正義の味方に憧れた少年はオラリオで····· 作:頭のない案山子
ダンジョン禁止命令が出てから三日が経過した。
未だ太陽が登りきる前に寝床から出て、収入を失ったベルの食事代を稼ぐためにかなりの重労働をしているため、ふざけて布団に侵入することもなくソファーで薄布を被って熟睡している。
起こさないように服の摩擦に意識を集中して物音一つ出さないようにして地下から地上へと上り日課のトレーニングを始めた。
足の動きを阻害しない膝までしかない短いズボンに、上も動きを阻害しないように袖のない特殊な形状のシャツを着ている。冒険者であるならば防具を着込むため暑くても長袖長ズボンとなるのが当たり前で、オラリオを見て回ってもここまでの薄着はなかなかお目にかかれない。
紐をきつく締め上げて走っても抜けないように合わせてから、軽く身体をほぐす。その時に師匠に言われた事を思い出した。
『冒険者に一番必要な事はステータスではない、身体を精密に動かせる事だ。冒険者の死因に多いのが急激なステータスの変化、レベルアップ後に自身の力に振り回されてモンスターに不意をつかれ致命傷を負う事だ。
簡単に上がるものでは無いレベルアップだからこそそのような現象が起きる。そしてダンジョンに潜るならいずれレベルアップはするだろう・・・だからこそ今必要なのは身体を理解し動かし続けろ』
呼吸一つにしても吸えば酸素が血管をめぐり全身に回っている事を感じる。
まだ三日目ではあるが今までのように流れで身体を動かす事を止め、考えて身体を動かす癖が付いてきた。
(ふぅ・・・・・・よし!!)
身体の解しを終えやっと日課のランニングに移る。街中を十週──距離にして1000
トレーニング終了の時刻は徐々に早くなっていく、それが意味するのはステータスがみるみる上がっているという事。ステータスのない一般人と冒険者では、同時に筋トレを始めても如実に肉体に現れるのは冒険者の方が早い。それを実感しているベルは冒険者の凄さを今一度実感した。
(ステータスを得れば下級のモンスターなら簡単に倒せるようになる・・・確かにそうだけどそれ以外にもこんなに違いがあったんだ)
基礎トレーニングをこなし終え新しく技術を教えてもらうために師匠の自宅に足を向けながら変化した身体を見回す。
五日前と違い全体的に細く小枝のようだった身体は太い枝ぐらいにまで変化していて、足は筋肉の躍動が目に見えてわかるほどに成長している。
初めはダンジョン禁止令にショックはあったが、自分の力なさを理解した事でトレーニングの必要性がわかり熱心に行うようになった。
それでも憧れのアイズ・ヴァレンシュタインには程遠い。
スタートが圧倒的に遅かった分追いつくには血反吐を吐く程度では不可能。さらには特殊な何かがある
──もっと強くなりたい。
そう願いながら歩く歩幅が大きくなる。
順調に身体の調子も整える歩きを行いつつ残り
「何してるんですか?ベルさん」
「ふぇっ、しシルさんなんでここに」
声をかけてきた銀髪の少女はベルがこの街で触れ合い、仲を深めた度合いで言えば
シル・フローヴァ。
豊饒の女主人にてヒューマンでありながら看板娘の地位を獲得してる、飛び抜けた美貌を兼ね備えた店員であった。神をも虜にする瞳に見つめられればどんな男でも落ちるとまで言われている。
位置でいえばここからだと遠い場所に豊饒の女主人があるので、通常なら出歩くテリトリーではないはず。そのためありえない出会いに驚きを隠せていない。
「ふふ、簡単ですよ。最近こちらに来てくれないのでお弁当を渡せずにいたのでホームに向かおうと思いまして・・・結局場所がわからなくてウロウロしてたらこうして会えました」
「そうだったんですか・・・あっ、すみませんわざわざ」
シルはその言葉通り手元に白にピンクの水玉がたくさん写っている風呂敷に包まれた、いつもの弁当がある。
