作者は仕事です。
それは戦争が終わって暫く経ったある日の出来事。
「うん、水質改善は順調のようだな。試作3号まではどうなるかと気を揉んだが」
報告書を読みながらそう口にすれば、横でそれを聞いていたシーマ中佐がのんびりと相づちを打った。
「ああ、特に1号は危なかったですなぁ。本気で基地が壊滅するかと思いました」
その言葉にお茶のおかわりを淹れてくれていたウラガンが深く頷く。恐らくあの悍ましい事件を思い出していたのだろう、そのしかめ面は随分と血色が悪かった。
「あの時は基地の自爆を本気で検討したからな。まさか昆布があれほど…」
「止しましょうよ大佐、もう終わった話です。それにしても4号は順調と言うことは、本国がまた五月蠅くなりますかねぇ?」
続けようとした俺の言葉を同じく顔色を悪くしたシーマ中佐が早口で遮ってくる。どうも1号の件は皆のトラウマになっているようだ。徒に刺激する必要も無いと考えた俺は、中佐の思惑通りに話題を変えた。
「そうだね。今のところ消費はそれ程増えていないが、今後増加することは間違いないだろう。どちらにせよ今のうちに対策は取るべきだろうね」
「まったく、戦争は終わったと言うのにウチの基地は大車輪ですなぁ?」
「全くだ、少しはボーナスくらい出してくれても罰は当たらんと思う…うん?」
そんな冗談を口にした瞬間、端末が新たなメールの着信を告げてきた。ミノフスキー粒子の影響が薄くなったため、通信関連の状況は大幅に改善されている。おかげで日に何度も上司から連絡が来るので痛し痒しと言うのが俺の本音だが。今度はどんな無茶ぶりかと届いた内容に目を通せば、そこには予想外の言葉が並んでいた。
「…なん、だと!?」
思わず俺が声を上げた事が興味を引いたのだろう、二人が何事かと画面を覗きこみ、俺よりも困惑した表情を浮かべた。
「一体何だってんです、大佐?」
「これがどうかしたのですか?」
そこには今後輸送する水資源の安全性確認について如何にもな文章で長ったらしく書き綴られているが、その内容を正しく理解した俺はまさしく戦慄する。馬鹿な、軍は俺に死ねと言うのか!?恐怖に血の気は失せ、空調の利いた部屋にもかかわらず寒気すら覚える。だが、何度読み返してもそこに解釈の余地は無く、この無慈悲な指令を俺が実行しなければならないことは、確定的に明らかであった。
「これはあくまで、司令部からの命令であり、私心がない事を私はここに宣言する」
「「はあ」」
俺の気も知らず気の抜けた声を出す二人。その表情が侮蔑へと変わることを確信しながら俺は続く言葉を吐いた。
「水産資源用コロニーへ送るための海水の水質調査が今回の任務になる。…海洋生物並びにその管理作業者が長期的に業務に従事しても問題ないかを調査する」
「うん?今までとどう違うんです?」
首を傾げるシーマ中佐に、俺は勇気を振り絞って軍の恐ろしい要求を伝えた。
「端的に言えば、実際に生身の人間が長時間触れて問題ないかを調査する。つまり対象者が直接海に入り、海水に触れ続けるという試験だ」
意味を理解したシーマ中佐の眉がよるのを見て、俺は慌てて言葉を続ける。
「無論被験者は志願制にする、当然危険手当も出そう。それでも集まらなければ仕方が無い、私が…」
「成程」
言い切る前にそう口にする中佐の視線に俺は続きを喉元で詰まらせた。いかん、養豚場の豚を見る目になっておられる。
「ちゅ、中佐?」
「趣旨は理解しました。では志願者を募りましょう」
そう言って表情を変えぬまま部屋を出て行ってしまう中佐。俺はそれを為す術もなく見送ったのだった。
即日張り出された志願者募集の通知は、大佐の予想を裏切る結果を齎すこととなる。
「チャンス、ですわね!」
「いやあ、まさかこんなに早くお披露目が来るとは。日頃の習慣も忘れず行っておくものだねぇ?」
ある者は好機に奮起し。
