何も起きないはずがなく………
帰蝶、又の名を濃姫。
桜のようなピンク色の髪に、スレンダーな身体。その顔は道を通れば人々が目を向けるほどに美しかったという。
そんな帰蝶の首には女性であるにも関わらず大きな傷跡があった。
服装は薄着を好み、他の大名の妻とは違い何枚もの着物を着ることは無かった。それどころかたまに大名の妻とは思えないようなみすぼらしい格好をしていた事もあるらしい。
幼少の名前は未だに分かっておらず、名が無かったのではとも言われている。
そんな帰蝶は休みの日には夫である織田信長と共に城下町へと出かけていた。その際に帰蝶は男装を、信長は女装をして誰にも分からないように城下町を楽しんでいた。
なお好きな物は信長と答えるほどの愛夫家であったとも言われている。
この人物の死は良くも悪くも戦国時代に大きな影響を及ぼした。
帰蝶は幼少を越後にある毘沙門天を祀る寺で過ごした。そこで出会ったのが長尾景虎、後にその名を上杉謙信とする戦国時代の顔とも言える存在である。
そもそも帰蝶が寺に入る事になったきっかけは帰蝶が6歳の頃、泣き虫だった彼女が突如人が変わったかの様に大人しく、一切泣かない子供になったのが発端だった。
それを見た帰蝶の父である斎藤道三は立派になったと大層喜んだらしいが、母である小見の方は帰蝶に悪霊が取り憑いたと言って気味悪がった。
そこで小見の方は斎藤道三に帰蝶を何処かの寺に連れて行ってくれと頼み込んだ。
妻の要望とはいえ、流石に悩み込んだ道三だったが、帰蝶本人も寺に行きたいと言い出したので仕方なく寺へと住まわせる事になった。
しかしそこで問題が生じた。
斎藤道三といえば美濃のマムシと呼ばれるほどの人物で、その娘ともなれば下手な寺に入れたら最後、斎藤道三の首を狙うものが攫って行ってしまう可能性があったのだ。
道三は悩んだ。
本来であれば彼が幼少の頃に世話になった妙覚寺に向かうのが筋というものだが、お世辞にも妙覚寺は忍びなどが来ても安心な場所とはとてもではないが言えない。
かと言って別の寺なら大丈夫かと言われても、基本的には妙覚寺と同じようなものばかりで、そもそも寺で住む事自体が難しい状態だった。
そんな時、一人の若者が道三に考えがあると進言して来た。
その若者の名は通称十兵衛、後に織田信長を殺し、帰蝶に首を刎ねられる事になる明智光秀その人である。
光秀の考えは、当時16歳にして多くの兵士を連れた豪族達の軍を少数の手勢で返り討ちに遭わせたとして注目されていた長尾家の次男、長尾景虎が住んでいる寺に向かわせる。
もしも寺で住み込み始めた帰蝶を誘拐すれば、斎藤家だけでなく長尾家も敵に回すという事。
それが分からぬ馬鹿はいないであろう。
………といった内容だった。
光秀の考えに賛同する道三だったが、誘拐とは別の不安が押し寄せたという。
道三は長尾景虎が人間離れした瞳をしており、身内でさえ気味悪がり寺に押し込めるような人物であると聞いていたからだ。
そんな男の元に帰蝶を送っても良いものかと悩みながらも、越後に使いを送り返事を待った。
景虎からの返事は喜んで歓迎する、であった。
道三は美濃を光秀や他の幹部達に任せ、帰蝶を連れて越後に向かった。寺に着いた二人を景虎は歓迎したが、実際に景虎を見た道三は噂以上の気味の悪さを感じ取った。
闇が見える瞳。明らかに不自然な笑い方。それこそ人ならざる者が人の血肉を纏い、その上から皮を被せたと言っても信じてしまいそうになるほどだった。
何より気味が悪かったのは、そんな得体の知れない景虎に帰蝶が酷く懐いたからだという。
念のために帰蝶に気をつけるようにとの旨を伝え、そのまま美濃に帰った道三だったが、帰蝶が織田家に嫁ぐまでは帰蝶が無事かどうか心配で夜も眠れぬ日もあったという。
しかし道三の心配は空振りに終わる事になった。
