「どう言うことだ!?」
絶叫がオフィスに響く。ムンゾの中でも一等地に建てられたそのビルはジオン共和国がサイド3を名乗っていた時代から続く大企業、ジオニック社の所有物だった。その中でも一際広い部屋を与えられたその男はしつらえられたマホガニーの机で、政府より送られてきた通達を震えながら読んでいた。
「MS-19の調達打ち切り!?しかも開発費の削減だと!?一体どう言うことだっ!」
MS-19、リゲルと名付けられたその機体は昨年ツィマッド社の提出してきたYMS-21を下して正式採用を勝ち取った機体だ。現在軍の運用している機体の大半はゲルググFⅡ型だが、この殆どは戦中に建造された機体の改造機だった。ゲルググ自体が拡張性に優れていた機体であったことの思わぬ誤算である。更に高性能なFZ型をなんとか売り込んだものの、極少数が廃棄機の代替として購入されたのみであった。
だがそれには軍側の思惑が大きく絡んでいた。大戦中オデッサにて開発された新機軸のMS。インナーフレームと呼ばれる従来のモノコック方式と異なる構造を持つその機体は、メンテナンス性、拡張性共に良好で、現場から圧倒的な支持を得ていたのだ。軍縮で機体の保有数そのものを抑えたい軍にしてみれば、一機当たりの稼働率は運用に当たり非常に大きなウェイトを占めており、その点において、従来のモノコックと流体パルスシステムを採用したゲルググは苦戦を強いられていた。
リゲルはこの問題を解決するべく、大戦末期に試作されていたYMS-14、アクト・ザクをベースにインナーフレーム構造を発展させたムーバブルフレーム構造を採用、駆動方式もアクト・ザク同様フィールドモーター方式を用いている。設計時間を短縮するため、機体形状はゲルググを踏襲しているが全体的に細身であり、大戦末期に設計されたものの建造されることの無かったYMS-17、ガルバルディを意識したデザインとなっている。リゲルはジオニック社の集大成とでも言うべき機体であり、同時に先進技術も盛り込んだ意欲的な機体に仕上がっていた。実際コンペにて競ったツィマッド社のYMS-21、ドラッヘと比較してもその性能は優越しており、危なげなく採用を勝ち取ったのだ。
それが僅か1年で、それも予定の調達数の半分という数で打ち切られる事になるなど、一体誰が予測できただろうか。男は素早く端末をタップし、目当ての人物に回線を繋げる。幸いにして余裕があったのか数コールで相手が出た。
「おう、なんだ?」
「お忙しいところ失礼致します、ドズル大臣。ジオニックのハワードでございます」
「そんなのは聞けば解る。何の用かと聞いてるんだ」
横柄な物言いに一瞬で数十の罵倒が脳内を駆け巡るが、それをおくびにも出さずハワードは質問を投げかけた。
「本日ご連絡頂きましたMSの件なのですが」
「ああ、届いたか。送ったとおりだ、MS-19の調達は来月の納入分で打ち切らせて貰う。それで開発費はペイ出来る筈だな?」
確かにドズル大臣の言うとおり来月の納入分で開発費の回収は終わる。だがジオニックは慈善団体では無い。
「お待ちください!政府は我が社を潰すおつもりですか!?」
ハワードは殊更大げさにそう悲鳴をあげて見せた。確かに新型機の調達打ち切りは痛いが、ジオニック社全体の利益から言えば社が傾く程の損失では無い。だが、得られるはずだった利益を得られなかった事は事実であり、それを寛容に許す者は商人では無い。少なくともハワードはそう考えていた。
「大げさだろう。新型の件はともかく其の分復帰させるゲルググを考えれば、貴様の所が傾く程の話にはなるまい」
その言葉にハワードは内心舌打ちをした。軍人としては有能なドズル大臣であるが、商売人としての才覚は乏しい所謂お得意様であったわけだが、今回はいつもと違い隙が少ない。普段であれば一方的に打ち切りだけを告げてきて、そこを逆手にあちらの想定より多く売りつけたり、あるいは別の装備や保守点検などで損害を補填どころか多く利益を確保出来るのだが。
(ギレン首相辺りの入れ知恵か?まったく、余計な知恵を付けさせてくれる)
購入数の増加は望めないと踏んだハワードは別の切り口から攻めることにした。
