賢者の娘は外の世界に留学したようです 作:エスカルゴ・スカーレット
破壊者(前編)
「やっほーメリー、お待たせお待たせ〜!」
「もう蓮子ったらー、活動初日から約束の時間に遅れてこないでよ……」
「はっはっはー、ごめんごめん……。だけどその分、有意義な活動にするからさ!」
とても元気な人間の少女、宇佐見蓮子と出会った次の日。早速、オカルトサークル・秘封倶楽部の活動を始める事になった。今日の集合場所はこの大学の図書館前。15時に来てと蓮子が言い出したはずなのに、当の本人は10分も遅刻してきた。
遅刻癖があるのか、それとも偶然なのか……。もし前者だとしたら、注意しておかなければと思う。
まぁ、10分なんて妖怪の私にとっては須臾同然。実際はそこまで気にしていない。が、人間として活動する以上は、時間を気にする素振りくらいは見せておかなければ。
この遅刻が続いたら彼女の遅刻癖に慣れたように見えるので、それまでこのフリは続けなければ。
「さ、行こっ!メリーは図書館初めてでしょ?」
「そうね。どんな本があるのかしら……」
「ジャンルは凄く多いよ〜!雑誌系統も置いてるからね。うるさくしたり飲食は厳禁だけど、電子機器の使用は認められているのよ。それと、より深く調べ物をしたいっていう時の為にパソコンも備え付けてあるの。しかも処理速度はほぼ光速で聞けばすぐ答えてくれる、超スグレモノなの!」
「パソコンには不慣れだけど大丈夫かしら…?」
「何事にも慣れだよ、メリー!一緒に頑張ろ!」
「そうね♪」
一緒に頑張ろう。その言葉を聞いたのは果たしていつだったか。お母さんとお父さんは私に対してそう言って、よく特訓中に励ましてくれていた。2人と離れて寂しくなっていたが……やはり蓮子が居れば、そんなことは無いかもしれない。
出会ってまだ2日目だというのに、思わず彼女に心を許してしまいそうになる。
「今日のお題はズバリ!『消えた破壊者』よ!」
「『消えた破壊者』?オカルト……なの?それ……」
「そうね……。あ、立ち話もアレだしさ、図書館の中行きましょ!」
「そうね」
そう言えば、まだ図書館前で立ち話をしていた。彼女と話していると、ついつい状況なども忘れてしまう。気を付けなければ。
そして図書館の中に入った私達は二手に別れた。まずは私がパソコンのある席を取って、その間に蓮子は資料を探しに行く。とりあえずパソコンの電源を入れておくと、パスワード入力なるものが表示された。据え置き型のパソコンなのにこんなものがあるなんて、完全に想定外だった。しかしここで、蓮子が本を数冊抱えて席に戻ってきたので、後は彼女に任せることにした。
「ん?もしかしてパスワード入力で躓いてる?」
「ええ、パスワードなんて知らないもの……」
「それ学籍番号入れれば良いのよ、やってみて」
出席番号はクラス内でのみ使うもの。学籍番号は学校全体で使うものらしい。大学に在籍している誰もが使えるパソコンだからこそ学籍番号の方で管理してるのだろう。そう考えると合点がいく。
自分の学籍番号でパソコンを開いたので、今回は私がパソコンを使った事になる。検索エンジンを開いてみるが、当然検索履歴は真っ白である。
「蓮子、その本は……?」
「『消えた破壊者』についての本よ。コイツは、突如としてとある街に現れ、自衛隊や世界の軍と交戦して、挙句の果てには日本中を逃げ回って、各国の戦闘機を誘導して……自分を殺すように仕向けつつ、着実にこの国を破壊していったの。いや、明言はされてないけど、私はそういう風に捉えてるわ」
「えっ……」
そんな大事件が起きていたなんて全くの初耳だ。お母さんならそんな大事件を見過ごすはずがないだろうと思う。
