「それじゃあ、まずは私の方から話させてもらうとしようかな。何が聞きたいんだ、サン?」
「ああ、そうだな……」
微笑みを浮かべながら気さくに尋ねる
「じゃあまずは、
ひとまず僕はそう尋ねることにした。
今でこそまだ心を開く気配のない来栖崎だが、自分の関わる話なら耳を傾けるはずだ。
それに二人の馴れ初めについて話を聞けば、来栖崎だって不知火のことを思い出すかもしれない。そんな淡い希望を抱いて、僕は最初の話題を選んでいた。
「そうだな。一度話したように、来栖崎と前に顔を合わせたのは剣道の大会だ。私は中学生のときから剣道をやっていてな。おかげでこれまで生き延びることができたようなものだ」
確かに不知火の言う通り、ゾンビと戦う術を持たない者がこのニュータウンを生き延びることは非常に難しいだろう。
いや、戦う術を持ち合わせていたとしても、傷一つでも負えば死を免れられない恐怖と戦うことは簡単ではないはずだ。
そんな恐怖を不知火はたった一人で乗り越えてきた。仲間と助け合ったり、励まし合ったりすることなく。
どれほど強靭な精神力だろうと感心する。これも武道の修行を積んできた成果なのだろうか。
「来栖崎には耳が痛い話で悪いんだが、中学生当時の勝負は私が勝った。だが、来栖崎が強敵だったことは間違いないよ。紙一重の勝利だったことはよく覚えている」
「へえ……昔から強かったんだな、来栖崎」
今でこそ感染の影響で超人的な力を発揮する来栖崎だが、彼女は感染する前からポートラル内でもずば抜けた身体能力を持っていたことは知っている。アドが「エース」と呼んでいただけのことはあるというものだ。
不知火もそうだが、来栖崎もそれだけの修行を積んできたということだろうか。実家が剣術道場であるという話はアドから聞いたものの、来栖崎は自分のことをまったく話そうとしない分、僕は彼女のことをあまりよく知らない。
「来栖崎がどう思っているかは知らないが、私にとって剣の道を歩んできたことは誇りなんだ。ルーツこそ人殺しの技術かもしれないが、肉体と精神を研ぎ澄まし、これを正しく用いる修行を積む。それが私の生き甲斐なんだ」
「立派な志だな。まさに今、その技術を正しく使って生きているわけだ」
「そうかもしれないな。これからの私の剣は、自分だけじゃなく仲間を守るためにも振るわれる。もしかしたら、私はこの時のために修行を積んできたのかもしれないと思うくらいだよ」
そう語る不知火は瞳を輝かせ、活き活きとした表情をしていた。
彼女は自分の歩んできた剣の道を、心の底から誇りに思っているのだろう。まるで人生そのものを修行として生きているようだ。
ここまで自分に厳しく生きられる者はそういない。それ故に彼女はここまで凛々しく、気高く振る舞うことができているのかもしれない。人の生き様は志からというわけか。
「フン、アホくさ。漫画の読みすぎなんじゃないの」
しかし来栖崎は、もぐもぐと肉を頬張りながらそう悪態をついた。
そんな水を差すようなことをわざわざ言わなくてもいいだろうに。もう少し大人にはなれないのだろうか……。
「ははは。生憎漫画の類はあまり読んだことがなくてな。そんな暇があったら竹刀を振って己を鍛えていた」
「おえ。素でそれとか重症すぎ。もう手遅れね、救いようがないわ」
どこまでも不知火を嫌悪する来栖崎だが、それを笑って流せる不知火の器の大きさには感心させられる。
同じように武道の修行を積んできたとしても、来栖崎と不知火ほど性格が正反対だとなんだか不思議な感覚だ。
「さて、次はサンのことを聞いてもいいかな」
「ああ、そうだな。何から話そうか」
思い出したように話題を切り替える不知火。しかし、僕は彼女に何を話せばいいだろうか。
僕に記憶がないことは既に話した。ならば、それ以上に僕が話せることは少ない気がするのだけれど。
