「あーらら、怯えてる。やっぱり少し話し過ぎたかしら?」
目の前に存在する巨大な結界の中に映る彼の顔色は明らかに悪く、敵対する存在の扱うクリーチャーに怯えているようにも見えた。
それにしても、言語取得の段階にまで進化したとは・・・・・・この星に来てから薄々感じてはいたけど、この星に住む人間はコイツらが成長し易い苗床なのかもしれない。
――人間の脳が発達し過ぎた結果かしら?そういうものでは無いのかもしれないけれど・・・・・・
未だに良く分かってはいない『シャドウ』の性質だが、私からすれば命と指輪を狙って来る敵であるというだけでも十分だ。この星の人間がどうなろうと、そこまでの興味はない。
「兎に角、相手が操られた神であったとしても、キミは勝たなくてはならない。そうでないと――」
「死ぬんだから、キミ」
「――あれが、俺の敵・・・・・・!? 」
『ターンエンド』(マナ3)
まだ、動いてはいない。まるでスイッチの入っていない機械のように、力なく糸に吊されている状態ではあるが、それでもゴッドと称されるべき存在は、確かに俺の精神に負担を掛けていた。
――もしも、もしもあの糸がほどけた時、あの神が起動した時、その標的は誰だ?その攻撃を受ける存在は・・・・・・
俺だ。俺だけだ。《エマージェンシー・タイフーン》が実際に現象として発生したのであれば、あの神の攻撃も勿論現実となって俺に襲い掛かるだろう。
そして容易に想像出来てしまう。神の一撃で跡形もなく消えて行く自分自身を。
精神が、更に揺らいだのを感じた。
「ド、ロー・・・・・・」
引いたカードはコンボのトリガーとなるカードではある。が、喜ぶことなんてまるで出来ない。例え今それを引いたとしても、神の一撃を、阻止することは出来ない。
「《メメント》をマナへ、・・・・・・ターン、エンドッ」(マナ6)
あぁ、せめて、光があれば、次のターンは凌げた筈なのだ。
光があれば、次のターンに神の攻撃を受けることも、無かった筈なのに。
このデッキは、光が少ない。
そしてそれは、自分自身がそうしたのだ。
大いなるものが、目の前に存在する神の意思というものが、果たして自分にこの運命を辿らせる為にそうさせたのかと思ってしまう程には、俺はもう、耐えられなかった。
――どうしてっ、どうしてだよぉ・・・・・・!俺が何をしたって言うんだよっ!
『ドロー』
「っ」
無慈悲にも、ターンは経過する。幾ら悔いた所で、時は戻らない。それが真に神であるのならば、その怒りは誰にも止められない。
一人が幾ら足掻いた所で、神に勝てる筈がない。
『《スパイナー》をマナへ、4マナで《堕呪 エアヴォ》を唱える』(マナ4)
コスト7以下のカードを指定し、手札に戻す水の呪文魔導具。当然それは、バトルゾーンに存在する道化に対して発動されたものだ。
『自分のバトルゾーンの《死神術士デスマーチ》のみを手札に戻し、進化元となった神を再構築する』
バトルゾーンに現れた《デスマーチ》は、魔導具より発生した黒き水流に飲まれ、姿を消す。しかし、その手で操っていた――糸に吊していたモノを残して。
道化の支配から放たれ、今こそ自由を掴み、空へと羽ばたく紅く黒き神の姿は、人間への強い怒りを表しているように見えた。
しかし、その神を扱っているモノに抗うことは出来ない。カードゲームの中でしか存在し得ない神では、例えそれがどんなものであったとしても、プレイヤーの手から逃れることは出来ない。
ルールという束縛を、無視することは出来ない。
『《世紀末ヘヴィ・デス・メタル》でプレイヤーに攻撃』
それが偽りの自由であると気付けぬまま、神の怒りは俺のシールド全てを吹き飛ばし、結界そのものを破壊しようとしているのではないかと感じられる程の強大な一撃が、全身を襲う。
痛い。苦しい。そんな感情すら湧かない。空白、空白だ。何もかもが喪われて行く。紙が火に燃え、緩やかに消えていくように、意識がゆっくりと消えて行く。
――ここで、終われるのなら・・・・・・それも―――
良い。と、本気でそう思ってしまう。
ここで死ねれば、苦しまずに消えることが出来る。
頭では、それが良いと思っているのだ。
だが、理性でどれだけ判断しようと、本能もそれに従うという訳ではない。
――駄目だ駄目だ駄目だ。怖い、怖い、怖い、死にたくなんか・・・・・・
ないっ!
「S・トリガァァァァァァ!」(盾0)
ハッキリと、焼き尽くされないよう、待ったを掛けるように、焦りながらも叫ぶように宣言する。
「《ドンドン水撒くナウ》!効果で2マナブーストッ!マナから《次元の嵐 スコーラー》を手札に加える!」(マナ7)
何故神の攻撃を受けて気も失わずに生きているのか。
とても不思議に思える現象だが、これで7マナ。次のターンには8マナだ。パーツは揃った。後は殺られる前に・・・・・・!
