賢者の娘は外の世界に留学したようです 作:エスカルゴ・スカーレット
蓮子は体重を掛けてお父さんの心臓を切った。胸部や口から大量の血液を溢れさせたお父さんは仰向けに倒れて、蓮子も血塗れのお父さんの上にビチャッと顔から倒れてしまう。
「蓮子っ……ごめんね、ちょっと退いてね……」
「………………」
放心状態になっている蓮子を腕ずくで退かし、目を瞑って事切れているお父さんのペンダントを外し、身体を陽光に晒す。こうしなければ死体は消えお父さんは復活。蓮子の努力が無駄になる。
シュウシュウと白煙が上がり始めるが、急いでそれを
ただ暫く待ってもお父さんは復活してこない。袋の口をギュッと手で持ったままで、体育座りでボーッとしている蓮子の体を揺する。
「蓮子?……大丈夫?蓮子ってば」
「……っあ……あぁああっ……!」
「?」
ボーッとしていた蓮子は急に顔色を変え、顔を引き攣らせ呻き声に近い声を漏らす。そして突然涙を流し始め、ワナワナと口元を震わせる。
「ごめん、なさい……メリー……。私……殺し、ちゃった……!自分の、夢の、為とか言って……メリーの、お父さんを……殺しちゃった……!!ごめん……ごめんなさい、ごめんなさいぃぃっ!私、私、私……ここ、殺し、ちゃったっ……よ!嫌な、感触だった……柔らかくて、熱い血が私の顔に、身体に掛かって、身体も少しずつ、質量が無くなってって、すぐに、消えちゃって……何も残んない……!なに、やってんのよ、私は……!何やってんの私はぁ!ああああぁぁあっっ!」
「ッ!!」
錯乱してしまった。手に持ったナイフで手首を思い切り突き刺すと、ブチブチッと何かが切れるような音が聞こえてきた。次に勢いに任せて腹を突き刺そうとしたので、先程は間に合わなかったものの今回は何とか彼女の自傷を止める。
「やめて蓮子、何考えてるのっ!?」
「やめてっ、離してよメリー!嫌なの!こうして誰かを殺してまで生きてたくない!!」
「〜〜〜〜〜ッ!!蓮子っ!!あなたの決意は、本当にそんなモノなの!?何の為に!誰の為に!お父さんが死んだと思ってるの!?」
「わかってるよっっ!!でも!」
「夢を叶えるには犠牲が付き物……!あの言葉の通りなの!これは仕方なかった犠牲なのっ!」
「なんでこんな事してっ、こんな事までして夢を叶えて、そんな事で、ほん、本当に、嬉しいの?何してるの私、本当、わけわかんないよ、なにがおきてっ……やだ、もう、やだよメリー、こっ、こんな、気持ち悪い思い、してまで、生きてたくないよ、やだよこんなの違う、こんなの、こん、こんな、のは、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違────お゙ぶぇ゙っ……オ゙エェっ……」
「きゃっ……蓮子しっかりして!蓮子ってば!」
突如、勢いよく嘔吐する蓮子。胃液による少々酸っぱい臭いが空気中にムワッと広がる。続いて四つん這いになると、更に胃液などを吐き出す。自傷で血だらけの左手、苦しさ故に流される涙、吐瀉物……蓮子の周りは、もうグチャグチャだ。到底、
彼女の背中を摩ってお父さんの復活を待つが、一向に復活してこない。おかしい。いくら何でも意地悪すぎる気がする。
「お父さん!早く出てきてよ!助けて!蓮子が、蓮子がぁっ!」
「……やっぱり、こうなっちゃったか」
背後にお父さんが現れた。魂の状態でこの辺を彷徨っていたのだろうが、今の今までこの私にも気配を察知させなかったのは素直に凄いと思う。でも今はそんな事を考えてる場合じゃない。
「……は?やっぱりって何なの?こうなることが分かってたとでも言うの!?」
「当たり前だ。分かってたよ。たまに人外じみた考えを見せることはあったが、何だかんだ言ってマトモな人間なんだよ、蓮子はさ。人間じゃねぇ妖怪を殺した程度でコレだ。……優しすぎるよ。きっと、俺が本気で蓮子を殺そうとしなきゃ……彼女の中の殺しのスイッチは入らないだろうよ。試しにやってみるか?」
「やめてっ!もう蓮子は……蓮子の心はボロボロなのよ!泣いて、吐いて、自分で自分を傷つけるほど苦しんでるのにまだ追い詰めるつもり!?」
「それもいいな。でも、良かったじゃあないか。不老不死になる前に気付けて。もしそうなったら完全に手遅れだったんだぜ?」
「っ……そんな言い方っ……」
「あん?何だ?文句でもあるのか?俺ァ身を以て教えてんだぜ?ここまで苦しんで、蓮子もやっと自覚できたんじゃあないのか?自分が、どれだけ大それた事をしようとしていたのか、な」
悔しい。酷い言い方だと思うのに、実際彼女に思い知らせるには、これくらいしか方法がない。思い付かない。……言い返せない。
