『スーパーロボット大戦OG』のSSシリーズ第5作。テツヤ・オノデラ主人公、マリオン・ラドム博士を絡めた超機人とライン・ヴァイスリッターの話。

アニメ『OG ジ・インスペクター』第23話「堕天使の心」の後日譚。艦長代理という立場を選んだテツヤ大尉は、星人や異世界人という地球人外の敵と向かい合う中で、今後を考え苦悩する。

(2011年4月20日、『スパロボ』公式サイトのメール・フォームより送信。非公開作品の一つです。)

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SS 『眠れる鋼の青龍』

 エクセレンの奪還を喜んでいるパイロット達の騒ぎが、ようやく一段落ついた。先刻、ヴァイスリッターと思われる機体のコクピットからエクセレンを連れ出したキョウスケが、自身の怪我も顧みず彼女をストレッチャーに乗せ医師に同行したという。

 出撃したパイロット達も多くが休息に入り、作戦終了後の格納庫は整備員のみが休み無く働く張り詰めた空間へと変わった。損傷した機体に段取りを理解した者達が取りつき、賑やかな音を立てながら慣れた手つきで作業を進めてゆく。

 テツヤは、それを眺めていた。定位置であるブリッジを離れ修復中の機体を眺めに訪れるのは、テツヤ・オノデラにとって久し振りの行動になる。

 戦闘後の格納庫は、時間との競争を強いられながらも精密さを要求される高度な世界だった。スペースノア級弐番艦ハガネのクルーである彼等が、借り物となる参番艦クロガネの内部で質を落とす事なく作業できるのは、扱い慣れた機器を全て持ち込む事ができた為ばかりでなく十二分な補給を受けた為でもある。

 今でも奇妙な申し出だったと、テツヤはレーツェルから話を持ちかけられた当時を振り返る。クロガネ艦長レーツェル・ファインシュメッカーは、本来の搭乗者の多くをハガネ側に移した上で、ハガネ・クルー全員を自艦クロガネに搭乗させるという前代未聞の艦体提供提案を示し実行に移したのだ。

 ブリッジにテツヤが入れば、そこには見慣れたハガネ・クルーばかりが顔を揃えている。本来の艦長であるレーツェルはアウセンザイターのパイロットとして立ち回る事を望み、操艦には一切絡んでこない。

 ブリッジ内部のレイアウトも同一な為、一見すれば、修復の完了したハガネに皆が乗船しているかのような錯覚に陥ってしまう。

 しかし紛れもなくその場所は、かつてDC戦争当時に敵艦として相まみえ、L5戦役では決戦時連邦軍の下支えを行った戦艦クロガネの中枢にあたる。神出鬼没の参番艦に足を踏み入れる事さえ想定外だったところにきて、クロガネ艦長としての操艦を突然任され、若輩故にと自身で「代理」を名乗ったテツヤは戸惑いの中で承服した。

 レーツェル、いや、コロニー統合軍のエルザム・V・ブランシュタイン少佐は、地球圏の危急にある現状でも敢えてクロガネを任せ、指揮官としてのテツヤに、練度の浅いハガネのブリッジ・オペレーター達に成長を促している事は容易に想像がつく。DCの思想に共鳴した元特殊戦技教導隊メンバーは、この事態に於いて尚教育には至極熱心なようだ。

 勿論、ハガネを奪われたテツヤにとって再戦の機会が与えられる話は吉報であり、嬉しく思わない訳がない。とはいえ、老練なダイテツさえ死地に追いやる程の敵を相手に、教育云々を差し挟みつつ臨む余裕が地球圏にあるとも思えなかった。

 L5戦役を勝利へと導いたクロガネのブリッジからは、艦首モジュールである特徴的な超大型回転衝角の一部が垣間見える。テツヤにはその物々しく巨大なドリルが、厳しい現実を突きつけて来るように映ってならなかった。