感謝の言葉を告げながら弁当を受け取る──その時に僅かに温かみを感じ、出来たてのように感じたが迷っていたと言っていたのでそんなことはないだろうと邪推は止めた。
「ところで最近ダンジョンに潜ってないみたいですけど、どうかしたんですか?」
「えっと、実は今師匠に鍛えてもらってるんです。実力不足だからダンジョンに潜るなって言われてて」
「一から鍛えて貰えるんですね。ベルさんはまだまだ冒険者に成り立てだから心配してたんですけど、それなら心配いらないですね。キチンと鍛えて安全にダンジョンに潜ってくださいね」
自分の事のように両手を掴んで喜んでくれた。
他人の事をここまで喜べるなんてとっても優しい人なんだなと改めて認識する。時々腹黒い一面も見えたりするがそれでも、悪気がないのは明らかなので純粋に優しいんだと結論付けた。
両手を繋ぎあっている事もあり、夕陽に照らされ幻想的な輝きを放つ髪から宝石のような瞳と自然に見つめ合う。
ドキッと心臓が少し跳ね上がり頬が僅かに紅潮する。
「所で師匠さんの名前はなんて言うんですか?」
「シロウ・衛宮さんです。じゃが丸くんの店長もしてて、元冒険者の方なんですよ!!」
「シロウ・・・衛宮・・・・・・
「そう師匠は凄くて・・・て、あんまり話してたら遅刻しちゃう」
ベルは新しく技術を教えてもらう事になってたのを今思い出し慌てて駆け出そうとする。
技術訓練に移れるようになったのは基礎トレーニングの終了が早くなり、身体に馴染み始めたからなので遅刻した場合また別日になってしまうかもしれない。
そうなるとまたダンジョンに戻る日が遠くなり、基礎や技術を得ても経験を得られなく差が広がってしまうので遅刻はできない。
一歩踏み出す瞬間にシルから静止される。
「ま、待ってください。一つだけいいですか?」
「大丈夫ですよもうすぐそこなので走れば間に合いますから」
「なら、今後誰に聞かれても
「え、なんでですか」
「簡単です。非戦闘の私だから知らないだけでもしかしたら巷では知られているかもしれません。冒険者にとって敵はモンスターだけじゃない、もし冒険者同士の抗争になった時に師匠がバレていると剣術等が筒抜けで対策を取られてしまうんです。なので不用意に言いふらさない方がいいですよ」
「そうだったんですね、ありがとうございます!!やっぱりシルさんは頼りになりますね」
「いえいえそんな事は・・・それよりも頑張ってくださいね」
「はい!!いってきまーす」
元気に右手を振りながらシルと別れてシロウ宅へと向かい、小さく手を振り返す少女はどこか儚げな表情を浮かべていた。
時間ギリギリでなんとか家の前に着く。
女の人に喋ったせいで遅れたと罪悪感を与えないために嘘をついたが、かなり危なく全力で街を駆ける事になる回復しつつあった体力がまた半分ぐらいに戻ってしまう。
それも悟られないように一応呼吸を戻すが師匠が気づけないとは思えず時間稼ぎにしかならないだろう。
深い深呼吸を一度行いながら胸に手を当てる。
大きく行った息を吸う音、吐く音、二つを聞くと慌ただしく急いでいた心臓が落ち着きを取り戻していき、通常より少し早いぐらいにまで落ちる。
「よし」
──準備万端。これで大丈夫
ドアを手前に引き遂に冒険者としての第一歩を踏み出す。
と、思っていたのだが──
「ふむいい調子だ。イモは硬いから寸前から力を込めると切りやすい」
「あの」
「薄切りもこの程度が妥当か・・・薄すぎて形が崩れても困る」
「あの!!」
「どうした突然大声を出して」
大きな鉄鍋に高音に熱した油を惜しみもなく投入し、そこにベルが切った薄切りのイモを入れ上げていく。
鉄鍋からは食欲をそそる甘美な音が鳴り響き、音に耳を傾けながらベルにシロウは反応を示した。
「なんでこんな事やってるんですか、今日は特訓だって」
「特訓だよこれも十分ね。一に通ずる物は万事屋に通ずる・・・野菜を切るという事はモンスターを切るという事にも──はぁ、その目は信じていないか」
