の俺はアナタの知っているキリトじゃない」
「分かっている。私も別世界の君をこの世界の君に押し付けるつもりはない。が、状況が状況だ。多少の強引さはこの際、見逃してくれ」
「....どういうことなんですか?」
異世界に加えてもう一人の桐ヶ谷和人、こんなおかしな話の流れからくる次なる展開なんてふつうじゃないに決まっている。
直感的に自分手には負えないと確信するも、思いとは反対に俺はおそるおそる茅場にそう尋ねた。
「この世界に異世界の自分が影響を与える、それは君と私で証明済みだ。となると、当然ながら次なる疑問が浮上する。影響を受けているのは私たちだけなのか、ということだ」
「それって....俺たち以外にも異世界の記憶を引き継いでいる人間がいるってことですか?」
俺の言葉に茅場はコクリと頷いた。
まさかと思ったが、考えてみればその可能性は大いにある。肯定するよりも否定する方が難しいくらいだ。
「この現象が一体どんな法則の元に起こっているのかが不明な以上、今の段階で誰が存在の干渉を受けているのかは特定できない。それがどの程度かも分からない。ただ一つ言えるのは、影響を受けている人間の中には極めて危険な人間もいるということだ」
そう言って、茅場は再びタブレットを俺に見せてくる。
そこに表示されていたのは右肩上がりで上昇する棒グラフであった。
「これは私が異世界の夢を見るようになってから、昨日に至るまでの期間に起きた殺人事件数の推移だ。私は犯罪学のプロではないが、この結果が異常だということはわかる。君も知っているだろう、SAOにはモンスターではなくプレイヤーの殺害を目的としていた人間がいたことを」
「.....ラフィン・コフィン」
茅場の言うことに、俺は心当たりがあった。
SAOに存在した最強最悪の殺人ギルド。それこそが
ゲーム内で死ねば、現実でも死ぬ。それを知っていながら100人以上のプレイヤーを殺害した。この世に出してはいけない、殺人に快楽を覚える連中だ。
この連中に関する夢は、俺の見たものの中でもトップクラスの悪夢だ。その内容は一度見ただけで、彼らの声や姿が脳裏に焼きつくほどに強烈なものである。
「和人君、これは私の起こした問題だ。解決の責任は私にある。だが、今は君の力が必要だ....」
どうか、私に力を貸しては貰えないだろうか。そう言って茅場は俺に向かって頭を下げる。
あの天才が俺に頭を下げて頼み込んできた。その事実が、現在の状況の悪さを物語っていた。
俺はただの学生だ。異世界の俺が何をしていようともそれは変わらない。
しかし、それが殺人を止めない理由にはならない。
「....分かりました。俺にできることがあれば、力になります」
こうして、俺は茅場晶彦に協力することにした。
土日書き溜め、次話投稿来週!