起きたらマ(略)外伝?   作:Reppu

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箸休め回


SSS6:裁かれし者

豪華に飾り付けられた室内に、明るい音楽が流れる。視線の先に映る人々はそれに負けぬ煌びやかな衣に身を包み、婦人の指や首元には大粒の宝石が輝いていた。皆笑顔で談笑し、その手にはアルコールの入ったグラスや、手の込んだ料理が載った皿を持っている。その光景を笑顔で見ながら、俺は隣に立つ青年へ声をかけた。

 

「顔が引きつっていますよ。ガルマ様」

 

ガルマ様は一瞬こちらを睨んだ後、努めて柔やかに表情を作り直しながら、俺だけに聞こえる声で文句を言ってきた。

 

「叫び出さない自制心を褒めてくれるかと思ったのだけどね。なかなか先生は手厳しい」

 

だから先生はやめてくれって。

 

「気持ちはわからんでもありませんが、これも政治です。染まれとは言いませんがせめて慣れて下さい」

 

「…イセリナを連れてくるんだったよ」

 

初対面の印象こそ悪かったイセリナ嬢だが、流石名家エッシェンバッハの一人娘だ。こうした無駄なパーティーでの有能さはジオンの人間の比ではない。その上本人自身がガルマ様の役に立ちたいという気持ちから積極的にこうした場に参加するものだから、最近のガルマ様はすっかりイセリナ嬢に頼り切っている。無論適材適所があるのだから何でも出来るようになれとは言わないものの、一人でも無難に過ごせる位の腹芸は身につけて貰わんと困る。これから先こんな機会は何度も来るだろうから。

 

「まあ、被災地視察に来た人間をパーティーでもてなすと言う発想には私も驚きましたがね」

 

そう言って俺は肩を竦めて見せた。先の大戦において最も被害を受けた地域として、オーストラリアはジオン側の所有領になった。損失という観点で見れば、大戦初頭で攻撃された各サイドの方がグロイ事になっているのだが、あちらは人間の方も被害が甚大だったので、あまり問題になっていない。戦中にコロニーをサイド3へ移送して修繕したノウハウもあったから、直近の課題になる居住コロニーの確保が比較的スムーズに解決したことも大きい。まあ、後はサイド6や月面に疎開した元住民の多くがジオン国民になるのを拒否して連邦へ帰属したことが最大の要因だが。ともかく、復興という観点で見た場合、最も労力を必要とするのがオーストラリアであったことは間違いなく、スペースノイドの帰属希望者の多さから予想よりも各サイドの再建を急がねばならなくなった連邦には、皮肉にもオーストラリアを復興するだけの余力が残っていなかった。仮の話になってしまうが、終戦協定でコロニーの建設費用が戦後賠償の補填にならんかったらオーストラリアは連邦領だったかもしれん。今でも各地に潜伏してテロ行為に走っている脱走兵や彼らに物資を流して捕まる連邦兵が後を絶たないくらいだし、何より議会でもかなり揉めたらしいし。

 

「成程、それで君たちは復興の資金をどこから調達するんだね?」

 

ごねまくるオーストラリア出身の議員に対してそう言い切ったゴップ議員は凄いと思う。おかげで議会の帰りに襲撃されたらしいが。

話を戻すと、そんなわけで戦勝国であるジオンが面倒を見る事になったんだが、地球領の復興に関しても資源管理省の管轄であった事から、こうしてガルマ様が現地視察やら、地域代表との調整会議やらと頑張っているのだが、中には色々とぶっ飛んだ思考の持ち主もいるのだ。今回の視察も見事にそれに当たった形で、アデレート市長はガルマ様を歓待するという名目で盛大なパーティーを開いたのだ。露骨なごますりと湯水のように浪費される各種物資を見ながら、それでも市長を面罵しなかったガルマ様は成長されたと思う。顔は引きつりっぱなしだったが。そんな俺を見て、半眼になったガルマ様が口を開いた。

 

「驚いた割には準備が良いじゃないか。実はこんな状況も想定していたんじゃないのか?」

 

そう言ったガルマ様の視線の先には、俺の直ぐ横に並んで微笑んでいるフランシス・ル・ベリエ少尉がいた。鮮やかなエメラルドグリーンのパーティードレスで着飾った彼女は、美貌もさることながらその所作も堂に入ったもので、中々に注目を集めている。おかげで陰気な万年大佐は完全に空気になれているという寸法だ。