ベルが到着しドアを開けた直後待っていたのはハードな特訓でもなく、じゃが丸くんの進化系じゃが揚げくんの手伝いだった。
既に調理を始めてからそれなりの時が過ぎている。外では夕餉を楽しむ声が聞こえ始めているのだ。
明らかに特訓に関係の無い事をしているのに、それを問いただしてもヒラヒラ話術で誘導し有耶無耶にして続けさせられる。
これ以上はさすがに我慢の限界だと包丁を机に置いて特訓を催促する。
「・・・全く、師匠の話はしっかりと聞いた方が良いのだが、君も君で焦る気持ちがあるようだな。それも分からなくはないが急いで失う物もある」
「それでも在庫の半分は切りました」
「半分だろ全てではない──が、いいだろう。そろそろ味付けの思考に移ろうと思っていたから、ついでに特訓だ・・・こっちに来い」
訴えが効いたのか胸部から太ももまで隠していたエプロンを脱いで簡単に畳むと、リビングの机に置いてからキッチン横の扉に向かう。ベルも慌ててエプロンを置いて後を追う。
シロウの家は外見の小ぢんまりした印象とは裏腹に、奥へと長く続いていた。
石で作られた玄関を超えればすぐにキッチンとリビングが現れ、傍に二階へ続く階段と謎の扉。内装はかなり質素で必要最低限の物しかなく娯楽物が一切ない。
最低限の荷物さえ持てばすぐにでも姿を消せるような不気味さがそこにはある。
キッチン横の扉の先はさらに謎の構造をしていた。
「中庭?」
「大雑把に言えばそうなるのか・・・便宜的に言えば運動場だがな」
四角くえぐり抜かれた縦横六
地面の土は全て本物で自然の泥臭さが香り草のアクセントもある。
靴は玄関で脱いできているので代わりに差し出されたのは紐も何も無い、足を入れるだけの簡易な靴。最低限の品質ではあるが料金は安くベルも昔は良く履いていた。それでも冒険者になるとほとんど履かなくなっていた。
なんでこの靴なのか疑問に思いながらも履き中庭へ降り立つ。
「よしそれでは特訓を始める」
「は、はい!!」
「今回教えるのは技術、如何に優れた知識や知恵があってもそれを扱える肉体や技術が無ければ意味が無い。肉体面に関しては基礎トレを続けてもらうい、新たに技術のトレーニングも追加する」
中庭のサイドにある小さな戸棚から古びた二本の短剣を取り出す。赤く変色し鉄の色は見えず確実に切れ味は悪い。
片方の短剣を軽く上に弾いて回転させ刃を掴み持ち手の方をベルへ差し出す。
「受け取れ当分の間お世話になる相棒だ」
ダンジョンに持ち込む装備を全てホームに置いてきているのでこの錆びた短剣を使う他にない。
持ち手は手によく馴染みまるで昔から使っていたかのようなフィット感。短剣でありながら意外と重さがありいつも使っている短剣よりも格段に重い。
安物と高価な短剣の違いかと考え今後持てるかも怪しい高価な短剣を強く握りしめる。
「特訓の内容は至ってシンプル。地面にあるこの落ち葉を上に投げ──切るッ」
適当に足場に落ちていた緑一色の落ち葉を上に投げる。
もちろん軽いのでヒラヒラゆっくり自然落下を始める。縦長に中庭は壁に囲われているので落ち葉が風によって急激に進路変更をしたりはしない。
舞うのを眺め続け口元の高さになった瞬間、錆びた短剣を握っていた右手がブレる。
消えたのではなく一瞬右手の存在が揺れた。
現状のベルにとっては見えたのはそこまで。第一級冒険者ならば右手が落ち葉を凄まじい速度で切り上げたと分かるのだが、戦闘経験も浅く冒険者に成り立てではそこまで期待するのはあまりにも酷の一言に尽きる。
落ち葉は切断され進路変更を二つに分けて初めから二つであったように荒ぶる様子もなく地面と再開した。
「凄い・・・あの速度で切ったんだ」
切った事に気づいたのは地面と再開する直前だ。
二つに分離した落ち葉を拾い上げると何故かベルの方へ差し出す。
「これをベルもできるようになってもらう」
小さなまだまだ少年の手には寸分違わず真っ二つに両断されている落ち葉がある。
新たな特訓とは舞う落ち葉を真っ二つにすることだった。