帰蝶とは不思議な人物である。
眉目秀麗。
身長はその時代にしては高身長な170㎝。
桜色の美しい髪は三つ編みにされ、顔の左側にサイドテールの様にぶら下げられていた。
着物は滅多に着なかったとされているが、天皇や将軍の元へと行く際は雪の模様が描かれた真っ白な着物を着ていたと言われている。
武具の扱いに長けており、その中でも薙刀を好んで使っていた事が文献から分かっているが、それにしては手足が力仕事をしない女性の様に華奢で細かったという。
その性格は物静かではあるが、よく笑う女性。
人を決して裏切らず、一度した約束は相手が破るまでは絶対に守りきる様な人物であった。
その性格故か織田軍にいた森可成の次男、森長可は帰蝶の事をいたく気に入り、信長ですら御しきれなかった長可が決して帰蝶の言葉を無下にする事はなかったらしい。
こんな話がある。
その日長可は信長の命により帰蝶を京まで護送する任に当たっていた。
途中山賊などの邪魔が入りながらもそれら全てを長可は全滅させ、無事帰蝶を目的地である京にまで送り届けた。
そのまま京に入ろうとした長可達だったが、京の役人達が馬に乗っていた帰蝶に馬から降りて欲しいと言ってきた。
当時出入りの激しかった京では、出来るだけ事故が起きない様にと乗馬での出入りは禁止とされていたのだ。
当然これに激怒した長可は持っていた槍を使い、京の役人達を斬り殺そうとした。
しかしその時、帰蝶がたった一言止めただけで長可は役人を斬り殺すのを中断した。
誰の命令であっても問答無用で人を殺す長可がたった一言で止められたのだ。
その後帰蝶は馬を降りてそのまま京に入っていったらしいが、この話から長可の主人は信長ではなく帰蝶だったのではないかと考えられている。
長可だけではなく、織田軍での帰蝶という人物を慕う人間は何人もいたと考えられている。
その1人が織田信長の実の弟にして信長に幾度となく謀反を起こした人物、織田信勝である。
信勝は幼少からうつけと言われ忌み嫌われてきた信長と違い、家臣から支持を得て次期織田家当主と信じられていた人物であった。
当初の信勝は帰蝶を信長と同じうつけ者と考えていたが、次第にその人柄に惹かれ、最後には2人だけで茶の湯を飲む間柄にまでなっていたらしい。
信勝と帰蝶がその場で何を話していたのかは知られていないが、それでも信勝が帰蝶を義理の姉として見ていなかったのは事実である。
信勝が裏切ったのも織田家の当主になれなかったからではなく、帰蝶を手に入れたかったからではないかと言われている。
織田軍の人間には優しく接していた帰蝶だったが、織田軍の中で唯一心を開かなかった人物がいる。
それこそが幼少の頃から帰蝶の行く先々に現れている男、明智光秀である。
誰であろうと分け隔てなく接した帰蝶だったが、光秀に対してだけは冷淡な態度を取っていた。
それこそ誰かの仇と言わんばかりに帰蝶は光秀を嫌っていたらしい。
織田軍でも信長が光秀を気に入っていなければ殺していたのではないかと噂される程度には嫌っていた。
それでも織田軍の家臣としての光秀に最低限の会話やお土産などの贈り物をしていた事からも帰蝶の性格が伺える。
そんな帰蝶は夫である織田信長を心の底から愛していたと言われている。
2人が出会ったのは帰蝶が11歳、信長は吉法師と名乗っていた12歳の頃である。
当時帰蝶の父である美濃の城主、斎藤道三は信長の父である尾張の城主、織田信秀に攻め込まれるかもしれないという状態にまで追い込まれていた。
その危機を脱する為に、道三は信秀に自身の娘である帰蝶を差し出すので美濃に攻めるのは止めてくれと提案したのだった。
信秀は自身の息子である吉法師が未だに嫁を見つけていない事を気にしていたため、喜んでこの提案を受け入れた。
提案を受け入れてもらえた道三はその日の内に越後にいる帰蝶に尾張の織田家に嫁ぐようにとの手紙を出した。
帰蝶から帰ってきた返事は喜んで織田家に嫁ぐという内容であった。
一番恐れていた長尾景虎も帰蝶が説得して渋々ながらも分かってもらえたという事が手紙には書かれており、これで一安心と考えた道三は城の自室で部下と共に酒を飲むのであった。
しかし翌日に妻である小見の方が会いに行くと、道三とその部下達は部屋で何者かに殺されていたのだった。
ある者は四肢を切られて出血多量で死に、ある者は首を切り落とされ、ある者は両目をえぐり取られていたという。
その中でも最も残酷な殺され方をされたであろう人物は、斎藤道三その人であった。
四肢は完全に潰れて骨が剥き出しの状態になり、腹からは臓物が飛び出しており、全身余す事なく切り刻まれていた。