 

「いえ、完全に偶然ですよ。尤も彼女の方はある程度予想出来ていたようですが」

 

護衛として連れてきた彼女が、出発の際結構な荷物を引っ張ってきていたのだ。以前の人生における彼女も旅行の際アホみたいに荷物を持ってきていたので、女性の旅行って大変なんだなぁくらいの感覚で居たら、その中身は大量のドレスだったというオチだ。

 

「こちらの風俗に関しては、まだ私の方が上手と言うことですね」

 

楽しそうに笑う彼女に手を上げて降参の意を示したのは記憶に新しい。

 

「フ、フランっ!?」

 

そんな風に身内でじゃれ合っているところに、若い男性の声が響く。そちらに視線を向ければ、癖のある茶髪の如何にも優男といった青年が驚愕の表情を浮かべて立っていた。

 

「マーカス?」

 

応えるように声を発したのはフランシス少尉だった。

 

「知り合いかね?」

 

「ええ、少し」

 

俺の問いに対し、そう笑顔で返してくるフランシス少尉。本当に少しか?さっきの表情はどう見てもUMAとか見ちゃった感じのものだったぞ?

 

「あ、その、申し訳ありません。その…」

 

今更俺の横にガルマ様がいることに気がついたのだろう。しどろもどろになりながらもフランシス少尉から離れようとしない彼に色々察した俺は、彼女に問うてみた。

 

「知り合い君はどうも君に用事があるようだ。どうするね?」

 

「お気遣い頂き有り難うございます、大佐。宜しければ少しお時間を頂いても?」

 

俺が頷くと、二人は揃ってバルコニーへと歩いて行く。それを見送っていると、横からガルマ様が渋い声で聞いてくる。

 

「良かったのか大佐?あまり良い縁には見えなかったぞ?」

 

だろうね。でもまあ、何とかなるんじゃないかなぁ。

 

「問題無いでしょう。彼女は強いですから」

 

 

 

 

オーストラリアでも南部のアデレードは比較的気温が低い。それが冬の時期である9月であれば、尚更だ。昼間の炊き出しに並ぶ難民の列を思い出し、先ほどまで居た部屋との落差にフランシスは顔が強張らない範囲で密かに奥歯を噛みしめた。

 

「その、久しぶりだね。フラン」

 

そんな自分の心証など全く理解しないまま、連れだって出てきた男、マーカス・ワイトが探るような声音で口を開いた。

 

「ええ、2年ぶりくらいかしら?北米以来ね。元気にしていた?マーカス」

 

自身の発した言葉に目の前の男が露骨に動揺したのを見て、フランシスはなんとも言えない気持ちになる。一体彼は何がしたいのだろう?

 

「その、あの件は悪かったと思っているんだ。その、僕も必死で」

 

「そうだったの」

 

どうやら彼は自分に謝りたいらしい。今更過ぎる行為に返事が事務的になってしまうのを感じながら、フランシスは口を動かす。さて、どうこの場を収めて大佐の元へ可及的速やかに戻ろうか。意識がそちらへ傾き始めた瞬間。目の前の男がとても愉快な事を口にした。

 

「なあ、フラン。良ければやり直さないか?君も落ち着いたようだし、ほら、故郷で暮らすのも悪くないだろう?」

 

言われたことの意味が理解できず、フランシスは一瞬固まり、言葉の意味を咀嚼するごとに徐々にその表情を歪め、最後にはあまりのおかしさにはしたないとは思いつつも腹を抱えて笑ってしまった。戸惑いの表情を浮かべる相手に、フランシスは語りかけた。

 

「ごめんなさい、マーカス。私貴方のことを誤解していたみたいだわ」

 

「フラン?」

 

肯定とも聞こえるフランシスの返事にマーカスが喜色を浮かべた。だが続く言葉でそれは否定される。

 

「私は貴方がとても臆病だと思っていたの。だから戦地に婚約者を捨てて逃げる事をしても、それは貴方が怖がりだから仕方の無い事だったんだって。でも、違ったのね」

 

大きく息を吐き呼吸を整えると、フランシスは笑顔のまましっかりと男の目を見て言ってやる。

 

「あんな事をした相手と同じ家に住もうとするなんて、私にはとても恐ろしくて出来ないわ。貴方ってとっても勇敢だったのね?」

 

言いながらフランシスはゆっくりとマーカスへと近づく。

 

