正義の味方に憧れた少年はオラリオで····· 作:頭のない案山子
誠に申し訳ありません。
僕は逃げた。
分かってたのに、僕なんかがあの人の傍に居れない事なんて。
レベルが違う、ファミリアが違う、実力が違う──違うこれは言い訳だ。単純に僕に力が無かったんだ。
レベルが違っても勝てる強さ。ファミリアを超える力。純粋にモンスターを狩る力。
全てが不足している。
「KEYEEEEEEEEE」
「このッッ!!」
豊穣の女主人から逃げた僕はダンジョンに訪れた。
まだ中層には降りられないので浅い上層で先日倒したコボルトを相手に剣を振るう。
得物は短剣で15
それでも短剣を使うのはベルの体型が大きい。
両刃剣や大剣といった大型な武器を扱う者は総じて身長が170
確かにベルもステータスがあるのでそれらの剣を持てなくはないが、長い手足から遠心力を加えた振り下ろしがメインの使い方である普通の剣ではベルの160
だから短剣を使うため速度を生かした
全身の殆どを体毛に覆われていながら手と足は機動性を上げるためか、殆ど毛が無く鋭く伸びた爪がよく目立つ。
爪の切れ味は申し分なくベルの左腕を撫でた右の爪の先には、赤い血肉と白い脂肪がこびりついている。切られた箇所が風に触れる度激痛が走り思考が乱される。
(あと一体だけなのに!)
装備すらろくに付けずにダンジョンに潜ってきてしまった。
冒険者は武器の一つは常に携帯しておくこと、それが例え女子とのデートでもだよと教えてくれたエイナさんには感謝しかない。
ダンジョンに直行で来てしまったので武器一つで戦うことになり、入ってすぐの相手がコボルトだったのは運命としか言い様がなかった。
冒険者にとって初のモンスターである確率が高いモンスターであり、初心者が最も挫折するのがコボルトである。
伝記や英雄譚などで語られ本物を見たことのない初心者が殺すのを躊躇ってしまう事が多い。
生き物を殺し生きていくという事を認識させモンスターをベルは先日殺しスタートラインに立てたと思い込んでいた。
一体との対峙は問題がなかった。
今回の戦敵がまさかの四体だったのが問題だった。
暗闇からの奇襲で左肩を裂かれ、すぐさま飛んでくる爪を既の所で受け流し首を掻ききった。
仲間が殺されたせいか、はたまた獲物を見つけた興奮か、雄叫び声を各々上げてベルに襲い掛かった。
全身かすり傷で左肩と右脇腹から血を流しているがどうにか三体殺し、残るは最後の死闘を繰り広げているコボルト一体。
「僕は負けない!強くなるんだ!!!」
「KEEEEYEEEEEEEEE!!」
最後の力を振り絞り姿勢を屈め地を蹴る。
姿勢を屈めたのは空気抵抗をできる限り減らすためで、それによりコボルトの懐に──短剣の間合いに入り込む。
狙うは魔石一つ。
下手に魔石を確保しようと戦えば今のベルでは簡単に死ぬ。なので生き残るために稼ぎを捨て魔石を砕くのに専念する。
場所は人間と同じく心臓の位置であり、まんま人間の心臓と同じ役割を持っている。
肉を強引に切り裂く。
肉の繊維一本一本が爆ぜ、全身に流れる真紅の濁流がベルの髪を紅く染めた。
それでもより深く、奥へ突き刺しコボルトは天井を見上げ叫ぶ。
「GAUUUUUU!」
残り僅かな命を捨てた共倒れの噛みつき。
爪以上に尖っている牙は大きく展開しベルの傷ついた左肩を覆う。
「あッ、がァァ!」
傷口を塩水に触れさせるとかなり痛いと言うが、今のベルは痛いの一言で済むレベルではない。
視界の上下が曖昧になり、脳みそが危険だとシグナルを鳴らし全身が硬直する。
体の中心から這い上がる赤い液体はコボルトの血と混じりどれがどっちか分からなくしている。
口に広がる鉄の味は慣れたくない不味さ。これに慣れた時はもう冒険者なのだろう。
必死に噛みつき剥がれないコボルトの牙はより痛みを与えるために頭を左右に揺らし初め、揺れからくる繊維の螺切れや切断はさらなる痛みをもたらす。
顔元で光る獰猛な紅い双眼が睨む。
──負けられない。
コボルトの最後の抵抗はよりベルの熱い闘志に薪を焚べた。
右手で強く短剣を握りしめ、持ち手の先の部分を左手で支えながら押し込む。
血肉をかき分け魔石を確実に早く砕くためだ。
「あ゛ぁ゛ぁ゛ッッ゛!!」
「GEYAAAAAAAAA!」
どちらが先に死ぬかの我慢勝負に持ち込まれる。
二人の雄叫びはダンジョンの洞窟に何度も木霊して激戦の様を伝える。
長く続いたコボルトの遭遇戦は呆気なく終わりを告げる。
短剣の先が筋肉や骨とは違う別の硬い何かに触れ砕いた。
血管が浮かぶまで強く力を込めていた顎から一気に力が抜け、あそこまで生にしがみついていた双眼からは光を失い肩から離れ地に落ちる。
瞬間、魔石を砕かれた影響で直ぐに身体が灰に還りダンジョンに吸われていく。
また数刻もすれば新たな肉体を得て冒険者を殺すために命を捨てるのだろう。ある意味で無限に行き無限に死ぬ運命の奴隷こそがモンスターと呼べ、悲しい生き方であるのかもしれない。
「あっ、はぁ・・・っ」
一番重症の左肩を抑える。
コボルトがもう噛み付いていないのにピリピリと痛みが続き、牙の跡をゆっくりとなぞり原因を探った。