 不慣れな操艦でクロガネを失う事は決して許されない。影に徹していたクロガネが表に立つ時、それが地球圏の命運を懸けた正念場なのだ、と。

 大変厳しい状況の中、確かにこれ以上の犠牲を出す訳にゆかないのはわかる。地球圏は虎の子とも言うべきスペースノア級3隻のうち1隻を出撃不能に追いやられ、艦隊の要であるダイテツ中佐を失ってしまったのだから。

 クロガネに搭乗している者も、僚艦ヒリュウ改に集結した者も、全員が理解し実感している。今後一度たりと退いてしまえば、地球圏に未来はない。

 ブリッジでテツヤが座る場所は、本来ならばレーツェルが使うべき艦長用の席であり、ダイテツが生きていた頃は隣に立ち見下ろしていた位置にあるものだ。

 今は、そこに座る自分がいる。ダイテツから、そしてエルザムから託されたものは、何と重く大きいのだろう。

 特機用格納庫の中でかき消される自分の足音を、普段聞くものより小さく感じる。

 いや。錯覚などではなく、自分が小さな人間に過ぎない事は紛れもない事実だ。故人が愛用した黒い制帽で故人を側に感じつつ、身の丈に合わないものを背負い込んだ指揮官の未熟な童顔をその制帽で覆い隠す男が、ここにいる。

 全く以て安い男だ。一体誰に対し隠そうとするのか? それがどこの何者なのかを、自身が一番よく理解している。

 それに比べ、激しい戦闘で表面に無数の傷を負ったダイゼンガーら特機の、何と雄々しい事か。

 制帽の鍔が視界上方を遮るので、特機パイロット用デッキに立っても、テツヤからダブルG2機とグルンガストの頭部を仰ぐ事はできない。見下ろせば足下の整備員達は随分と小さく見え、50メートル級という特機の大きさを今更のように思い知る。

 そして、ダイゼンガーの隣に、それらはいた。

 作業員達も既にテツヤの視線に気づいたようで、艦長代理の視線が何を捉えようとしているのかをそれとなく追っている者もいる。

 勇ましいダイゼンガーの立ち姿の奥に、白い虎が蹲っている。更にその奥には、青い龍が同様の姿勢で。揃って四つ足故に今の全高ならばPT格納エリア向きにも映るが、四つ足故に奥行きを必要とするのでPTスケールとして扱う事が叶わない。

「白虎と青竜か…」

 超機人と呼ばれる虎王機と龍王機の頭部と肩が、強烈なインパクトを伴いテツヤの視界に飛び込んで来た。揃って鋼鉄製の床に伏せているので、特機の奥にいようとも頭の形などを把握する事は容易だ。

 とはいえ場所が戦艦の格納庫だけに、その動物的な容姿が醸し出す違和感といったら並のものではなかった。

 虎王機は白虎。白地に縞模様の入った虎の風貌が特徴的で、前足と後ろ足の付け根に黒い渦を描いた黄金色の外装が取り付けられている。前足に光る赤く鋭い爪は、四つ足の状態でも一定の戦闘力がある事を見る者に無言で告げていた。架空の生き物を形にしているのだろうが、頭の形や体つきなど本物の虎とそう差異はなく映る。

 一方、その奥で休んでいる龍王機は、青龍。紫がかった青色の全身を持ち、虎王機同様、前足と後ろ足の付け根をボディカラーと同色の外装パネルが守っている。頭上には枝分かれした2本の黄金の角を掲げ、長い尾の先で緑の龍玉を掴んでいた。

 この2機は合体する事ができ、しかも主導機がどちらになるかで性能も変わるという。虎王機がその胸に龍王機を取り込むと、接近戦を得意とする虎龍王に。龍王機が虎王機を胸に取り込むと、遠距離から法術攻撃を行う龍虎王として完成する。

 DC戦争勃発直前、ゲシュペンスト Mk-Ⅱの量産に嬉々とした自分に突きつけられたAM登場の戦慄は記憶に新しい。その後、重力を操る魔神グランゾン、より人間に近いヴァルシオーネと人型機動兵器の進化に驚かされてきたが、遂にテツヤは戦闘中に吠える虎王機の登場を知る。

