ツルギ、フタフリ   作:わさび仙人

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第五話

「……いつまでそうしてるんだよ」

 

 西日が傾き始めた頃。おそらく屋上では不知火(しらぬい)の歓迎会の準備が着々と進められていることだろう。

 そんな折に僕と来栖崎(くるすざき)は、自室で夕方の輸血を行っていた。

 

「は? なにがよ」

 

 僕の指を咥えたままで、来栖崎がそう答える。

 

「不知火に対して冷たくしすぎなんじゃないかって話だよ」

 

 物資回収を終えてからというもの、来栖崎の様子は明らかにおかしい。

 口が悪かったり愛想がなかったりするのはいつものことなのだが、それがいつにも増して棘があるのだ。

 

 原因は大体予想がつく。手加減していたとはいえ、不知火と打ち合って負けてしまったことが気に入らないのだろう。

 

「確かにあの勝負は褒められたものじゃないけどさ、不知火だって反省して謝ってただろう? 仲間としてちゃんと向き合ってあげてもいいんじゃないか?」

 

 小言を垂れるようでいい気分ではないけれど、せっかく増えた仲間と亀裂を残したままにしたくない。

 このままの状態を引きずるのは絶対に来栖崎にとってよくないはずなのだ。だから僕は心を鬼にして彼女に説教をする羽目になっているのだが、そんな僕の覚悟など露も知らず、来栖崎は僕の指を思いきり噛んだ。

 

「痛ッだ!? 何するんだよッ!?」

 

「……フン」

 

 たまらず手を引いてしまった僕。まあ、輸血の量はもう十分だろうから問題はないのだけれど。

 しかし来栖崎の機嫌は相変わらずだ。一体どうしてそこまで不知火を目の敵にするのだろうか。

 

「ま、あんたが好きそうなタイプだもんね。あの女」

 

「は? 何の話だよ、それ」

 

「別に」

 

 来栖崎の言いたいことがちっともわからない。尋ね返しても曖昧にはぐらかされるし、もう何が何だか。

 これも時間が解決してくれるのだろうか。というか、そうでなければ困る。

 なぜなら、仲間との間に生じた(わだかま)りを放置することは、やがて僕らの中の誰かの命を脅かす可能性を孕んでいるからだ。早急に解決しておきたい問題だけれど、僕にはその糸口がちっとも掴めない。自分自身の無力感に、僕は大きくため息をついた。

 

「さてと、じゃあ屋上を手伝いに行くぞ、来栖崎」

 

 気分でも変えようと、僕は来栖崎にそう提案する。

 

「は? なんでよ、面倒くさい」

 

 そして、案の定予想通りの返答をされる。

 

「僕らだって歓迎会に参加するんだ。なのに準備を全部任せっ放しなんて許されるわけないだろ?」

 

「参加するなんて、私一言も言ってないんだけど」

 

 ああ言えばこう言う。今日の来栖崎は本当に手がかかることこの上ない感じだ。

 けれどどうにか彼女を歓迎会に参加させ、不知火と和解させなければ。いつの間にか僕は、そんな使命感を抱くようになっていた。

 

「なんだ、行かないのか? 久し振りに食えると思ったんだけどなあ……肉」

 

 くらえ、僕の切り札。

 そしてこのカードは予想通りの効果を発揮してくれた。来栖崎の眉がぴくりと反応したのを見逃さなかったぞ僕は。

 

「来栖崎が行かないなら、僕も行けないな。残念だけど、僕らの分までみんなに楽しんでもらうとしよう」

 

「……えっ、えっ」

 

 必死に平静を保っているつもりだろうが、来栖崎の表情には徐々に焦りが見え始めている。

 なんというか、単純だな。不知火に勝負を挑まれた時もそうだったけれど、彼女は簡単な挑発や誘いに乗ってきやすいらしい。弄んでいるみたいで罪悪感は若干あるけれど。

 

「参加しないなら来栖崎の言う通り、面倒な手伝いに行く義務もない。そうと決まれば、僕はここでのんびりさせてもらうとしよう。今日はたくさん走って疲れたしな」

 

「……ちょ、ちょっとッ」

 

 さっきまでの仏頂面だった来栖崎の顔が、一瞬にして不安一色に支配される。

 けれど僕は心を鬼にする。これは来栖崎のためであり、不知火のためであり、ポートラルのためだ。

 

 誰にも知られず、一人ひっそりと抱いた使命感。

 随分しおらしくなってしまった少女に対し、それを完璧なまでに貫き通した僕は――

 

「……参加しないとも……言ってないんだけど」

 

 ――完璧なまでの、勝利を手にした。

 

 

 

 *****

 

 

 

 幸い天候にも恵まれ、デパートの屋上は宴会場として大盛況となった。

 主役である不知火に楽しんでもらうため、そして来栖崎と不知火を和解させるため、もちろん僕も労力を惜しまなかった……つもりだ。

 けれど、事は簡単に進んではくれない。来栖崎は相変わらず不知火のことを見ようともしないし、不知火は終始アマゾネスたちに囚われてしまっていた。

 

 どうしてこうなった。いや、その理由はわかっている。

 一糸纏わぬ姿で泥酔し、屋上までゾンビを呼び寄せるのではないかと思うほどの大声で騒ぐ盟主に近づく勇気が、僕になかったからだ。

 

