賢者の娘は外の世界に留学したようです 作:エスカルゴ・スカーレット
「どうしたのよ、皆してびっくりしちゃって」
テーブル上に現れたお母さんは、あっけらかんとそんなことを言ってのける。娘の私ですら、急に出てこられたらびっくりするというのに。
「う…うわあああああっ!?ああああぁっ!!」
ワンテンポ遅れて悲鳴を上げた蓮子。流石の彼女でも、目の前でこんな登場をされたらこうもなるだろう。しかも何の前触れも無かったのだから、尚更だ。
「あらら、驚かせちゃった?ごめんなさいね♪」
私にはわかる。謝る気ゼロだ。寧ろ、反応を見て楽しんでいる。一方お父さんは、久しぶりに呼吸したかのように大きく肩で息をしている。
「急にどうしたんですか紫さん…。あんな登場のせいで寿命縮まりましたよ…」
「不死身の吸血鬼さんが何を言っているの?」
「比喩っすよ…」
「分かってるわよそんなこと。……初めまして、宇佐見蓮子さん♪」
「は…初めまして…」
「簡単に自己紹介するわ。私は八雲紫。幻想郷で巫女と一緒に結界を管理する仕事をしているわ。あなたのお婆さんから名前くらい聞いた事あるんじゃないかしら。若しくは賢者ゆかりんみたいな感じで」
賢者ゆかりんとは一体……。そんな、某魔法少女みたいに言われても。お父さんも同じ事を考えているのか、少し引き攣った笑みを浮かべている。
「…名前とかは殆ど話してくれなくて…。自分の目で見て、自分で体験しなさいって…」
「そうだったの…。でも良いわね、安心したわ」
「それで…賢者さんが私に何の用…?」
「そう身構えないの。話は聞かせてもらったわ。もしあなたが望むのなら…私は良いと思うけど、どうする?勿論、それなりに条件はあるけどね」
「どうするって……幻想郷に行けるってこと!?イテテッ…」
ガタンとテーブルに身を乗り出す蓮子だったが、腰を抜かしていただけにすぐにへたり込む。その様子を見たお父さんは、何も言わずに治癒魔法を行使し、手っ取り早く治す。
「私の出す条件を全て飲んでくれるのなら、ね。1つでもダメなら、あなたは幻想郷に来ることが出来ないわ」
「上等よ…っ!どんな条件でも飲んでやるわよ!さぁ、ドンと来なさい!」
「威勢がいいわね。流石菫子のお孫さんだこと。
…1つ、ここて、そして幻想郷内で起きた事は、誰にも言わないこと。それと茜や菫子と幻想郷や妖怪関連の話をするのなら、絶対に2人きりで、もしくは3人だけになってからよ。もし何らかの方法で外に漏らしたと分かれば…。言わなくても分かるわね?」
「勿論…!」
「2つ。日常生活に支障を来さないこと。菫子は授業中にも寝てこちらに来ていてね、日常生活にガッツリ悪影響が出ていたわ」
「あー…そーだったんだ…」
「3つ。幻想郷に来る前にある程度力をつける」
「力……?」
「菫子にあってあなたには無いもの。それは一体何かしら?」
「やっぱり…超能力?」
「戦う力よ」
「観光するだけだし、誰かと戦おうなんて微塵も思ってないんだけど…」
「そうよ、お母さん。私が蓮子を案内するから、もしもの時は私が戦うからそれで大丈夫でしょ?私だって賢者の娘よ、野良妖怪なんかには絶対に負けないんだから」
「もしもそれなりの力を持つ妖怪に囲まれたら?