 しかも、超機人のパイロットはキョウスケ・ナンブ中尉率いるATXチームのブリットとクスハの為、現在の収容艦はクロガネになる。この白虎と青竜へ出撃を命じるのは自分なのかと思うと、現状に抱く戸惑いがない訳ではなかった。

 流石に今は目を閉じ、彼等も戦闘後の休息をとっているようだ。

 そもそも龍王機と虎王機は、整備員による補修を必要としない。自己修復能力によって、受けたダメージを自ら癒す。

 彼等自身が拒むのである。造られた機械でありながら、他の技術を強引に持ち込もうとする人間を。

「超機人、そして今度はアインストに酷似した元PTか…」

 奪還したヴァイスリッターを思い出し、制帽の鍔を右手で摘みかけ、テツヤはやめて手を下ろす。余計な動作が入るのは、落ち着きのない証だろう。

 しかし、押し殺そうとした直後、大きな溜息が口を突いて出た。思えばここ1年、目の当たりにしている事件や敵の何と奇妙なものばかりか。

「あら。艦長代理が深い溜息だなんて、余り良い光景ではありませんわね」

 指摘され振り返ると、白衣に袖を通したマリオン・ラドム博士が同じデッキに立っていた。普段から整備員達に混じりながらもタイトスカートにハイヒールという出で立ちで果敢に歩き回る彼女は、赤みがかった癖のある髪を短くまとめたいつもの姿で、テツヤを発見するや颯爽と近づいて来る。

 彼の人物は、軍組織に属してはいない。外部スタッフとして軍が技術協力を求めた人物で、戦艦内での作業にも従事してもらう為、今回クロガネに同乗を要請した。

 科学者でありながら、最前線で戦う戦艦の中で命尽きる覚悟さえした肝の据わった女性でもある。

「これは…、いけないところを見られてしまいましたね」

 正直に謝罪し、テツヤは自分の迂闊さを戒めた。

 性格に難がある女傑の発言とはいえ、内容としては尤もである。下の者に見られでもしたら、即艦内の士気に影響が出る事を疑う余地はない。

 誰もが、偉大なる指揮官ダイテツ中佐の死を今も引きずっている。その後を受け継いだ若輩者が溜息をつく事自体、指揮を投げ出す事と同意であるとテツヤも心得てはいた。

 そのテツヤに、故人の制帽は何も語りかけてはくれない。最早当てにするべきは、これまで培ってきた自分自身と、場を同じくする者達しかいないのだ。

「エルザム少佐にクロガネの事を丸投げされ困っているのはわかりますけど、私達は皆、貴方を頼るしかない身。しっかりしていただかないと」

 顔立ち通りにきつく率直な物言いをする年上の女性に、半ば反射で「はい」と応え小さくなる。

「全く、それがいけないと言っていますのに」

「あ…、ああ。そうですね」

 マリオンの眉間に皺が寄る。

「あ…」

「まぁ、いいですわ。それより何用でここへ降りていらしたの?」

 何かを言おうとし、テツヤはまず目線で2機の超機人へと誘導した。

「いつかは自分の目で見ておかなくては、ずっとそう思っていたのです。超機人がこの艦に収容された直後に私まで野次馬に混じると、これも士気に影響するとの判断はありました。艦載機の指揮はカイ少佐、ヴィレッタ大尉、キョウスケ中尉、エルザム少佐がなさるので、私が超機人の外観を敢えて確認する意味は余りないでしょう。ただ…、我々の戦力の一部である限り、自分の指揮下に入っている機体について知らない事は許されません」

「それは良い心掛けですこと。なら、キョウスケ中尉の機体もご覧になりまして?」

「アルトアイゼン・リーゼ、ですね。提出された改造プランの映像で確認しました」

「ご感想は?」

 問われて、テツヤは口ごもった。開発者本人を前にして、第一印象をそのまま声に出す気にはなかなかならない。

「見事な完成度か、と…。そしてキョウスケ中尉はエクセレン少尉とヴァイスリッターを奪還した。性能を含め、結果が新型機のあれこれを証明していると思うのですが」

「まぁ、意外とお上手ですわね」

 どうやらそれなりに乗り切ったと安堵したテツヤに、マリオンが超機人を見下ろして核心を突く。

「気になっているのは、あれが何か、という事なのでしょう?」

「はい」と、テツヤは素直に肯定する。

「それは私にとっても懸案でしたわ。変形・合体をする念動力者対応の未知なる機体。しかも自らの意志を持ち、メテオ3が落下するずっと以前の太古より邪悪な存在と戦ってきているのだとか。…幾度も助けられた立場から言うのも何ですけど、成り行きや興味本位で戦力に組み込む事が今後にプラスとなるかどうかは、定かではありませんわね」

