賢者の娘は外の世界に留学したようです 作:エスカルゴ・スカーレット
邂逅(前編)
「ごめんなさい、ちょっと用事思い出したから、今日はこれで失礼させてもらうわ」
「えっ、えっ?用事?」
「この埋め合わせは必ずするから、今日はこれでお暇させて」
「わかった…」
何度も蓮子に頭を下げ早歩きで退散する。まさかとは思うが、この強い気配…間違いない。大学に来ている。お父さんが来ている。
私が現在いる場所が場所だけに、スキマを使ってお父さんの格好などを確認できない。それが少し歯痒い。かと言ってトイレに行って姿を確認などしていれば、手遅れになる可能性だってある。
とにかく今私がすべき事は、大急ぎでお父さんと会って、早く帰ってもらうよう追い返すことだ。
私としては会いたかった。会いたかったけれど、ただ場所が悪すぎる。私の気配を察知して学校に来たんだろうが、よりにもよってこのタイミングとは少々キツイ。
ああ、図書館が大きいのが恨めしい。図書館内は走れないから早歩きしか出来ない。故に、いくら急いでいても中々図書館の外に出られない。
こんな事ならもう少し入口の近くに座っておけば良かったと後悔するが、そもそも入口の近くにはパソコン席がない事を思い出した。この図書館、パソコン席は入口から離れた所にあるのだ。
だから、とにかく早歩きするしかない。蓮子には申し訳ないと思っている。本当ならもっと2人で活動していたかった。
私は後ろ髪を引かれる思いで図書館を後にした。
「って、この片付け私一人でやるのぉぉぉ!?」
「宇佐見蓮子さんッ!!あなた何度注意されれば大声出さなくなるの!?」
「ひぇっ」
「出禁にするわよ!?」
「ごめんなさいぃぃぃ!!」
…彼女と司書のやり取りを、背中で聞きながら。
◆
「おっ?よォ茜、元気そーで何よりだぜ♪」
「お父さん…ホントに来てた……」
図書館を出てからは人間の中では少し速いという速度で走って、校門で私を待ち構えていたらしいお父さんと数日ぶりに顔を合わせる。
普段のように右手を軽く上げ、ニッと歯を見せて笑ったお父さん。傍から見れば私と同い年…又は私の方が少しだけ年上に見えなくもないだろう。でも実年齢は、私は6歳でお父さんは35歳だ。
そして今のお父さんの格好。何と、人間の格好になっている。翼は無く、吸血鬼特有の牙も無い。
服は「Welcome♡Hell」Tシャツ、下はジーパンという割と普通の服装をしている。
「どうしたのお父さん、急にこっちに来て……」
「どうしたのってそりゃあまぁ…娘の顔が見たくなったから?」
そうだ、私のお父さんとはこういう人だ。こんな小さな理由で異世界間を往来する。理由など今更訊ねるまでもなかった。
「その姿は?魔法?」
「変身魔法で人に擬態してる。魔力は少ないが、20分おきくらいに薬を飲めば延長できるからな」
「そーなんだ。でもねお父さん、今私はサークル活動中なの。もし次来る時があったら、時間には気を付けてよね」
「サークル活動?もう入ったのか…結構早いな。変な所には入ってないだろうな?飲みサーとか、逆ハーレムみたいなところとか」
「お父さんじゃないし大丈夫だよーだ。それと、私を含めて女子2人だけのサークルだから、心配しないで。男にも騙されたりしないから大丈夫」
「それならいいんだけどな…」
「そうそう。私、外の世界ではマエリベリーって名前でやってるから。こっち来る前にお母さんが付けてくれたの。渾名はメリー♪」
「外国人名じゃんか」
「ギリシャからの留学生で、お父さんは日本人のお母さんはギリシャ人っていうハーフっ子♪」
「ギリシャ人でも紅い目なんて居ないような…」
「お父さんが何故か紅い目って感じにしたから、多分大丈夫」
「日本人の父親が紅い目とか逆にキツイだろ…。けどまぁそこまで深く追求してくる他人は居ないだろうし、別にいいかな」
「…うん…そだね…」
何故だろう、ひとりだけそんな人を知っている。まぁ、彼女はまだ図書館に居るし、少しくらいはお父さんと話してもいい…かもしれない。
「あれ?あそこに居るの留学生のマエリベリーさんじゃね?」
「ギリシャから来たっていう…噂の?」
「声掛けてみよっかな…。あれ、でもなんか男いる…」
「先越されたか」
「ちぇー…」
私も地獄耳だ、近くを通る者の呟きなんて嫌でも耳に入ってくる。そして純粋な吸血鬼のお父さんなんて私よりも鮮明に聞こえていることだろう。
…お父さんは呟いた人達にガンを飛ばしている。
こんな様子を見ると、相変わらずだなとしみじみ思わせられる。人間ではなく、お父さんの方が。
「で、サークル活動中にどうしたんだ?サボリは良くねーぞぉ?俺が言うのもアレだけどよ」
「あのねぇ…!お父さんが急に来るから、どんな格好なのか気掛かりで様子見に来たんでしょ!?誰のせいで抜けてきたと思ってるのよ!」
自分のせいとも知らずそんな事を言うお父さんに対して、私は思わず声を荒らげてしまう。だが、本人は何のことやら分からない様子でキョトンとしている。……と思った次の瞬間、肩を落として自嘲気味に少し笑った。
「…マジか、俺のせいか……そりゃ悪かった…。んじゃ、もう帰るから…元気でやってくれな…」
「…!待って!」
「ッ!?」
思ったよりショックを受けてしまったお父さんは踵を返して校門から出ようとする。が、あまりにガッカリした様子なので、思わず腕を掴んで引き止めてしまった。
寧ろ、今日は早く帰ってほしかったというのに。
「どうした?」
「その…ごめんね…?折角心配してくれたのに…怒っちゃって……」
「茜…じゃなくて、メリーに予定とか聞かないで来ちゃった俺が悪いんだからそんな気にすんな」
「…うん…」
折角の再会なのに、空気が悪くなってしまった。仕方ないとはわかっているがどうもやるせない。どうせ「予定がある」と言って抜けたのだから、今更図書館には戻れない。それなら今日はもう、お父さんをアパートに連れ込んで─────。
「あれ、メリー?どーしたのよ、そんなとこで?予定は?」
「ッッ!!!」
今一番ここに来てはいけない人の声が、背後から私の背に突き刺さる。身体は無意識のうちに硬直してしまい、お父さんの腕を離せないでいる。
一方のお父さんはと言うと、覗き込むようにして私の後ろ…蓮子が居る方を見ている。
「…?メリー、知り合い?」
「え、ええ…まぁね……私の家族っていうか…。私が心配でこっちに来たみたいでね……」
「そうなんだ。留学してきて数日だっていうのに随分心配性ねぇ。…私、メリーと同じサークルで活動してる宇佐見蓮子よ!よろしくね、メリーのお兄さん!」
違う、そうじゃない。お兄さんじゃない。しかしここは、彼女の勘違いに便乗して兄妹で通す方が自然かもしれない。そう思い付いた私は、それで通そうとお父さんに目で合図を送ろうとしたが、ほんの少しだけ間に合わず………。
「初めまして、お嬢さん。
詰んだ。
よっ、破壊者!娘の努力すらぶち壊していくゥ!