「…巻き込まず…」
これまで私の周囲は妖怪ばかりが居たし、あまり周囲の事は気にしなかった。だが彼女は人間だ、頑丈さも無いしちょっとした事で死んでしまう。流れ弾でも、下手をすれば死んでしまう。それが弾幕だ。
「なにも妖怪と肩を並べろとは言わないわ。言い換えれば『自分の身を守れるだけの力』は最低限身に付けて欲しいってことよ。幻想郷は、決して安全ではないからね。もし里の外で食べられても文句言えないわよ?うふふふっ…♪」
「「………」」
私も蓮子も絶句してしまう。全方位に弾幕を展開すれば、当然ながら蓮子も危険に晒してしまう。私が蓮子を巻き込まないように展開しても、敵が弾幕を展開すれば……。
私1人だけの力で相殺しきれるだろうか。能力を使えば良いかもしれないがそれに蓮子を巻き込む可能性だって0ではない。
…というか、可能性と言ってしまえばどのような展開でも有り得るのだが。幻想郷は何が起こるか分からない。それが楽しくて…不気味でもある。
「…じゃあ、軽く戦える力を身に付けてもらった上で、レイチェルに頼んで回避させてもらおう。俺じゃ自分の運命しか操れねーから…」
「レイチェル?」
「私の異母姉妹よ。《確率を操る程度の能力》と
《全ての悪魔を操る程度の能力》を持ってるの。知ってる悪魔なら召喚すらお手の物よ」
「チート過ぎない!?」
「チートというか、ただただ危険すぎて………」
ただし、欠点はある。「絶対に揺るがないものは決して操れない」。簡単に言うと、不死の妹紅やお父さんは本当の意味では死なないから、彼女が確率を操って死なせる事は不可能なのだ。
操れるのは、勝敗やクジ、アイスの当たりなど、絶対とは言い切れずに何かと変動するものだ。
「それなら紫さんもOKでしょう?」
「あんまり借りは作りたくないんだけどねぇ…。ワガママレミリアの事だし、何か言ってきそう」
「大丈夫ですよ、俺が頼むので。レミリアだって紫さんと交渉とかする時に『あの時レイチェルが助けてあげたわよねぇ?』みたいなのは言わないでしょう」
「…まぁ…そうね。じゃあ、準備が整ったら茜がお父さんに連絡して。案内と護衛を任せるから」
「え、俺がですか?」
「そう。あなたと茜、2人で案内してあげてね。護衛はあなたよ。茜ったら広範囲ばかりだから」
「えぇ〜…それはちょっと…なんというか……。2人の邪魔をしそうで嫌なんですけど…」
「…言いたい事はわかるわ…。でも今はその段階じゃないでしょ?」
「俺が居たら発展しないかもしれないし…それはちょっとなぁ…とか思うんですよねぇ…」
「案内してくれたら、あとで私が相手してあげるから。それでいい?」
「了解」
何の話をしているのか分かってしまった。まさかお父さんが、私達が百合に発展すると思っているとは。そんな事がある訳が無いというのに。
そして、お父さんが性癖を拗らせた百合好きとは知らない蓮子には、単に案内するのを渋ってて、漸く承諾したように見えていることだろう。
上手いこと会話しているなと思う。
「じゃ、私はこの辺で。良き幻想郷ライフを♪」
軽く手を振ったお母さんは、スキマの中に身体を引っ込めて姿を消した。蓮子は今見た光景が夢と疑っているのか、無言で自分の頬をつねり、強く引っ張っている。そしてお父さんはそんな蓮子を凝視している。緩んだ口元が全く隠せていない。ほっぺフェチを自称しているお父さんだがまさか蓮子のほっぺにも反応するとは。
「…ゴホン。夢かどうか疑ってるんだろうが…今蓮子が見たのは紛れもない『現実』だ。紫さんがOKを出した以上、俺は何も言わない。だけど、さっき言われた通り、『自分の身を守れるだけの力』は身につけてもらうぞ。幻想郷に来たいならこれは絶対かな。殺されても文句言えないし…」
「と言っても、私何も出来ないんだけど…」
「菫子は確か超能力でESPカードを飛ばしたりその辺の岩やその他諸々で攻撃したそうだけど…蓮子には超能力が無い、か…。うーむ…」
恐らく弾幕もダメだと思う。能力者とはいっても常人の枠を逸脱し過ぎていない蓮子の能力では、弾幕の発射なんて無理だろう。
