帰蝶
俺には生前の記憶がある、いわゆる転生というのをした人間だ。
しかしどうやって死んだのかは覚えていないし、なぜ転生したのかもわからない。
記憶だって突然ふっと湧いて出るように思い出したのだ。
生前の記憶が戻る前までの俺は泣き虫だったが、記憶が戻った今では一切泣かなくなった。
そのせいで今世の父は立派になったと喜んでいたが、母からは気味悪がられてしまった。
それでも直接何かをしてくるわけでもなく、俺もそんな母を特に気にすることもなかった。
俺の家はそれなりの上流階級のお家で、安泰の将来を約束されていた。
将来は静かな田舎に家を建てて、嫁さんと子供を貰って静かに暮らしたい。
………そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。
俺が生まれたのは戦争があっちこっちで行われている戦国時代のど真ん中。
そんな時代にある上流階級のお家と言えば長男は家を継いで戦争に、女は勢力を広げるためにどこかの家に嫁がされる。
俺は長男だし、このままではいつか家を継いで戦争に駆り出される。
まぁ俺将来は大将だし?家も結構大きいからなんだかんだ生き残れるんじゃね?
そんな甘い考えは7歳の頃に初めて見た戦場の風景で一切合切振り払われた。
平原を埋め尽くすほどの大人数が武器を片手に敵を切り裂く。
戦国時代では当たり前の風景。
ふとそんな風景の中、戦場のど真ん中で光り輝く一人の人間が現れた。
そいつがあっという間に数百の人間を切り裂いたかと思えば、剣をいくつも持った人間がそいつを倒した。
その時俺は気づいた。
ここは俺がいたのとは別の世界で、ここではアニメのように不思議パワーを持つ人間がいる事を。
いずれは上流階級のお家に生まれた俺もその不思議パワーを使う人間達と戦わなくてはならないと。
現に戦いに巻き込まれた人間が紙くずのように空に飛んでいるように、いつか俺もああなるという事。
あれ?普通に俺死ぬんじゃね?
そう考えた俺は父に頼み込んで寺へと修行に出る事になった。寺にいる間は戦争云々には巻き込まれず、上手くいけば僧として道を進めるからだ。
元々この時代では子供が寺へと修行に行くなどは当たり前のように行われている。普通は長男以外の次男から下の男が行くものだが、勉学のためだと言えば簡単に了承してもらえた。
そうして父に連れられたのは小さくも大きくも無い、ごく一般的な寺。
出迎えてくれたのは綺麗なお姉さんだった。所々に黒メッシュが入った絹の糸のような綺麗な白髪。僧侶の服に包まれながらもはっきりとわかるほどスタイルのいい体。宝石のような金色の瞳をした今まで見た女性の中でも一番美しいと言える女性。
名前を長尾景虎、通称お虎さんという女性らしい。
お虎さんは俺を笑顔で迎えてくれた。その際父が複雑そうな顔をしていたが、俺に気をつけるようにとだけ告げて家へと帰ってしまった。
不思議に思ったが、寺を案内するお虎さんについて行く内に父の助言はすっかりと忘れていた。
その夜、案内された部屋で明日からの事を考えていると、お虎さんから自室に来るようにと伝言が回ってきた。
明日からの事を話すのかと思った俺はすぐさまお虎さんの部屋へと足を運んだ。
お虎さんの自室についた瞬間、俺はお虎さんに襲われた。
………性的な意味で。
案内されている間、変にボディタッチが多いなとは思っていたが、まさか7歳の子供を襲うとは思っていなかった。
おそらく父が言っていたのは(お虎さんはショタコンだから)気をつけるように、だったのだ。
その日俺は朝まで寝かせてもらえなかった。
次の日、げっそりとした俺とは裏腹に、ツヤツヤしているお虎さんになぜ襲ったのかを聞いてみると……
「特に理由はありません。
ただ其方が『人間らしかったから』でしょうか?」
と言われた。
それから俺はお虎さんに兵法、軍略、文字の読み書き、毘沙門天への祈り方、他にも様々な事を学んだ。その代わり俺は数週間に一度、お虎さんの相手をするという契約を結んだ。
数年後、最初は何処か人外じみた所があったお虎さんは、最初の頃よりは『人間』というものが分かる人になっていた。俺はというとお虎さんにボコボコにされつつもそれなりに強くなったと思う。
毘沙門天の加護もお虎さんに付けてもらったし、これで戦場に出てもそう簡単に死なないと思う。
そう思った矢先、父から家に帰ってくるようにとの手紙が届いた。
何でも今、俺の家がある美濃があの織田信長の父に当たる織田信秀に攻め込まれるかもしれないから、俺を相手の血族と結婚させるので戻ってこい、らしい。
これにキレたのはお虎さん。
織田と美濃を滅ぼしてでも其方は行かせないと物騒な事を言い始めたお虎さんを宥めつつ、了承の手紙を書いて父に送った。
