ツルギ、フタフリ   作:わさび仙人

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第十話

 電力供給のストップしたこのデパートを照らすのは、薄っすらと雲がかかって頼りない月明かりだけ。

 誰もが明日の作戦に向けて休息をとる深夜、僕は未だに欠伸の一つすらしていなかった。

 部屋の隅には毛布を被って静かな寝息を立てる来栖崎(くるすざき)がいる。昼間は疲れていないと強がっていたけれど、彼女はやはり、あのエントランスでの戦いでかなり消耗していたようだ。

 

 泥のように眠る来栖崎を見て、僕はまた自己嫌悪する。

 感染の発作を起こしてしまうことが、彼女にどれほどの負担を強いるのか。それは今の来栖崎の疲弊した様を見れば想像できる。

 けれど、想像はできても理解はできない。彼女が一体どれだけの苦しみの中で剣を握っているかなど、僕なんかには永遠にわかりはしないのだ。

 

 来栖崎が傷ついたのは、輸血ができていないことを考慮して采配しなかった僕のミスだ。

 自覚はある。僕は来栖崎の強さに頼りすぎている。不知火(しらぬい)の言っていた通り、彼女に依存しすぎていると。

 

 それでも、僕にはこうすることしかできない。内なるナニカに怯える来栖崎に剣を握らせ、最も多くの敵を斬らせるために最前線に立たせることしか。

 

 弱い僕は、来栖崎を苦しめることでしか生きられない。だからこそ、その苦しみが少しでも軽くなるようにと考える。

 けれど最近、それ自体がまったくの無意味であるようにすら感じるのだ。

 

 なぜなら来栖崎にとっては、憎み恨み忌み嫌う僕の血を啜ることでしか生きられない依存関係こそが、軽減しようのない最悪で最大の苦悩であることには違いないのだから。

 

 今日何度目かもわからないため息をつく。

 するとそれに被せるように、僕らの部屋のドアがノックされる音が聞こえた。

 

「休んでいるところすまない、不知火だ」

 

 僕は腰を持ち上げてドアへと歩み寄る。

 来栖崎を起こさないようそっとドアを開けて顔を出すと、昼間同様大きめのブルゾンとパンツスタイルの不知火が立っていた。

 

「起こしたか?」

 

「いや、僕は起きてたよ。来栖崎は寝てるけど」

 

「そうか。本当にすまないな、こんな時間に。少し話があるんだ」

 

 申し訳なさそうに眉を顰める不知火。シャワールームの一件があったばかりで、顔を合わせるのが少し気まずい。

 しかし不知火はまったくその件を気に留めてはいないようで、普段通り平然と僕に話を切り出してきた。

 

「まずは、その……ありがとう。私の提案を採用してくれて」

 

「ああ、第二拠点を作るって話か。改まって感謝されることでもないだろ、僕以外のみんなも賛成してたし。いい案を出してくれて、むしろこっちが感謝したいくらいだ」

 

 新入りとは思えない堂々とした発言。不知火の性格を思えば珍しいことではなさそうだが、これができる者は多くないだろう。

 参謀を任された今だからこそ、僕は会議なんかでも積極的に発言しているけれど、ポートラルにやってきた当初はチームの空気に馴染むのも一苦労だった。ここは不知火と僕の人望の差なのだろう。

 

「あの場にサンがいてくれて本当に助かったよ。私だけじゃあんなにスムーズに作戦立案なんてできないし、あの盟主に流されてすぐにでも出発していたかもしれない。ポートラルの参謀と言われるだけのことはあるな、お前は」

 

「大したことは何もしてないよ、僕は。いつだって頑張ってるのは、ゾンビと戦ってくれてるみんなだからな」

 

 そうだ。皆の苦労や恐怖と比べれば、僕の役割などなんと負担の軽いことだろう。

 だからこそ、僕はせめて自分の発言には責任を持ちたい。仲間たちの安全を最優先に考えたい。

 仲間たちが生きるか死ぬかも、安全圏に立つ無力な僕の指示一つですべて変わってくるのだから。

 

「それで、本題はなんだ、不知火? まずは(・・・)なんて言ったくらいだ。他にも要件があるんだろ?」

 

「……ああ。察しがいいな、お前は」

 

 僕の指摘に、不知火の表情が重くなる。

 どうしたのだろう。何か問題でもあったのだろうか。

 

 少しの間俯いて考え込む不知火。

 僕はそんな彼女が何の話を切り出してくるのかと、静かにその時を待った。

 

「……なあ、サン。二人だけで話せないか? ここじゃちょっと……」

 

「……二人で?」

 

 僕の問い返しに不知火が頷く。

 けれどそれは不可能だ。僕は来栖崎から一瞬たりとも離れるわけにはいかない。そのことは不知火にも話したはずなのだけれど……いや、あるいは――

 

「――もしかして、来栖崎がいると話しづらいことか?」

 