「想定外!新作を取り寄せてる時間なんて無いし、PXには無いし!あああ、どうすれば!?」
「ふっふっふ、お困りのようだね、お嬢様?」
「あ、貴女は!?」
またある者は日々の成果が身を助け。
「あの、中佐?」
「あ?なんだい!?」
「い、いえ!何でもありません!」
そしてある者はやさぐれつつ、運命の日を迎えることとなる。
その日は朝から良い天気だった。夏の太陽は気が早く、5時過ぎには顔を出し地面を照らし始めている。欠伸をかみ殺しながら、俺は妙にそわそわしているエイミー少尉を伴って滑走路へと赴いていた。
「あれか」
軍の用いている物の中では、比較的小ぶりのシャトルが滑走路へと進入してきた。今回の水質調査では何故か本国連中が妙に張り切っており、特別な機材と人員を追加で送るとか言いだしたのだ。ならそっちで全部やれよと思ったのだが、普段の水質管理や計測をやっているのはこちらの基地の人間だから放り出すわけにもいかんし、彼らをぽっと出の本国連中に顎で使われるのは業腹だ。なのでここは俺が矢面に立たねばならぬと出てきたのだが。
「ふむ、貴様自ら出迎えとは気が利いているな?」
「お出迎え感謝致します!大佐!」
「キ、キシリア外務大臣!?それにアナベル少佐?これは一体?」
水質調査とまったく関係無いとしか思えない人物の登場に戸惑っていると、すました顔でキシリア大臣が告げてきた。
「内部監査のようなものだ。オデッサの水資源については軍と資源管理省の預かりだろう?不正が無いか別機関の人間である私が検査に立ち会う」
そうドヤ顔で告げてくるキシリア大臣。どうしたものかと並んで立っているアナベル少佐へ視線を移せば、彼女も良い笑顔で口を開いた。
「自分は今回使用します装備の護衛です。重要な物資でありますから、万一があっては軍の威信に関わりますので」
「ふむ、そう言うことならば少佐。こうして無事オデッサに装備は届いたのだ、貴様も暇な身ではあるまい。ここからはこれがやるだろうから貴官は本来の任務に戻ってはどうかな?」
流し目で少佐を見ながらそう提案するキシリア大臣。確かに重要な装備だとはいえ、軍屈指の精鋭であるアナベル少佐を拘束するのは気が引ける。それに俺も軍属だから、ここは責任を持って任務を引き継ぐべきか。そう考え口を開く前に、アナベル少佐の口から否定の言葉が紡がれた。
「お心遣い痛み入ります、大臣閣下。しかしこの任務は私が軍から正式に指示されたものであります。たとえ大臣閣下のお言葉であっても、途中放棄するわけにはまいりません」
なんだろう。二人ともとっても良い笑顔だし、8月の太陽は朝とは言え元気に己の存在を主張しているのだけど、なんか背筋が寒い。
「と、とにかくこちらへ、皆も待っておりますから」
「「…皆?」」
あれ、そういや言ってなかったっけ。
「はい、志願者を募りましたところ、かなりの人数が集まりまして。どうされました?」
俺の言葉に何故か天を仰ぐ二人。俺は首を傾げながら試験場となる海岸へ移動したのだった。
「おお、大佐!どうも有り難うございます!」
海岸に着いた俺達を出迎えたのは、笑顔でそう感謝を告げる丸い園長先生ことフラナガン・ロム博士だった。
「いや、気になさらず。こういうのも必要でしょう」
何かと言えば、今回の試験にフラナガン研究所の子供達を参加させる事を許可したのだ。終戦に伴い、運営費を大幅に削減されたフラナガン機関は大幅に規模を縮小。サイド6にあった本局を手放して、希望者全員でこのオデッサ支局――今ではここが唯一の拠点だから本局と言うべきだろうか?――に移っている。スペースノイドにとって海水浴というのは非常に金のかかる遊びで、当然ながら公費で許されるほど共和国の懐は暖かくない。オデッサ近海は水質が改善したおかげで遊泳出来るだけの環境なのだが、如何せん軍の実験区域扱いのため、基本的に娯楽での侵入は禁止されている。つまり、子供達は目の前に泳げる海があるのに、我慢させられていたわけだ。これはもう拷問と言っても差し支え有るまい。