「…仰る通りです」テツヤは頷き、静かに伏せている虎王機と龍王機を不審そうに一瞥する。「現段階で明確になったのは、アインストが、インスペクター、シャドウミラー双方と敵対関係にある事が一つ。アインストを敵視しているからといって、それが我々の敵ではないと断定する理由にならないのも、また事実です。現に、地球へメテオ3を意図的に落下させEOTを我々に提供したエアロゲイターも、我々地球人を利用する事が目的で接触してきました」

 テツヤの主張を、マリオンが黙って聞いている。

 そして、テツヤは付け加えた。

「…穿った見方でしょうか。Rシリーズを封印されて苦しんだSRXチームの事を思い出すと、超機人をATXチームに委ねる事が、結果として彼等を第二のSRXチームにしてしまうだけではないか。そう思えてならないのです」

「なるほど。これまでの経過から考えれば、確かに尤もな不安ですわ」マリオンがテツヤに同調し、大人しく伏せている虎王機と龍王機を高所から静かに観察する。「彼等のパイロットであるATXチームの2人は超機人に対し好意的なようですが、場合によってはそれすら加工された印象である疑いもあります。超機人自身か、若しくはあの機体と人間との接触を望んだ何者かによる」

「何者か、ですか?」

「アラドやゼオラは、記憶に加工が加えられておりましたでしょ。今の地球圏でもそれは既に可能な技術だ、という話です。更に高度な技術の持ち主ならば、痕跡さえ残さずやってのけるかもしれませんわね」

「そんな…」

 渋い表情をするテツヤに、意外にもマリオンが淡々と付け加えた。

「あくまでも仮定の話、ですけれど。勿論、そんな人物がいる事を私は証明できませんわよ」

「そ、それはそうですが…」

 テツヤの中で膨らみかけた一つの疑惑を、煽った側の女性科学者が自ら畳み片付けにかかる。彼女の態度は告げていた、それ程可能性としては低いのだから、と。

 またも制帽の鍔に右手を寄せかけ、踏みとどまって手を下ろす。

「大変ですわね」

 淡々とした口調のマリオンが、テツヤの前で軽く顎を引いた。

 特別同情的にも聞こえないが、彼女とてその苦労を知らない訳ではない。むしろPT開発史の長さを鑑みれば、責任ある立場で闘ってきたキャリアはマリオンの方が遙かに長いとも言える。リーダーとして歩き始めたばかりの後輩に向け、先輩として彼女は突き放す仕草を選んだのだ。

 この手厳しい責任者の下、PT開発チームは賞賛に値する結果を次々と出している。

 そう。経験の浅い指揮官が問題なのではない。振幅の大きな指揮官である事が問題なのだ。

「本当にいけませんね、これでは…」

 敢えて声に出し姿勢を正すと、僅かだが動揺していた自身の内が背筋を伸ばし固くなった事に気づく。幾分だが、揺れは更に小さくなった。

「ここだけの話ですが」

 前置きをして、テツヤはデッキの手すりに両手をついた姿勢で超機人の俯瞰図に目を落とす。何故今彼女に口を開こうとしているのか、その理由も明らかにできぬまま。

「私はまだ、イングラム少佐を引きずっているのかもしれません。尊敬するダイテツ艦長の側にいながら…、実は冷たい印象すらあるイングラム少佐にも憧れていました。どこかで、ダイテツ艦長のようには永遠になれないと自分で決めつけていたのだと思います」