 僕の問いに、不知火は黙り込んだ。

 どうやら彼女は何と答えるか迷っている様子だ。おそらくは図星なのだろう。

 けれど不知火は少しの間考え込んだあとで、気まずそうににこくりと頷いてみせた。

 

「本当に察しがいいな、サン。その通りだよ」

 

 私の負けだ、とでも言いたそうにため息をつく不知火。

 けれど、来栖崎を抜きにして彼女が話したいこととは一体何なのだろう。不知火は来栖崎に友好的に接しようとしていたはずなのに、聞かれてまずい話でもあるのだろうか。

 

「来栖崎にとっては面白くない話なんだ。寝ているとはいえ、それをわざわざ彼女の前で話すことには、なんだか抵抗があってな……」

 

「そうだとしても僕は、今ここで話せないことなら聞くつもりはない」

 

「……わかった」

 

 部屋の奥で眠る来栖崎を一瞥する不知火。

 そのあとで彼女は、より声を小さく落として僕に語り始めたのだった。

 

「お節介かもしれないが真面目に聞いて欲しい。私はお前たち二人に、あの依存関係を脱却してもらいたいと思ってるんだ」

 

 真剣な表情を突き合わせる不知火の言葉を、僕なりに飲み込んで解釈してみる。

 けれど適当な解にはどうにも辿り着かない。僕と来栖崎がこの依存関係を脱却する方法は、来栖崎の感染の治癒と僕の死以外にはありえないからだ。

 

「来栖崎にサンの血が必要なのは十分理解できる。だがだからと言って、24時間行動を共にする必要はないだろう? 血を飲むときだけでいいはずだ」

 

「感染度の上昇に関係なく、不意に突発的な発作が起こることもあるんだ。常に目の届く範囲に僕がいなきゃ、それに対応できないんだよ」

 

「それも確かに重要かもしれないが……私が心配してるのは、お前自身のことなんだ、サン」

 

「僕自身?」

 

 不知火の言葉に首を傾げる。僕は彼女に一体何を心配されているというのだろう。

 感染に伴った発作で危険なのは、感染している本人である来栖崎と、彼女の殺人衝動の矛先が向くかもしれないポートラルのメンバーたちだ。感染しない身体を持つ僕ではない。

 第一、僕は来栖崎に襲われたとしても、そのとき血を飲ませることで発作は収まるのだ。一体自分に何の危険があるのかと考えても、僕にはまったくもって想像がつかなかった。

 

「お前ほどの聡明な男が、この関係を良しとしている理由がまるでわからないんだ。 来栖崎はお前のことを人として見ていない。血液パック(ケツパ)などとふざけた名で呼んで、お前を所有物として好き放題だなんて。私はそれが……見ていられない」

 

 唇を噛み締めながらそう語る不知火は、どこか悔しそうに見えた。

 けれど、この契約は僕自身が決めたことだ。不知火が胸を痛める必要などどこにもないはずなのだけれど。

 

「今すぐ来栖崎との契約を解消すべきだ、サン。お前は自己評価が低すぎる。ポートラルでのお前の功績は目覚ましいんだ。来栖崎の所有物だなんて言わず、もっと自分を認めるべきだろう?」

 

 そう言って必死に詰め寄ってくる不知火は、どこか僕に嘆願するようにも見えた。

 なんというか、正直嬉しい。ここまで自分のことを思ってくれる仲間と巡り会えたことが。

 

「……それは違うよ、不知火」

 

 けれど僕は、彼女の言葉を否定しなければならない。

 

「来栖崎に守ってもらわなきゃ生き残れない僕なんかが、そこまで組織に貢献してるとは思えない。いや、仮に不知火の言ったことが全部正しいんだとしても、僕が狂わせてしまった来栖崎の人生に償うためには、こんなもんじゃまだまだ足りないんだ」

 

 僕の言葉を聞いた不知火は、やはり悔しそうにグッと拳を握り締めていた。

 理解されなくていい。そもそも理解してもらえるなんて思っていないから。

 

 誰に何と言われようと、僕は来栖崎との契約を最優先に生きていく。

 そのことで誰かが胸を痛めようと、この意志だけは決して揺るぐことはない。

 

「だから僕は、来栖崎のために生きることをやめない。誰に何と言われても、来栖崎が僕を殺すまで、絶対にだ」

 

「……そうか……わかった。邪魔をしたな」

 

 僕の決意が固いと悟ったのか、そう言い残した不知火は、踵を返すと僕らの部屋の前から去っていった。

 あの様子では、やはり不知火から理解は得られていないだろう。なんだか申し訳ない気分にもなる。

 

 けれど僕には、これ以外の生き方などわからないのだから仕方ない。

 来栖崎のために生き、来栖崎のために死ぬ。それこそが僕にとって唯一の、かつ最大の幸福なのだ。

 

 改めてそう実感し、部屋の中へと振り向く。

 視界に映った来栖崎の、寝息を立てながらもぞもぞと寝返りを打つ姿に、僕はなんだか胸が温まるような気持ちさえした。

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