起きたらマ(略)外伝?   作:Reppu

12 / 36
SSS12:航海日誌0082「対話」

「いやあ、最初はどうなることかと思ったが、案外すんなり行くものだね」

 

窓の外に見える大きな赤い天体を眺めながら、俺はそう口にした。故郷であるサイド3を離れて一年と少し、思えば遠くまで来たものである。

 

「アステロイドベルトを越えてしまえば後は木星まで無人地帯ですからね。外的要因で何かあることはまず無いでしょう。その上でこの航海をすんなりと表現できるのは大佐だけでしょうが」

 

はっはっは、最初の機体でご褒美の九十九髪茄子を取り上げられたからな。ならばもう何も怖くないとテム大尉とパプテマス少佐と共に好き放題やらせて頂いた。途中快癒したというギニアス少将から連絡を頂いて返事に近況報告したら、次の連絡でものっそい恨み言(なんで置いて行ったのかという文句で1ページ埋まってた、無茶言いよる)と共にMSに搭載出来るサイズのミノフスキークラフトの設計案が添付されていて、危うく飲んでいた飲料を吹き出す所だった。まあ、載せられると言っても機体容積の大半を食い潰しちゃうから、MSというよりはミノフスキークラフトに手足が生えているナニカになってしまうんだが。テム大尉の方は嬉々として織り込んだ設計してたけど、パプテマス少佐の方は反応悪かったな。

まあ、彼のMSに対する理想型は操縦者の思った通りに完璧に動く機体だから、機能を付加する装置にはあまり関心が無いのかもしれないな。そんなわけで現在も順調に開発競争を行っているのだが、ここの所は4対6くらいで俺が負け越している。パプテマス少佐も案外負けず嫌いで、このままでは終われないと今回の航海が終わったら連邦軍を退役しジオンに来るそうだ。うむ、計画通り。

 

「連邦の船団長を口説き落とすとか、一体何を考えているんですか…」

 

腕を組みながらシーマ・ガラハウ中佐が俺を睨む。うん、あれは睨むと言うよりは馬鹿を見る目だな。

 

「若者がつまらなそうにしているんだ、先達として手助けの一つもしてやりたくなるものだろう?」

 

そう笑いながら中佐に近づき、俺は耳打ちをする。

 

「これは全く根拠の無い勘でしかないのだけれどね、彼からは嫌なモノを感じるんだ。放っておくと特大の爆弾になる、そんな気がするんだよ」

 

「それで手元に置いておくと?」

 

その言葉に俺は頷いてみせる。

 

「彼を止められる程私は優秀ではないがね。テム大尉とショウ曹長の2人なら良い刺激になる。大人しいように見えてあれで自己顕示欲の強い人物のようだから、自身の力量が誇示されている内は大した事をせんだろうさ」

 

凡人なら精々馬鹿な罪を犯す位で済むが、何せパプテマス・シロッコは天才である。暇を拗らせれば、最悪グリプス戦役に繋がる可能性だってある。何せどこぞの赤いのまではいかないが、こいつも人を引きつけて焚き付けるアジテーターの才能を持っているからだ。問題は組織運営に全く興味が無いことだろう。宇宙世紀のカリスマ連中はどうにも無責任なヤツばかりで困る。

 

「自己アピールの為に戦争ですか、正に常人には理解できない発想ですね」

 

「うん、と言うわけで凡人代表としては戦争なぞ御免蒙るからね、上手く首輪を付けてしまおうというわけさ」

 

そんな話をしていたら、一隻の小型艇が本艦へ向かって近づいてきた。どうやら木星公社の迎えのようだ。警戒されてんのかなと思ったら、笑いながら艦長が教えてくれた。

 

「あまり実感は無いでしょうが、我々は現在かなり高速で航行しています。ジュピトリス級は大型で小回りが利かないですし、減速にも相応に時間が掛かるんです」

 

既にセンサーでは捉えている公社側の宇宙港であるが、これからドッキングするまで最低2日は掛かるという。随分掛かるなあと思ったら理由は簡単、推進剤を節約するためだそうな。

 

「公社側もかなりギリギリで運営していますから、推進剤の補給は最低限で済ませるのが暗黙の了解なのですよ」

 

成程、勉強になります。

 

「では、すまないがこちらは頼むよ。私は商談に出かけるとしよう」

 

「良い戦果を期待させて頂きますよ船団長」

 

プレッシャー掛けないで下さいますかね?