「しかし加えて開発費も削減となりますと、ゲルググの改良にも支障が出ます。それに少数とは言えMS-19も納めさせて頂く都合上、部品確保の為に製造ラインを残さねばなりません。これらの維持費を考えますと、何処かでもう少し御寛容頂きたいのですが」
その言葉を聞いたドズル大臣は深々と溜息を吐くと、静かにしゃべり出した。
「ハワード部長、我が政府と貴社は建国以前からの付き合いだ。知らぬ仲でも無いし、相応に便宜も図ってやりたいとは思う。だがそれにも限界はある。明らかに性能に劣る高額な機体を、付き合いが長いと言うだけの理由で選ぶことは健全とは言えん」
その言葉に疑問を持ったハワードはドズル大臣に問う。
「お待ちください、MS-19が一体何に劣るというのですか?」
確かに過去、ザクの採用を巡ってコンペを行った際、最高性能でツィマッド社のヅダに劣りながらもザクが選ばれたという実績はある。だがそれはそもそもヅダが分解事故を起こしたことによる軍のヅダへの不信に起因するものだ。そして今回争ったYMS-21にしてもツィマッド社らしい機体と言うべきか、性能面ではリゲルを上回るものの先進技術を積極的に用いた機体は極めて高コストな機体となっていた。価格で言えばリゲルの2倍近いと言うのだから幾ら高性能を謳っても軍が及び腰になるのは無理からぬ事だ。そしてYMS-21はコストと性能をトレードオフした機体であるから、リゲル以下の値段に価格を抑えようとすれば当然その性能は凡庸なものになる。断言出来るがリゲルを超える性能は発揮できない。
「技術本部が開発した機体でな、型番はYMS-22になる。軍としては今後この機体を調達していく予定だ」
「納得いきません!コンペに出されてもいない機体ではないですか!」
「ほう?ではどうしたら納得する?」
その言葉を待っていたようにドズル大臣は楽しそうに問うてきた。
「YMS-22と我が社のMS-19でのコンペティションを要求します。尤も、その場合現在納入しております19ではなく弊社で独自改善しましたモデルを出させて頂きますが」
相手は後出しである上に一年分の技術差があるのだ。ドズル大臣も堂々と言い切ったのだから少なくとも軍に納めている機体では不利と見て間違いない。
「承知した、その機体は何時用意出来る?こちらは既に実機があるのだから、そう悠長には待てんぞ?」
ハワードはその言葉に素早く計算する。リゲルについても機体そのものはあるのだが、調整は必要だし、何より勝たねば調達打ち切りである事を考えれば多少の無茶も必要である。
「では1ヶ月後で如何でしょうか?」
楽しそうなドズル大臣の了承の言葉で通信は打ち切られた。
「あのー、それで何で俺なんですかね?」
心底嫌そうにそう問うてくるトッシュ少尉に明るい笑い声で応えたのは一緒に飯を食っていたクララ・ロッジ軍曹だった。
「そりゃ、この基地でアンタより弱いパイロットは居ないからだろうさ!」
なんでそんなに嬉しそう何ですかねこの娘っこは。無論理由は違うので俺は頭を振ってその意見を否定する。
「トッシュ少尉は設計段階からレーヴェに関わっているし、万一の時の選択も堅実でテストパイロット向きだ。本当ならシーマ大佐辺りに頼みたいんだが、流石に彼女が出ては向こうからクレームがつきかねん」
少なくとも俺が相手だったら絶対言う。量産機のコンペに腕が良いパイロットを使うのは良いが、流石にトップエースを引っ張り出すのは御法度だろう。
「それなら自分だって出来ます!」
シーマ大佐の代わりという辺りが琴線に触れたのか、鼻息荒くそう立候補するクララ軍曹。まあ、彼女でも技量的には問題無いんだけど、良くも悪くも海兵隊に染まりすぎているからなぁ。
「残念だが大佐とも話し合った結果だ、今回は少尉に譲りたまえ」
「…俺としてはクララにやって貰っても別にですね?」
なおも渋るトッシュ少尉を止めたのは俺の後ろから発せられた声だった。
「私の決定に不満があるとはお前達いい度胸だねぇ?」
「た、大佐っ!?」
「は、はい!いいえ大佐殿!不満など何もありません!」
嘘みたいだろ?彼女、俺より後任なんだぜ?ぶっちゃけもう慣れっこだが。
「クララ、あんたはウチのやり方に染まりきってるからね、万一にも壊せない競技会向きじゃないよ。そういう細かいのはトッシュにやらせときな。トッシュ、競技会とは言えオデッサと海兵隊の看板を背負っていくんだ、解っているね?」