顔はそれよりも酷く、妻である小見の方でも一体誰の遺体なのかわからない状態にまでなっていたという。
その日から美濃の兵士が総出で犯人を探したが、結局誰が犯人なのか分からず仕舞いで終わってしまった。
とある兵士の話によれば白髪の綺麗な僧侶が城に入って行くところを見たというが、何処を探してもその様な人物は見つからなかった為、見間違いという結果で終わった。
結局その後、美濃は道三の息子にして帰蝶の兄弟である義龍が家督を奪い取ったのだが、それはまた別のお話である。
帰蝶と吉法師が出会ったのはその事件から数日が経ったある日のことであった。
帰蝶が信秀に連れられ、城下で町の子供達と石合戦*1をしていた吉法師と出会ったのが始まりであった。
2人は最初こそギスギスしていたようだが、そのうち互いの事を愛し始めていた。
当時の信長はうつけと言われていたにもかかわらず帰蝶はそんな信長が家督を継ぎ天下を取ると本気で信じており、信長は一切の味方が居なかった自分に初めて出来た味方、そして心の拠り所として帰蝶を依存する程までに愛したのだという。
数年後には城内では常に2人で行動するようになっていたと言われている。
そんな仲睦まじい2人は、人生の中で一度だけ夫婦喧嘩をした事がある。
原因は帰蝶が長尾景虎と交わした五つの約束であった。
五つの約束には手紙を毎月送り、年に2度は会いに来るというものがあった。
約束通り帰蝶は年に2度以上は景虎がいる越後へと足を運び、毎月忘れずに手紙を送っていた。
それに気がついた信長は景虎に手紙を出そうとしていた帰蝶を問いただし、幼少の頃の事や景虎と誓った五つの約束を知る事になった。
信長は激怒した。
しかも出会った当時からあった帰蝶の首の傷が景虎に付けられたものだと知るとその怒りはヒートアップしていった。
幸いその場は羽柴秀吉によってひとまず話は終わったのだったが、なんとその数日後に景虎率いる上杉軍が尾張に攻め込むという情報が織田家に流れ込んできた。
景虎はとある筋から帰蝶と信長の大喧嘩を耳にし、帰蝶を信長の元に置いておくのは不安だと帰蝶を奪いにきたのだ。
元々景虎は自身から帰蝶を連れ去った信長の事をひどく嫌っており、もしも帰蝶と何かしらの問題を起こしたらすぐにでも連れ戻す計画を立てていたのだった。
これに焦った織田軍は戦うか降伏するかで意見が分かれてしまった。
当時の織田軍では上杉軍と戦ったとしても、とてもではないが勝ち目なんて無かったのだ。
故に降伏したいと言う家臣が多く出てしまい、織田家は未曾有の大混乱へと陥った。
しかし結局戦は起こる事がなかった。
帰蝶がその混乱に乗じてたった1人で景虎に会いに行ったのだ。
それから一週間後、上杉軍が織田軍に攻め入る事を中止した事が判明した。
これに喜ぶ織田軍だったが、その中で信長だけは一切の喜びを見せなかった。
信長は帰蝶が織田軍のために景虎の元へと行ってしまったと考えたのだ。
信長は深く後悔した。
今まで隣にいるのが当たり前だった帰蝶がいなくなり、初めてその存在の大きさに気がついたのだ。
帰蝶がいないストレスで追い詰められた信長の様子はあまりにも酷かったという。
数日間、一切の睡眠と食事を取らなかった信長の顔はやつれ、目には大きな隈ができ、まるで何かに取り憑かれたように事務作業に没頭していた。
元々幼少の頃から帰蝶を依存するほど愛していた信長にとって、帰蝶が居ないという事実は耐え難いものであった。
悲しみに明け暮れた信長は今にも自害しそうな程になるまで追い詰められたと言われている。
あの第六天魔王とまで恐れられた人物がそうなる程まで、信長という人物の中で帰蝶という存在は大きすぎたのだった。
それからまた一週間後、帰蝶が織田軍に帰ってきた。
帰蝶は景虎に戦をしないよう説得した後、景虎の願いで数日間越後で休暇を取っていたのだった。
帰蝶が帰ってきた事に安堵した信長は帰蝶に謝罪して、そのまま倒れ込んだ。
信長のやつれた顔と倒れこむ瞬間を見た帰蝶は驚き、景虎との約束を黙っていた事を反省して信長に謝罪した。
謝罪と共に信長と帰蝶は互いの事を一生愛し続けると誓い合ったと言われている。
それから数日間、信長と帰蝶の2人は一切離れる事なく生活していたという。
その後2人の間には信忠、信雄、信孝という三人の息子が生まれた。
だが時代が時代なため帰蝶が三人の子供を産むまでの間にも戦いはあった。
その戦いの際に、信長は何故か顔と頭を覆えるほどのカラスの仮面を身に付けていたという。