「……て、待って。日本中を逃げ回って?それ人間に出来ることじゃないと思うんだけど…」
「だからこそ『オカルト』なの。人外の存在……妖怪とかがこの件の犯人なのかもしれないわ」
「犯人がわかったら……蓮子はどうしたいの?」
「そうね……。私はただ知りたいだけなのよ。だからこの犯人がどんな奴でも責めるつもりはないわ」
「どうして?」
「日本中が破壊された。でも、『消えた破壊者』はそんなに自ら手を下してないのよね。直接的に破壊したのは、結局人間でさ……。出現した街では多少暴れたらしいけど。そもそも私達が生まれるよりずっと昔の出来事だからとっくの昔に時効だし」
「復旧・復興、大変だったでしょうね……」
「それがね、案外そうでも無いみたいなのよね」
「えっ?」
「日本は自他共に認める『地震大国』よ。言い方は少し悪いけれど、災害に慣れちゃってるのよね……。だから復旧・復興作業にも慣れてるみたいだし、汚染された土地もすぐに洗浄できたの」
「汚染された……?」
「『消えた破壊者』を殺す為に……あろうことか原子爆弾が数多く使われたの。単なる絨毯爆撃以外は、ほぼ原爆と言っていいくらい大量に……。お陰で核を落とした国々は、後から糾弾されまくったそうよ。そりゃそうよね」
「そんな……それじゃあ住民の人達は……?」
「日本政府が世界各国に『止めてくれ!』って言ったのを無視した時点で、避難は開始してた。だから原爆による人的被害はほぼ無かったって。何故世界は日本政府を無視したのかと言うとね、どの国も自分の国に『消えた破壊者』が来る事を恐れたからなのよ。だからこそ日本に居るうちに決着をつけようと焦った結果が、原爆ってわけ。威力は抜群だからね」
「そんな……酷い……」
「日本壊滅の原因を作ったのが『消えた破壊者』なんだけど、実は断片的に映像が残ってるのよ。ちょっとパソコン貸してね」
細長くて綺麗な指による鮮やかなタイピングで、
カシャカシャと文字を打ち込んでいく蓮子。動画
サイトに繋げたらしい。その動画はなんと、再生
回数は100億を突破して、高評価5000万、低評価
1億5000万。
動画タイトルは「生中継のカメラが捉えた姿」。
「……つけるわよ?覚悟はいい?」
「うん……」
一抹の不安を覚えつつ、動画を再生してもらう。バラバラとプロペラの回る音がする。どうやら、ヘリコプターから生中継しているようだ。
《ご覧下さい!あれが、今噂されている破壊生物です!世界中に発信されるこの映像、どのような衝撃を与えるのでしょうか!?》
ザ、ザザッという砂嵐のような音と、少々荒れた映像に、女性リポーターの声が流れる。画面中央には中肉中背程だと思われる人型の生物がいた。しかし、次の瞬間、破壊生物の口がほんの僅かに動いた。
《……死ネ》
なんと言っているのか、聞こえては来なかった。
すると破壊生物から沢山の光の弾…弾幕のようなものが溢れ、リポーター達に直撃して、最後には画面が完全な砂嵐になり、動画は終了した。
「何、これ……合成映像じゃないの……?」
「合成じゃないのよ、それが。……この光の弾……動画のコメントのアレに見えるから仮に弾幕って名付けるけど、弾幕を発射って……少なくとも、人間じゃないと思う。単独で空を飛んでるしね。この時代の技術だと単独飛行は不可能のはずよ。ましてや空中に静止してるんだものね。どこかの怪盗さんみたいにガラスの上に立ってたりヘリで釣ってもらってるのかって疑いたくなるレベルでピタリと静止してるわよ。ホバリングの代名詞の蜻蛉でもここまでは出来ない」
「とすると……何だろうね、これ……。映像が荒くてよく見えないんだけど……」
「……この事件から数日後。ネットでは、ある学生の投稿が世界的な大炎上を起こしたの」
「世界的な……?」
