賢者の娘は外の世界に留学したようです 作:エスカルゴ・スカーレット
こちらも宜しくね!
「俺を殺してみろ。宇佐見蓮子」
そんな事を言われた蓮子は当然困惑し、今にも泣きそうな顔で後ずさる。少しよろめいた所を、咄嗟に私が受け止め、支える。
「えっ……えっ?な……なんでよ………なんで、そんなことをしなくちゃ………」
「俺を殺さなきゃ、不老不死になるための材料は手に入らない。だから、不老不死になりたきゃ、俺を殺ってみせろ。それで不老不死になれるぜ」
嘘だ。気化しないと意味は無いはずだ。
そう疑いの目を向けたが、お父さんはチラリと私を見て目配せをする。言いたい事はわかった。お父さんはその後の工程を私に任せるつもりだ。
父親の死体が気化した気体を集めて、見届けろだなんて、なんて酷い事をさせる父親だろう。
「でも、だからって……」
「いいんだ。俺も不老不死だ、死んだくらいでは死なない。矛盾してるように聞こえるけどな」
「そうじゃなくって!!どうして私が、あなたを殺さないといけないの!?」
「こんなのは、ゲームのドロップ品と同じように思えばいいだろ。俺を殺したらアイテムが出る、蓮子はそれを使い不老不死になる。ほら、簡単。事実、ただそれだけだからな」
「狂ってる……!死生観が狂ってるわ……!!」
「……その言葉、そっくりそのまま返そう。不老不死を望む者、または叶えた者達は、少なからず死生観が狂ってる。確かに人間は死ぬのが怖いと思っている者が大半だろう。だけど、不老不死を求める者の殆どが、不老不死になった後を思い、憂い、やがては諦めるものなんだよ。いつまでも生きているよりも、時の流れに身を任せて死ぬ。
それこそが幸せなのだとな。……狂ってなきゃ、不老不死になる覚悟もクソもなく諦めるものだ。つまり、不老不死を諦めない事こそが……蓮子、君
「でも……でもっ!」
「さ、これを使って。俺の胸を刺して切るんだ。刺しても意味は無いぞ、心臓に穴が空いたくらいだったら俺は死なないからな」
そう言ってお父さんは小傘に改良してもらったという折り畳みナイフを、蓮子の手に握らせる。そんなモノを渡された彼女の手はブルブル震え、カチカチと奥歯が鳴っている音も聞こえてくる。
「どうした?」
「やだ、よ……できないよぉ……っ」
「どうして?」
「どうしてじゃないでしょ……!?どうして私があなたを殺さないとっ……」
「そうしないとダメだよ。対価も無しに、悪魔は願いを叶えない。材料も無いしなぁ」
「でもっ……!」
「でもじゃあないよ。蓮子はどうしたいんだよ?不老不死になりたいんじゃあなかったのか?」
「なりたいわよ!でもっ……いくらなんでも……いくら関わった時間が短かったとしても……ッ!私にはあなたを殺せない!」
「……優しいヤツだね。そんなんじゃあ、家族を置き去りにする事にも罪悪感を感じて不老不死になった事を後悔するだろうな。それこそ、この前妹紅が言った通りになっちまう」
「後悔なんてしないッ!私の決意はそんなにヤワじゃないわ!バカにしないで!!」
「ヤワだろうが。え?俺を殺せねぇ時点で蓮子の決意なんてそんなモンなんだっつーの。誰かを、何かを犠牲にしないで望みが叶うと思うな?」
「ッ……」
泣きそうになる蓮子に向かって、あろうことか胸ぐらを掴むお父さん。すると蓮子は更に目元に涙を溜め、今にも泣きそうになってしまう。
私はそんなお父さんに怒りが湧いてきて、彼の腕を振り払い、右頬に思い切り平手打ちをした。
