ツルギ、フタフリ   作:わさび仙人

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第三話

「決まりだな。これからよろしく頼む、不知火(しらぬい)くん」

 

 凛々しかった礼音(あやね)さんの口調が柔らかくなった。早くも不知火を仲間として受け入れる姿勢はさすがとしか言いようがない。

 正直なところ、ゾンビと戦える人員が増えることは非常に有難い。必要な食料が一人分増えるくらいのリスクなど帳消しを通り越して黒字になるくらい、不知火の加入はポートラルに良い影響をもたらすだろう。

 

 そうと決まれば盟主であるアドに伝えなければ。それから、幹部を含めてポートラルのメンバーにも紹介しないと。

 しかし、僕と礼音さんのそんな浮き足立った雰囲気を前に、コンテナの上の少女はなぜだか不愉快そうに眉を顰めていた。

 

「……不服そうだな、来栖崎(くるすざき)

 

 その苛立ちにいち早く気づいたのは、僕でも礼音さんでもなく不知火だった。

 

 来栖崎は何かを答えるでもなく、無視するかのようにそっぽを向く。せっかく新しい仲間が加わることになったというのに、空気が悪くなりそうで心配だ。

 来栖崎は一体何が気に入らないというのだろう。まあ、彼女が簡単に心を開くような性格ではないことはわかっているけれど。

 

「そんなに穀潰しが増えるのが嫌か? それとも、自分より先にコンテナに辿り着いた者がいるのが悔しいのか?」

 

「は? なにこいつ。勝手な妄想をぺらぺら喋らないでくれるかしら。あと馴れ馴れしい」

 

「おい来栖崎、やめろって」

 

 なんだか来栖崎と不知火の会話の雲行きが怪しい。いきなり仲間割れなどまっぴらごめんだ。

 そう考えた僕が来栖崎を諭すと、彼女は僕をキッと睨んで、またそっぽを向いた。

 

「ま、せいぜいそこのもやしみたいな足手まといにはならないでよね」

 

 捨て台詞こそ後味の悪い雰囲気だが、来栖崎もなんとか不知火の加入を認めたようだ。いや、厳密にはそういう空気になってしまったから止む無くといった風だけれど。

 

 まあ、来栖崎が他人と打ち解けるのに時間がかかるのは今に始まったことではない。

 24時間行動を共にする僕ですら未だに彼女に受け入れてもらえてはいないのだ。……あるいは24時間行動を共にしているからこそ受け入れてもらえないのだとも考えられるけども。

 

 けれどそのようなことはどうだっていい。

 僕は来栖崎に血を飲ませるためだけに生きている。彼女が僕を認めるも認めないも、僕が生きていく上では何の意味もないことだ。

 

 けれど、不知火にとっては違う。仲間との(わだかま)りは、今後背中を預け合う上で致命的な弱点となりうるからだ。

 特に2人は共に剣を持っており、戦いの最前線に並んで立つことになる可能性が高い。どうにか仲を取り持たなければと、僕はあれこれ考えを巡らせた。

 

「足手まとい、か。心配しなくてもそれはありえないさ。なんなら手合わせして試してみるか、来栖崎?」

 

 すると不知火はそう言って、手にした剣を来栖崎へと向けた。

 鞘に収まったままとはいえ、これは紛れもない宣戦布告。彼女の実力を見る上では悪くない提案だが、この雰囲気では後の関係性を悪くするだけだ。

 

 それに、来栖崎が《感染》によって超人的な力を発揮していることを不知火は知らない。

 いくらこのニュータウンを一人で生き抜く実力があるとはいえ、ただの人間である不知火が感染した来栖崎と打ち合えばどうなるか、結果は考えるまでもないだろう。

 

「いや、不知火。そこまでする必要は――」

 

「――アホくさ。振りたきゃ1人で刀振ってればいいでしょ」

 

 ところが僕が止めるまでもなく、来栖崎は不知火の提案を突っぱねた。

 来栖崎もここで打ち合う意味がないことをわかっているのだろう。これから協力していく関係であるはずなのに、初日から仲間割れのようなことをするわけにはいかない。まあ、単純に面倒くさがっているだけなのかもしれないけれど。

 

