正義の味方に憧れた少年はオラリオで····· 作:頭のない案山子
巷では赤い謎の生物がオラリオを闊歩していたと言う噂がまことしやかに囁かれていた。
買い物で立ち寄る度に店の店主や店員ひいては冒険者や神ですらその話をしている。このオラリオにおいて未知というのはそれだけ夢や面白いに繋がりやすい。
特にダンジョンに至っては【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】により深層まで探索され、その先は基本的に【フレイア・ファミリア】か【ロキ・ファミリア】のどちらかしか行くことは無い。そのため現状ダンジョンには未知と呼べる物は少なく、冒険者の意欲を滾らせる事は低い。
常に娯楽に飢えている。神でもヒューマンでも
概ねどこかの初心者が血塗れで街を駆けたのだと思われるが、逆に血塗れになっても生きて帰ってきたのだから幸運であると言える。
(まさかヘスティアの所ではあるまいな。考えすぎか)
この街でつい最近初心者になった者と言えばヘスティアのファミリアしか知らない。他人との交友が比較的少ないシロウにすれば情報が入りにくいのも仕方がなかった。
今はそんな噂より明日の生活だと気を引き締め直して四つの袋いっぱいに芋を購入していた。
近々
残りは勿論明日以降の材料に当てるので無駄は出ない。
脳内でいくつもの味を構成しつつ急ぎ足で厨房兼自宅へと戻る。
数刻が経過しすでに窓から差し込むのは星や月のか弱い光だけ。
一五に及ぶ試作の残骸が転がっていた。
子供受け、冒険者受け、女性受け、様々な視点から制作したのだがどれもインパクトに欠け売れるレベルにない。
「さすがに食いきれないな・・・味が違うとは言え同じ芋だ。あと一つでも食えばもうじゃが丸くんを作る気力が無くなる」
酒を滝の如く飲むドワーフのように大きく膨れた腹は試作品をどれだけ食べたのかを物語る。
それでも皿の上にはそれぞれ五個ずつ余っていてとてもではないが一人では処理しきれない。
一人で処理しきれないのならば一人で処理しなければいいのだ。運良く働いている従業員は常に金が無く腹を空かせた貧乏ファミリア。
構成員も一人きりで新人冒険者では稼げる額もたかが知れてる。ならこの無駄に作りすぎたこれを処理してくれるだろうと考えた。
計算を完璧に行うシロウが材料計算を誤り作りすぎたなんてのは随分とおかしな話だがそれを指摘しうる存在がこの場には居なかった。
「そうなれば持っていくか・・・確か古びた教会だったな」
大量のじゃが丸くんを紙袋に詰め込み持ち上げる。
調理後の外出や部屋を離れる場合は必ず元栓の確認を行うため、一度キッチンに向かい元栓を閉めているか確認して──勢いよくシロウの意志とは関係なくドアが開けられる。
「店長・・・シロウくん助けてくれ!」
「何事だこの時間に」
ドアを開けたのはこの店の唯一無二の売り子にして、先程から話題に上がる【ヘスティア・ファミリア】の主神ヘスティアであった。
かなり急いでいたのか髪と息を大きく乱し、少し過呼吸気味で神としての威厳は何も無い。売り子をしている時点でそんな物など存在はしていなかったが。
「実は・・・ぁ・・・」
「落ち着け、別に時間はあるからゆっくりと」
「ベルくんが帰ってこないんだ!」
△△△△△△△△△
ヘスティアから唯一の家族が帰ってこないと伝えられ、何があったのかを聞きいた後に気は進まないがとある店へと向かっていた。
別に何かその店に恨みがある訳でも、問題を起こした訳でも無いがそこの従業員の一人とできる限り会いたくない──と言うより会えない。
昔所属していた【アストレア・ファミリア】の仲間にして、今では嫌われ二度と前に現れないでくれと言われるまでになってしまった。
彼女に告げられたその言葉通り二度と現れないと誓い接近すらしないようにしていたのだが、今回ばかりは情報をを得るために避ける訳にはいかない。
『それで彼は今日どこに向かう予定だったんだ』
『街で出会った人に誘われたとかで豊穣の女主人に行くって言ってた。さっき寄って中を覗いたけど、ロキのやつは居たけどベルくんが見つからなくて・・・』
『見つからなかったと。ふむ、ならそこで何かあったと見るのが正解だとして、今からまたそこに向かうのは辛そうだな。仕方がない、私が行ってくるから君はここで待っていたまえ』