何故そのような仮面を付けていたのかは定かではないが、帰蝶の安産を祈願していたのではないかと言われている。
しかしとある織田軍の兵士が残した文書の中に、仮面を被った信長の髪の毛はいつもの黒ではなく、まるでサクラのような髪が見え隠れしていたとされている。
織田軍で桜色の髪といえば一番に思い浮かぶのは帰蝶であるが、その時帰蝶は城にて子供を産んでいたためありえない。
だがもし帰蝶が男で信長が女であると考えれば、信長に化けた帰蝶が子供を産んでいる信長の為に戦場へ行ったと筋が通る。
この事から帰蝶男説と信長女説があるが、流石に突拍子がなさ過ぎるので、知っている者は多くとも信じる者は少ない。
信長と帰蝶は理想の夫婦と言われ幸せに暮らしていたが、そんな幸せもそう長くは続かなかった。
天正10年6月2日
本能寺の変にて信長が家臣、明智光秀によって自害にまで追いやられてしまう。
光秀が何故このタイミングで信長を裏切ったかは分かっていない。自身が天下を取るために裏切ったとも、明智家の安泰を手に入れるために信長を裏切ったとも言われている。
本能寺の変の数日前、帰蝶は景虎宛に最後の手紙を送っていた。
その手紙はほとんどが景虎の血により消えかけているが、最後の数行は翻訳できる程度に残っていた。
そこには明智光秀が裏切る可能性の事が書かれており、そこから帰蝶が光秀に心を許さなかった理由はいずれ光秀が裏切る事を予想していたからではないかと言われている。
未だに帰蝶の盗まれた遺体と信長の首は発見されていない。それどころか信長の見つかっていたはずの胴体の遺体まで現代には残されていない。
それだけではない、帰蝶と信長の2人の思い出の品すらも現代に残された物は少ないのだ。
記録では窃盗に入られた際に盗まれたとされているが、それにしては同じ部屋に置いていたとされている金品には一切手がつけられていない事からもその奇妙さが伺える。
だが本能寺の変から数年後、とある場所で奇妙な遺体が発見される事になる。
着物を着た遺体が首と胴体が離れている骸骨を抱きしめていたのだ。
その遺体はガラクタとしか言いようがない物に囲まれており、まだ所々肉が付いているソレはまるで笑っているかのような顔つきであったとされている。
その噂を聞いた羽柴秀吉は帰蝶と信長の遺体だと考え、すぐに兵を送り込みその遺体を回収しようとした。
しかし秀吉の兵が現地に到着した時にはもうすでに遺体は消えており、ガラクタも残されていなかった。
いくら探しても2人の遺体は見つからず、秀吉の兵はそのまま帰っていく事になる。
その年からだ、この国のありとあらゆる場所で骸骨を抱えた着物の白骨死体が発見されるようになったのは。
山や平原、果ては人里にまで現れるようになったその遺体は、何百年も経った現代でも発見される事が年に数回あるのだ。
織田軍の残党兵の子孫が誰も見つからない場所を探して様々な場所に植えているとも、2人で静かに過ごしたい帰蝶が動く屍となって静寂な地を求めているとも言われているが真実はどうか分からない。
だがその噂が立つ程までに帰蝶は信長を、信長は帰蝶を愛していたのだ。
2人は互いに依存し、その依存を2人は心地よく感じて受け入れていた。
2人が死後の世界でまた夫婦として一緒に居られるのか、それは誰にも分からない事だ。
“うるさい、ここもうるさい
俺は2人で一緒に静かな場所に居たいんだ。
静かな場所を見つけたらお虎さんも連れてきて3人で静かに暮らしたいんだ。
邪魔をするな!
ようやく静かな場所を見つけた。
ここなら2人で静かに過ごせる。
お虎さんは、ごめん今は眠たくて動けそうに無い。でもすぐに取り戻しにいくから、待っていて。
信長、お前を守れなかった俺だが、もしも次の生があるのなら次こそはお前を守ってみせる。
それが夫としての俺の務めだ。
もしもまた光秀やお前を裏切った奴らが現れたとしたら
次こそは全員に復讐してみせる
だから、お前は俺をもう一度愛してくれるよな?”
FGOを期待してくれる人が多いので、ミッチー編を番外編にしてFGO編を本編として書いた方がいいですかね?ご意見お願いします
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FGO編を本編にして書いて欲しい
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このまま光秀の話を書いて欲しい
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作者の気分で決めて良い