「そんな言い方無いでしょ!?黙って聞いてればさっきから何なのよ!!信じらんないわ!あなたそれでも私のお父さんなのっ!?」
「あん?じゃあ何だよ、メリー?蓮子の代わりに俺を殺すか?ん?」
「な、なんでっ……」
「友人の手助けくらいしてやったらどうだ?ん?オラオラ、殺してみろよ?妖怪なら簡単だろう?首くらいへし折れ。その拳で心臓を貫いてみろ。どうだ、できないだろ?」
「やめてっ!なんでそんな事言うの!?」
「あのなぁ……甘えたこと言ってんじゃねぇぞ?甘い、甘すぎる。いいかお前ら。豚肉を食うには豚を殺すだろ?牛肉を食うには牛を殺すだろう。分かるか?欲望を満たすには犠牲が付き物だ」
「家畜と、人間や妖怪じゃ────」
「命の重みが違う……ってか。違うね、そいつぁ違う。命なんざ皆同じだよ。すぐ死んじまうし、どれもこれも食い物でしかない。この世の全ては個々が欲を満たす為に利用する道具でしかない。そう、蓮子の欲を満たす道具の1つ、それがこの俺の命というだけなんだ」
さっきのオラついた様子とは打って変わって、優しい声でお父さんは言う。二重人格さながらの変わり様に私も蓮子も顔を引き攣らせた。
「厳しい事を言うようだが、俺1人すらも犠牲にできないようじゃあ、不老不死になる夢は永遠に叶えられないだろう。そんなヤワなヤツを、不老不死にさせられないからな」
「っ……うっ……く…………わ、私……にっ……夢を、諦めろって……、言いたい、の……?」
「ああ。その優しさを捨てきれない限り無理だ。絶対に無理だ。断言する。絶・対・に!無理!!無理って意味わかるか?不可能ってコトだ。その甘さを捨てない限り、蓮子がいくら足掻こうとも無駄だ。足掻くだけ無駄無駄。無駄なんだよ……時間も労力も。……蓮子は、いつまでも己の夢を追い掛けたいというロマンチストじゃないだろ?何となくそんな感じがする。……叶えたいだろ?
「ッ……」
俯き黙り込む蓮子。すると次の瞬間、パチンと折り畳みナイフを開く。それを逆手に持つと……肩で大きく息をしながら、カッと見開いた目で、お父さんと目を合わせる。
「ハッ……ハーッ……ハァーッ……ハァーッ……ハァッ……ハッ、ハッ……う、うわああああああぁぁぁあああああぁぁぁっっ!!!」
ついに堪えられなくなったか、涙を流しながら高々とナイフを振り上げて勢いをつけ、刃の部分を全部、お父さんの心臓を狙って突き刺した。
「ッッ……ガブッ……」
吐いた血が蓮子に掛かるのを避ける為か、顔を横に背けて血を吐いた。赤黒いその血は、陽光に照らされシュウシュウと蒸発していく。
「あ……あぁっ……わ、わた……わた、し……!あぁぁああああぁぁっ!!うわああぁぁぁっっ!あああぁあぁぁぁっっ………」
「おい、おい……あの、なぁ…………俺の話……聞いてなかったのか……?」
「!?」
「刺しても俺は死なねぇんだ……もう余分な穴は塞がったぜ?心臓はな……」
先程の話を思い出したか、蓮子は一瞬絶望的な表情になった。しかし今度は、すぐにキッと唇を結び、再びナイフを握るその手に力を込める。
「……ごめんね……ごめんなさいっ……」
グッと力を込めようとする蓮子の頭に手を置くお父さん。帽子越しだが蓮子の頭を撫でようとか考えたのだろうか。……心臓を刺されながら?
「ノンノン。『ごめんなさい』じゃあないだろ?とうとう夢を叶えられるんだ……言うべき言葉はひとつしか無いハズだ。……そうだろ?」
「ッ……あり、がとゔ……!!」
蓮子は涙を流しながらそう告げると、誰よりも固い決意を胸に、突き刺したナイフを下ろし……お父さんの心臓を斬り裂いた────。