「とある男子高校生がね、この破壊者についてこうコメントしたのよ」
新たなタスクを開き、別な検索ワードを入れて、エンターキーをカシャンと押し込む。
「今はもう無いアプリなんだけど、この時代にはTwitterっていうコミュニケーションツール(?)があったそうでね。このアプリでコメントを投稿……つまり『呟く』事を『ツイート』と呼んでたの。その問題のツイートが、これよ」
サイトの中の、画像のリンクをダブルクリック。
すると、スクリーンショットと思われる、とある投稿が表示された。
『ちょwww破壊者呼ばわりされてる奴、小中のクラスメイトと瓜二つでクソワロタwwwwwwこれもう本人じゃねーの!?おいエスカルゴー、コレ見てるかー?wwwwwwwwwww』
「発信源が違うのか、元の動画は消されたのか…さっき見た通りあの動画の画質は悪くなっているけど、当時は今よりも鮮明に顔が見えたみたい。これを見る限りでは多分そうだったんでしょう。そうじゃないと瓜二つって言えないし」
「この大量のダブリューとクソワロタって……?」
「『笑う』って意味の、ネットスラングっていうものらしいわ。で、こんな世界的な大事件なのに面白おかしくツイートしたから、この人は大炎上したってわけね。バッシングの返信が大量に来たみたい」
14億RT、51万いいね。数字が桁違いだ。どれほど世界的な炎上だったのかが分かる。このアプリの事ならお父さんから聞いた事がある。どちらかが1万を超えただけですごい、とのこと。
……どちらも圧倒的に超えている。
「そりゃあ炎上するわよね……」
いや、待て。それ以上におかしいものが、ある。
この投稿者はなんと言っている?
「おいエスカルゴ」。……まさか。
「そしてこの時代のネットには……今も居るけど、
『特定班』と呼ばれる人達が居たのよ。その呼称の通り、特定を得意としてたりする人の事よ。このアカウントの主も特定して、『エスカルゴ』なる人物のことも特定してしまったわ」
「そ、それで……?」
「それが……この事件のしばらく前に、行方不明になっていたそうなの。少年Eとして、連日テレビ特集が組まれていたそうよ。ここでわざと本名を出さなかったのは、キラキラネームだったから……という説を聞いたことがあるわ。それから、そのエスカルゴの顔写真が……これよ」
また新たなタスクを開いて、「エスカルゴ 顔」で検索する蓮子。画像を開くとそこには、明らかに私のお父さんだと確信を持てる人が写っていた。
目の色は黒。普通の日本人と同じ色だ。
「成績は、当時の彼の地元のレベルでは優秀な方、クラブチームの弓道は優勝経験アリ、部活動の卓球なんかは県大会の常連、中学でやるような検定等はどれも3、2級以上、地元の中では比較的進学が難しいとされる国立高専へ、推薦ではなくて勉強で合格して入学、体育祭などでは主に球技で活躍……。ただし、小学校や中学校のクラスメイト、先輩達や後輩の話によると、暴力的な一面もあった、ってさ。中学生の時、校内で男のクラスメイトとトラブルを起こして、先生が止めるまで相手を一方的に殴り続けた……らしいわ。大会記録と違ってソースも無いから、これに関しては信憑性は無いけどね。多分これは、破壊者と結びつける為のウソね。……ちなみにその時の喧嘩相手のクラスメイトが、あの炎上ツイートの彼とされてるわ。ちょっとした半グレチーム?も組んでたみたい。『
「個人情報ダダ漏れね……」
「これ、別にそんなに頭良い方とは思わないけど、高校1年生の年齢だとしたら少し優秀な方かもね。偏りはあれど、そこそこは文武両道っぽいし」
ここまで出てきてしまうネットが怖い。メリーは初めてネットに触れたにも関わらず早速ネットの恐ろしさを思い知った。それから、蓮子は続きを目で追いながら、ブツブツと自説を唱える。