 

 

 

 

迎えのシャトルに乗せられて連れて行かれた公社のコロニーは、実に機能的な構造だった。

 

「これは、圧巻ですな」

 

「木星は地球のように余裕がありませんからな、重力などという贅沢はできんのです。地球のコロニーは違うのですな、羨ましい限りです」

 

エスコートのおっさんがそう答えてくれる。うん、解りやすい塩対応。今までの地球人の行動を鑑みれば仕方ないにしても、流石に商談相手にそれはあかんくないですか?という空気が出ない所に木星公社側の地球に対する心象が殆ど敵対に傾いている事を俺は理解し、嫌な汗が吹き出るのを感じた。なんせ俺の知っている歴史だと、後50年位したら木星帝国とやらを名乗って地球に喧嘩ふっかけてくるからな。マさんの記憶にあるジオン独立までの推移が俺の知る歴史とほぼ一致している点からも、帝国樹立の可能性は高いと考えて間違いあるまい。

 

「実に機能的だ。貴方達から我々は多くを学ぶべきですな」

 

俺が笑顔でそう告げると、案内役の男性は鼻を鳴らして睨んできた。慣れているのか同行しているパプテマス少佐は平然としているが、シーマ中佐の方は笑顔が引きつっている。俺?この程度で腹を立てていたらサラリーマンは務まりません。そんな俺を見て口元を歪めると、その男性は突き放すように言って来た。

 

「見え透いた世辞は好みではありませんな」

 

OK、大丈夫、このくらいまだ許容範囲だ。だが、こちらが切れる前に並んで歩いていた年かさの同僚っぽい人が鋭く叫んだ。

 

「君、いい加減にしないか!不満ならばいい。エスコートは私だけでさせて頂くから下がりたまえ!」

 

「しゅ、主任、私はっ」

 

「聞こえなかったのかね?私は下がれと言ったぞ?申し訳ありません。ですがどうか彼の発言が公社の総意で無い事をご承知下さい」

 

そう言って深く頭を下げる主任さん。文句を言っていた男性はと言えば、主任さんの後ろで慌てて同じように頭を下げている。うん、いい手だね。民間の間で不満が出ている事をアピールしつつ、あくまで自分達は従順な羊を演じてみせる。公社は地球圏の側に立っていると錯覚させたいと言ったところかな?安い芝居に見えるが、こうした小さい積み重ねが、50年牙を隠し通すだけの猶予を彼らに与えたのだろう。まあ、今回は相手が悪かったと諦めてくれ。

 

「無論です、公社が健全な運営を行っているのは我々も良く存じていますよ。従業員の自由意志が尊重されるのも必要な条件です」

 

「有り難うございます。君、早く行きたまえ」

 

「は、はい。失礼致します」

 

笑って謝罪を受け入れると、2人は安堵した様子で主任さんは案内を続け、男性は一度頭を下げた後何処かへ行ってしまう。うーん、30点。この辺りは話しておいてやる方が今後上手くいくかなぁ?愛想を存分にまき散らしながら続く主任さんのガイドを聞き流すこと数分。一般区画より少しだけ物の少なくなった所謂事務エリアにて、俺は目的の人物と邂逅することになった。

 

 

 

 

「初めまして、合同木星船団の船団長を務めさせて頂いております、ジオン共和国外務省所属、マ・クベと申します」

 

「ご丁寧にどうも。木星公社代表を務めております、クラックス・ドゥガチと申します」

 

