起きたらマ(略)外伝?   作:Reppu

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SSS9:航海日誌0082「業深き者共(どうしようもないバカたち)

『ふははははっ!益々マシンにパワーが漲っているのが解るぞ!』

 

『いかん、曹長被弾が増えているぞ!』

 

『だ、大丈夫っ!なんとかします!』

 

目の前で繰り広げられる模擬戦の様子に、パプテマス・シロッコは頭を抱えたくなるのを必死で抑えた。

 

(一体何の冗談だ!?)

 

大佐が部屋を訪ねてきたあの日より今日で丁度2週間。元より基礎となるアイデアと構造設計は済んでいたため、パプテマスのMS製作は順調に進み1週間ほど前には形となっていた。元々自己顕示欲の強い性質が災いし、出来てしまえば誰かに見せずに終えるという結論を下せなくなった彼は、唯一見せても問題無い相手、即ちマ・クベ大佐へその完成図を披露した。

 

「MSの多能性をより追求し、効率的な飛行能力を付与しました」

 

機能毎に最適な形状を選択する。即ちMSに変形という新たな機能を付加した機体に、パプテマスは密かに自信を持っていた。そして飛行能力は目の前の大佐が主導した多くのMSで成し遂げられなかった機能であり、これを達成することで自己の優位性を証明したつもりだった。だが、その目論見は最初の一言で否定される。

 

「良い出来ではあるが、少々欲張ったね」

 

否定されたことよりも、一目で機体の問題点を看破されたことにパプテマスは苦い気持ちになる。彼のMSは確かに飛行能力を獲得していたものの、変形機構を追加した事による剛性の低下を大型化とMS形態における可動部の省略という方法で解決したために、近接戦闘能力が大幅に低下。マニピュレーターこそ連邦の標準規格を用いているが、飛行形態時に武装を携行する機構を持たないため、携行出来るのは内蔵出来たビームサーベルのみであり、武装の殆どは元から固定武装として装備することで強引に火力の低下を補っている。先進的ではある一方、総合的には長距離移動可能かつ飛行可能と言う点以外は平凡な性能に収まっている。言い換えれば標準的な性能を維持しつつ大気圏の内外で単独長距離侵攻を可能とするという驚異的なMSなのだが、それを指摘する人物は残念ながら居なかった。何しろ設計者は自他共に認める天才であり、たきつけた方も天才だと信じ切っているからである。

 

「残念です。大佐のお眼鏡には適いませんでしたか」

 

口では取り繕ってみせたものの、パプテマスの内心は荒れていた。この機体ならば大佐の度肝を抜くくらいは容易いと思っていたのを見透かされたように感じたからだ。だがそこで大佐はとんでもない事を口にする。

 

「コンセプトは悪くないんだ。だが君のやりたいことを表現するには技術が追いついていないのだよ。ままならんね」

 

その言葉にパプテマスは警戒心を引き上げた。この大佐がただ単にパプテマスを慰める為だけにこのような危険な橋を渡るとは考えられない。ならば今のフォローは何を意味するか。

 

(落としてから持ち上げる。典型的な機嫌取りだが、何を考えている?)

 

困惑するパプテマスを余所に大佐は機体のモデルが映されたモニターを食い入る様に見つめながら、自身の端末を操作している。しばし沈黙が部屋を支配することとなったが、耐えきれなくなったパプテマスが口を開いた。

 

「大佐?」

 

「ん?ああ、すまん。パプテマス少佐、少し考えていてね」

 

その言葉に思い出したように視線をパプテマスへと大佐は戻した。その何処か余裕を感じさせる態度に苛立ちを覚えた彼はつい口を滑らせる。

 

「お気に召さなかったのでは?」

 

思いのほか棘のある口調で問うと、一瞬驚いた顔を作った後、大佐は笑いながら口を開いた。

 

「君に好きに作れと言ったのは私だったはずだが。ならば私が気に入る気に入らないは大した問題では無い。重要なのはこれの出来に君が満足しているか、そして十分に楽しめたかだろう?」

 