「怖いのか、私と剣を交えるのが」

 

 ところが、意外なことに不知火はこのまま引き下がろうとはしなかった。

 

「まあそれも致し方ないか。察してやれなくて悪かった。誰だって《同じ相手に二度も負ける屈辱》なんて味わいたくないものな」

 

「……あ?」

 

 ぞわりと悪寒が走る。背後の来栖崎が尋常ではないほどの殺気を放っているのだ。

 彼女はコンテナから飛び降り、不知火を睨みながら足を進めていく。どうやら不知火の挑戦を受けるつもりのようだ。

 

 これはまずい。なんとしても止めなければ。

 不知火の言葉からして、以前剣道の大会で来栖崎と戦ったときには、おそらく不知火が勝ったのだろうと想像できる。つまり剣の実力では不知火の方が上なのだろう。

 

 しかしそれが今も同じであるはずがない。

 来栖崎は感染によって、踏み込んだだけで地を砕く膂力(りょりょく)や、たった一歩で数十メートルの距離を詰められるほどの俊敏さを持っている。いくら武道を経験しているとはいえ、常人が敵うはずがない。

 

「おい、来栖崎。一旦落ち着――」

 

「――邪魔」

 

 来栖崎を止めようとして進路に割り込んでみたものの、僕は軽々と突き飛ばされて尻餅をついた。

 それを見た不知火の眉がぴくりと動き、同時に僕を心配した礼音さんが駆け寄ってきてくれた。

 

 しかし、それらを気に留めている余裕などない。早く来栖崎を止めなければと、僕は慌てて腰を持ち上げた――

 

 ――けれど、遅かった。

 その瞬間、二人の剣士の刀の鞘と鞘がぶつかる鈍い音が響き渡ったのだ。

 

「いきなり切りかかるか。真の剣士なら、互いに構えの姿勢を取ってから打ち合うべきだろう」

 

「なにそれ、ダサすぎワロタ。私は剣士ごっこになんて興味ないわよッ!!」

 

 鍔迫り合いの中、語尾を強めながら来栖崎が剣を振り抜く。

 不知火はその力を難なく往なすと、数歩下がって剣を構え直した。

 

 刹那、来栖崎が間合いを詰める。そして猛攻。一撃、二撃、三撃……幾度となく繰り出される、目にも止まらぬ速さの太刀筋。

 これは本当にまずいことになった。来栖崎に何と言われても止めなければ不知火が危ない。そう思った僕は二人の元へ駆け出そうとしたが――

 

「嘘だろ……」

 

 目の前の光景に、僕は唖然としてしまった。いや、僕だけでなく、礼音さんもだ。

 なんと不知火は、あの来栖崎の猛攻をすべて自分の剣で受け流しているのだ。

 

 まともに受け止めはしない。来栖崎の剣をすべて外側へ外側へと往なし続ける。

 傍から見ている僕は来栖崎の太刀筋を目で追うのがやっとだというのに、不知火はそれらすべてに反応し、なんなく捌いている。ひょっとすると不知火も感染しているのではと考えてしまうほどだ。

 

「この……ッ! こいつ……ッ!」

 

 来栖崎が次第に焦りと苛立ちを見せ始め、攻撃が徐々に大振りになっていく。

 すると不知火はその瞬間を待っていたかのように身を(ひるがえ)し、今まで受け流し続けてきた剣をひらりと(かわ)してみせた。

 

 体重の乗った剣は受け皿を失い、来栖崎は「わわッ!?」という声と共に大きくよろめく。

 そんな来栖崎がバランスを立て直した瞬間、不知火の剣の鞘は来栖崎の首にぴたりと当てられて動きを止めたのだった。

 

 聴覚を失ったのかと錯覚するほどの、無音。長い長い一瞬の沈黙。

 呼吸を忘れ、風の音すら聞こえないように感じる中、不知火はそっと剣を引いて凛と佇んでみせた。

 

「喉元を裂いた。私の勝ちだ」

 

 その一言に、誰も異を唱えることはできなかった。

 本当に信じ難いが、不知火は僕らの目の前で、あの来栖崎を打ち負かしてみせたのである。

 その強さを目の当たりにして、僕も礼音さんも言葉が出ない。来栖崎は幾分手加減していたのだろうけれど、それを差し引いても不知火の強さは圧倒的だったのだ。

 