「どーしよっかなぁ……。こんなんじゃあ、折角許されたのに幻想郷に行けないよ…。自分の身を守れるようにって、端的に言えば護身術みたいなモノでしょ?妖怪にも通じる護身術かぁ…」
「何の手立ても無いわけじゃないぞ。危険だし、接近しなきゃいけないけど、一応人間でも自分の身を守れる方法はある」
「そうなの!?なになに!?」
お父さんの発言にがっつく蓮子。嫌な予感がする私は、内心で苦い顔をしながらお父さんの言葉に耳を傾ける。
「護身と言えば武術、ナイフ、スタンガン、安全ピンだよな。だとすればこの中で一番簡単なのはナイフだろうけど…どう思う?」
「えっ…と…?どういう事…?その中のどれかを扱えるようになれば良いって解釈で合ってる?」
「そうそう。武術は護身術として広く出回ってるもので良いと思う。ナイフはお手頃だな。スタンガンは高いが、現地のアメリカならテーザー銃も安価で購入できるだろうしな。俺が外に居た頃と違って色々違うだろうから。安全ピンは殆どゼロ距離じゃないと意味無いから、多分論外かな」
「…お婆ちゃんに相談してみる。そこら辺はまだあなたよりお婆ちゃんの方が頼りになりそう…」
「そうかもな。…電話とかで聞くのか?」
「ううん、幻想郷関連は直接会って話してるよ。だからこの話も、直接話そうかなって思ってる。明日は講義休みだし、東京に帰って聞いてみる。メリーはどうする?」
「えっ?何が?」
唐突に話を振られて、「どうする?」が何を意味しているのか、と彼女の意図を図りかねた私は、そのまま聞き返す。
「だーかーらー、メリーも一緒に来る?って事。私の実家は、京都じゃなくって東京にあってさ。お婆ちゃん家は実家の近くだから、泊まりがけで一緒に行かない?それにさ、秘封倶楽部の活動の一環として初の遠征になるのよ!」
「い……良いの…?だって私……あなたに隠し事とかいっぱいしてて……人間でもないのに…」
「…メリーったら、そんなこと気にしてたの?」
「そんなことって…!」
絶対に隠さないといけない事とはいっても、私はかなり後ろめたく感じていたというのに。それを
「そんなこと」と一言で済ませるなんて。
蓮子との関係を壊したくない、でも隠さなくてはいけない。その2つの気持ちの板挟みになって、私なりに悩んでいたというのに。
が、ふつふつと湧いて出てきた怒りが口をついて飛び出そうになった、その瞬間。
「隠し事なんて、誰にでもあるでしょ。私だって能力がある事を隠してたしね」
隠し事は誰にでもある。それはそうだ。だが私と蓮子ではそのレベルが違うのだ。
「で…も………私は妖怪で、あなたが探していた存在がお父さんって事も隠して…パソコンとか、本とかで探すフリして…騙してたじゃない…」
「妖怪って事を隠してたのだって、留学生として
『そんな秘密すら簡単に話すなんて、口が軽い人なのかもしれない』とも思うから、自分の秘密も当然話せない。……だからね?メリーが隠し事をしてたからこそ、こういう話が出来たのよ」
「ッ…!!」
予想もしなかった蓮子の言葉に、ただ驚愕する。
そして、じわじわと目頭が熱くなってきて、鼻がツーンと痛くなってきた。涙が出そうになるが、唇を噛んで泣きそうになるのを我慢する。
「妖怪の私でも…受け入れてくれるの……?」
「あったりまえじゃん!だって私達、2人きりの秘封倶楽部なんだからっ!」
「………うっ……うぅ…ひっく…ううぅ…っ…」
そう言って可愛らしくウインクした蓮子は、私の目には女神のようにしか映らなかった。お陰で、我慢出来ず遂に声を出して泣き始めてしまった。今の私は留学生マエリベリー・ハーンではなく、ただの6歳の八雲茜だった。
弾幕、当たり所が悪ければ死ぬってことは神主も言ってたし、原作設定ですよね。いや怖すぎだろ命懸けかよ。命懸けだな。
ていうかエスカルゴの提案クソスギィ!!
ナイフなんて提案したのは、自分が人間の頃から使っていたからですね。
次回は、お婆ちゃん家(菫子の家)に行きます。