その返事にパプテマスは思わず言葉を詰まらせた。何故なら機体の出来に、彼は全く満足していなかったからだ。故に目新しい機構を設けることでそれを誤魔化した。ただ単に目の前の人物を驚かせるという目的を達するために。そしてその過程を楽しめたかと言えば、否としか答えることが出来ない自分にパプテマスは気付いていた。

 

「私は…」

 

そう俯く彼に、大佐はまるで夕食のメニューについて語るような気安さで語りかけてきた。

 

「実はね、パプテマス少佐。ウチの艦で今、ちょっとしたMSを作っている。流石に実機は無理だから、あくまでこれと同じデータ上でのことだがね」

 

「それはっ!」

 

「まあ聞きたまえよ。そいつは手前味噌だが中々良い機体でね、今のところゲルググ相手に負け知らずなんだ。今、単純な性能比較をさせて貰ったが、この機体でもやはり少々荷が重い」

 

自身の機体が劣っていると明言され、パプテマスは頭に血が上るのを自覚する。だが彼が口を開くより先に、大佐が言葉を発した。

 

「理由は至ってシンプルだな、これは既存のMSに拘りすぎている。だから強引に持たされたMSの部分が持ち味を殺して、この機体を凡庸なものにしてしまっている」

 

「持ち味?」

 

思わず問い返したパプテマスに、大佐は笑いながら答える。

 

「君はもう答えを出しているじゃないか。求める能力に見合うならば、その姿は人の形を模す必要は無い。だろう?」

 

その言葉に唖然としつつも、大佐の意図を正確に読み取ったパプテマスは、寝食すら惜しんで機体を再設計することとなる。それは、彼が今まで生きてきた中で、間違いなく最も本気に生きた一週間だった。そして出来上がった機体を見せた途端、満面の笑みを浮かべた大佐が平然と言い放った。

 

「素晴らしい。では試してみるとしよう」

 

そして時間は冒頭へと移る。

 

『ああっ!?』

 

対戦相手、ゲードライと呼ばれる機体の居る空間をまるごと吹き飛ばすように放たれた拡散ビームの光が画面を覆う。ゲードライは良くも悪くも、MSの基本に忠実な機体と言えた。それもそのはずで、制作者は連邦製MSの生みの親と言えるあのテム・レイ博士だったのだ。戦争中に亡命したというのは有名な話ではあったが、いくら戦後とはいえこうも堂々と連邦士官である自分の前に姿を現わし、あろうことか肩を並べてシミュレーションを見守っている。どうやらテム博士にとって2年ほど前の出来事は全て終わったことのようだ。

 

「おのれ大佐!姑息な真似を!」

 

激昂し思い切り罵声を浴びせる博士を横目に、パプテマスはモニターを見続ける。ゲードライは実によく出来た機体だ。一目でわかるほど手練れのパイロットが操っているにもかかわらずその操作によくついて行っているし、何より運動性はこちらの機体より圧倒的に上であるのは明白だ。もし仮に、パプテマスが最初に提示していた機体だったならば軍配はあちらへ上がっただろう。

 

『残念だったなテム大尉!戦いに卑怯などは存在しない!恨むなら先に手の内を明かした己の迂闊を呪うがいい!』

 

速度を落とさぬままゲードライへと急接近した大佐の機体が左のクローを振るう。既に発振されていた2基の内蔵ビームサーベルがゲードライを襲い、強引に突き出されたシールドを両断する。切り裂くと同時に接触したクローによってゲードライは姿勢を大きく崩すが、大佐は追撃せず更に加速し距離をとった。

 

『こんなっ!嬲るみたいな戦い方!』

 

批難じみたゲードライのパイロットの声に、パプテマスは気付かれぬよう小さく息を吐いた。改良により小型化したことでより高い加速性と高速性を獲得していたものの、旋回性能については妥協せざるをえなかった。これはコックピットの耐G機能の許容量を完全に超えてしまうためだ。だから完成した機体がMSと単独で交戦するならば、今の大佐のように徹底して一撃離脱をとり続けるのが最も安全かつ確実な戦い方だ。これでゲードライのパイロットがもう少し下手ならば白兵戦も試みるだろうが、あれだけの技量を持つ相手ではあまりにもリスクが高すぎる。ビームを低威力と知りつつも、敢えて拡散モードで使用し続けているのも収束させたビームでは捉えられないという判断だろう。