「それと礼なら私ではなくハマーンに言ってあげて下さい。そちらに伝えようと提案してくれたのは彼女だ」
「ええ、それは勿論です。ですがこれだけは受け取って頂きましょう」
そう言いながら博士は得意満面な笑みで馬鹿でかいクーラーボックスを俺達の目の前に置くと、その蓋を開いた。
「なんと、流石博士です。解っていらっしゃる」
「古来ヤーパンでは夏の海でこれを食べるのが習慣だったのでしょう?ヤーパン贔屓の大佐なら喜んでくれると信じていましたよ。ウチの畑で採れた上物です」
素晴らしい艶の西瓜を見ながら博士と固い握手を交わす。しかしこうなると海の家と微妙なカレー、あと具の無い焼きそばが欲しくなるな。ここ数日酒保担当が捕まらなくて用意出来なかったんだよなあ。
「試験を私物化とは良い度胸ではないか、大佐?」
やっべえ忘れてた。
「誤解です大臣。これは試験に必要な措置なのです」
「ほう、言ってみろ」
「子供の体は成人に比べ敏感です。短時間で長期の影響を計るのであれば正に適任なのです」
「そのウォーターメロンは?」
「これも試験には必要です。炎天下かつ海水に接触する本試験では熱中症や脱水のリスクは避けられません。この果実はその構成の90%を水分が占めており、そこにカリウムなどのミネラルが含まれます。端的に申し上げればこれは天然のスポーツドリンクなのです」
「ならばスポーツドリンクでよかろう?」
「ドリンクもただではありません。その点これは博士がご趣味で育てられておりますから、公的資金は投入されておりませんし、それを無料で供出頂くわけですから無駄にする必要も無いでしょう」
という建前でどうにかなりませんかね?そんな気持ちでキシリア大臣を見ると、眉間にしわを寄せた後、頭を抱えながら吐き捨てるように口を開いた。
「…お前というヤツは、本っ当にっ!」
「気を強くお持ち下さい、大臣閣下。まだ本番にもなっていません」
海岸までは気迫のこもった笑顔の応酬をしていたアナベル少佐が、気遣わしげにキシリア大臣を支える。なんだ、仲いいじゃないか。
「…それにこれは、私達にとっても天佑と呼べるのでは?」
アナベル少佐が続いてそう口にすると、何故か驚いた表情の後、不敵な笑みを浮かべるキシリア大臣。
「そうか、そうだな。想定通りで無くともこの状況は奇貨ではある。良い判断だ少佐」
そう言って笑顔で頷きあう二人。うむ、良く解らんが機嫌は直ったようなのでヨシ。
「では大佐、私と大臣も試験の準備をしてまいります」
「今回の責任者は貴様なのだから、勝手に居なくなるなよ?いいな?居なくなるなよ?」
いや、別に何処にも行かないけど。しっかり念を押した二人は何故か一緒にエイミー少尉も連れて何処かへ行ってしまう。…まさか、準備って。
「た、大佐!志願者の集合が済んでおりますわ!」
強烈なプレッシャーを感じた俺は逃げ出す事を一瞬考えたが、そう声をかけられることでその機会は永遠に失われた。
「あ、ああ、ごくろっ!?」
振り返った先にはこの世の物とは思えない光景が広がっていた。一見大人しく見えるワンピース、しかしそれは仮の姿だ。ふんだんに使われたシースルーの生地が覆われている面積をあざ笑うかのようにその先の肌色を主張し、包み込まれている彼女の魅力をこれでもかと喧伝する。情熱的なビビッドレッドの色は冒険心にあふれているようで、その実ボリュームのある彼女の金髪によく似合っていた。そして白日の下に晒される二つの果実、それはまごうこと無く豊満であった。
「た、大佐?あの、へ、変でしょうか?」
パーフェクトだ。思わずサムズアップをしたくなるのを懸命に堪える。普段高飛車な子がちょっと冒険した水着を着ちゃって羞恥に赤くなるとか。何そのギャップ、殺しに来てるのか?