『ターンエンド』
「ドロー、《チェンジザ》をマナへ、8マナで、《ドンジャングル》を召喚!効果で《クイーン・アマテラス》をバトルゾーンに!」
瀕死の状態にありながらも、構築のコンセプトとして想定されていたコンボが開始される。神の大きさと比べれば、今の《ドンジャングル》は小さな巨人と言った所だろうか。
《フォース・アゲイン》を唱え、クリーチャーを破壊し、蘇らす。それを何度も繰り返し続け、最終的には《ドンジャングル》と《クイーン・アマテラス》、《サイクリカ》に《チェンジザ》が並び立つ。
「《チェンジザ》の効果で《フォースアゲイン》を唱え、《クイーン・アマテラス》を破壊。そして場に出す。効果で山札から《禁術》を唱え、墓地の《禁術》と《フォースアゲイン》で無限ループする」(マナ5)
これにより、呪文をこのターン1万回でも1億回でも何回でも唱えたことになる。《クイーン・アマテラス》の持つ銃口が青く強い輝きをしているのは、呪文のストックによる影響だろうか。
「そして《禁術》でもう一枚の《禁術》と《フォースアゲイン》を山札の下に戻し、最後に《クイーン・アマテラス》の効果で《クリスタル・メモリー》を唱える」
早口で、淡々と、目の前の存在を見ずに作業をする。
それが俺の精神を少しでも保たせる為の、精一杯の行動だった。
――恐怖を知覚するな、現実から目を逸らせ、全力で、殺されないようにっ!
綺麗な水晶が砕かれ、その欠片一つ一つに山札に入っているカードが映し出される。とても幻想的ではあるが、今はそれを堪能する余裕はない。
「山札から1枚を手札に加える。そしてGー0で《スコーラー》を召喚。EXターンに入る」
これでW・ブレイカーが5体。その内2体はドラゴン。
これだけでも十分に思えそうだが、足りない。これではまだ足りない。
「ドロー、《スコーラー》をマナへ、3マナで《神秘の宝箱》、効果で山札から《サイクリカ》をマナへ、更に4マナで《禁術》を唱える。墓地の《クリスタル・メモリー》を唱え、山札からカードを1枚手札に加え、山札の下に」(マナ7)
手札に加えたカードは《サイゾウミスト》。決め切れなかった可能性を考慮しての結果だ。
「《サイクリカ》でプレイヤーを攻撃する時、革命チェンジ」
化け物という邪悪を祓うかのように、水と光の革命を起こす龍の法皇が、神の妨害を回避しながら、空中を馬の蹄のような脚で駆ける。
「《ミラダンテXII》をバトルゾーンに。ファイナル革命を発動し、更に効果で手札から《ファイナル・ストップ》を唱える」
これにより次のターン、あの化け物は墓地進化を可能とする計量進化クリーチャーは出せなくなり、墓地を肥やしたり退化や除去を可能とする厄介な呪文も唱えられなくなった。
そして当然このターンも、それらを使うことは出来ない。
「T・ブレイクッ!」
『קטן』(盾2)
白き龍の体表から放たれた光の束による攻撃は、盾だけに収まらず化け物の皮膚を焼く。しかし、抜群に効いているようには見えない。あまり苦しんでいる様には見えないのだ。
「更に《チェンジザ》でプレイヤーに攻撃!効果で2ドローし、《禁術》を唱える。効果で墓地の《禁術》、《神秘の宝箱》を唱え、山札から《チェンジザ》をマナへ!《禁術》と《神秘の宝箱》は山札の下に、W・ブレイクッ!」(マナ8)
『נכשל』(盾0)
化け物が少しずつ人の顔から獣のような雰囲気をした最初の姿に戻り始める。グチャグチャと粘着質な音を立てつつ、湿っぽい不気味な声で何か話し始める。
『אני רוצה את המוח שלך』
「喋るなぁぁぁぁぁぁ!ドンジャングルでダイレクトアタック!」
その聞く者を不安にさせるこの世のものとは思えない曇った声を掻き消すように、恐怖に怯えた目で直接攻撃の宣言をする。《ドンジャングル》の拳が容赦なく化け物の体へと叩きつけられる。と、思いきや、直前で《ドンジャングル》は消滅し、結界が崩壊を始める。
――待ってくれ!今ここでコイツを殺さないと、俺はっ!俺は殺されるっ!!