 

(だがそろそろ仕掛ける頃だな)

 

機体の設計者であるパプテマスはそう考えた。先ほどの突撃と離脱で搭載してあったビーム攪乱幕は全て使い切っている。いくら速力に優れていても、あの驚異的と言える精度の射撃を避け続けるのは難しい。その一方で最大の障害だったシールドを破壊することに成功しているから、こちらも一撃さえ入れる事が出来れば勝てる。そしてパプテマスの思考通り、反転を終えた大佐はゲードライを仕留めるべく行動を開始した。

 

『えっ!?』

 

その差異に最初に気付いたのはやはり戦っているゲードライのパイロットだった。先ほどと同じ突撃、そう見えて僅かに違う。その戸惑いがパプテマスには手に取るように理解できた。

 

「ほんの少し、だが認識のズレを生むには十分だ」

 

先ほどまでの大佐は敢えて推力を落とし、速度を欺瞞していた。それはほんの10%程度のものだが、ギリギリでの攻防を続ける両者にとっては十分に大きな変化だ。それに加え突然攻撃手段を変えたのも、あの底意地の悪い大佐らしい手だとパプテマスは思った。

 

「ビームの速度に目を慣れさせた後でのロケット攻撃。狙っていたな」

 

当然ながらロケット弾の弾速はビームのそれに比べ遥かに劣る。ビームすらも当てにくい状況で、相手側は当たる可能性が無いので使用を諦めたと認識していたことだろう。だがそれは間違いだ。

 

『散弾!?』

 

装備されていたロケットポッドから吐き出されたロケットが、ゲードライの手前で次々と炸裂し、その弾頭に納められたベアリング弾を吐き出す。先ほどまでのビームと比較しても遥かに密度を上げた弾幕が、文字通り雨のごとくゲードライへと降り注ぐ。しかし細身に見えた機体は至る所に弾丸を浴びながらも致命的な損傷を受けることなく耐えきってみせる。

 

「散弾ではなぁっ!」

 

機体の耐久性を示せたのが余程嬉しいのか、テム博士が得意げな声を上げた。事実塗装の剥離は見られるが、その動きに問題は見られない。だが自身の設計した装備が通用しないと声高に叫ばれてもパプテマスの気持ちは揺らがない、何故ならば。

 

「確かに、機体は無事ですな」

 

散弾弾頭のロケット弾は今回の機体に合わせたものではなく、ジオンが対サイコミュ兵器の一環として設計したものだ。実弾はまだ存在しないことから、このシミュレーションでは威力、弾速共に最低値で設定されているからMSの装甲を抜けないのは不思議なことではなかったし、そもそもあれで相手を仕留めるつもりが無い事は明白だ。

 

「何!?」

 

そしてパプテマスの想像通りの結果が画面内で発生する。さらに距離を詰めるこちらの機体に対し、向けられたゲードライのビームライフルが射撃と同時に暴発したのだ。

 

「武器まで装甲をかぶせてはいなかったようですな?」

 

最後の抵抗とばかりに頭部のバルカンが火線を生むが、被弾するのも構わず一直線に大佐は機体を進め今度は両方のクローを使ってゲードライを捕らえる。そして捕まえてしまえば後は簡単だった。

 

『勝ったぞ!』

 

大佐が叫ぶと同時、クローで強引にビーム砲の射線軸上へ持ち上げられたゲードライを収束したビームが貫く。左右に分かたれたゲードライは投げ捨てられた直後に爆発し、シミュレーションは終了した。

 

 

 

 

シミュレーターから降りると、そこには複雑な表情を浮かべたパプテマス・シロッコ少佐が立っていた。なんだよ、勝ったんだしもうちょっと嬉しそうにしてもいいじゃないか。

 

「良い機体だ、おかげで勝てたよ少佐」

 

「及第点くらいには達していたようですね。肩の荷が下りました」

 