「……調子乗ってんじゃないわよ。今のはちょっと……油断しただけだし」

 

「甘えたことを言うな。これが本当の斬り合いだったなら、その油断一つでたった今お前は死んだんだぞ」

 

「は? そんなに本物の斬り合いがしたいなら、望み通りにしてやろうじゃないの」

 

 来栖崎がより一層の殺気をまとい、ついに鞘から刀を抜いた。

 いよいよまずい!! 本当にまずい!! 次こそ来栖崎は本気で不知火を殺しかねない。それだけは何としても避けなければ……ッ!!

 

 しかし僕が駆け出すよりも早く、来栖崎は不知火へ襲い掛かる。

 そして不知火も同様に鞘から剣を抜き、来栖崎の攻撃を受ける構えの姿勢を取った――

 

 

 

 

 

 

 

「――そこまでだぜィ!!!! 剣を収めなァ、小娘どもォゥッ!!!!」

 

 そのとき響き渡ったのは、この緊張感漂う場には明らかに不釣り合いな、意気揚々とした啖呵だった。

 まさに電光石火。疾風迅雷。来栖崎の剣が不知火を捉えるよりも、僕が二人の元へ走り出すよりも早く、二振りの剣の間には我らが盟主――樽神名(たるみな)アドが割り込んでいたのだ。

 

「なッ!? アドッ!?」

 

 驚いた来栖崎が踏ん張って急停止。そんな彼女の刀は、アドの額を割る寸前でなんとか踏み止まっていた。

 アドの背後に構える不知火も目を丸くしている。当然だ。誰が予想できるだろう。自らの命を顧みず、二人の剣士の斬り合いの間に丸腰で割り込むバカの出現など。

 

「ヘイヘイヘーイ。このあたしの目を盗んでなーに楽しそうなことやってんだい? いけないねえ。見逃しちゃあおけないねえ」

 

「あ、あんたね! バッカじゃないのッ!? 危うくぶった斬るところだったじゃないッ!!」

 

「フッフッフ。甘いぜヒサギン。この樽神名アド様の念力を持ってすれば、刀を止めてみせるくらい朝飯前よッ!!」

 

「踏み止まったのは私でしょッ!? 意味不明なんだけどッ!」

 

 場の空気は一転。殺気が渦巻いていた剣士たちの間合いは一瞬にして、一体どこに重心があるのかわからない謎の立ち姿を披露するアドのテンションに支配された。

 なんというか、助かった。危うくこの場で《人間の》死者が出るかもしれなかったのだ。ここはアドの奇行に感謝すべきだろう。

 普段は空気の読めないアドの言動や行動に悩まされている僕らだが、今回ばかりは彼女に国民栄誉賞でも与えたい気分だ。彼女の足元にだけ存在している超局地的ゲリラ豪雨の跡には、今回は目を瞑ってやるとしよう。

 

「おい樽神名ァ……テメェいきなり荷物放り出して何してんだァ?」

 

「ぅぅぅ……重いです……」

 

 来栖崎とアドがガヤガヤと騒ぐ中、遅れて僕らの前に現れたのは、大きな袋を背負った姫片(ひめかた)豹藤(ひょうどう)ちゃんだった。

 その後ろには百喰(もぐ)もいる。どうやらアドの分の荷物まで三人で手分けして運んできたらしい。

 

 ということはつまり、アドのグループもコンテナの確保に成功したということだ。

 各々が背負った袋の数を見るに、どうやら三個目のコンテナは入手できなかったようだが、二つ分確保できたならば上出来だろう。

 

「あー、メンゴメンゴ。風があたしを呼んでたからさ。つい」

 

「つい、じゃねえよ。妄想が詰まったその頭ァ、ほんとに風穴開けてやろうかァ?」

 

「ま、まあ落ち着けって姫片。それよりもみんなに話があるんだ」

 

 額に血管を浮かび上がらせる姫片を宥めながら、僕は話題を逸らそうとそう切り出した。

 僕の言葉で皆が気づく。この場には見慣れぬ顔があることに。

 

