ツルギ、フタフリ   作:わさび仙人

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一部、サン視点からひさぎ視点に切り替わる場面があります。


第十七話

「よし! 掃討完了だ! 早く二人の援護に――」

 

 振り向きながら変異種のいる方へと駆け出した僕は、そこで息を止めた。

 その瞬間に見てしまったのだ。猛攻の末、ついに変異種を四つん這いの姿勢に追い詰めた二人の剣士。そのうちの一人がちょうど異形の首を撥ねる、まさにその瞬間を。

 

 声が、出なかった。息が、できなかった。

 変異種は倒された。僕らの援護を待たずして。たった二人の剣士の手によって。

 

 それが吉報であることは間違いない。けれど首を撥ねた直後、頭のない状態の変異種が最後の力を振り絞って右拳を振り抜いた。

 その一撃は首を撥ねた直後の不知火(しらぬい)を捉え、彼は十数メートルに渡ってゾンビの死骸だらけの谷底を転がった。

 無数に裂けた脂肪だらけの頭がゴロンと転がる。殴られた衝撃で手放した不知火の剣が地面を滑る。それと同時に頭のない変異種の巨体は地面を揺らしながら倒れ込み、ようやく沈黙した。

 

「不知火ッ!!」

 

 名前を呼びながら、僕は慌てて駆け寄る。幸い即死はしておらず、彼はどうにか自力で上体を起こしてみせた――のだが。

 

「不知火……お前……」

 

 彼の左脇腹には――巨大な紅い棘が深々と突き刺さっていた。どう見ても致命傷と言えるほど、痛々しく。

 

「……はは。しくじったな。まさか首を撥ねてもまだ動くとは……」

 

 不知火の身体に刺さった棘は、変異種の右拳を形成していた結晶だ。

 どうやら来栖崎(くるすざき)と不知火は、二人で変異種を相手取るうちに、自分が先に仕留めるのだと張り合ってしまっていたようだ。僕が振り向く直前に聞いた二人の声からして、そう考えられる。

 

 そして二人はついに変異種に膝をつかせ、手をつかせ、またとないチャンスを作り出した。

 その瞬間に不知火はとどめを刺そうと剣を振ったのだろう。だからこそ来栖崎の焦る声が聞こえた。不知火に先を越されてしまうと。また不知火に負けてしまうと。

 

 不知火自身も焦っていたのだろう。何がなんでも来栖崎より先に仕留めなければと。来栖崎にだけは負けたくないと。

 結果、変異種は不知火の手によって仕留められるに至った。けれどそのとき不知火も重傷を負ってしまったのだ。

 

 激痛に顔をしかめながら脇腹に刺さった棘を引き抜き、疲れ果てたように息をつく不知火。

 彼の片眼が少しずつ黒く染まり始めてきた。そう……彼は《感染》してしまったのだ。

 

 なんというか、不知火らしくない。

 彼は一人でこのニュータウンを生き抜いてきたが故に、誰よりも用心深く、誰よりも危機管理が徹底していたはずだ。

 それなのにどうしてあのような無茶をしたのだろう。それほどまでに来栖崎に負けたくなかったのだろうか。ここまでくると、その執念は狂気の沙汰だ。

 

「だがおかげで……俺の望みも叶うわけだ。ある意味この変異種(バケモノ)に……感謝しないとな」

 

 出血する脇腹を抑えながら、不知火はよろよろと立ち上がる。

 そして今にも倒れそうな足取りで一歩一歩僕の方へと進む彼の姿に、僕はなぜだか鳥肌が立った。

 

「サン……お前の血を飲ませてくれ。俺もあの女と同じバケモノになった……お前に依存しなければ生きられなくなったぞ。これならお前は……俺を受け入れてくれるんだろう?」

 

 その目に宿る光は、希望そのものだった。

 なんて幸せそうな目で僕を見るのだろうと、背筋が凍るようだった。

 こんなにもどす黒く汚れた希望があっていいのか? ここまで堕ちてしまった彼を、僕なんかに救うことができるのか?

 

 僕はどうすればいいんだ? 彼はポートラルを陥れた人物。それでいて僕に依存した感染者。

 彼に血を飲ませれば命を助けることはできる。けれどそれで本当に救われるのだろうか。僕も、彼も、皆も……本当に?

 

「だから早く……俺にも血を飲ませてくれよ、サン……お前に依存した二振り目の剣を取るんだ。さあ……さあ!」

 

 澱んだ幸福感に真っ黒な目を輝かせながらにじり寄ってくる不知火の姿に、僕は――

 

 

 

 

 

 

 

 ――思わず一歩、後退ってしまった。

 

 なぜそうしたのかは、僕にもわからない。

 彼の狂気を恐れたのか、仲間を騙したことを憎んだのか。

 それとも、彼は生きている限り僕を求めて同じことを繰り返すと、そう感じたからなのか。それは僕自身にもわからない。

 ただ、そのたった一歩が彼にとっては非常に大きな意味を持ったことは確かだった。僕が後退る様子を見て、幸福感に満ち溢れていた不知火の表情は、一瞬にして絶望一色に支配されていた。

 

「どうして……どうしてだよ、サン……」

 

 突然力が抜けたように膝をつき、僕の顔を見上げる不知火。

 その姿に僕は、何も言葉をかけてやることができない。目を合わせてやることすら、僕にはできなかった。

 

「どうしてあの女なんだよッ!? あの女はお前のことを《所有物》としてしか見てないんだぞ!? 俺の方がお前を守ってやれる!! お前を人として生かしてやれる!! 剣士としても俺の方が優れているのにどうして――ッ!!」

 

 ――カランッ。

 