今でさえ、吐き終わったのにずっと吐きそうな声を漏らしている。吐くものがもう胃袋に残っていないのだろう。
「なぁ……蓮子。自分がどれだけヤバい事に手を染めようとしていたのか、分かってくれたか?」
「……ゔん……」
「そっか。ならいい。ちょっと休もうか」
「……ん……」
「転移『
私と蓮子を、見知らぬ小屋に飛ばした。そしてお父さんは、またもやスキマで遅れて登場する。そこまで大きな小屋でもない。最低限の家具しか置いていないようだ。
「お父さん、ここは?」
「俺のヤリ部屋だよ。とりあえず蓮子、シャワー浴びて少し休むといい。俺は散歩してくるから、何か用があれば、メリーに呼んでもらってくれ。後は頼んだぞ。くれぐれも俺の玩具、使うなよ?わかったなメリー」
「わかってるわよっ!」
「てか俺のナイフは?」
「あ、丘に置いてきちゃった……」
「何やってんだよ……」
お父さんは丘にスキマを繋げ、戻って行った。
青い顔でゲッソリしたままの蓮子は、フラフラ立ち上がるなりシャワールームへ向かった。
「あっ……蓮子、大丈夫……?」
「ん……」
「っ……あれ、蓮子……手の怪我は……?」
「治ってる」
「え」
「大丈夫……自傷なんて、もうしないから……」
「う、うん……」
まさかお父さんの気体を吸ってた?いやそんなまさか。アレはまだ、私がスキマ空間の中に保管してある。……手を入れてもまだ袋の存在を手で感じる。
お父さんの気体をダイレクトに吸ったとしても極々微量のはず。そんな量では不老不死になんてなれない。
私はお父さんの元にスキマを開いてみた。彼はご丁寧にも蓮子の吐瀉物に土をかけて、外からは見えないように埋めていた。
「お、どうした?」
「あ、えっと、蓮子のあの怪我が治っててさ……まさか不老不死になっちゃったのかなって……」
「アレは俺が治したんだぞ。じゃなきゃ、湯船に手ェつけて自殺できちゃうだろ。危なっかしくて浴室とかには行かせられないさ」
「それもそうよね。……あれっ?」
「ん?」
「あの袋が……無い……」
さっきまであった、あの膨れた袋の感覚が……無い。肘まで腕を突っ込んでも、そこにあるのは3Dプリンターで作った武器の数々。まきびしがチクチク刺さって痛い。
「まさかとは思うけど…………蓮子のポケットと繋げたままじゃあないだろうな……?」
「────ッ!!」
「はぁ。……行け。蓮子を止めろ。俺はそっちに行けない」
「は!?何でよ、もしもの時はお父さんが……」
「浴室に居るよ。汚れた服を洗ってる。全裸で。そこに俺が突入していいのか?」
「覗いてるじゃないの!バカっ!目玉くり抜いてこっち来て!」
「えぇ……」
私がスキマを開いて手を引っ張ると、躊躇なく目玉を二本指でくり抜くあたり、お父さんも凄く狂っていると思う。
浴室で服を洗い終えたのか、気体の入った袋の口を解き、先程の私のように手で持っている。
「蓮子っ!」
「あ……メリー……どうしたの?エスカルゴ……どうして血の涙……?」
「お父さんはいいとして、あなたよ!どうして、その袋を……」
「ん……。ちょっと、不思議に思ったの。これを吸ったら、夢が叶うんだなぁって……。なんか、嘘みたいだよね」
「で、でも、蓮子……やっぱり、ヤバい事だって思い知ったんじゃ……」
「うん。もう二度とあんな事したくないし、もうこんな思いはしたくないよ。……でもねメリー。だからこそなのよ。こんな苦しい思いをしたからこそ……不老不死にならなきゃ損じゃない?ただ苦しんだだけじゃ、
「でもっ────」
「オイ蓮子。分かってんのか?もう……」
「後戻りできない。わかってるよ。ありがとう。あなたのおかげで私の夢が叶うんだから……感謝してもしきれないよ。ありがとう、エスカルゴ。さっきはわざと汚い言葉で厳しく教えてくれたんだよね。本当、ありがとうね。……それから……エスカルゴと私を出会わせてくれてありがとう、メリー。これからは、より世界を楽しみましょ?もう恐れることは何も無いんだから」
「蓮子……」
「……後悔しないなら、俺ァ歓迎するぜ。これでまた、不老不死仲間が増えるんだし」
「ふふっ……改めて宜しくね、2人共!」
深く息を吐いて、袋の口に口をつける。そして次の瞬間、中の気体を思い切り吸い込んだ。私はそんな蓮子を黙って見つめていたが、お父さんは眼球を再生させ、その紅い瞳を覗かせる。
「永遠へようこそ……宇佐見蓮子」
そう呟いたお父さんの口元は、細い三日月型に歪んでいた。
因みにこの頃のエスカルゴは、ヤバイ罪を犯した後です。そこはまぁいずれ本編で書きますけど。
なので、不老不死を望む蓮子にはより一層厳しく接してます。優しさ故です。