「いや、よく似合っている。声をかけてくれて有り難うジュリア少尉。さ、それでは試験をっ!?」
そう、俺は想像力を働かせるべきだったのだ。志願者リストに彼女達の名前が載っていた時点で。何故なら彼女達はセレブである。ならば、海水浴などと言われて着てくるのは、当然のように、異性を狩る戦闘服だ。
「このような機会を頂き有り難うございます、大佐」
「泳ぐのなんて久しぶりですよ!あ、良かったら競争しませんか?大佐!」
「水質の試験ですから、水に触れていれば良いのですよね?波打ち際のサンドアートで諸行無常を楽しみませんか?」
腰回りこそパレオで隠れているが、それを台無しにするほど布面積の少ないビキニに身を包んだアリス少尉がそう笑えば、元気な声で感想を述べてくるフェイス少尉。一瞬競泳水着に見える紺とライトイエローの水着は、しかし大胆なカットで彼女の健康的な美脚を惜しげも無く外気へ晒している。独特の感性の持ち主らしい提案をするミノル少尉は殺意の塊と言っても過言ではないスリングショットで登場である。面積こそ広めであるが、そこは元のデザインがデザイン。動く度にもう危険が危ない状態だ。
「しまった、出遅れました」
「レースに参加表明とは、ミリィもたくましくなったわね?」
「あら?でしたらセルマ少尉は観戦ですか?」
「まさか、そんなわけ無いでしょう?」
不穏な事を口走りながら寄ってくるのは、銀髪ロングとショートのセルマ少尉とミリセント少尉の二人だ。デザインこそ標準的なビキニなのだが、何せ元が凶悪な二人である。少し動くだけで揺れ動くそれが、いつこぼれ落ちても不思議では無い。何でよりによってチューブトップをチョイスしたのかと小一時間問い詰めたい。
「お、おかしいですって!これ絶対おかしいですってエディタ中尉っ!」
「ええー?そんなことないって。私の旦那が言ってたもの、乙女の魅力を引き出す水着でこれ以上の物はないって」
基地に帰って2日目に現地の男と結婚するって報告を受けたときはどんな顔したら良いか解んなかったよ。エディタ中尉。しかも相手は食料納入してたあのナイスガイとか。ご祝儀で山羊強請られるとは夢にも思わんかったが。そんな彼女は野郎の視線を意識してかハイウェストだ。だが残念、人妻というフィルターがそのガードの堅さを貞淑さへと昇華させ、蠱惑的な魅力を周囲へと振りまいている。その陰に必死で隠れていたハマーンだったが、中尉の腕力についには屈し、俺の前へと誘われる。
「…ひぅっ」
余程恥ずかしかったのだろう。顔を真っ赤にして震える彼女は、まるで小動物のようで庇護欲をかき立てる。だが、今はそんな場合ではない。
――そこには、白いスクール水着を着た、ハマーンが居た――
ナンデ?ナンデスクール水着?白?あ、ご丁寧に胸元に名札付けてある。綺麗な字でハマーンの名前。流石に拙いひらがな表記は難しかったか。違うそうじゃない、いや何が違う?え?あれ?
「き、着替えて」
「良く似合っている!こう言って良いか解らないが、可愛いよ、ハマーン」
泣きそうになりながら走り出そうとするハマーンへ咄嗟に声をかけた。あれ?良く考えなくてもこれかなり危険な発言じゃね?確実に冷や汗と解るそれが額を伝うが、最早動き出した事態は止められない。
「ほ、本当ですか?」
もじもじと体をよじりながら、潤んだ瞳で上目遣いに尋ねてくるハマーン。
やめてくださいしんでしまいます。
「あー!ハマーンちゃんズルイ!大佐っ!私は!?私はどうですか!」
「実は結構自信があったのですけど、似合っていませんか?大佐?」
「わ、わたくしは、その。ご不快にさせてしまいましたか?」
こんな事言ったらもげろとか爆発しろとか言われそうだけど、敢えて言いたい。天国に居る筈なのに地獄絵図。だってこの後は間違いなく、
「楽しそうだな?大佐?これは邪魔をしては悪いかな?」
「はっはっは、さすが大佐は人気者ですね。ですが職務怠慢はよろしくありません」
ほら、オチがつく。
「ああ、キシリア大臣。とても良くお似合いですよ。アナベル少佐も、こんな機会に見るのは実に勿体ない程だ」
引きつる頬を懸命になだめつつ俺は口を動かす。偉い人が言っていた、女の子はとにかく褒めろと。事実二人はとても綺麗だった。キシリア様は紫のクロスデザインのビキニ。いっそ病的にすら見えるほど白い肌とのコントラストに視線を奪われる。一方のアナベル少佐はその性格を反映したようなアメリカンスリーブのビキニ。胸元が大きくカットされているせいでもうえらいことになっている。こっちもこっちで目が離せない。だが、二人の反応はとってもドライだった。
「ふん、どうせ誰にでも言っているんだろう?」
「本心からの言葉でしたら喜んでお受けしたのですが」
偉い人の嘘つき。
「一体いつまで遊んでるんです?日が暮れますよ?」
進退窮まった俺を救ったのは、そんな呆れた声だった。
「ほら、あんたらも試験に参加したなら形くらいは整えな!それとも、言葉じゃ解んないかい?」