コンペをお遊び呼ばわりは酷い気がするが口には出さない。事実命のやりとりが存在しない性能評価なんて、彼女にしてみればレクリエーションみたいなものだろう。そう言えば昔新型のテスト頼んだときも楽しそうに乗ってたっけ。
「まあそんなに硬くなる必要は無いよ。なんせ相手はリゲルだ、パイロットはそれなりの者を用意するだろうがね」
俺の言葉に文字通り拍子抜けした顔になるトッシュ少尉。
「あのMSっすか。なら、まあ」
表情に合わせて気の抜けた声で応じるが、それを咎める者は残念ながら居なかった。無理もあるまい。
「悪い機体じゃ無いんですがねぇ」
そう言って持っていた端末を操作したのはシーマ大佐だった。改めて映し出されたデータを全員で見る。うん、良い機体だよな、カタログスペックは。
「性能は間違いなく良いんだがね、正直ジオニックの出している強気の値段設定もわからんではない。対抗馬もYMS-21だったしね」
時々思うのだが、なんでツィマッドはコンペになると尖りまくった機体を提出してくるのか。ドラッヘにしても、要求は満たしたから後は好きにやらせて貰う!とばかりに先進技術モリモリで、価格見た瞬間思わず馬鹿かよって呟いちゃったもん。あれ見たら多少値段高くても許されるなんて思ってしまっても不思議じゃない。正直レーヴェだってゲルググとかと比べればそれなりにお高いし。
「でもそれは、ちゃんと性能を引き出せるパイロットが乗っていればですよね?」
「反応は良いというよりピーキー、そのくせスラスター系は大出力だから優しくしてやらなきゃドカンと加速しちまう。ああ、センサーとFCSは良かったな」
正規採用が決定した時点でリゲルのシミュレーション用データは回ってきていたから、海兵隊の皆は全員経験済みな訳だが。ちなみにこのリゲル、見た目はスリムになったゲルググと言うか、ぶっちゃけガルバルティβに酷似した機体だった。性能もそんな感じで全体的に反応速度と運動性を向上、併せて格闘能力を重視した仕様に仕上がっている。あれだな、ギャンに乗った素人にエースの乗ったゲルググが殴り負けたのが腹に据えかねたんだな。ただ、その所為で機体容積がゲルググより減った分、拡張に余裕の無い機体になっている。ムーバブルフレームの特性上、装甲やスラスターの追加などが容易なため採用時も問題視されなかったようだが、この方式は正直宜しくない。増設が容易であることと、操作性を両立出来る事はイコールでは無いからだ。
「精鋭向けの高級量産機としてゲルググとハイローミックス、とかなら解らない話じゃ無いんですが。全機置き換えを前提とした機体でしょう?どう考えても最近の連中じゃ持て余しますよ。訓練時間を戦時と同等かそれ以上取れるならある程度緩和出来るでしょうが」
軍縮に伴う予算の削減は兵士の質に宜しくない影響を与えている。終戦直後はともかく、5年も経てば相応の人数が軍を退役しその分新人が入ってくる。ここで問題なのが新人の練度だ、予算が少ないから訓練時間が少なくなったり、そもそも実機に触れられる時間が減る。ベテランはまだ技量があるから誤魔化しが利くが、新兵の方はそうはいかない。先日久しぶりにあったアナベル中佐も嘆いていたが、戦争経験組からすれば、こんな技量で戦場に立たせようとか正気か?と聞きたくなるレベルの奴まで存在する。そしてそれを矯正したくとも、予算を理由に訓練の許可が下りないときたもんだ。
「そのゲルググにしてもFZだと厳しいと自分は感じました。あれゲルググにしては気難しくありませんか?」
腕を組みながら中々鋭いことを言うトッシュ少尉。うん、シーマ大佐が可愛がるのも無理ないな。
「ゲルググは拡張を前提とした機体だからかなり裕度のある設計がなされているけど、何事にも限界はあるのよね、FZ型はゲルググの設計限界を目一杯使ってるから、どうしてもFⅡや皆が使ってたM型に比べると気難しくなっちゃうの」
そう困った声音で説明してくれたのは、いつの間にか近くに来ていたメイ・カーウィン技術少尉だった。戦後ダグラス大佐の大隊が解散した際に彼女はジオニック社へ出向していたのだが、その時にゲルググのアップデートに関わっていたらしい。
「じゃあ、今後はゲルググも扱いづらくなるんですか?」