俺の言葉にそう謙遜してみせるパプテマス少佐。本当は彼の提出してきた機体そのままで戦ってやりたかったんだが、残念ながら俺の腕では難しかった。

PMX-000、メッサーラ。この人類史上初の可変型MSは、正史のグリプス戦役に投入されたMSだ。しかしこの世界では十分な技術の蓄積が行われる前に俺が設計させてしまったものだから、全高は35mまで大型化した上に、推力は据え置き、可変機構は構造材の強度不足とインナーフレームの未発達で数秒を要するという状態だった。多分あのまま戦っていたら変形している間に撃墜されるから、巡航形態かMS形態のどちらかで戦うこととなっていただろう。パプテマス少佐本人が乗っていれば、その状態でもゲードライ+ショウ曹長相手に善戦出来ただろうが、これは俺のリベンジマッチなのである。だから申し訳ないが色々と注文を付けさせてもらった。

真っ先に提案したのが、可変機構の廃止だ。構造的に装甲や部品の細分化を招き、どちらかの形態でデッドウエイト化する可動機構は現段階ではデメリットしか生まない。何せコイツを仕込むために機体が大型化しているのだ。大型化した機体を十分に動かすために大推力の推進器を搭載、推進器の推力に部品剛性を確保するために大型化という完全に悪循環を起こしていたので諦めて貰うこととした。結果的に機体は人型と巡航形態の中間的なデザインになる。某超時空要塞の主役メカの1形態、ガウォークを想像して貰えば大体近い。

独特な形状のため従来機に比べ白兵戦能力に難があったから、なら無理をする必要はあるまいとマニピュレーターをオミット。主腕はハードポイントとビームガン、サーベル切り替え式の小型ビーム兵器内蔵のものへ変更し、脚部をランディングギア兼用のクローアームとすることで近距離での戦闘に対応することにした。機体の性質上巴戦には全くと言って良いほど向いていないので、やるとしても辻斬りのように突っ込んでいってクローで殴りつけるのが精々だが。その分を射撃で補う為に、スラスターユニットに直結されているメガ粒子砲を拡散、収束のモードセレクトが出来るものに変更。この辺りは幸いにしてアプサラスでノウハウが積めていたから、思っていたよりもすんなりと出来てしまった。流石パプテマス、天才の所業である。尤も、彼曰く当初搭載を予定していた砲に比べ重量は30%増し、なのに威力は20%減となったため、同火器への視線は産廃を見る目であったが、ごちゃごちゃと大量の砲を取り付けるよりはマシと押し切った。結果的に機体はなんとか20mに収まり、空気抵抗の問題から大気中での飛行時間は大幅に短くなってはしまったが、一応可能。宇宙空間であれば当初の想定通り長距離侵攻を可能とした。ついでに言えば小型化の恩恵で加速性能は初期案に比べ50%近く向上している。アクシズでテストしていた新型の耐Gシートが無かったら、またギャンみたいになっていたかもしれん。

 

「うん、機体の出来には満足している。けれど少佐、残念だが肩の荷を下ろすのは少々早いな」

 

そう言って俺はパプテマス少佐の視線を誘導するべく、件の人物達を指さした。そこにはまさしく仇敵を見る顔でシミュレーションデータを再生しながら議論を重ねるテム博士とショウ曹長の姿があった。いやあ、実に似たもの同士である。

 

「た、大佐。私はっ」

 

「恨むなら、己の才能を恨んでくれたまえよ。…楽しかったろう?」

 

そう聞けば、少佐は一瞬呆けたような顔になった後、疲れたような笑みを浮かべた。

 

「ええ、とても。では次こそは大佐が小細工無しで勝てる機体を用意致しましょう」

 

そう口にするパプテマス少佐と、俺は握手を交わした。これで3年は退屈せずに過ごせるだろうと確信しながら。

 

 

 

 

―因みに、全く関係の無い話であるが。この件は何一つ包み隠さずシーマ・ガラハウ中佐から本国へ伝えられる事となり、俺は本航海の報酬であった九十九髪茄子を手に入れる機会を失うことになるのだった。


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