「……この男が消えてしばらくしてから、空を飛ぶアイツが現れ日本中を飛び回った。顔は酷似。何故?人間から妖怪になった……とか?」
「他人の空似…じゃないかなぁ……?」
「と、思うでしょ。私もそう思いたいけどね……破壊者が現れてからの一番最初の犠牲者はなんと『エスカルゴの従兄弟』の男なんだよね。そしてエスカルゴは従兄弟のことをよく思ってなかったらしいのよ。エスカルゴのクラスメイトを名乗る人物が『頻繁に従兄弟の愚痴を言っていた』ってコメントしててね」
「え……」
「それと本格的な破壊活動に入る前に、破壊者は逮捕されたって記録もあるの」
「逮捕!?射殺とかじゃなくて!?」
「アメリカとか諸外国ならそうでしょうね。けど日本って、そういう所はかなり慎重じゃない?」
「あー……」
「学校を壊した所の破壊者を麻酔銃で眠らせて、その隙に逮捕して、牢屋に入れた記録があるの。馬鹿なの?って思うけどそれはおいといて……当然、目覚めた直後に大暴れして、建物は倒壊するし、犠牲者も無駄に増えたわ。あそこで奴を逮捕したのは致命的な判断ミスだと思う」
「そうね……。日本って甘いものね……」
「現に、警察や自衛隊の対応が間違っていたって世間もネットも燃え上がったからね。……それで、破壊されたその学校ってのが、このエスカルゴが入学した高専なのよ」
「!」
「ま、国立ってだけあって国がお金出してすぐに再建したんだけどね。何だか、エスカルゴと破壊者……色々繋がりありそうじゃない?」
「そう、ね……考えたくないけれど……。でもこれは都市伝説みたいなものでしょう?人間が妖怪に、だなんてそんな……漫画や古典じゃあるまいし……」
「都市伝説だからこそ、私達が動くのよ」
「まぁねぇ……」
それがこのオカルトサークル、秘封倶楽部だ、と蓮子は言う。確かにその通りだと思うが、かなり危険なことに変わりはない。しかし蓮子は危険を省みることをしない。よく言えば好奇心旺盛で、悪く言えば無鉄砲だ。私がしっかりしなければ。
「この本見てメリー。行方不明になった少年Eと破壊者の情報が書かれてる本」
「『消えた少年と破壊者の関連性について』か。てことは、この本の著者も……」
「そっ。私と同じく、エスカルゴと破壊者を同一視してるの。こんな本が出るくらい、2人の関連性がまことしやかに囁かれていたのよ。ネットでも現実でもね。尤も、ネット上では陰謀論レベルでの扱いだったそうだけど」
少年Eは間違いなくお父さん。でもこの破壊者がお父さんだとは、到底考えられなかった。今すぐ本人に会って確認したい。口で聞くのではなく、能力で頭を覗いて。
「それとねメリー、少年Eの家庭どうやら少し複雑なのよね。結末……って言えばいいのかな……」
「そうなの?」
「これも、ネットや書籍とかで調べたことなんだけどね?少年Eが行方不明になった数年後、弟のHも行方不明になったの。それに対し母親のYは『2人は別な世界に旅立っていったのよ』と謎のコメントを残していて、怪しんだ警察に一時的に拘束され、証拠不十分で釈放。更にその数年後、別居してた旦那が突如として頭が破裂して死亡。状況証拠や彼女の状態から原因不明の事故として処理され、保険金が彼女の元に転がり込んだの。暫くして彼女は病死。末期の癌だったらしいわ。当時の医療じゃ治せなかったから放置して寿命が来るのをひたすら待ってたみたいね……。従兄弟も破壊者に殺されたことで、少年Eの血脈はこれで完全に途絶えてしまったの」
「…………」
言えない。私が、その少年Eの実の娘だなんて。
蓮子が語るエスカルゴ情報の中にはちょっぴり虚偽情報がありますな。ネットから集めた情報なんて、所詮はそんなものです。