「「サー!ノーサー!」」
「そこはせめてマムにしてくんないかねぇ。解ったんならさっさと動きな」
苦笑しながらそう手を叩いてシーマ中佐が少尉達を散らす。その様子に不機嫌だった二人も毒気を抜かれた様に表情を緩めた。
「久しいな、中佐。壮健なようで何よりだ」
「お久しぶりです。しかし中佐。その恰好は?」
言葉をかけつつも、二人はどこか戸惑っている。無理もないだろう。何しろシーマ中佐はパイロットスーツを着込んでいるのだから。二人の視線を理解して、シーマ中佐が笑いながら答えた。
「試験にしろ遊ぶにしろ。緊急時の救命員は必要でしょう?」
見れば幾人かの海兵隊員が同じようにパイロットスーツで浜辺近くに立っている。うわぁ、後でボーナスでも支給しなきゃ。そんなことを思いながら俺達は試験という名の海水浴を始めるのだった。
「代わろう」
太陽が中天を少しばかり過ぎた所で、大佐がシーマにそう声を掛けて来た。浜辺の中程、日よけのパラソルの下で海を眺めていたシーマはその声に視線を上げる。
「気になさらず楽しんできて下さい」
「そうもいかん、部下に仕事をさせて責任者が遊んでいるなんてそうす…首相に伝わってみろ、木星辺りに飛ばされかねん。これでも私は今を気に入っていてね、助けると思って代わってはくれないかね?」
食い下がる大佐をどう説得するべきかシーマは思い悩んだが、結局の所真実を伝えるのが最善であるとの結論を出し、口を開いた。
「…ないんです」
「うん?なんだって?」
聞き返してくる大佐に、頬が熱くなるのを自覚しながらシーマはもう一度先ほどの言葉を口にした。
「ですから!私は泳げないんです!だから海にも入りませんから気にしないで下さい」
シーマのカミングアウトに対し呆けた顔になった大佐だったが、少しして肩をふるわせながら笑い始めた。
「笑うことはないでしょう!?」
「い、いやすまん。まさか、海兵隊の君が泳げないとは思っても見なかったからね、そうか、それは悪かった。だが、泳ぐだけが海の魅力ではないさ。それを知るくらいはしても良いんじゃないかね?」
実を言えば、シーマは後で少しだけ楽しむつもりではあった。故にパイロットスーツの下にはそのための準備もしてきている。しかしその姿を大佐に見せるのは思っていた以上に勇気が必要だった。故に大佐を引き下がらせるべく、シーマは無理を口にする。
「そうは言いましても、やはり泳げない身としては海は怖いものです。それとも大佐がエスコートしてくださるんで?」
だが、シーマの想定はあっさりと覆される。
「ああ、良いとも。それで君が楽しめるなら安いものだ」
言いつつ大佐はシーマの手を引き立ち上がらせてしまう。
「た、大佐!?」
「すまんが少しばかり浮かれていてね。運がなかったと思って諦めてくれよ」
嬉しそうに笑う大佐に、シーマは大きく溜息を吐くと、一言だけ念を押し首元のファスナーへ手をかけた。
「笑わないで下さいよ?」
ゆっくりと胸元が開き、肌が外気に触れる。目の前の男にこれから肌を晒すのだと自覚し、シーマの鼓動は五月蠅いほど速くなった。はしたないとは思われないだろうか?酒保担当に頼んで手に入れた水着は、黒のシンプルなビキニ。扇情的なカットが施されたそれを身につけた姿を晒した瞬間、目の前の男が思わずと言うように口を開いた。
「ああ、綺麗だな」
聞こえた大佐の呟きを振り払うように、シーマは大佐の手を掴み海へと走りだす。太陽は未だ高く空にあり、日暮れにはまだまだ時間が掛かりそうだった。
「良かったのか?行かなくて」
士官組のたまり場と化している執務室の応接セット、汗を掻いたグラスを傾けながらガデム少佐がそう口にする。
「いやいや、爺様。なんの冗談だよ」
ヴェルナー大尉と向き合ってボードゲームに興じていたデメジエール中佐が眉を寄せながら聞き返した。
「お前さんも志願してただろう?楽しみじゃなかったのか?」
「そら楽しみだったよ、海で泳ぐなんて生まれて初めてなんだからな。でもな爺様、俺はまだ命が惜しい」
その返事に、ガデムが気の抜けた声を発する。
「あー、成程なぁ」
「進んで虎の尻尾どころか、生肉巻き付けて猛獣の巣へ飛び込むようなもんだからな、賢明な判断だと俺は思いますぜ、チェックだ」
アイスコーヒーを一息に飲み干しながらヴェルナー大尉がそう告げる。
「え、お、ちょ、ちょっとまった!」
「待ったなしですぜ」
オデッサ基地異常なし、特に報告すべきことなし。素晴らしきかな平穏なる日々
――8月某日、ある士官の日記より抜粋。
本話制作の経緯
クリスマスだし更新期待されてるかも。(傲慢)
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みんなどうせ冬モチーフの話とか書くんだろ、ド直球にクリスマス話とか!
↓
うん、水着回だな!
発想がおかしいって?
最近忙しいから是非もないよね!