何度目だろう。   作:ウェットル

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 ここで打ち切りにしてもいいように。
 キャラ設定ではなく「地の文」のネタバラシをしていこうと思います。
 感想欄で気にしているひとがいたので、とりあえず。


 あとがき、あるいはなかがき。これまでのネタバラシ。

①■■を穿つ魔剣使いの述懐。

 

 どこの『今』でも必ずぼやく、疲れ切った彼の独白。

 この短編のスタート地点でもあり、例外がなければゴール地点でもあります。

 すっからかんになった彼の透き通った価値観は、もはや誰の敵にも味方にもなれますし、そのどれにもなれません。どの勢力の良い点、悪い点も見てきました。どれもが総じて価値があり、どれもが総じて価値がない。

 

 価値を与えるとしても、それは次の『今』へと立ち去る自分の記憶の中でだけ。

 

 それらの中でも記憶に深く刻まれ続けている、どこまで無関係な立ち位置になっても印象の強い勢力こそがグレモリーチームであり、相応の愛憎劇もかつてはありました。

 

 そのすべてが死ねば過去に戻り、なかったことになってしまう。

 結果として、愛憎劇を生み出す自らの感情や私情に対して「彼が拘る必要」など何百度目かのループのいつかに擦り切れてなくなっており、ただ「完全に繰り返されない=本当に死ぬ」ということを無意識に欲しながら、繰り返されるという現象と留まっている世界を受け入れ続けています。

 

 

 

②好奇心は猫を殺す。

 

 どこかの『今』であり、どこかの別の『今』。

 どこかの『今』において、相手取っているグレモリーチームあるいは同じく悪魔の駒を持つ者たちから、思わずチェス盤を連想した彼が現実逃避をしながら、相棒とともにグレモリーチームあるいは別の悪魔貴族のチームを全滅させた『今』。

 

 それらの後のどこかの『今』において、たまたま相棒とチェスに興じていた際に、たまたまかつての『今』を連想させる駒の取り合いになり、当時のやり取りを想起し、当時のやり取りそのままの言葉を相棒が記して、相棒の勢いで相棒の反則負けになった『今』。

 

 どちらの『今』でもあり、それほどまでに彼が『今』を繰り返して、想起と現実の区別がつかなくなり始めていた時期での後者の『今』でもありました。

 

 結果的に、後者の『今』での思い出が精神的にやつれて廃人になりかけた彼の意識を、辛うじて脳内の記憶ではなく、相棒のいる現実側に留めることになります。

 

 

 

③鳥なき里の蝙蝠たちと。

 

 前回の『今』を、どちらも経験した上での『今』。

 結局、前回のストーリーと同じようなことをしてしまう『今』に至った、どこかの『今』のグレモリーチームを、またもや彼らが同じようなやり取りで全滅させた後に何らかの要因で死亡したうえでたどり着いた、奇跡的な『今』。

 

 

 ちゃんとしたことわざ。

 「鳥がいない里では蝙蝠が鳥のように振る舞う」。

 優しく言えば、「資格や実力のあるものがいない場所では、資格や実力のないものが威張りがち、幅を利かせがちである」、言い方を悪くすれば、「優れたものがいない場所では、つまらぬものが威張っている」というもの。

 

 純粋なグレモリーチームへのアンチ・ヘイト作品であれば、この上なく過激にグレモリーチームを揶揄しうることわざとなりますが。

 

 拙作では「はぐれ悪魔バイザー」と「バイザーの関与しない場所で好き放題殺っている堕天使レイナーレ」を地の文で神器所持者たちに触れながら暗に指しつつ、当時は赤龍帝疑惑はあったイッセーを眷属にするためなのか、相当に「人間の尊厳を軽んじた言動が多かったリアス」がやらかしうることや、結局は強くてニューゲーム(経験値)(代償は精神崩壊か倫理観の崩壊)をしているに過ぎない「主人公自身」をも指しています。

 

 ほんとうの意味で優れた実力があるものは、彼の相棒(リジル)だけでしょう。

 原作開始時点での、『あの中で』と、あんまりにも状況がセコいくらい限定されてますが。

 

 生きてきた時間軸や才能が違えば、彼我の力関係や頭の冴えは違っていて当然。

 むしろ転生して妙な力を持っているだとか、神器が不自然に他の神器使いより多岐にわたる能力(※使い方ではなく)を持っているとか、どこかでなんかおかしい設定のキャラが「これに引っかからないことのほうがありえない」と自分は考えています。

 