「そうだね。改善するには根本的な変更、つまり構造材や駆動系の更新になっちゃうから、そうなるとさっき皆が言っていた“程々の値段の程々の機体”に収まらないんだよ」
設計思想も古いしね。そう眉を寄せて質問するクララ軍曹に苦笑しながら答えるメイ少尉。因みに彼女技術本部所属なのだが、ジオニック社出向中にリゲルを盛大にディスり本部に送り返された後、正式採用を決定した技術本部を痛烈に批判してオデッサに厄介払いされたという中々ロックな娘さんである。あれか、ジオンのちっこい技術者は攻撃性を抑えられん病気にでもかかっているのか。今は遠く離れた地で元気にやっている(と、断言出来る)某女史を思い出しつつ、生温かい目でメイ少尉を見ていたら視線に気付いた彼女がすっごい嬉しそうにこちらを称賛してきた。
「その点レーヴェはとっても良くできていると思います!性能自体は19と殆ど変わらないのに操作性は段違いにこちらが上ですから!流石大佐が考案された機体です!」
考案なんて大それた事してねえよ。地球に帰ってきた喜びの深酒をパプテマス少佐と楽しんでいたら、翌朝ジ・Oの設計図が出来ていた。流石にお値段がグロイ事になっていたから、色々と装備を簡略化した上にサイズを標準機クラスまでダウンサイジング、ついでにスラスターやジェネレーターの出力も下げて手堅く纏めたら、なんか良い感じの機体になったので取敢えず報告してみた。ドズル大臣からは爆笑され、ギレン首相からは馬鹿を見る目で説教された。あんまドズルを焚き付けるなって言われたんで、弟さんの手綱は首相のケジメ案件だから知らんな!って返したらあの野郎目の前で九十九髪茄子を弄びながら言いたいことはそれだけか、とか宣いやがる。ええ、速攻で土下座しました。
つまり何が言いたいかといえば、俺は単にリクエストしただけで、原型から機体の完成まで全部パプテマス少佐がやってくれましたと言うことである。パナいわー、宇宙世紀の天才マジパナいわー。因みにどうよこれ、ステキだろう?ってテム大尉にジ・Oの設計図見せたら、大いに激怒した挙句早速ゲーノインの制作に取りかかった模様である、横でショウ曹長が疲れた目をしていた気がするが、強く生きて欲しいと思う。
「余所から来た技術を研究しながら使っているジオニックと基礎理論を完全に把握して使いこなしているパプテマス少佐とでは残念ながら地力が違いすぎる。今回の件に関して言えば、運が無かったと諦めて貰うほかないな」
ドヤ顔で言い放ちながら、俺はコンペティションの件に対するドズル大臣からの連絡に承知した旨の返信をする。まあぶっちゃけこうなるように誘導したんだが。
「軍の財布も厳しいからね、出来ればレーヴェは長く使いたい。だからよろしく頼むよトッシュ少尉」
後日行われたコンペティションにおいてMS-22“レーヴェ”はMS-19“リゲル”に勝利する。この際ジオニック社は戦中のエースパイロット、ロバート・ギリアム少佐を招聘するも敗北、レーヴェは見事制式採用を勝ち取ることとなる。余談だがこの時の結果をして、テストパイロットを務めたロバート少佐曰く。
「同じ機体なら俺が勝ってた」
「やっぱゲルググはダメだ」
「ザクなら勝ってた」
などと言い放ち、後にジオニック社のMS開発に多大な影響を及ぼすのであるが、それはまた別の話である。
登場人物紹介
ロバート・ギリアム少佐
MSVなどで出てくるロバート・ギリアムと同一人物、ただし性格がかなり異なる。北米系の移民3世で口が非常に軽い。同期からは“MSを動かすのと同じくらい口が動く”“奴が黙るときは死んだときだけ、演習だと死んでも喋る”“アイツと話すのは1年に3分あれば十分”などと散々な言われようであるが、実力は確かであり史実と同じくザクR2型を受領している。その後一月程で専用機のゲルググが支給されるが一度の搭乗後、
「なんか合わない」
と言って勝手に塗装を一般機に戻し、自身はザクに乗り続けた(この時結構な問題になり、あわや降格と言うところまで行っている)。終戦後もR2を愛機にし続けたが、部品在庫や整備の問題から、国防大臣直々に機種転換を命じられたため、一線を退きMSパイロットの教官に転向している。このことから軍では彼を“最後のザク乗り”と称する者が多い。