「嫌だ。死にたくない・・・・・・死にたくない・・・・・・!」
最初は出て来なかった涙が、焦点の合わない目からボロボロと流れ始める。ここに来て遂にグラグラであった精神は音を立てて崩れ始める。戻ったら、あのマンションに戻ったら、俺はコイツに抵抗することなんか出来ない。殺されるのを待つだけだ。
「あ゛ぁ゛、い゛や゛た゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛・・・・・・!」
『そんなに泣かなくても大丈夫よ?勝負に勝ったんだから、キミは死なない』
「煩いっ!お前がっ・・・・・・!お前が俺を此処に連れて来なければっ・・・・・・!」
『酷いなぁ?私は触れ合い体験だってちゃんと言ったよ?ほら、キミは確かに未知の存在と触れ合えた。それにデュエマをするって先に言ってたし、実際キミはデュエマしたでしょ?』
勝手に騙されたキミが悪い。そう彼女は言い放つと、俺は大声を出したせいか、それまでの精神的負担などから意識を失い、俺の視界が真っ暗になった。
「さて、煩いのも静かになったみたいだし、手早く処理してしまいましょう」
『מי אתה』
「私?私は魔女よ。化け物を退治する優しい魔女」
笑顔を浮かべ、彼女はナイフを化け物の項へと振り下ろす。賭けに負け、多くの魔力を失い疲弊した化け物は避けることが出来ず、野太い咆哮を上げ、初めて苦しんでいるようにも見えた。
『אוי אוי! !』
「静かにして欲しいなぁ」
ナイフが深く首に刺さる。抉るような動作で何かを探っているようだった。しかし、彼女は化け物の声が煩いと判断したのか、途中でナイフを動かすのを止め、思いっきり、骨が折れるんじゃないかという勢いで化け物の頭を壁に向かって右足で蹴る。
化け物の顔の半分が、潰れたトマトのように破裂する。白かった壁一面に、黒く粘着質なゲル状の液体がぶちまけられる。
「うわっ、きったな・・・・・・。帰ったら足念入りに洗わないと・・・・・・。さて、項をザクザクッと・・・・・・」
顔が半分潰れても、この化け物は生きている。静かになった化け物の項にナイフを差し込み、グリ、グリッと彼女は何かを摘出する。
「まぁ、完全に黒い血液になっていた時点でそうだろうなとは思ってたけど・・・・・・それだけこの星では『シャドウ』の成長速度は早いってことかな」
取り出されたのは赤黒く染まったの人間の頭蓋骨。そして、黒く染まった星の欠片。大きさは1cmあるか無いか程度。
「でも、器を食い尽くす速度が早い割には、前よりも凶暴じゃないのね?襲い掛かっては来なかったし」
てっきり過去に遭遇した『シャドウ』のように、知性が無い分、獣のように視界に入った瞬間に襲い掛かってくるかと思っていたのだが、今回の『シャドウ』は襲い掛かってくる前に、ある程度の会話をすることが出来ていた。
――知識を付けて来ている?いや、人間の脳に長く寄生することで、その人の知識を多く吸収しているのかしら?
彼女にもまだ分からないことがある。『シャドウ』という化け物は、確かに『ジェネシス』から来たモノではあるが、その『シャドウ』を作る星の欠片は、宙の彼方から飛来してきた物だ。詳しくは分からないのも頷ける。
「ま、今は取り敢えず撤収しましょうか」
彼女は『シャドウ』の亡骸を掴み、部屋の奥のカーテンを開ける。今はまだ日が出ている時間帯だ。日差しを遮るビルなども無い為、彼女に掴まれている『シャドウ』にも、陽の光が十分に当たる。
するとどうしたことか。彼女の手が握っていた『シャドウ』は、全身から蒸発するかのような音を立て、アッという間に跡形も無く消えてしまった。
「あ、彼を置いていくのはマズいか。ひとまずは私の家にでも送るとしよう・・・・・・ぃよいしょっ、と・・・・・・」
そう独り呟きながら、廊下で気絶したままの彼を背負う。魔力を無駄に出来ない為、使うことを避けているからこうなったのだろうと予測出来る。
彼女は最後に部屋の状態を魔法で整え、自分達の指紋やゲル状の液体、染み付いた『シャドウ』の異臭を取り除く。
「お邪魔しましたー」
そう言って彼女と彼がマンションを出てから2日後、警察には一人の男性の捜索願が届いていた。内容は、カードゲームの店舗大会に参加したことを確認したのが最期で、ここ数日は連絡が取れていないとのことだった。住んでいたマンションを警察は調べたが、失踪という形で処理され、何も原因は解明されなかったという。
今回出て来た神の一撃に耐えられた理由と、XIIの光の束の攻撃で『シャドウ』が消えなかった理由は同じ。至って簡単な理由だったりする。
魔女もビックリ『シャドウ』の成長速度。予想より早い成長のおかげで『ターゲット』は死んでしまっていたが、それでも『シャドウ』は凶暴となり暴れる訳でもなく、言語による会話を先にして来たという点。
というか、人が死んじまったよ。初っ端から。サクシャノヒトデナシー