「そうかしら。貴方方2人は、とてもよく似ておりますのに」

「…やはり、そう見えますか?」

「ええ」と、マリオンが頷く。

「私もこのクロガネで指揮を執るようになってから、ようやくそれがわかってきました。イレギュラーな事態との向き合い方や感情の押さえ方にしても、ダイテツ艦長は『ダイテツ・ミナセ』という積み重ねをした指揮官から学ぶべきだろうと判断され、私を側に置いていたのでしょう」

「それで、貴方がそうと決めた相手を目指すというのでしたら、結構ではありませんこと?」

「ええ。ダイテツ艦長も目指します。艦長のような優秀さと大きさ、そしてイングラム少佐のような背負いすぎない冷酷さも目指して。この制帽には、そんな自分を見届けてもらいたいのです」

 今度は意識して制帽の鍔にテツヤが触れると、マリオンが微かに眉を動かして口を尖らせる。

「まぁ…」

 今では禁忌とも言うべき元SRX計画責任者の名前を肯定的に使った事が、ATX計画責任者でもある彼女の琴線に触れたようだ。

 勿論、テツヤには他意などない。様々なリーダー達全てに学ぶべきものが備わっていると、自分の言葉で伝えたかっただけなのだ。

「きっとダイテツ艦長は、最後にそれを学んで欲しかった筈です。『ダイテツ・ミナセ』ではない、新たなスペースノア級艦長になるべきだと」

「そういう事でしたら」良いのだと思う、と皆まで言わぬマリオンが返してきた。

「ありがとうございます」テツヤは目線で軽く会釈をする。「イングラム少佐からは手酷い仕打ちを受けましたが、彼がもたらした技術によるRシリーズやゾル・オリハルコニウムは今も我々の戦力を支えてくれています。進んでいる方向が間違っていないからだ、と思うのは乱暴でしょうか。…だから、そうですね。信じるべきだと考える事にします。少なくとも今は、あの超機人を」

 吐露してから、それがEOT肯定派の意見にも聞こえる事に気がついたテツヤは、慌ててマリオンの顔色を伺う。自他共に認める反EOT派の科学者である彼女の前で言うべきではなかった、と。

 しかし、マリオンの表情は、直前に比べても一切の変化がなかった。むしろその顔色を無駄に気遣う艦長代理の低姿勢へ、「私が何か…?」と批判的に呟く。

「あの、お嫌いと記憶していたのですが。EOTは」

「先走りすぎるところを注意してきただけですわ」マリオンがふぅと息をついて右肘を曲げ、隔壁の向こうに隣接するPT用格納庫を細く白い指で指す。「それに、アインストに改造されたヴァイスリッターが、あのような姿で艦に収容された後ですのよ。異界の存在が私の開発したPTの何を肯定し何に更なる手を加えどのような物に仕上げたのか、興味が沸くのは当然だと思いません?」

「は、はぁ…」

 勢いのある押しに晒され、テツヤはそこで初めてマリオンの中で揺れ動く振り子の振幅を見抜く。

 何の事はない。彼女もまた、自身の生み出したPTと異界の技術の融合ぶりに興味をそそられ、不安と好奇心の両方を一杯に抱えながら、そのどちらに軍配を上げるべきかを迷っているのだ。会話の中で時に主張が反転するのも、マリオン自身の不安定さが表出したにすぎない。

 PTの生みの親の一人と呼ばれるこの女性科学者も、自ら手がけたヴァイスリッターをこのような形にされた事で、いつになく動揺していた。反EOTという自身のポリシーに蓋をするのは最早時間の問題ではないかとさえ、テツヤは考えてしまう。

 それも無理はないか。装甲が変形したばかりか、背面に皮膜を張った翼を模している2対の白い翼を備え、腕部、脚部、そして胸部の装甲下から植物の蔓を思わせる幾本ものケーブルを覗かせているPTは、ヴァイスリッターでありながら既に元のそれではなくなっていた。

 改造と呼ぶより、変質・変異処理を施されたと表現した方が正しいのかもしれない。軍人が使うには相応しくない表現を敢えて用いるなら、白く軽装だった空の狙撃騎士が、どこか禍々しい夜の魔物に変えられてしまった。やはりそう見えてはしまうのだ。