幼き頃の帰蝶は景虎からありったけの知識と技術を学び、真面目に修行に取り組む帰蝶を景虎はひどく気に入ったという。
いつしか2人は惹かれあい、一夜を共にする程の仲にまで発展していた。
そんな順風満帆な人生を送っていた2人にある日、事件が起きる。帰蝶がとある豪族に雇われた忍びに誘拐されたのだ。
すぐに景虎によって救助された帰蝶だったが、その際に首に小さな傷が出来てしまった。
それを見た景虎は何を思ったのか、持っていた短刀で首の傷を上書きするように切り裂いた。
跡が残るように切った景虎は「やはり其方は何者か分からない者に付けられた傷よりも、私に付けられた傷の方がよく似合う」と言ったらしく、その時帰蝶は景虎に対して初めて恐怖心を抱く事になったという。
結局首の傷は跡になってしまうが、その傷を帰蝶は気に入っていたという。
その数日後、忍びと忍びを手配した豪族の家の数十人もの人間が突如として消え失せた。
その日を境にその豪族の家からそう離れていない場所から謎の肉片が見つかるといった事件が起こるそうだが、真相は未だに分かっていない。
ちなみに景虎は肴に塩を舐めながら酒を飲むという飲み方を好んでいたようだが、それを聞いた帰蝶が景虎にその飲み方を止めるように叱ったそうだ。
景虎は帰蝶が言うならと正月と誕生日以外はその飲み方をしないと約束して、渋々その飲み方を止めた。
後の時代になって、帰蝶がもしもここで景虎のこの飲み方を止めていなければ、景虎は歴史よりも早く脳出血によって死んでいた可能性が高いと言うことが分かっている。
その後齢11歳となった帰蝶は道三からの命令で尾張にある織田家へと嫁ぐ事になるのだが、景虎は帰蝶を織田家に嫁がせることをひどく嫌った。
なんとか説得する帰蝶に対して、景虎は五つの約束事を帰蝶に交わさせた。
帰蝶はそれを了承し、自身が没するその時まで生涯その約束を破ることは無かったという。
そんな帰蝶を景虎は生涯を終えるその時まで愛し続け、いつかは帰蝶と共に人生を過ごす事を夢見ていた。故に越後の大名という高い身分でありながら景虎は側室だけでなく、正妻が居たこともない。
そして帰蝶以外の誰とも一夜を共にしなかった事からもその一途な想いが伺える。
いや、むしろその一途で強すぎた想いが景虎を自害という形で終わりを迎えさせたのかも知れない。
本能寺の変から一週間後、最後の手紙と共に帰蝶の訃報*1が景虎に伝わった。その時の景虎の錯乱の様子は酷いものだったという。
顔は幽鬼が如く青白くなり、目からは滝の様な涙が流れ、気を失う様に倒れ込んだ。
それから数日後、目を覚ました景虎は目につくもの全てを破壊し尽くした。自分の物だろうと部下であろうと、帰蝶との思い出の品以外は全てを破壊していった。
ようやく落ち着いたかと思えば今度は酒に溺れ、最終的には別人のようになっていたという。
本能寺の変から二週間後、大将を失いバラバラになっていたはずの明智軍は明智光秀の息子である明智光慶が纏め上げ、新生明智軍として名乗りを上げた。中国攻めから急遽帰還した羽柴秀吉は自身と共に新生明智軍の討伐をして欲しいと景虎に持ち掛けた。
明智軍に怒りや憎しみ、恨み辛みが溜まっていた景虎はこの頼みを承諾した。だがその際、景虎は秀吉に力を貸す代わりの見返りを求めた。
景虎が求めた見返りとは金品や明智軍の持つ土地などではなく、柴田勝家が回収した帰蝶の遺体を景虎に渡す事であった。
秀吉は景虎がどれほど帰蝶を愛していたか、そして幼少期の帰蝶と景虎との関係性を知っていたため、渋々ながらもこの頼みを承諾した。
本能寺の変から一ヶ月後の天正10年7月2日
明智軍一万六千人に対し、羽柴軍と景虎率いる上杉軍は倍以上の四万人で戦った。
結果は羽柴・上杉軍の圧勝。
最後は景虎が明智光慶の首を取る形で戦争は終結した……かに思われた。
