起きたらマ(略)外伝?   作:Reppu

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あけおめ


SSS5:航海日誌0082「遭遇」

戦後初めて送り出された木星船団は、以前にも増して緊張の度合いを高めていた。敗戦後、地上資源の分割によってエネルギー源としてヘリウム3へ依存度が高まると同時に、疲弊した地球連邦政府にとって木星公社との関係は極めて重要な政治的案件となったからである。

ここで少し地球と木星との関係を整理しておこう。宇宙世紀が始まり、本格的な宇宙移民の開始から数年、元々地球のエネルギー資源は枯渇気味であり、より多くの資源収集を目的として西暦から細々と行われていた木星エネルギー船団が宇宙世紀0010年に再編され、木星開発事業団が発足する。ヘリウム3の安定供給を目的とした同組織は連邦政府にとって国家のエネルギー供給を担う重要な組織でありながら、それでいて同時に生存圏拡大を掲げ、木星圏の開発を提唱する事業団は頭痛の種でもあった。そこで政府はある決定を下す。それが事業団の公社化である。

表向きは増大する事業費を削減するためというのが題目であったが、その内容は木星圏開発を担う木星公社の発足と言う名の木星圏の開拓を提唱する急進派の切り離しと、資源輸送を担う木星船団を地球連邦政府の直轄とすることで木星圏のライフラインの掌握を目論んでいたのは明白だった。当時唯一の生活必需物資の供給源であった輸送船団の接収に事業団側は強い反発を示したものの、船団で使われている艦艇は全て連邦軍から供与されたものであり、また人員の多くも同様であった事、更に地球圏限定ではあったものの船団の護衛を連邦軍が完全に受け持っていたことから押し切られてしまう。

こうして事業団の名は残ったものの、その内容は大幅に削減されごく僅かとなった支援金によって運営される公社の維持管理組織であり、最大にして唯一の資金源であったヘリウム3ですら人類社会の安定と発展を題目として買い叩かれる木星圏在住者と彼らを踏み台として発展する地球圏在住者という図式が組み立てられる。

この関係に大きな変化を投げかけたのは先の大戦によるジオン共和国の独立である。公国時代より独自の船団によるヘリウム3確保に動いていたジオンであったが、当然ながらその道程は簡単なものではなかった。火星、アステロイドベルトへの航行を行っていた彼らであっても、木星はなお遠い場所だったのである。しかし独立した以上連邦政府に国家の生命線たるエネルギー源を掌握されるわけにはいかず、独自の船団を持つ必要があった。そして頭を悩ませている首脳陣を前に、何処かの大佐がまた要らない事を口にした。

 

「ノウハウがないのですから、ノウハウがある連中に学ぶしかありますまい。彼らとしても船団の規模が大きくなればそれだけ対応能力に余裕が生まれますから、悪い話ではないはずです。何しろ向こうとしても船を出さないわけにはいかない。一銭も使わずそれでいて我が国に恩を売れる機会です。あの腹黒モグラなら渡りに船と飛びつくでしょう」

 

その結果、連邦・ジオン両国の合同木星船団が計画され、0082年に船団は木星へ向けて出発することとなる。件の大佐が総責任者に任命され、絶叫したとかしなかったとかは別の話である。

 

「ふむ」

 

業務を終え自室に戻っていた青年は、端末を睨み付けて眉を寄せた。船団が地球を発って凡そ1ヶ月あまり。当初こそほんの2年前まで敵同士であった双方に緊張もあったが、それだけの時間を同道すれば連帯感も湧けば弛緩もする。始まったばかりとはいえ、航海が順調である事もそれに拍車を掛けていた。だからこそ、青年は面白くなかった。

 

「困難と苦難の木星航海、拍子抜けだな」

 

彼は自他共に認める天才であった。若くして地球連邦直轄の組織である木星船団の指揮を任される程であり、指揮以外でも才覚を示してきた人物であった。だが、それ故に彼は退屈していた。

 

「後3年。いや、1年でいい、早く生まれていればな」

 

ジオン独立戦争。文字通り全人類が踊った大舞台、だがその舞台の中央で彼が踊る前に戦争は終わり、彼の己の存在を誇示するという欲求をかなえる機会は失われる。ならば過酷と定評のある木星船団へ志願してみれば、その内は退屈な艦隊勤務が延々と続くだけだ。退屈が思考を鈍らせ、埒もない事を口走らせる。手慰みにMSの図面などを引いて紛らわせているが、これが日の目を見ることはない。何しろ彼の所属する地球連邦軍は敗戦の条約で新型MSの開発を厳しく制限されており、試作どころか、既存機体の改修に関してすら開示義務があるほどだ。流石にプライベートで図面を描くことを禁止まではされていないが、軍のデーターベースにはアクセスできないから多くの部分がブランクデータになるか、代用で民生品を当て込んでいるため、とても軍用には耐えられない数値となっている。虚しくなった彼は設計データを保存し、ふて寝をするべく端末の電源を落とそうとしたタイミングで部屋の外の気配に気付いた。