 その変貌ぶりに、元々は警戒心が強い事で知られているこの女性開発者が、今は好奇心を踊らせそちら側に大きく傾きつつある。

 直後、直感的なものがテツヤの中を駆け抜けた。

「博士」と、テツヤは努めて穏やかに話しかける。「回収したヴァイスリッターに興味は尽きないと思いますが、ここは慎重にゆきましょう。超機人とは異なり、アインストはあくまで敵勢力です。そのアインストとあれだけ酷似した外見にされたヴァイスリッターを解析する事は、今の段階では許可できません」

「おや、残念ですこと」

 やや大袈裟に肩をすくめ、マリオンが落胆した様子を強調する。

「元々、そのお話が目的で私を捜していらしたのでしょう?」

「…おわかりでしたの?」

「ええ、まぁ」優しい眼差しで、テツヤは頷いた。「サイズ・形状と随分バリエーションの豊富なアインストですが、それ自体が生命体でもあるようです。ヴァイスリッターに組み込まれたものがもし仮に生きているのなら、解析作業一つとっても然るべき準備を整え行わなくてはなりません」

「もしそういうお考えでしたら、出撃についても否定的でいらっしゃるのかしら?」

「はい。今は優秀な機体を1機でも多く戦場に送り出したいところですが、流石に経緯が経緯です。パイロットも当面は動けないでしょうから、出撃は見合わせるべきかと」

 テツヤは、あくまで慎重を期すとの判断を翻さない。

 その理屈に感情を返してくるかと思ったが、意外にも彼女は理知的な表情で首を傾げてきた。

「あらあら。今日の事を心配なさるのも結構ですけれど、それで私達が無事に明日を、明後日を迎えられる保証はありませんのよ。それで貴方は艦長代理として明日、後悔せずにいられまして?」

「それは…」

 なかなか鋭いところを突かれ、テツヤはたじろいだ。

 T-LINKシステムは多くの機体に採用されるまで一定の時間を必要とし、Rシリーズは紆余曲折を経て今の使用方針に至っている。超機人は今、その階段を登り始めたばかりだ。

 変異したヴァイスリッターも本来はそのように扱うべきと考えていたのだが、インスペクター、そしてアインストとの決戦を直前に控え一般論に固執するのも確かに奇妙と言えば奇妙である。

 キョウスケ中尉の言葉を借りるのなら、勝負どころを迎えているのは間違いないのだろうから。

「わかりました。ヴァイスリッターを前線に出す事は前向きに検討してみましょう。…但し、解析はやはり許可できません。もしあくまでもと仰るのでしたら、プランを提出して下さい。話が進むか否かは、それ次第です」

「…お堅い艦長さんですこと」

 むくれた女性科学者から出た精一杯の皮肉かと、テツヤは笑みを交え静かに訂正した。

「艦長代理ですよ、博士」

「あら…、そうでしたわね」

 マリオンの眉が、ついと上がる。本当に間違えてしまったのだと、驚きを浮かべた彼女の表情が告げていた。

 テツヤにはそれが、嬉しくも恥ずかしいものに感じられる。名実共に「代理」が外れる日を迎えた時、周囲の中からも肯定的に「代理」が外れるのかもしれない。

 そのような日は、遠くない未来に訪れるのだろうか。いや、そもそも生きてその日を迎える事ができるのだろうか。自ら「代理」を掲げた指揮官が勝負どころまで控えめに動く事は、全員の明日を奪い取る事と同意でしかない。

 胸の奥で何かが語りかけてくる。大胆な決断すら必要な時期を迎えたのだ、と。

 踵を返し、マリオンが背を向けて歩き始めた。その細い背中から、強気の声が放たれる。

「では、その解析プラン、本気で提出させていただきますわね」

「わかりました。…パンチの効いたプラン、お待ちしております」

「仰るわね、艦長さん」

 同じミスを繰り返したマリオンに、今回テツヤは訂正の言葉を加えなかった。

 自然と握られる拳に、つい力が入る。

 

 

 

                            - 了 -

 



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