起きたらマ(略)外伝?   作:Reppu

13 / 36
SSS13:狂気の残滓

「姉様!私達にもMSを下さい!」

 

タブレットを脇に抱えながら、部屋に入るなりそんなことを言う少女を目の前に、ハマーン・カーン大尉は溜息を吐いた。幾度となく繰り返された行為に、既に数えるのは止めてしまっている。

 

「セラーナ、何度も言っているでしょう?MSは玩具じゃありません。子供が我儘で強請って良いものではないわ」

 

言いながらハマーンは再び手元の端末に目を落とした。そこには現在アクシズで試作され、ハマーン自らがテストパイロットを務めているMSのデータが映し出されている。ハマーンがそこに今日のテストでの感想を出来る限り詳しく書き込んでいると、机に近づいてきたセラーナ・カーンが自身のタブレットを突き出してきた。

 

「見て下さい!私もプル達も軍のMS搭乗要項の最低身長を上回っています。それに年齢だって、姉様が最初にMSに乗った時より年上です!」

 

その言葉に、妹の持つタブレットへ視線を移し、ハマーンは顔をしかめてしまった。そこに記されている値は確かに当時の彼女の数字を全て上回っていたからだ。

 

(博士は成長促進系の薬物はもう使ってないって言ってたわよね?何、なんなの?これが持つ者の力なの?)

 

セラーナについては許容出来る。当時の自身より2歳年を重ねている今の彼女の数字が自身を上回っていることは不思議では無い。自分だってその頃は第二次性徴を迎えて急速に成長したからだ。だが、その下に並ぶ数字は看過できるものではなかった。

 

(プル達って確かまだ10歳よね?え?何この数字?これがニュータイプだとでも言うの!?)

 

咄嗟に同年代に比べ慎ましい自身の胸元へ視線を移しかけ、ハマーンは鋼の精神力でそれを阻止した。その上で大きく一度呼吸をし、目の前の少女に告げる。

 

「あの時と今では状況が全く違います。第一私の件だって、戦時でも特例だったのよ?今のジオンに志願年齢未満の子供を採用する枠なんてありません。そして軍人でないのならMSに乗せるわけにはいきません」

 

ハマーンの口からその言葉が出た途端、セラーナから不快な色が発せられた。それは勝利を確信した者が発する光だった。

 

「姉様も意外と甘いですね。自身が行った手段が、他の人間に真似られないとでも思ったのですか?」

 

そう言いながらセラーナは端末を操作し、勝利の鍵となるページをハマーンへと掲げてみせる。

 

「本日付でフラナガン特技研究所付、特務少尉を拝命しました。プル達は曹長ですけれど」

 

勝ち誇るセラーナから、端末をひったくるように奪ったハマーンはその内容を数度読み返す。そしてどのようにしても解釈の余地が無い文面に思わす叫んでしまった。

 

「何やってるんですか博士っ!?」

 

そこに添えられたサインが間違いなく本物である事を確認しハマーンは頭を抱える。元々セラーナやプル達には初孫に接する祖父のごとく甘いフラナガン・ロム博士であったが、ここ最近は輪を掛けて悪化している。ぬいぐるみ感覚で軍籍を与えるなど、ハマーンは博士の正気を疑った。だが責任者のサインが刻まれた公式文書は間違いなく有効であり、その効果はハマーン自身身を以て知っている。

 

「セラーナ、貴女もっ」

 

「話は聞かせて貰いましたよ!」

 

言いつのろうとするハマーンを遮ったのは、唐突に開いた扉の向こうで仁王立ちする女性だった。

 

「…聞いていたんですか?エリーさん」

 

「聞いていましたよ?」

 

因みにハマーンの執務室としてあてがわれている個室は士官用の私室も兼用であるため完全防音だったりする。言いたいことが一気に増えるが、それを呑み込んでハマーンは言うべき事を優先して口を開いた。

 

「セラーナ、MSは兵器なのよ。その意味が貴女は理解できて居るの?」

 

その問いにセラーナは柔らかい笑みを浮かべながら答えた。

 

「ええ、姉様。とても危ないものだわ。けれど、私達は無関係でいられない。そうでしょう?」

 

「そんなこと…」

 

無いと言い切れたならどれ程楽だろう。再び顔をしかめながらハマーンは言葉を詰まらせる。マレーネやハマーンと同じく、その妹のセラーナもまたサイコミュに適応した人間であった。それでも、ジオン共和国のアステロイド開発拠点であるアクシズを統括するカーン家の娘という立場を利用すれば、姉のマレーネのように軍とは距離のある生活が出来ただろう。だが彼女は良くも悪くも正義感の強い人物であり、狂気の一端を垣間見た瞬間から、自らの進む道を決めてしまった。

 