「それに知っている?連邦市民のフランシス・ル・ベリエは死んでいるの。政府に照会したら遺産は全て婚約者が相続していたわ、本来彼女が相続するはずだった死んだ家族の分もね?尤も、一番価値のあった畑と牧場はコロニーの破片で吹き飛ばされてしまったみたいだから、手に入ったのは多少の預金口座の中身くらいだったでしょうけど」

 

自適な戦後とは行かず残念だったわね?そう耳元で彼女がささやけば、男は目に見えて顔色を青くし、露骨なまでに体を震わせている。

 

「ねえマーカス、解るかしら。私は貴方が臆病だから許せるの。だから、今の言葉は聞かなかったことにしてあげる。だから貴方とはこれでおしまい、良いわよね?」

 

言い終えると返事を待たずにフランシスは立ち尽くす男の横を通り過ぎ部屋へと戻る。暖かい空気と流れる音楽に触れ、フランシスは何時もの笑みという仮面を被り直す。だがそれは少しだけ遅かったようだった。

 

「すまなかったね」

 

差し出されたグラスを持っていたのは、今回の護衛対象である大佐だった。柑橘の香りが漂うグラスを受け取りながら、フランシスは視線を大佐へと向けた。

 

「何に対する謝罪でしょう。それによって返答は変えないといけません」

 

フランシスの言葉に決まりの悪そうな表情となった大佐は口を開いた。

 

「一つはこの下らない集まりの付き添いを頼んだこと、もう一つはその結果として、あちらの作戦に参加できなくしてしまったこと、最後は彼に再び会わせてしまったことだな。一日三回も謝るべき事が重なれば、頭の一つも下げたくなるさ」

 

「成程、良いことを聞きました」

 

「良いこと?」

 

「大佐に貸しを作る方法ですわ。オデッサの皆に教えたら、私は間違いなく英雄ですね」

 

目を見開く大佐に向かい、仮面では無い本当の笑顔を向けながらフランシスは続ける。

 

「それにこちらへ来ることを選んだのは私です、大佐が気になさる事ではありません。まあ、彼に会ってしまったイレギュラー分は後日改めて請求しようと思いますが」

 

「だが、あちらも君には因縁深い相手ではないかね?ある意味彼よりも」

 

そう続ける大佐に、フランシスは自身の思いを素直に告げる。

 

「だから、ですよ」

 

「だから?」

 

「彼を撃つ時、私は間違いなく怨恨に根ざして引き金を引くでしょう。ですがそれをしたら、私はまた同じ場所に戻ってしまう、あの戦いを引き起こした張本人の一人に戻ってしまう。それはとても愚かしい事だと思うのですよ」

 

そしてそれを教えてくれたのが貴方だ。そう口にしかけて、フランシスは言葉を呑み込む。必殺の弾丸は、必ず当たるときに撃たねばならないからだ。

 

「少尉」

 

「恨みを捨てきれない小娘の精一杯の抵抗です。ですが、そうですね。どうしても気が済まないと仰るのであれば、一曲エスコート頂けませんか?」

 

そう微笑みかけると、大佐は恭しくお辞儀をし、そして口を開いた。

 

「大変光栄でございます、フランシス嬢。一曲などとは申しません、何曲でも踊らせて頂きます」

 

伸ばされた手を取りホールの中央へと進む。失ったものに未練がないと言えば嘘になる、だがフランシスは、それよりも今が愛おしかった。

 

 

 

 

「少尉は今頃、ディナーですかね?」

 

出撃直前と言うこともあり、待機室に集まったメンバーは全員その言葉に微妙な顔になった。戦闘で腹部を負傷した際、内容物があると体内が汚染されてしまうため出撃の数時間前から食事は摂れず、口に出来るのはミネラルウォーターくらいだからだ。

 

「クローディア、お前もう少し考えて話題を提供しろ。妹が済みません隊長」

 

そう隣で苦言を呈したクロード少尉が向かいに座る男へ頭を下げた。

 

「構わんさ。我々もこんな仕事はさっさと片付けて美味いものでも食べに行こう」

 

そう笑う隊長の横に座っていたウェルチ中尉が、話題を変えるべく口を開く。

 

「それにしても、ウチの司令は凄いですね」

 

今、彼らは高度2万メートルをミデアで移動していた。カーゴの中に納められている作戦に使うMSも連邦製のものだ。

 