「サンはどういった経緯でポートラルにいるんだ? お前のような聡明な男が身を置くには、ここは少しばかり賑やかすぎるようにも思えるが」
「あはは……まあ、確かに僕も振り回される側だしな……」
やや遠回しに、ポートラルは品がないと言われたような気がする。まあ、盟主を始め一部の面々の醜態を思えば反論できない。
「けど、僕はポートラルに恩があるんだ。僕は突然目覚めたら記憶がなくて、わけも分からないままゾンビに襲われてるところを、たまたま通りかかった来栖崎とアドに助けられた。そして行く宛がないからこうしてポートラルで厄介になってるって状況だ」
そう考えると、僕はいかに幸運だったかと思わざるを得ない。
感染爆発が起きた当時、状況がわからず混乱したのは僕以外の者らも同じはずだ。
そのままなす術なく死んでいった者もいれば、不知火のように一人で戦い生き延びた者もいる。
それに比べて僕はどうだろう。自分で戦ったわけでもなく、誰かを助けたわけでもなく、にも拘らず他人に救われてのうのうと生き残っている。一番質の悪い人間なのではないだろうかと思えてきてしまうのも無理はないと思いたい。
「それで、サンと呼ばれているのはどうしてだ? 本名じゃないんだろう?」
「ああ、それは僕がポートラルで参謀職を任せてもらってるからだよ。戦えない僕は来栖崎やみんなに守ってもらわないと生き残れない。だからせめて後方からみんなを支援できるよう心掛けてたら、いつの間にかアドがそう呼び始めてたんだ」
「《参謀》だから《サン》か。なるほどあの盟主らしいな。私も妙なあだ名をつけられたことだし」
あ、やっぱりアドがつけたあだ名は煙たがられてるんじゃないだろうか。
アドは誰に対してもゼロ距離で接してくる。不知火のような人見知りするタイプへの配慮も弁えてもらいたいものだ。
「なんか、悪いな。アドがいろいろと迷惑かけてるみたいで」
「迷惑だなんてとんでもないさ。むしろこのニュータウンの現状を考えれば、ああして明るく振る舞うことができるのも一つの才能だよ。私は堅苦しい性格だと自覚しているし、ある意味見習うべきかもしれないな」
「そうか? 不知火は今の不知火で十分だろ。アドを見習うなんてとんでもないと思うけどな」
不知火は、堅苦しいというよりも気高いというか、謙虚と表現した方が適当なようにも感じる。彼女はただ頑固なのではなく、自分の中に通った一本の芯を曲げずに貫いているだけだ。
そしてその芯もまた固いだけではない。こうして集団に属すれば周囲を見て波長を合わせられる柔軟性を持っている。本当に良き仲間になれそうな人物と巡り会えたものだと僕は胸躍る気持ちが溢れるようだった。
「……あれ、来栖崎?」
そのとき僕は、来栖崎が不意にテーブルを立ってどこかへ歩き出したことに気が付いた。
さっきまで黙々と食事をしていたというのに、一体どこへ行こうというのだろう。歓迎会もまだまだ終わらないというのに。
「……部屋に戻る」
「えっ、なんでだよ? せっかく不知火も来てくれたのに」
「ならあんただけ残ればいいじゃない。私は戻るから」
「おい、待てって来栖崎!」
背を向けてすたすたと歩いていく来栖崎を、僕は慌てて追いかける羽目となった。なんだろう、このデジャヴ。昼間も同じようなことがあったような。
けれど、僕だけ残るなんてできるはずがない。来栖崎だってそれはわかっているはずなのに、どうしてあのようなことを言うのだろうか。
本当に今日という日は、来栖崎の行動も言動もまるで読めない。僕にわかるのは、来栖崎がいつもよりなぜだか機嫌が悪そうだということだけだ。
新しい仲間が加わってめでたい日だというのに、一体彼女は何がそんなに気に入らないというのだろう。先が思いやられる、と言えば少しばかり違う気もするが、僕は来栖崎の考えがわからないことがなんとなく不安に思えてきたのだった。