景虎は戦争終結後に明智軍の中にいる本能寺の変に参加していた人間三千人を後日、全員斬首。
残りの四千人は新生明智軍の幹部を拷問して居場所を聞き出し、その内の三千人以上を見つけ出して殺した。
敵に塩を送るという言葉を生んだ程のお人好しであった景虎とは思えない程の惨虐な行い。
しかもその者達全員を殺した際、景虎は楽しげに笑っていたと言われている。
その後秀吉から帰蝶の遺体を受け取った景虎は、遺体を帰蝶と共に過ごした寺に運び込んだ。
寺に居た僧の話によれば、景虎は帰蝶の遺体を部屋へと連れ込み、何かを延々と話しかけていたという。
そしてその数日後、景虎は自害した。
自害に使用されたのは幼少期の帰蝶が過ごしていた部屋だったが、そこには目を疑う様な光景が広がっていた。
床一面に帰蝶から景虎に送られた手紙の数々と、帰蝶が寺に来るたび持ってきたお土産が散らばっており、机の上には景虎が死ぬ直前に書いたと思われる文が一つ。
部屋の中央で帰蝶の遺体を抱きしめながら自身に短刀を突き刺して死んでいる景虎。
文には帰蝶との思い出と帰蝶を守らなかった信長への罵詈雑言、そして助けに行けなかった事を謝罪する様な文字が書き殴られていた。
帰蝶からの手紙は景虎と帰蝶の血で汚れ、現代にまで残されている手紙に血が付いていない物は一つとしてない。
帰蝶の死は織田信長亡き後、天下に最も近いと言われた上杉謙信というビッグネームを自害にまで追いやる原因となったのだ。
景虎亡き後の上杉軍は養子である上杉景勝が受け継いだが、血で血を洗う様な内乱が起こり上杉軍はそのまま衰弱していった。
この上杉景勝だが、帰蝶の事を母上と呼んでいた事が分かっているため、実は景勝は養子ではなく景虎と帰蝶の間にできた子供なのではないかと言われている。
その後二人の遺体は、寺の僧達によって手厚く供養され、同じ墓に入れられた。
景虎は死後になってようやく晩年まで思い焦がれていた帰蝶と共に居るという夢を叶える事が出来たのだ。
………かに思われた。
2人の墓が作られてから1年が過ぎた頃、越後で墓荒らしが出没するようになった。その墓荒らしは2人が眠る墓にも目をつけ、何故か帰蝶の遺体だけを盗みだし他に入れられていた金品には一切手をつけずに逃げたという。
墓荒らしの犯人探しには秀吉も協力したが、結局犯人も帰蝶の遺体も見つかる事は無かった。犯人は本能寺の変の生き残りで帰蝶に恨みがあって盗み出したとも、犯人は元織田家の人間で未だに見つかっていない織田信長の首と共に埋葬したのだとも言われているが真相は分かっていない。
ただ、景虎の2人で居たいという小さな願いは永遠に叶う事が無くなってしまったのだ。
景虎は最後まで帰蝶の事を愛していた。
たとえ歪んだ愛と言われても、景虎は帰蝶を愛し続け、そんな景虎を帰蝶も受け入れた。
2人が死後、今度こそ一緒に居られるのかどうかは誰も知らない物語である。
“あぁ、帰蝶よ。
もしも死後の世界があると言うのならば私はどんな手段を使ってでもそなたを見つけ出してみせる。
信長がまた私達の邪魔をすると言うのならば、私はアレを殺してみせます。
だから次に会ったその時は…………
今度こそ私を選んでくれますよね?”
文字数4444文字
……呪われてんのかな?
FGOを期待してくれる人が多いので、ミッチー編を番外編にしてFGO編を本編として書いた方がいいですかね?ご意見お願いします
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FGO編を本編にして書いて欲しい
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このまま光秀の話を書いて欲しい
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作者の気分で決めて良い