【豊穣の女主人】はそれこそ賞金首から犯罪者。所謂お尋ね者となった実力者ばかりが集う店で、シロウが店員全員と戦闘行為に入った場合九割の確率で負ける。それ程までに実力者が集まっている。そのため冒険者が暴れないので安心して食事ができると人気が高い。
自身の店からすればかなり離れているので夜道をかける足は早くなる。
目元深くまで被る赤いフード付きの外套と口元を隠す黒色のマフラーは駆ける速度により発生した風に揺らぐ。
夜とはいえ酒を飲んだり食べたりするリフレッシュの時間であるため人通りが多い。
もちろん姿をおいそれと見せる訳にはいかない。データ上ではシロウは死者とギルドが発表しているからだ。なので、人目につかず駆ける事のできる建物の天井を使っている。
傾斜が酷くレンガや極東の瓦のような物で作られているので足場としてはかなり悪い。
そのため足をつけて走るのは危険と判断し、極限まで屋根との接触時間を短くし前に飛ぶ要領で駆けていた。
着地をして僅かな時間で飛ぶ間も音は一切鳴らさず、息一つ乱れはない。
それはステータスによる力だけでは行えない、武を収めている事の証明でもあった。
その甲斐あってか普通に向かうよりも数倍早く辿り着く。
ここまで人に姿を晒すのを隠してきたのだから、少し店を越えて裏路地に飛び降りる。
(ここまでは予定通りだ、問題は・・・)
はっきり言ってこれが一番の最難関である。
【アストレア・ファミリア】のシロウ・衛宮はそれこそ大手のファミリアであれば名前と顔が一致する者が多い。
今回既にヘスティアからの情報で【ロキ・ファミリア】がいるのは知っている。そうなると注意をすべきは団長を務めるフィン・ディムナだ。
過去闇派閥を掃討している最中に接触し戦闘に発展した事がある。その際に【
豊穣の女主人の店主に話を聞こうとしているので、顔を隠しては失礼に当たる上助けて貰っているのでそこまでの無礼を働く気は無い。
(・・・チ、これを使う事になるとはな。あの駄神めこれを狙ってたのか)
変装を余儀なくされ外套の内ポケットから二つのアイテムを取り出す。
片方は魔道具でも何でもないただのメガネだが、真っ白な筆は【ヘルメス・ファミリア】団長【
残念ながら試作品らしく今は黒にしか色を変えられないとの事だが、人は視覚から入る情報が大部分を占めるので髪色を変えるだけでも変装の効果は十分に発揮される。
鏡が手元にないので取り敢えず頭のてっぺんは放置し、サイドを筆なぞり黒く染めていく。
塗り終わるのに二〇秒も掛からず、なぞった瞬間から黒に変化する。
完成系はてっぺんが白でそれ以外が黒、世間一般的に言えばプリンと呼ばれる状態だ。
そこに眼鏡を追加すると何処からどう見てもシロウ・衛宮だとは悟られないだろう。
(一万ヴァリスも取るから頻繁には使えないが品質はやはりいいな。しかし、もしダンジョンの風景に溶け込めるような代物まで作れば冒険者狩りの助長になるかもしれん。今度会った時に改善点として伝えておこう)
試作品を渡されて使ったのだからテスターとして逆に金を貰う立場であるのだが、妙に生真面目なシロウはかなりの額の金額を払って使用し感想を渡すらしい。
凡そ下手なテスターを雇うよりは金を払って改善点を無料で伝えてくれるシロウはある意味カモではあるが、言い換えれば貸しであるためいつか返せねばいけいだろうとアスフィは密かに震えている。
フードを首にかけて変装アイテムを内ポケットにしまい、意を決して飛び込む。
店内はじゃが丸くんを売ってる露店とは違い、建物の中を改築して作られた食べる場所のある店なのでかなり人が多い。
軽く見回した所団体でくる冒険者が多いせいでポツポツと数席空いている程度で、殆どの席が埋まり大きなテーブルに大皿に乗せられた大量の料理を食すファミリアの団体が目立つ。
特にヘスティアとめっぽう仲が悪いロキのファミリアは案の定第一級冒険者が集っていた。
足技を主体として戦う
露出度の高い服装であるが戦闘狂の節がある双子のアマゾネス、ティオナ・ヒリュテ並びにティオネ・ヒリュテ。
美貌で言えばロキ・ファミリアでもトップクラスで尚且ついくつものレコードを持ってる少女、アイズ・ヴァレンシュタイン。
オラリオでトップクラスの怪力を持つドワーフ、ガレス・ランドロック。
オラリオ最強の魔法使いのエルフ、リヴェリア・リヨス・アールヴ。
ロキ・ファミリアの団長でシロウが最も警戒する
ここまでのメンツが揃う店は早々無い。
同時刻に店内で食している冒険者達は羨望の眼差しを向けている。
そんな中を一人完全に無視して逆走して、店内の奥の方で片付いた食器をキッチンへ持っていく