「ですよね、幾ら連邦領内で作戦をするのに偽装するって言ったって、装備を丸々揃えられるって、一体どんな魔法を使っているんですかね?」

 

しきりに首を傾げるクローディア少尉に隊長が可笑しそうに口にする。

 

「なんだ、少尉知らなかったのか?大佐は怪物と呼ばれる以前はオデッサの魔術師と呼ばれていたんだぞ?」

 

「えっ!?本当に使えるんですか!?」

 

「んな訳ないだろう。それだけ大佐の手腕が卓越していたってことだろ。まあ、今回に関して言えば、向こうの利害が一致した連中と組んだって所じゃないか?」

 

本気で驚くクローディア少尉に突っ込みながら、そうクロード少尉が分析する。そしてその内容はかなり核心を突いていた。

 

「連中にとってもあの博士は汚点だ、始末したいと考える連中がいても不思議ではない。まあ、そうした難しい部分は我々軍人の領分ではない、我々は与えられた任務を完璧にこなす、それだけでいい」

 

ましてそのお膳立てが完璧にされているならば尚のことだ。そう隊長が口にした所で、ミデアの搭乗員が待機室の扉を叩いた。

 

「降下30分前です、シュターゼン少佐。機体搭乗願います」

 

「了解した」

 

そう言って隊長が視線を送れば、小隊のメンバーは皆戦士の顔になり静かに頷いた。手早く装備を確認し終え、カーゴへと移動する。そこには群青に塗られた連邦製のMSが4機、静かにパイロット達を待っていた。その内の一機、自身が乗る機体を見上げ、部隊を預かるニムバス・シュターゼン少佐は出撃前の大佐との会話を思い出す。

 

「今回君たちは私の護衛としてオーストラリアに居ることになっている。つまり公式には今回の作戦は存在しない。だから万一の保険にフランシス少尉にはこちらに残って貰うことになる、厄介な仕事で済まないね。装備だって本当なら使い慣れているものを使わせてやりたいが、何しろ場所が悪い。あそこには戦中も通してこちらのMSは送られていないから、目撃情報が出るだけでも問題になってしまうんだ、代わりと言ってはなんだが、できる限りの機体は用意したよ」

 

そう言って見せられたのが目の前の機体だ。特徴的なV字のアンテナを持つその機体は、連邦軍が最初期に製造したMSだ。尤も中身は戦中に亡命してきた連邦軍技術者によって、機体本来の性能が発揮できるよう徹底した改造が施されているそうだ。事実、習熟も含めた実機の稼働テストで行ったゲルググとの模擬戦でこの機体は圧倒的な性能を示していた。ただ一つニムバスが気になったのは、大佐のその後の呟きだった。

 

「まあこの機体はこの機体で、彼に引導を渡すのに相応しいと言えるかな」

 

どこか懐かしいものを見る目で機体を見上げる大佐に、その発言の意味を問うのは躊躇われたのだ。大佐は何を知り、そしてこの機体に何を見ていたのか。そう考えたところでニムバスは頭を振り考えを飛ばした。

 

(いや、止そう。必要な事であれば大佐は私に伝えるだろう。そうしなかったと言うことは、知る必要がなかったと言うことだ。だが、そうだな)

 

この作戦が終わった後、その真意を尋ねてみるのも良いかもしれない。そう思いつつニムバスはコックピットへと収まり、ジェネレーターへ火を入れる。即座にシステムが立ち上がり、コンディションが万全である事を伝えてくる。

 

『降下5分前!』

 

カーゴの入り口が開き機体が僅かに揺れる。意識して深く呼吸を繰り返し、ニムバスは小隊の回線へ告げた。

 

「全機状況知らせ」

 

「ブラウ2、準備ヨシ」

 

「ブラウ3、同じく」

 

「ブラウ4!いけます!」

 

「よろしい、もう一度確認だ。我々はこれよりミデアより降下、当該の島に潜伏したクルスト・モーゼス博士並びに彼の研究物である設備と装備を破壊する。今回の任務は正式なものではない、よって全てを破壊する。質問はないな?では任務開始だ」

 

降下許可を告げる青のランプが灯ると同時、機体が滑るようにカーゴから送り出され、空中へと放り出される。この日一つの因縁が潰え、そして新たな因縁が生まれることを、まだ誰も知らない。




SSSは時系列とか整合性とか一切考えていません。
あと、もう一人の作者とも言える友人に推敲して貰っていませんので、本編より残念です。
すみません、精進します。

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