「姉様の仰りたい事も解ります。私だけならそんな道も残されていたでしょう。でも彼女達は?仮に父様に頼んで我が家の人間にしたとしても、利用しようとする人間は必ず現れる。違いますか?」

 

プルシリーズ。彼女達は戦前、ニュータイプという存在を人為的に量産しようという計画の中で生み出された少女達である。生後すぐに能力者として見いだされたエルピー・プルという少女の遺伝子を、軍民問わず優秀な女性の卵細胞に埋め込むことで生み出された彼女達は、思惑通りに能力を開花させる。だがそれは戦場へ送るには遅すぎて、平和な時代を過ごすには危険過ぎる力だった。更に所謂オデッサチルドレンと呼ばれる連邦軍から保護したニュータイプ被験者を戦中プロパガンダに使用していたことも手伝って、彼女達の存在は非常にデリケートなものになってしまう。そんな彼女達の未来を危ぶんだハマーンが提案したことで、オデッサチルドレンとプル達はアステロイドベルトに存在するアクシズに身を寄せているのだが。

 

「そうね、そのような人々は必ず現れるでしょう」

 

戦争終結から7年が経過した現在。復興が一息吐き余裕の出来た人々の中には、再びほの暗い感情が溜まり始めている。ハマーンの運命を変えてくれた人の言葉を借りるのであれば、欲深い人間は何時までも争うことを止められないのだろう。そしてその時、個として脆弱でありながら、駒としては優秀な存在がどう扱われるかなど想像に難くない。

 

「だから今のうちに私達の持ち駒だと宣言し、彼女達を囲い込む。そうすれば彼女達は戦場に出なくても済む。そう考えているのでしょう、セラーナ?」

 

それは一見良い手にも思える。カーン家は名家であるし、共和国となった今でも各方面に絶大な影響力を持つザビ家との仲も良好だ。その上ハマーン個人が例の大佐と懇意にしているから、広く助力を得ることも出来るだろう。だが、とそれでもハマーンは考える。

 

「ねえセラーナ、私達の周りには善良な人達があふれているわ。けれど、どんな時でも善良で居続けられる人は少ない、とても少ないの。もし私達が、あの人達が窮したときに彼女達が戦う術を身につけていたなら、貴女は胸を張って言える?それでも彼女達を戦わせないと」

 

「いやいや、良いこと言ってる所大変申し訳無いんですけどね、大尉?」

 

答えられず沈黙してしまったセラーナに代わって口を開いたのは、成り行きを見守っていたエリー・タカハシ少佐だった。

 

「ほらこれ、命令書。ご丁寧に総督のサイン入りです、流石に軍人として命令に逆らっては不味いでしょう」

 

そう言いながらセラーナの持っていた端末を指さすエリー少佐。そこには間違いなくアクシズの総督である2人の父、マハラジャ・カーンのサインがあった。沈黙が部屋を支配し、わずかに空調の音だけが響く。それを最初に破ったのはハマーンだった。

 

「もう、少佐っ!折角もう少しで丸め込めそうだったのに!」

 

「なっ!?騙したんですか姉様!?」

 

たとえ命令書が本物であっても、本人達が辞退すれば話は変わる。それを見越してのハマーンが行った誘導は失敗に終わる。激昂するセラーナに向かって、ハマーンは悪びれもせず言い返した。

 

「あら、人聞きの悪い言い方は止めて頂戴セラーナ。私は私に都合の良い事実を述べただけです、それをどう判断するかは貴女の問題でしょう?」

 

「それは詭弁です!卑怯ですよ姉様!」

 

尚も食いかかってくるセラーナに、笑顔でハマーンは応じた。

 

「セラーナ、良いことを教えてあげるわ」

 

「何ですか?」

 

「狡い、卑怯は敗者の戯言よ」

 

再び静寂が部屋を支配するが、残念ながら先ほどのようなシリアスさは微塵も存在しない。あまりな姉の言葉に一瞬思考停止に追い込まれたセラーナであったが、直ぐに再起動し再び叫ぶ。

 

「…って、話を逸らさないで下さい!」

 

「ちっ、流石に騙せなかったか」

 

「あっはっは、アレの真似をするにはハマーン大尉はまだ未熟ですねぇ。まあ、安心して下さいよ、彼女達の機体は私達が責任もって準備しますから」

 

その言葉に深く溜息を吐いた後、半眼で睨みながらハマーンは口を開く。

 

「成程、繋がりました。本国の大佐から送られてきた新型機の図面、とっても強そうでしたものね?」

 

「そうなんですよあの野郎っ!こっちが色々気を遣っている間に好き放題しやがって!この辺りで最も優秀な技術者が誰であったのか思い出させてやろうという次第ですよ!」

 

まくし立てるエリー少佐を見て唖然とするセラーナに、腕を組みながらハマーンは話しかける。

 