「すまない少し良いかな」
「いらっしゃいませにゃー、どうぞ空いてる席に──」
「残念ながら今日は客として来てないので遠慮させてもらうよ。ミアさんを呼んでくれるかな」
「ミア母さんかにゃ?別に呼ぶぐらいなら良いけど、今裏が忙しいにゃよ」
「それならシロウが来たと言って貰えれば来るはずだ」
「了解にゃ!」
器用に食器でお盆の上にタワーを作りながら、小走りでキッチンへ消えていく。
その動きの時点で並大抵の冒険者でないのが伺えた。
ステータスとは上がるのは能力であり技術では無いのだ。
例えば力。これは上がれば言葉通り持ち上げられる物の重さが増えたり、根本的な力の数値として見る。されど、重いものであっても技術があれば持ち上がるし力も技術で増せる。つまるところステータスが上がったからといえ強くなるのは=ではないと言うことである。
正しく巧みな足運びからステータスだけに頼り切った二流の冒険者ではなく、実際に肉体を鍛え何かしらの武を修めたかあるいは習った冒険者だと推測ができた。
甘い美貌とは裏腹の高い身体能力が無ければまともに冒険者の訪れる店などできないのだろう。露天販売という危険性の少ない店を持つシロウには想像でしか語れない事だ。
裏に少女が消えてから数秒後、煩わしそうな声が聞こえたかと思えばそこらの冒険者より巨大な女店主が現れる。
シロウですら少し見あげなければ目が合わず、ウェイトレスで働く店員に比べ味気がないがメイド服らしき物を着ている物の、極太の二の腕や足など明らかにただの人間ではない。
ここの店に訪れるものは自ずとそれを感じているのか逆らおうとせず、フィンですら敬意を表す人物であった。
「・・・ん?なんだいあんた、随分とオシャレして。前に来た時は白──」
「変装だよ変装。これでも一応もとお尋ね者だからね、多少なりとも警戒はするさ。それにここには」
──彼女もいるからねと言葉を紡ごうとしたが、それはとある乱入者によって遮られる。
「ミア母さんアーニャが私も呼んでいると」
「はぁ・・・たく、あのバカ娘は。とりあえずリューは裏から素材を持ってきな。それとアーニャは店を閉めた後私のところに来いと伝えておいてくれ」
耳がピンと尖っている事からエルフであるのが分かる。
燦々と降り注ぐ太陽の光のような色の黄金は、肩と同じ高さに切られていて声から女性と分かるが、男装し声を低くすれば男と間違える程の整った容姿をしている。
そも豊穣の女主人には容姿の調ったメンツが多く、神にナンパさらる従業員もいる程だ。
されど彼女はその中でも一際目立つほどに美しい。
高潔主義のエルフで無ければ無数の男や神に言い寄られていたに違いない。それは彼女も理解しているのか他人に早々心を開く事は無い。
彼女こそが【リュー・リオン】
シロウが所属していた【アストレア・ファミリア】の最後の生き残りにして、シロウを最も憎む者でもある。
そんな彼女の突然の襲来であってもシロウは──慌てないとは行かず、机と椅子の隙間に飛び込んで気配を完全に消していた。
リューが喋っている間は否応なしに冷や汗が流れ続け、喉が悲鳴をあげていた。
なんとも情けない姿にミア母さんは呆れながらリューを裏へと追いやり、潜んでいるシロウの傍に近寄り安全を伝えた。
「すまない」
「別にいいよ、あの【
「それもそうか」
とりあえず一番聞きたいのは【ベル】についてだが名前を伝えても知らない可能性があるので、【白髪】で【小柄な少年】の二つの容姿を伝え情報を聞いた。
「あぁ、確かシルの連れてきた客だね。小柄な割にかなりの大食漢だって言われたから、それなりの量の料理を渡したよ。でそいつがなんなんだい?」
「実はファミリアに戻っていないらしくてね、最後のいた場所がここだと思われるので何があったのか聞きに来たのだよ」
「何があったか・・・厨房に居たからあんまり詳しくは分からないけどいいかい?」
「無いよりはあった方がマシだ」
ミア母さんは両腕を組んで少し前の出来事を思い出しながら語る。
その時は丁度厨房で料理をしていたので聞き取れなかったが『トマト野郎』『俺とトマト野郎どっちと番になる?』などの酔っぱらいの妄言が目立ったらしい。直後ベルがお金を払わずに店を飛び出たとの事だった。
これをヘスティアから事前に聞いていた【ベル・クラネル】との情報と組み合わせれば答えは浮かび上がる。
前提としてベルは【ロキ・ファミリア】の【アイズ・ヴァレンシュタイン】の事が好きだ。