 それはそれとして面白いものは面白いので、こんなことわざひとつを気にする必要もないとは思いますが。ようするに主人公も結局は蝙蝠だよ、自覚してるよってことです。

 

 (※悪魔に転生したことがある、という意味でも) 

 

 厳密にはアンチ・ヘイトではないため保留、というタグなのも、「時間軸が違えば彼我の実力差が大きく変わるのは当然、誰もが未熟で当たり前」という観点から描いているため、全体的にグレモリーチームの非を指摘しつつも擁護する内容になっていたり、主人公自身を相棒任せの相打ちか不意打ちでしかグレモリー家関係者には勝てない、すべてが無駄に終わってきたと描くことで、「主人公だけが優位になったりしないし、主人公だけが正しくなにかで報われるわけではない、けっきょく何事も状況次第でしかない」ことをも露骨に描いていることからです。

 

 好きな部分、嫌いな部分、全部ひっくるめて描いているためです。

 原作讃歌。これが正しいのかもしれません。

 

 彼が倫理観にこだわらなくなっているのも。

 それらを繰り返して経験しすぎて、勢いよく燃え尽き擦り切れたためです。そんなものを抱いても、結局はじめからやり直すため。

 何度も過去に戻されて、何度も自分の正義や悪を主張するより前に戻されて、そんなことをしなくても結局は誰かがまるく解決してしまう、実は自分たちが急ぎすぎて正当化させた暴力や凶行に走っていただけだった・・・・・・とか、そういった具合で何度も現実を知ってしまえば、そらそうもなるでしょう。

 ようは彼、思想が真面目すぎてしまった英雄派みたいなもんだったんです。

 

 

 瞳がガラス玉のようになり、いつでも過去への想起から視界が白くくすむようになった彼にとってのキーパーソンは原作1巻~3巻時点でのメンバーではなく、主従関係や物事の道理よりも友情に飢えやすく、友情を重視しかねない吸血鬼ギャスパー。

 

 わりと他のグレモリーチームのメンバーが敵味方の区別か私怨か嫉妬かエロ目的か、プライドのあり方についての彼我の違いだけで少々安直に行動しやすい面はあるため、故郷での戦いにおいて私情を突っ込んでしまう、大会においては1番の激情家となるまで熱血系主人公になっていたギャスパーのみが【友情】を理由にして彼の盾、彼の擁護者となりえるとしました。

 ・・・・・・中高生だから是非もないよね、って擁護できる面子の中で、1番大きな非がなくて非を生み出しにくくて、かつ最後は主人公っぽいってどういうことなの。

 

 出会う順番の問題からエロ方面で先にイッセーと仲良くなった、なってしまったがために話がすんなりと進んだ『今』もあったはずなのですが、シンプルにイッセー自身の運の問題から、かつてと同じ『今』に至ることはなく。

 

 偶然、なにかをきっかけに思い切ってゲーセンへと歩いていき、そのまま神器と向き合えて引きこもりを脱却するような、もしもの『今』にたどり着いた「幸運な」ギャスパーが彼と最初に仲良くなることに。

 

 

 ちなみにですが、さきほどまでのネタバラシと合わせると。

 この時点で、実は最低でも三回は「相棒が同じ告白をしていた」ことになります。お熱いねぇ。

 

 

 

④来る鳥が跡を濁す前に。

 

 前回の続きであり、珍しい『今』を受け入れた直後。

 前回のことわざと繋げて、「調子に乗る堕天使が関わってくる前」に契約する話。

 

 ちょくちょく過去の想起がまざり、記憶と現実の区別がつかなくなっていることを自覚する理性が語られ、何度も繰り返した想起の影響で脳内あるいは精神を疲れさせたためか、深夜テンションのようなノリで某青いランプの魔人じみた言動を、これまた某魔法の敷物じみたノリで応じた相棒とともにやらかしてしまう。

 

 実はそんな回でした。

 よくよくイッセー視点で読んでみると、この回に限って言えば「けっこうなギャグ回」です。

 

 本人たちは内心うまくいったと喜んでいても、兵藤一誠の主観(※原作風の地の文でイメージしてください)で言動を見てみたら、後半部分がド級のギャグキャラにしか見えなかったり。

 

 リアスたち(※今回の『今』では、朱乃、ギャスパーのみが現場にいました)は真面目に脅威を感じていますが、そういうところで楽観的に捉えてしまうからこそ、兵藤一誠がグレモリーチーム全員に受け入れられたのかもしれません。

 




 続編希望の数にあわせて、いったんここでストップです。
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