なんとかお虎さんを説得した俺だったが、美濃へと戻る代わりにいくつかの約束事を交わした。
一つ、月に一度は手紙を送る事
二つ、年に2度お虎さんに会いに行く事
三つ、辛くなったらお虎さんの元に帰る事
四つ、俺が怪我をした場合織田か美濃へと攻め込み俺を奪い去ってその地を滅ぼすがその際に邪魔を一切しない事
五つ、以上の約束を決して破らない事
この五つを約束した。
何か一つでも破ったら俺を連れ去り、牢に閉じ込めるなり鎖で繋ぐなりするらしい。
そんな馬鹿なと思ったが、お虎さんの目はたまにみる闇を抱えたヤバい目をしていた。
数週間後、美濃からの使者が到着した。
お虎さんと別れを惜しみつつも、向かった先は美濃ではなく織田家がある尾張。
尾張に着くと休む暇もなく織田家へと直行した。出迎えてくれた織田信秀は意外と人当たりがいい叔父様で、俺が来た事を大層喜んでくれた。
何でも俺の婚姻相手は大層なうつけ者*1らしく、俺以外そいつと結婚したいなんて輩は見つからなかったらしい。
正直俺も自分から言い出したことでは無いのだが、あまりの喜びように何も言えなくなってしまった。
ふと俺の中で嫌な予感がよぎった。
織田家においてうつけ者と呼ばれるのは織田信長が最も有名である。しかしまさか男の俺を信長の婿に、なんて馬鹿な事を考えそうな人でもないし、謎は深まるばかりだった。
婚姻相手に会わせてやると言われて連れてこられたのは城下町。どうやら俺の嫁さんはよく城下町の子供と石合戦というのをやっているらしい。
見つけたのは長い黒髪を後ろに結った少年のような少女。その顔は美少女と言って差し支えないが、体の至る所に石が当たったのか青痣が出来ており、うつけ者という言葉が何故かしっくりと来るような子だった。
「お前が俺の婿になるとかいう物好きか!
俺の名前は織田吉法師、尾張一のうつけ者よ!」
そう言って笑っている吉法師との出会いは、俺にとって人生のターニングポイントとなった。
数年後、幼名だった吉法師は名前を変え、織田信長という名前になった。
正直予想はしていたが、やはり実際に言われるとかなり驚いてしまった。
つまり俺は信長の正妻となるので濃姫、又の名を帰蝶として余生を過ごすことになった。
信長と一緒にいる生活は刺激がありつつも楽しいものだった。
弟の信勝くんはシスコンだが良い子だったし、森くん*2は犬みたいに懐いてくれた。
柴田さんは戦場ではススメェ!しか言わなかったがメチャクチャ強いおじちゃんで、猿くん*3は本当にお猿さんみたいな見た目だったし、義妹のお市ちゃんは気品のある綺麗な人であった。
寺を出るときに約束したお虎さんへの手紙が信長に見つかってしまい、夫婦喧嘩の末にお虎さんが出てきて危うく織田軍とお虎さん率いる上杉軍との戦争にまでなりかけたこともあった。
何より驚いたのはこの世界は型月の世界、つまりはFateの中の世界であったという事だ。
成長した信長を見てピンときた。
だがそれも今となってはどうだって良い事だった。それほど俺は幸せだったのだ。
子供も生まれた。
子供はもちろん信長が産んだのだが、まだ子供が腹の中にいる時には信長の代わりに仮面を被った俺が信長のフリをして戦争に出た。
もちろん幹部の皆は気づいていただろうが、何も言わずについて来てくれた。
幸せだった。
皆と一緒に居られて。
信長と結婚できて。
お虎さんと会えて。
本当に幸せだった。
だがやはり歴史の修正力なのか、織田信長の最期は決まっていた。
明智光秀率いる言わば反織田軍が俺と信長が居る本能寺に攻め込んできた。
反織田軍の勢力は一万。それに対し俺たち織田勢は僧侶を入れてもせいぜい百人。
勝てる訳がなかった。
だが俺たちは諦めず無我夢中で戦った。
その結果、反織田軍は俺たち百人に対して数千の兵士を失った。
しかし織田勢も残すところはもう俺と蘭丸くんと信長の三人。他は反織田軍に討伐された。
そんな絶望的な状況でも、信長は笑っていた。
死ぬ間際に魔王が嘆いていたら、今まで殺して来た者共に笑われてしまうからだそうだ。
信長は、最後まで織田信長だった。
毘沙門天の加護を持っていた俺は、信長と共に死ぬ事は出来なかった。
だが、ちょうど良かった。
まだやり残した事があったからだ。
「明智……光秀ーーー!!!」
昔から光秀の事が好きになれなかった。
もちろん将来信長を裏切る事を知っていた、というのもあったが、光秀を嫌いだった理由はそれだけでは無かった。
アイツは織田信長を狂信していた。
信長という一個人の人間では無く、織田信長という存在そのものに狂信していたのだ。
アイツは織田信長という存在を信じるが故に信長という一人の人間を裏切った。
そんなくだらない理由で、アイツは俺の信長を死にまで追いやった。
いや、理由なんてもはやどうだっていい。