「さっきここで会った不知火だ。どこの生存組合にも所属してないらしいから、僕らと来たらどうかって提案してたところなんだけど」

 

「生存組合に所属していない? そんな人間がいるんですか、このニュータウンに?」

 

「ああ。まさに今ここに」

 

 僕が不知火を紹介すると、すぐさま百喰が懐疑的な視線を向けてきた。

 疑り深い性格の彼女のことだ。このような反応をされるのも仕方がない。

 しかしこれは紛れもない事実だ。僕だって最初は信じられなかったが、不知火は組合のことも条約のことも何も知らなかったのだから。

 

「そういうことだ、アド。いいだろ?」

 

「にゃるほど。サンちゃんがいいと思うなら、もっちー」

 

 一応ポートラルの盟主であるアドに、不知火加入の是非を問う。

 案の定、アドの返答は予想通りだった。あまりにも軽いノリで加入が認められたものだから、不知火は戸惑いの表情を隠せていなかったけれど。

 

「悪いな、これから世話になる」

 

「いーってことよッ。出会った美少女は必ず仲間にするのがうちのモットーだからねん」

 

「美少女……か……」

 

 いや、そんなモットーはなかった気がするが。というか、それが事実なら僕は一体どういった括りになるのだろう。

 いや、考えるのはやめておこう。アドの話をいちいち真に受けていたらキリがない。

 というかアド。お前あまりのハイテンションっぷりにいきなりドン引きされてないか。お前と話す不知火の顔が引きつってるぞ。

 

「んでんで、名前はなんぞ?」

 

「名前? 名前は不知火だ。さっきサンから紹介されたはずだが……」

 

「違くて違くて。それは苗字でしょー。下の名前も教えちくりよーん」

 

「はあ……」

 

 いきなり馴れ馴れしく肩を組んできたアドへの反応にあからさまに困る不知火。

 そうだ。アドは僕と初めて会った時もやたら距離が近かったな。仲間に対して壁を作らないという意味ではよいことかもしれないが、少しは加減を覚えてもらいたいものだ。

 

「不知火……な……だ」

 

「およ? なんて?」

 

「不知火……なずな」

 

 アドに名を教える不知火は、なぜだか下を向いてしおらしくしていた。

 凛々しい印象の一方で、少し照れ屋だったりするのだろうか。名乗ることをここまで渋るとは、彼女も意外な一面を持っているようだ。

 

「オッケー。これからよろしくねナズナズ!」

 

「待て、今何と?」

 

「ああ、気にすんな。こいつすぐあだ名つけたがるやつだからよ」

 

 アドに呼ばれた名を即座に聞き返した不知火。

 やっぱり馴れ馴れしすぎて敬遠されているのではないだろうか。姫片がフォローに入ったからまだよかったものの。

 

「いや、悪い。名前で呼ぶのはよしてもらえるか。私のことは苗字で不知火と、そう呼んでくれ」

 

「えー。下の名前ダメなのー? じゃあ、ヌイヌイは? これならいいっしょ?」

 

「……まあ、それなら……」

 

 いい加減気づけアド。お前ほんとに引かれてるから。

 しかしながら、皆が不知火加入に対して前向きで本当によかった。来栖崎といざこざを起こすところだったことを考えれば、そんな当然とも言えることにほっとする。

 

「……ってあれ、来栖崎?」

 

 そのとき僕は気づいた。さっきまでいたはずの来栖崎の姿がない。

 慌てて辺りを見渡すと、彼女はいつの間にか背を向けてすたすたと歩み始めていた。

 

「待てよ来栖崎。どうしたんだ?」

 

「……萎えた。帰る」

 

「帰るってお前、物資は!?」

 

 どうやら来栖崎は不知火との勝負に水を差されたことが気に入らないらしい。

 自分が確保した物資をほったらかして帰りたくなるほど、彼女は機嫌が悪いようだ。

 

 というか来栖崎が先に帰ってしまったら、僕は彼女から離れられない以上、物資を持ち帰る仕事ができないのだけれど!?

 きっと僕と来栖崎が持ち帰るはずだった分まで、礼音さんと不知火が抱えて帰ることになるのだろう。あとでしっかり謝っておかなければと、僕はため息をつきながら来栖崎の背を追った。


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