笑顔の仮面を貼り付けながら、クラックスは地球圏からやってきた男と握手を交わした。年齢差を考慮したとしても肉付きがよく力強いその手のひらに、クラックスは暗い感情がわき上がるのを懸命に抑えた。

 

(今はまだ、その時では無い)

 

クラックス率いる木星公社、その力は極めて弱い。そもそもライフラインを握られているため、連邦の意図を外れて公社の規模を拡大する事は極めて困難であるし、蜂起しようにも武器になりそうな物は極端に制限されている。現状を打開すべくコロニーのアーコロジー化を進めているが順調とは言い難いし、人的資源を拡張できないことには日々の生存に精一杯でとてもではないが軍備という贅沢品にリソースを割く余裕は無い。故にクラックスはジオンという存在も連邦と同じく憎んでいた。棄民だなんだと嘯きながら、木星では到底不可能な人類同士の軍事力による殺し合いなどという贅沢を平然とやってのける連中など、彼の中では木星を踏みつけ己が春を謳歌する連邦と少しも変わらないからだ。本来ならば握手どころか視界に入れることさえ不快であるが、それをクラックスは懸命に堪える。

 

(後10、いや8年あれば主要コロニーのアーコロジー化の目処が立つ、それまでは従順な良き隣人を装わねばならん)

 

3年前に起きた戦争で、クラックスの地球圏の人類、地球人に対する気持ちは憎悪と侮蔑に塗りつぶされた。以降彼は木星人として地球人の支配から脱却する事を決意し、その為に行動してきた。全て順調だったのだ、今日までは。

 

「酷い目だ。仕方ないにしても随分と恨まれたものですな」

 

手を握ったままそう笑いかけてくる男を見て、クラックスは己の失策を悟る。ジオン共和国、その前身となったジオン公国ではニュータイプと呼ばれる存在を大真面目に研究しており、ある程度の成果を上げていた。戦前にやってきた船団の中には確かに勘が鋭い男も居たが、事前に集めた情報では目の前の男は優秀だがそう言った特別な能力者ではないとされていた。だからこそクラックスは一般的な使者と同様の扱いをしたのだ。

 

「ふむ、その反応。間違いないようですな。いやいや、中々どうして私の勘も捨てたものではない」

 

その言葉で、クラックスは自身の進退が窮まった事を自覚する。一瞬この男を物理的に排除しようかとも考えるが、それは先回りして潰された。

 

「物騒な事は考えない方が良いですよ、一応保険もかけてあります。たかだか小物1人を消すのに、今までの成果全てが失われては採算が合いますまい?」

 

笑顔で続けられる言葉に、クラックスは口の中が乾いていくような錯覚に陥る。どう答えるべきか迷っている間にも、目の前の男はたたみ掛けてくる。

 

「気持ちは解らないではないのですがね。力を注ぐなら、相手を自分の場所まで引きずり降ろすというのは如何にも志が低い。どうせなら相手より発展してみせ、称賛を浴びるのが大人の復讐だとは思いませんか?」

 

「簡単に言ってくれる。その発展を今まで抑えつけていたのはお前達地球人だろう?」

 

態度を取り繕うのを止めクラックスが睨み付けるが、男は悪びれた風も無く肩を竦めてみせる。

 

「否定はしません。だがどれ程嫌いな相手でも、今の貴方達にとって我々が必要な相手である事も事実です。そしてこちらの譲歩を蹴れるほど、貴方達の地盤は盤石では無い」

 

「譲歩だと?アメをくれてやるから尻尾を振れとでも言いたいのかね?」

 

クラックスが鼻で笑って見せても、男の態度は変わらない。妖しげな笑みを浮かべたまま話を続ける。

 

「部下や手下は間に合っていますよ、私が欲しいのは対等に付き合える商売相手だ。その為には貴方方にも肥え太って貰わねば困る。ああ、そう言う意味では譲歩ではなく、木星人への投資と考えて貰っても良い」