アイツを殺せるなら今はどうだって良い。
敵の本陣のど真ん中にいた光秀に、俺は戦いを挑んだ。邪魔をする兵士は片っ端から切り捨て、光秀の所まで辿り着いたのだ。
光秀は多少の抵抗はしたが、最終的には俺に首をはねられた。
様々な表情が入り乱ったあいつの頭が飛んでいく。それを見ていた兵士も恐怖に怯えた顔をしていた。
………そうだった、忘れてた。
「お前らも信長を裏切ったな」
そこから先の事はよく覚えていない。
気がつけば辺り一面に広がる血と、血の元となったと思われる屍達。
少し離れた所では揉みくちゃになっている反織田軍が逃げ帰って行くのが見えた。
反織田軍は全員が恐怖で歪んだ顔をしており、我先にと他者を押しのけ醜い逃走をしていた。
ハハッ、なんてこたぁ無い。
「ザマァみやがれ裏切り者共が」
そう呟きながら、俺は膝から崩れ落ち、その生涯を終えた。
本能寺の変
1582年に起こったこの事件は、日本における最悪の事件として日本を含めた様々な国の多くの人々に知られる事になる。
天元10年6月2日
天下統一を間近に控えた織田信長は、家臣明智光秀の勧めで本能寺にて戦の休憩を取っていた。
織田信長は家臣を殆ど連れることなく、正妻の帰蝶を含めた百人しか本能寺に残る事を許さなかった。
深夜
虫も寝静まる静かな夜に、明智光秀率いる1万の兵士が織田信長が居る本能寺へと向かった。
そして本能寺へと火を放ち、織田信長及びその部下百人の皆殺しを命じた。織田信長率いる百人の兵士は、その20倍にもなる2千人以上を返り討ちに合わせたと考えられている。
しかしその健闘虚しく、その日明智光秀は自身の主人である織田信長を討伐せしめた。
これで終いと思った明智光秀はその場から去ろうとするが、事件はそれで終わらなかった。
織田信長の正妻である帰蝶がたった一人で、残る七千人も居る明智軍へと勝負を挑んだのだ。
薙刀一本で戦いに挑んでくる帰蝶を明智光秀は笑ったが、なんと帰蝶は五百を超える兵士をたった一人で殺したのだ。
焦る明智光秀だったが、もう時すでに遅し。
明智光秀は帰蝶に首を刎ねられ、討ち死にした。
突然大将を殺されて混乱する明智軍に帰蝶は容赦をする事はなかった。
結局明智軍が撤退したのは、自軍の兵士を帰蝶に千人近く殺された後だった。
明智軍の多くは帰蝶の事がトラウマになったのか、大半の人間が兵士を引退して中には薙刀を持った化け物に襲われる、などの幻覚を見て発狂するものも少なくなかったらしい。
本能寺の変から1日が経過した早朝に柴田勝家が駆けつけたが、まさにそこは地獄絵図だったという。
辺り一面に広がる血の池。
地面を覆い尽くすほどの屍。
何度も戦を経験した柴田勝家でさえ嘔吐くほどの血の匂い。
その中央でボロボロになった薙刀を抱えた着物の人、帰蝶が頭だけになっていた明智光秀の顔に短刀を刺していた。
まさに地獄
そうとしか言い表せないその場だったが、最悪はその後すぐに起こってしまった。
合計3000人以上の死者をすぐに片付ける事は当時の混乱していた軍では出来ず、その亡骸を処理できたのは本能寺の変からおよそ三週間が経過していた。
その間に死体の腐敗は進み続け、処理を行った人間の3割が死体から疫病を移されてしまい、さらにその死骸の肉を食ったカラスを媒介して本能寺周辺の村々にまで疫病は広がったと言われている。
井戸の水にまで感染してより多くの被害を出した疫病の被害者は本能寺の死者と合わせて数十万とも言われている。
更に血の池となった本能寺周辺は数百年たった後の時代まで血の跡が消える事なく残り続け、その場所を『帰蝶の地獄池』と呼び人々は恐れた。
まさに最悪の歴史とも言える本能寺の変だが、一方で一部の歴史ファンからは絶大な人気を誇る話としても有名である。
何十年と共に生きた織田信長を目の前で殺された帰蝶。帰蝶は薙刀片手に数千の敵に向かい、最後には仇を討てたのだ。
この話は聞く者によって様々な感想を抱く話だったが、皆一様にして帰蝶の信長への愛を感じたという。
故に本能寺の変は長い歴史の間、様々な憶測をされながらも長きに渡り語り継がれたのだった。
景虎を出した理由?
好きだからに決まってんだろ!
FGOを期待してくれる人が多いので、ミッチー編を番外編にしてFGO編を本編として書いた方がいいですかね?ご意見お願いします
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FGO編を本編にして書いて欲しい
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このまま光秀の話を書いて欲しい
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作者の気分で決めて良い