間違えて傷口を触る度強烈な刺激が脳に直接響き顎に力が入る。
それでもなぞり続け遂に肉に深々と刺さった牙を発見し引き抜く。
「くっかぁぁぁ!」
返しが付いてる物ほど悪質では無いが一度引き裂いた肉の繊維を無理に動かすのは噛まれた時以上の激痛だ。
慎重に抜くよりも大胆に勢いよく抜き牙を投げ捨てた。
今のベルに取ってドロップ品より命なのだ。
─そうだ地上に戻らなきゃ。
ふっと湧いた感情は温かく迎えてくれる主神──ヘスティアの笑顔を浮かばせ頬を緩ませる。左肩と右脇腹からかなりの血を垂れ流すが来た道を逆走していく他に選択肢は今のベルにはない。
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金もない初心者冒険者が一人夜に行く場所など限られていた。
武器店は店じまいをしていて飲み場ぐらしか空いてない。ベルは金がない上に笑われた。
純粋である少年の心はさぞ痛み気を狂わせただろう。
何も持たずに今すぐ自分の力を確かめる──いや、力を付けたいが正しい。
とりあえずダンジョンに向かった。
(余程のアホでなければそろそろ出てくるタイミングだと思うが)
人通りの多かった道から少ない道へと進み、次第にそれは視界に存在を誇示し始める。
ダンジョンに蓋をする役割を持つ【バベル】が天高くそびえ立ち、最上階にいる美の女神が日夜子供を視ている。監視と抑制の二つの力を示す【バベル】は冒険者達を常に見送り帰りを迎える最後の砦とも呼ばれたりしている。
もちろん【バベル】の最上階からは彼女の視線が降り注いでいる。
(最近は別の冒険者に目を付けたと思ってたが、まだ俺を引き入れる気でいるのか)
美の神と名高いフレイヤが一度どんな子供とでも出逢えば【魅了】させ、必ず引き込むとされている。屈強な男も、最強の女も、そこに違いはない。
過去とある事情から勧誘を受けたがシロウのスキルにより【魅了】を打ち破って断ったため、初めて断られたとより注目を集めてしまった。
他人からの視線に一際繊細な感覚は必ず美の神の存在を掴む。
そんな視線も最近は感じる事が少なく、新たな子供に興味を示しているようで安心していたのがこのタイミングで視線に気づいた。
あまり実力を見せたくないので視線がある限り大見得切った行動に移りにくくなる。
それに、未だに解決できてない
ダンジョン特有の匂いに空気感。
【バベル】に近づくだけであのトラウマを思い出す。
無残に無情に非情にモンスターではない、
いずれ時間が解決するだろうと思ってたが以前解決せず、商品を売るのですら
(チ・・・まだ超えられないか。ほんと嫌になるよ自分自身が)
物陰に隠れ出入りする冒険者を監視する事が今の限界だ。
震える右手を左手で抑えながら念入りに見つめ続け暫し時間が流れた。
酔っ払い千鳥足の冒険者、ナンパに失敗しがくりと肩を落としてる何処かの神・・・人通りが少ないが多様な人間模様が確認出来る。
何人目かの冒険者が通り過ぎた後左肩を抑えながら血を流している白髪の冒険者を見つけた。
昔に遠目で見たままの姿である。
小動物のように幼く小さい。それでいながら、たった一つの夢に希望や期待を乗せている──まるで幼少期のシロウのようなヒューマン。
足取りが怪我の影響でかなり遅いのでこちらから近づくしかなかった。
「ベル・クラネルだね」
「・・・え?」
俯いていた顔を上にあげシロウとベルは初めて見つめ合う。
ベルの瞳にはまだ捨てきれていない憧れなどが宿っていて、見ているだけで自己嫌悪に襲われる。
「あの、誰ですか?」
「・・・・・・ッ、すまない自己紹介が遅れた。君のところの主神のヘスティア様が働いている店の店主だよ。シロウ・衛宮、普通にシロウと読んでくれ」
「シロウさんいつもヘスティアさ──」
ポーションすら使っていない重症も忘れ日頃の感謝を口にしたが、最後まで続かず一瞬意識が飛ぶ。
糸の切れたマリオネットは頭の自重により前へ倒れる。
間合いが会話をする距離程に近かったので一歩前へ足を出し、抱きかかえるようにして受け止める。
「おっと、大丈夫かね」
「だ・・・じ・・・・・・ょ」
呂律が曖昧で聞き取りずらく瞼が何度も閉じたり開いたりを繰り返し消えかけてる意識を保とうとしてる。
どれだけのプレッシャー、過酷な状況下に居たのかを物語っていた。
「とりあえず今は寝ていろ話は後だ」
優しく触れる、簡単に壊れるぐらい繊細な物に触れるように丁寧に髪をなでる。
母親に撫でられたかの如く心が安らぎスヤスヤとシロウの腕の中で、研ぎ澄ませていた神経それこそ剥き身の刃を仕舞うように意識を手放す。
がくりと手の中で小さい身体の少年は気絶した。
他人の手の中で簡単に寝てしまうのはその人の良さからきた物か疲れていたかは分からないが、シロウからしてみれば自殺行為であり今すぐにでも叩き起したい気分ではある。
が、どこかベルを見ていると既視感を覚えてしまい強く出れない感情が生まれる。
なんてめんどくさいんだと、今沸き立った感情に苛立ちを覚えながら背中に背負い、寝かせたままの状態でヘスティアの元へと急いだ。