 

「失礼、こちらはパプテマス・シロッコ少佐の部屋で宜しいかな?」

 

ノックとともに聞こえた声に当惑しながら、パプテマスはドアを開ける。その先にはファイルサイズの端末を小脇に抱えた、船団の総責任者である、マ・クベ大佐が立っていた。

 

「どうされました?マ・クベ大佐」

 

それまでのふてくされた態度などおくびにも出さず、柔やかにパプテマスは口を開いた。ジオン勝利の原動力となった大佐に興味があった事に加え、その彼から色々と気に掛けられているという事実が彼の自尊心をくすぐったからだ。だが、次の言葉を聞いて彼は表情を強張らせる事になる。

 

「いや、航海が始まってそろそろ1月ですからな。少佐が退屈しているだろうと思って土産をお持ちしたのですよ」

 

備えられた手狭な椅子に腰掛けると、大佐は世間話の気楽さでそう口にした。

 

「退屈など…」

 

窮しながらも何とか口にするパプテマスに対し、大佐は笑う。

 

「そうですか?貴官のような天才にはこの航海は随分と緩く感じるかと思ったのですが」

 

「順調で良い事ではありませんか」

 

「誰かにとって良い事が、他の人間にとっても良い事とは限らないでしょう。貴方は自身の才覚に見合った活躍の場を求めていると見受けたが、私の思い違いでしたかな?」

 

あけすけな物言いにパプテマスは思わず沈黙を選ぶ。そしてその沈黙こそが大佐の言葉を肯定することを雄弁に示していた。

 

「まあ、折角持って来たのです。おっさんの道楽に付き合ってはくれませんか?」

 

言いながら大佐は机に置いた端末の電源を入れる。直ぐに立ち上がった画面を慣れた様子で操作した先に映し出された情報を見て、パプテマスは驚愕と同時に慌てて険しい表情を作り大佐を睨み付けた。

 

「一体どう言うおつもりか?」

 

大佐の端末。そこにはジオン軍が現在次期主力MSに採用しようとしている構造材に始まり、MSの設計に必要な様々なデータが並んでいたのだ。

 

「条約を作った人間が言うのも何ですが、あの内容は穴だらけですな。連邦軍内の情報に対する開示制限は掛けられていますが、ジオン軍の人間には掛けられていません。まあ、軍事機密を他国にばらすバカの事まで想定はしなかったわけですが。ついでに言えば企業と軍のプロジェクトとしての開発制限はしていますが、貴方のような一個人でMSを開発できるような人間への対処も不明確です。いやはや、やはり付け焼き刃の人間に条約など任せるべきではありませんな」

 

平然とのたまう大佐の真意がわからず、パプテマスはつい声を荒げてしまった。

 

「機密漏洩だと理解してなお何故見せる!?」

 

しかし返ってきた言葉はあまりにも単純で、それでいてパプテマスの理解を超えていた。

 

「君が退屈していたからだよ」

 

言いながら大佐は、片付けられず脇にどけられていたパプテマスの端末を指で叩いて見せる。

 

「描いているんだろう?MSの設計図を。どうせなら玩具ではなく本物を描いた方が気が紛れると思ってね。ささやかながらプレゼントをと考えたわけさ」

 

「何が目的だ?」

 

警戒心を解かぬままなお問うパプテマスに対して大佐は笑顔を崩さぬまま口を開く。

 

「もう言ったぞ?君の退屈を紛らわせるためだとね。君はこの情報を基にMSを設計してもいいし、しなくてもいい。出来れば完成した図面を軍に提出するのは避けて欲しいが、それだって君の自由だ」

 

「そんな事をして、貴方になんの利があるのか」

 

あまりにも都合の良い状況に、パプテマスは混乱しつつも自分の呑み込める言葉を欲して問い続ける。だが、返ってくる答えは何処までも彼の思考をかき乱すものだった。

 

「利益ね、それは簡単だ。君という天才が、どんなMSを作り出すのか興味があるのさ。だから図面が描けたら是非見せて欲しい。幸い後3年はばれても捕まらないし、それ位あれば1機分くらいは描けるだろう?」




正月ネタが思い浮かばなかったんだ。

なお、木星関連は完全に独自設定です。
国家の根幹たるエネルギー資源の採掘~輸送を内部監査も出来ないNGOに任せるとか、そんな頭おかしい設定は知らん!

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