ミノタウロスから助けられた時に一目惚れしたとの事。
奇しくも助けられた時点でアイズとは釣り合うはずがなかった。
深層への進出すら視野に入れている【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者のアイズと、ミノタウロスに襲われ助けられなければ死んでいた新米冒険者。
この二人が今の時点でそういう関係になるのは百で不可能だ。文字通りレベルが違いすぎる。
それを考えないようにしていたベルは偶然にも同席していた、彼らの会話から現実を伝えられ弱いベルには逃げるしか選択は無かった。
そこから導き出せる唯一の行先は一つしかない──ダンジョン。冒険者が絶対に通るべき夢への塔。
「助かった。これで迎えに行ける」
「そうかいなら良かったよ。にしても、未だに仲直りしてないのかい」
「・・・無理だよ。彼女はどんな形でも正義を掲げていた、助ける事をせずに逃げの選択を強制的にさせた
「随分と不器用な正義だね」
「・・・・・・・・・」
彼らがいなければオラリオは暗黒時代と呼ばれた五年前よりも遥かに酷く蔓延っていただろう。
ギルドは一切手出しができず無法地帯と化し、冒険者達も触れること無く裂けるように生活していく。
それを思えば彼らが滅ぼされたのは悲しいし悔しいと思える。
もしまた暗黒時代と呼ばれるような時期が来たら誰が止めるのかいや、救うのか。それは──
(多分シロウなんだろね。自己犠牲どころか闇を悪を許容しない壊れた正義。もしくは、最初からそれこそが掲げる正義だったのかもしれない)
さっきの可愛い反応の当人とは思えないほど冷徹な双眼で床を見つめる
オラリオを去ったアストレア様がもう一度来てくれればと・・・・・・
「すまないがそろそろ行かせてもらう」
「早く迎えに行ってやんな、この店を出た直後に死なれたとあっちゃ目覚めが悪い」
「ははは確かに」
軽口を叩きながら二○○○ヴァリスを取り出してミア母さんに渡す。
食い逃げをしたベルの補填含め情報量だと思えば安いもので直ぐに出ようと──
「はっはっは、なんの冗談だい?まだ足りないよ」
「メニューから見てこれが妥当なラインだろ。生憎と持ち合わせはこれしかないんだ」
「ふぅーんそうかい、食い逃げの上等文句だね。『お金が無いんです』って」
「・・・・・・悪どいな」
「なんとでも言いな、私は商売をしてるんだからね」
「後日新レシピを持ってくるこれでいいか」
毎度会う度にイチャモンを付け渡す事になる新レシピ。
もはや豊穣の女主人が成功してるのはシロウがレシピ提供をしているからなのではと言いたくなるほど、幾つ物レシピを渡し人気メニューにしてきた。
首根っこを捕まれ逃げられない状態では無条件に降伏するしか選択肢はなく、渋々ながらレシピ提供の約束を結ぶ。
この約束を破れば全戦力を持って攻められるので結べば解消するには約束を果たす他にない。
余計な時間を食ったと解放されてから急ぎ足で外へ向かう。
内心色々思いながらも駆けフィンの後ろを通った瞬間、フィンの親指が震え頬に付けられた傷が疼く。
(やはり生きているのか
冒険者の経験からくる第六感、親指がの疼きが彼の存在を示していた。
幾度の苦難と困難に反応した親指が外れた事は無いので、ギルドからオラリオ最強のレベル7オッタルに殺されたと報告されたがありえないと信じていなかった。
シロウの最終データはレベル6。
だが、一つ下ではあったがレベル5のフィンを掌の上でコントロールして圧勝したシロウは、対人戦であればレベル7相当であると断言出来る。特に一対一は最も好むスタイルであり、
実力を直接味わったフィンだからこそ、死んでいないと頬に付けられた傷を治さずに戒めとして残してきた。
次に会えば成長した自分をぶつけられるように。
目標の人物がいるのではと辺りを見渡すが目印になる白髪の青年はいない。
店から飛び出て全力で辺りを探してもいいが、今はまともな武器がない。探索帰りの影響で武器はボロボロと、万全ではない状態で戦うほど愚かではない。
「どないしたか?フィン」
「なんでもないよロキ。ただ、もっと強くなりたいと思っただけだ」
(いずれ必ず激突する。その時までは技術を高めるとしよう)
揺るがない夢が定まり瞳に闘志が強く宿る。
探索帰りではあったが、今すぐにでもダンジョンに潜って戦闘を行いたい。戦闘狂の一面を思わせせつつ酒を飲んで、ひとまずは帰還した事を祝った。