「見なさいセラーナ。これが汚い大人というものです。貴女に味方してくれるからと言って、それが全て貴女の志に共感したと考えるのはとても危険なことなのよ」

 

「おやおやぁ?そんなに余裕をかましていて良いんですかね大尉?カーウィン中尉、先日技術開発本部に正式配属になりましたよ。増えるでしょうねぇ、大佐との個人レッスン!」

 

ジオニック社の秘蔵ッ子としてその界隈で有名なメイ・カーウィン中尉は、戦時中前線部隊に居たという特異なケースの人物であり、その経歴から今尚非公開となっている大佐の功績を肌で感じてきた人間の一人である。その為大佐に憧憬とも取れる感情を抱いている節が多々あり、同時に技術畑の人間と非常に相性が良い大佐という組み合わせはハマーンにとって極めて危険度の高い構成と言えた。特に某元海兵隊中佐よりタレコミ――木星公社代表に幼妻の魅力を懸命に訴えていた――があって以来、適合しそうな人物への警戒は彼女の重要なライフワークの一つになっている。ちなみにカーウィン中尉はハマーンより2歳年上であり、十分警戒範囲内だ。エリー少佐の言葉に一瞬表情を消した後、非常に良い笑みを浮かべて口を開く。笑顔になった瞬間セラーナが悲鳴を上げた気もしたが、既にそのようなことはハマーンにとって些事であった。

 

「承知しました少佐。パイロットの方は私がどうにかします。機体の方、よろしくお願いしますね?」

 

「任されました、なあに心配いりません。この2年で十分データは取れましたからね、最高の機体を約束しますよ!」

 

先ほどまでの問答は何であったのか。正義もなにもあったものではない理由で自身の願いが叶う瞬間を目の当たりにしたセラーナは弱々しく呟いた。

 

「大人って、狡い」

 

「そうよセラーナ。大人は狡いの、勉強になったわね?」

 

一月後、史上初めてサイコミュ搭載型の量産MSがアクシズより発表され大騒ぎとなる。テストパイロットを務めた人物のパーソナルカラーを反映し、純白に染められたその機体達は選抜されたパイロット達が一様に女性であった事から、“ヴァイスフローレン”と呼ばれ長らくアステロイドベルトの守護者として名を馳せる事となるのだが、それはまた別の話である。




プル達ですが、年齢から考えるに一年戦争前から育てていないと合わない事になります、また完全なクローンであれば、髪型なども同一となる筈なのでこのような設定としました。

以下、作者の自慰設定。

AMSN-01 シュネーヴァイスⅠ

アクシズにて設計されたニュータイプ専用MSの第一号機、テストパイロットは同拠点の総督であるマハラジャ・カーンの娘のハマーン・カーンが担当している。大戦中に建造されたニュータイプ用MAをMSにダウンサイジングすることで運用コストの低減を狙った機体で、ビット以外は平均的なMSと武装を供用している。本機は正式な型番が与えられたものの、A~Cの3タイプが存在し、かつ全てが要求水準を満たせなかったため、全4機の製造で終了している。各タイプは以下の通り。
A型:複座、無線式サイコミュ搭載機
B型:単座、有線式サイコミュ搭載機
C型:単座、無線式サイコミュ搭載機
無線式サイコミュ兵器搭載型では、ダウンサイジングの弊害で同時起動数が2基になっている。また有線式では装備自体の小型化が思うように進まず、機体そのものの運動性が著しく損なわれることとなった。結果、最も軍の要求に近かったC型がハマーン・カーン専用機として追加製造されたものの、データ収集機としての側面が強く、約1年ほどで後継機種に乗り換えている。


AMSN-02 シュネーヴァイスⅡ

01のテストデータを元に再度開発された機体。技術進歩に伴いサイコミュ関連の装備が大幅に小型化し軍の要求水準をクリア、史上初であるサイコミュ搭載の量産型MSとなる。本機の設計は主に元ツィマッド社設計主任であったエリー・タカハシ技術少佐が担当しており、戦後ゲルググの後の次期主力機としてツィマッド社が提案するもジオニックのYMS-19に敗北したYMS-21をベースにしている。
同機の最大の特徴は操縦にバイオセンサーと呼ばれるサイコミュ装置を利用している点である。これによりニュータイプ専用機のジレンマであったサイコミュ兵器の運用と機体動作の両立が容易となったことで、パイロットへの要求水準が大幅に低下、量産化に成功している。また、機体操作負荷の低減はサイコミュ兵器の同時運用数の増加に繋がり、01と比較した場合、要求水準の最低ラインのパイロットでも倍近いビットの運用が可能である。
ビットそのものも改良されており、小型でありながらビームライフル並の火力を実現している。1号機を受領したハマーン大尉のパーソナルカラーが以後の正式カラーに採用されたため、機体色はパールホワイトに一部ピンクバイオレットが使用されている。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。