 と、僕と不知火の間に何かが転がった。

 それは一振りの剣。不知火が変異種に殴り飛ばされたときに手放してしまった、彼の剣だった。

 

「……来栖崎?」

 

 僕は剣が転がってきた方を見やる。

 するとそこには、不知火同様に片眼を真っ黒に染めた来栖崎が立っていた。どうやら彼女は、この剣を拾って不知火に投げ渡したらしい。

 

「……構えなさい」

 

 そう言って来栖崎自身も刀を構える。

 その言動に、その行動に、僕は来栖崎が何を意図しているのかを察した。

 

 彼女は不知火にこう言っているのだ。早く立ち上がって剣を拾え。邪魔者は消したのだから、さっきの勝負の続きをしよう、と。

 

「ちょっと待てって来栖崎。それはあんまりすぎるだろ。今の不知火がお前と戦ったりなんかしたら本当に――」

 

「――ダメだよ、サンちゃん」

 

 このままでは不知火は来栖崎に殺されてしまう。そう感じた僕が来栖崎を説得しようとした言葉は、不意に割り込んできたアドによって遮られてしまった。

 

「君は黙って見てなきゃダメ。今の君に、ヒサギンとヌイヌイを止める権利は……ないはずだよ」

 

 らしくもない神妙な口ぶり。どこか悲しげな声色。

 そんなアドの言葉に、僕は息を飲むことしかできなかった。

 

 助けを求めるように、僕は礼音(あやね)さんの方を見る。

 けれど彼女もどうやらアドと同じ考えであるようで、申し訳なさそうに俯く礼音さんが僕と目を合わせてくれることはなかった。

 

 そうだ。僕だって本当はわかっている。ただ、向き合う強さが僕にはないから目を背けたいだけだ。

 

 感染者の発症率、死亡率は100%。唯一命を繋ぐことができるのは、僕が持つ特殊な血液だけ。

 そして僕は、血を飲ませてくれと嘆願する彼を拒絶した。彼の命を救えるのは、僕しかいないというのに。

 

 感染した仲間は即処分。それがポートラルの鉄の掟(オメルタ)

 来栖崎は僕が24時間輸血可能であることを条件とした例外だ。僕がその条件を拒否してしまった不知火は……言うまでもない。

 

 それなのに、どうして来栖崎に「不知火を殺さないでくれ」なんて的外れなことが言えるだろう。

 不知火を殺したのは、僕だ。救う手段を持ち合わせていながらそれを拒んだのは、他でもない僕だというのに。

 

「……畜生……畜生ッ……」

 

 剣を拾い上げ、ふらふらと立ち上がる不知火。彼の足元には、滴る脇腹の出血によって大小さまざまな斑点模様が描かれていた。

 出血量は既に致命的だ。このまま放置していても出血多量で死ぬか、ゾンビとなって死ぬかしか道は残されていないだろう。

 

 だからせめて、来栖崎との勝負だけでも決着をつけさせてやらなければならない。彼がゾンビになる前に。彼がまだ人間であるうちに。

 不知火を見殺しにした僕に、その邪魔をする権利なんてあるはずがないのだから。

 

「殺シ、てヤル……お前はァ……お前、ダけはァッ……!」

 

 剣を構えた不知火が、勢いよく駆け出す。

 同じく刀を構えた来栖崎目掛けて。鮮血を撒き散らしながら真っすぐに。

 

 

 

「 来 栖 崎 ィ ィ ィ ィ ッ ! ! ! ! 」

 

 

 

 一合、打ち合う。

 その瞬間に、決着はついた。

 

 来栖崎が刀を振り上げると、不知火の剣は甲高い音と共に刀身の真ん中から真っ二つに折れ、宙を舞った。

 時が止まったような錯覚の中、驚嘆に目を見開く不知火の顔が見える。

 そして来栖崎は、彼の剣を弾いて振り上げた刀を勢いよく振り下ろし――不知火の左肩から右脇腹にかけて、真っ赤な袈裟を走らせた。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 私の目の前で、一人の剣士が倒れる。たった今、私が斬った剣士が。

 私のすぐ近くに、折れた剣が落ちてくる。目の前の剣士が、何よりも大切にしてきた眩しい誇りが。

 

 そいつの顔は、絶望に満ちていた。

 すべてを懸けた計画は失敗し、求めてきた相手には拒絶され、挙句憎らしい相手に斬られて死ぬ羽目になったんだから、当然かもしれないけど。

 

「……どう、して……だ?」

 

 私の足元で、今にも消えそうな声がする。

 私はただその場に立って、その最期の言葉に耳を傾けていた。

 

「どうして……俺の剣が劣らなければならない……? お前は、剣を握ることに……何の誇りも情熱も……抱いていないくせに……」

 

「あら、そんな簡単なこともわからないの?」

 

 仰向けに倒れた剣士の前に片膝をつき、その虚ろな目に視線を落とす。

 どこを見ているのかもわからない、私の顔がちゃんと見えているかも怪しいその剣士だけに聞こえるように、私はそっとその答えを囁いた。

 

 

 

 

 

「好きだからに決まってんでしょ。なんだかんだ言って」

 

 

 

 

 

 その言葉はちゃんと届いたのか、倒れた剣士は私を嘲笑うような息を漏らした。

 どうやらもう、笑い声を出す力すらろくに残っていないみたい。

 

「くだら……ないな……理解、でき……な……」

 

 最後まで言葉を終えることなく、剣士はそのまま目を閉じて、動かなくなった。

 

 そんなことは言われなくてもわかってる。自覚なんかとっくにしてる。

 だけど、そんなくだらない我儘に命を懸けて生きている。それが私という――来栖崎ひさぎという女だから。




次回、最終話です。
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