「アドのやつ……歓迎会とか言って、自分が飲んだり騒いだりしたかっただけなんじゃないのか」

 

 隣で黙々と肉を口に運ぶ来栖崎は、僕の独り言には何の反応も示さない。

 ずっとアドに付き合わされている不知火が気の毒だ。夜逃げして明日の朝には姿がない、なんてことにならなければいいけど。

 

「あちらは随分と楽しそうだな」

 

 ふと僕らのテーブルにやってきたのは、グラスを手にした礼音(あやね)さんだった。

 グラスの中身はやはり酒なのだろう、ほんのり顔が赤くなっている。アマゾネスたちもこのくらい慎ましく酒を楽しんでくれればいいのに。

 

「混ざっても楽しくはないと思いますけどね」

 

「それはどうだろうな。経験してみれば思いの外……ということもあるかもしれないぞ、サンくん。まあ、私は遠慮させてもらうが」

 

「無茶振りにも程がありますよ」

 

 冗談を言ってくすくすと笑う礼音さんの上品さと言ったらこの上ない。爪の垢を煎じてアドに飲ませてやりたいくらいだ。案外喜んで飲むんじゃないかと思うと怖いけれど。

 

「サンくんはちゃんと楽しんでいるか?」

 

「ええ、まあ、ぼちぼち」

 

「本当にか? ずっと難しい顔をしているように見えたぞ」

 

 少しギクリとした。この宴会の間、僕が来栖崎と不知火のことでいろいろ考え込んでいたことは、どうやら礼音さんには見透かされていたらしい。

 本当にこの人は良く出来た人だ。他人や周囲をよく見ているし、こうして気配りもできる。この人柄故に、彼女は仲間たちからもよく信頼されているのだろう。

 

「アーーヤーーネーールーーッ!!」

 

 うわ、来た。と僕はつい呟いてしまった。

 振り向きはしない。そこにはあられもない姿の盟主がいるとわかっているから。絶対に視界に入れるものか。

 

「聞いてよ聞いてよアヤネルぅ。リッちゃんったら酷いんだよぅ」

 

「どうしたどうした樽神名(たるみな)くん。ちゃんと上着を羽織ってくれたら話を聞こうじゃないか」

 

 もうその返しが既に礼音さんの高潔さを物語っている。裸の女性にうろうろされたら僕が困るとわかっての言動だろう。

 なんというか、有難い。ありきたりな言葉でしか形容できないのがもどかしいけれど、本当に有難い。

 

 思いの外素直に外套を拾いに行くアドに連れられて、礼音さんも行ってしまった。

 この混沌とした場を少しでも楽しもうと思ったら、礼音さんと話しているのが僕にとって一番安らげるのだけれど。そう思うと残念だ。

 

「いやあ、少しばかり疲れた。いつもこの調子なのか、ポートラルは?」

 

 ところが、礼音さんと入れ替わりで僕らの元へやってきた人物がいた。ようやくアドから解放された様子の不知火だ。

 

「宴会の時だけだよ……多分。悪いな、うるさかったろ」

 

「謝るほどのことでもないさ。これまで一人で生きてきた分、大勢での食事が随分新鮮に感じるしな」

 

 僕らのテーブルの空いた席に腰掛ける不知火。

 その様子を見た来栖崎は、不知火へと鋭い眼光を向けた。

 

「なんでいちいち私のとこに来んのよ」

 

「随分つれないな、来栖崎。私たちは二度も剣を交えた間柄じゃないか」

 

 来栖崎が噛みついたことで空気が悪くなると心配した僕だったが、不知火は笑って流してくれた。

 どうやら不知火は、来栖崎に受け入れてもらえるよう、まず自分から歩み寄る姿勢を取るつもりらしい。これは僕にとって僥倖であることは間違いない。

 

「それに、サンはニュータウンで唯一の男性の生き残りだ。興味を持つなという方が酷な話だろう」

 

 次の不知火の言葉には、僕は少し驚いてしまった。

 けれど、よくよく考えればそれは自然なことだ。今でこそポートラルの面々は僕という存在を当然のように見ているけれど、僕を除く男性の感染発症率が100%である現状、僕という存在は都市伝説同然の扱いを受けても不思議ではないのである。

 

 なるほど。不知火が僕らに近づくのは、来栖崎と積極的に和解するためだけではなく、僕への個人的な興味もあるわけだ。

 言い方は悪いかもしれないが、この関心を利用しない手はない。未だ謎の多い不知火の人柄を詳しく知ることができる上、いきなり亀裂が入ってしまった不知火と来栖崎の関係を修復することだってできるかもしれないのだ。

 

「だからどうだ、三人で詰まる話でもしようじゃないかと思って来たんだ。まあ、邪魔なら席を外させてもらうが」

 

「邪魔なもんか。僕も聞きたい話がたくさんあるんだ」

 

 正直、不知火がこのニュータウンを一人で生き抜いてきた術に関しては僕も興味がある。

 肉を口に運ぶ手を休めることなく「……勝手にすれば」と不貞腐れてしまった来栖崎の許可も得たところで、ようやく歓迎会らしい歓迎会を不知火に催してやれそうだと、僕は安堵したのだった。

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