 

そう男が口にすると、それまで沈黙を続けていた同道者の女性が手にした端末を操作し、そこに映し出された画像をこちらへ向けてくる。

 

「これは?」

 

「我が国の企業が開発しました木星圏開発用モビルワーカー、ヅダ・ワーカーです。取敢えず今回は10機、これを無償で供与させていただきます」

 

平然と語られた内容にクラックスは混乱する。モビルワーカーなどと嘯いているが、それはどう見ても先の大戦で常識を覆した新兵器のMSであることは明白だ。こちらの叛意を理解してなお軍事転用できる、どころか軍事力そのものと呼べる機材を手渡してくるその意図が判らなかったからだ。だがそんな彼の混乱など完全に無視して男は饒舌に語り出す。

 

「モビルワーカーは見ての通り従来の作業ポッドと異なり人型を採用しています。これにより作業ポッドに比べ推進剤の消費を抑え、更に我が国独自の技術である流体パルスシステムはモーター駆動に比べトルク保持が容易ですから、大質量の運搬、保持、組み立てにも―」

 

「お、お待ち頂きたい!?」

 

慌ててクラックスが口を挟むが、何を勘違いしたのか男は更に説明を続ける。

 

「なんでしょう?ああ、メンテナンス性がご不安ですか?ご安心下さい日々の点検項目は作業ポッドと変わりありません。また、初回サービスとして交換部品についても20機分を用意させて貰っております」

 

「そうでは無い!これはMSだろう!?我々の心情を理解していて、何故こんな物を渡すことができる!?」

 

そう怒鳴るクラックスを見て男は目を丸くしたが、その後堪えきれないように口に手を当て肩をふるわせた。ひとしきり笑った後の彼の口から出た言葉は、クラックスにとって致命とも言えるものだった。

 

「いや、失敬。そんなことは考えてもみなかったもので。ですが問題無いでしょう?」

 

「なんですと?」

 

「貴方達は開拓者だ、広大なフロンティアに挑む者達だ。そんな誇りある貴方方が開拓より優先するものなぞ有るはずが無い。それに」

 

驚きの表情を浮かべるクラックスを正面から見据えながら男は続ける。

 

「貴方は先ほど我々を地球人と言った。つまり自らは木星人、愚かな我々とは違う者なのだと位置づけた。ならば我々と同じ真似など、恥ずかしくて出来ないでしょう?」

 

「…信じる、とでも言うのか?我々を?」

 

呻くように出た言葉に、男は再度肩を竦めて見せる。

 

「信じたい、と言うのが正直なところです。ですから互いを信じるために、まずは話をしませんか?」

 

そう言って力の抜けた笑みを浮かべる男を見て、自身の肩から力が抜けるのをクラックスは感じた。同時に腹の底から笑いがこみ上げて来て、その事に彼自身が驚いた。文字通り心底笑えるなど、一体何時以来の感情だろうか。静かに見つめ続ける目の前の男に、クラックスは毒の抜けた声で告げる。

 

「降参だ、クベ外務官。君の望む通り話をしよう」

 

その言葉に部屋の空気が弛緩し、漸く全員が応接セットへと移動し力を抜く。だがそれは一瞬のことであったとクラックスは思い知る。何しろマ外務官が最初からとんでもない話題を振ってきたからである。

 

「さて、何から話しましょう?」

 

そう切り出すクラックスに、マ外務官は笑顔を向ける。だがそれは罠に掛かった獲物を見る猟師のものだった。

 

「実は最初の話題は決めていたのです。クラックス代表、貴方の女性の好みはどのような方ですかな?」

 

地球圏と木星との新たな関係を紡ぐ対話は、まだ始まったばかりである。




おかしいんです。本話はクラックス・ドゥガチに主人公が、
「幼妻はいいぞ、最高だ!」
という内容を熱く語るバカ話になる筈だったんです。
どうしてこうなった?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。