先の襲撃から二時間ほどしか経過していないにもかかわらず、ネロー・キルナーは再び……それも今度は市街地に姿を現していた。
「フンっ!」
槍──"ネムランス"と呼称している──を逃げまどう人々めがけてかざし、催眠波をばらまく。目に見えないそれを避けられようはずもなく、浴びた者は一瞬にして眠りに落とされていく。そうして囚われた夢の世界から、ネローに極上のエネルギーを供給するのだ。
「フハハハ……いいぞ、もっとだ……!」
嗤いつつ、槍を持っているのとは反対の手元に目を落とす。快盗から奪ったVSチェンジャーとダイヤルファイター……思わぬ掘り出し物だったが、それゆえにどう扱おうか未だ判断しかねていた。幹部の誰かに高く売りつけようかとも考えたが、人間ごときがギャングラーを倒す力を得うる魔具である。上手く利用すれば、一気に後継者候補筆頭に躍り出ることもできるのではないか。──ネロー・キルナー、なかなかの夢想家であった。
と、そのときだった。
「すみませ~~~ん!!」
「ん?」
呼び声に振り向くネロー。と、そこには意外なものの姿があった。
──こちらに手を振りながら駆けてくる、セーラー服におさげ髪、瓶底眼鏡の少女。今日日野暮ったいでは片付けられない姿である。
「ちょっとええですかぁ?道をお尋ねしたいんですけど~」
「み、道?俺にか?」
「はい。ウチ、関西から出てきたばっかの田舎モンですさかい」
「さかい?」
怪しい関西弁の少女はというと、有無を言わせず地図を広げて「この辺なんですけど~」と指で指し示している。実は押しに弱いネローはそのペースに呑まれ、地図を覗き込んでしまう。
それこそが少女の狙いであった。
「──ッ!?」
VSチェンジャーに伸びる手。すんでのところでそれに気づいたネローは、慌てて少女を突き飛ばした。
「きっ貴様ァ!?ただの小娘じゃないな、まさか……」
「そのまさか!──はっ!」
ばっと衣装を脱ぎ捨て、少女──快盗ルパンイエローは、その正体を明らかにした。
「ルパンイエロー、姑息な手を……。だが目論みは失敗だぞ、残念だったな」
「ふふん、なに言うてんの。まァだこれからさ!」
言うが早いか、彼女は黒霧から借りたペンを頭上に掲げた。すると眩い光が先端から放たれ、ネローの視界を覆い尽くす。
「ッ!?」
思わず目を背けるネロー。再び顔を上げたときには、周囲の風景が一変していた。
「こ、ここは……?」
ステンドグラスに彩られた窓から陽光が差し込み、目の前に置かれた祭壇の左右に慈しむような微笑をたたえた女性像が鎮座している。教会、チャペル──人間どもの宗教的施設であると、知識としてはネローの記憶にある場所だった。
だが、いつの間にこんな場所に。混乱していると、急に盛大な音楽が流れはじめる。と同時に後方の扉が音をたてて開かれ、白いドレスとベールに身を包んだ女性が入ってきた。
(花嫁!?)
ということは、花婿はまさか……自分?
困惑するネローだったが、美しき花嫁の誘惑には敵わなかった。うすくルージュを塗った唇にむしゃぶりつきたい衝動に駆られ、顔を近づけていく。あと数センチ、あと──
「──って、騙されるかぁあああ!!?」
あと数センチだったのは唇ばかりでなく、手もだった。また危うく魔具をかすめとられるというところで、ネローは慌てて飛びのく。
「ちぇ、ファーストキスまで賭けたのに……」
「いらんわそんなもの!貴様、おちょくってるのかァ!?」
「いらない!?」花嫁──お茶子が青筋をたてる。「もう怒った……!こうなりゃ実力行使や!」
再びのペン。今度は対抗してネムランスを掲げようとしたネローだったが、残念ながらというべきかお茶子のほうが寸分早かった。
光に呑み込まれ、次にネローが流れ着いたのは……手術室。
「ッ、小娘、どこに行った……!?」
姿の見えないお茶子。次はいったい、どんな手で来るつもりか。身構えるネローは、しかしこの謎空間においては悲しいかな被食者であった。
──ずぶり、
「ほぉっ……!?」
衝撃と痛み、遅れて液体が体内に押し入ってくる感触が襲いかかる。ネローは首さえ動かすことができない状況だったが、実はこのとき、巨大な注射針が臀部に突き刺さっていた。
「ふふふふ、油断しちゃったねえ」
獲物の背後で無邪気に笑う、白衣の天使お茶子。彼女による"攻撃"の真価は、程なく発揮された。
「……!?な、なんだ……目眩が……」
それだけではない。身体から急速に力が抜けていき、その場にがくんと膝をつく。にっこりと微笑んだまま、前面に回り込んでくるナースお茶子。彼女の手が、いよいよVSチェンジャーに伸び──
「さ、させるかァ……!」
「!」
かろうじて踏みとどまったネローは、チェンジャーを握る手に力を込めて放さない。薬品で自由を奪われているとはいえ、生身の人間、それも小娘に良いようにされるなどプライドが許さなかったのだ。
「ちょ、もう、いい加減あきらめてよぉ……!」
「誰、がァ……!」
このままでは埒が明かない。業を煮やしたお茶子は、ここで思わぬ奇策に出た。
「じゃ、あげる!」
「!?」
いきなりぱっと手を放すことで、残る力を振り絞って抵抗していたネローは慣性の法則によって後方へ倒れ込んでしまった。ばたりと仰向けに倒れ込んだところで、頭上の景色が青空へと変わる。
「あ、あのガキ……いったいなんのつもりで……」
その意図は程なく理解
「!、国際警察か?」
薬のせいで力の入らない中、どうにか上半身だけは起こしたネロー。パトレンジャーの襲来を予見していた彼は……その瞬間、意外なものを見た。
「逮捕しちゃうぞ!」
爆走するミニパト。その運転席に座る婦警はというと、やはり麗日お茶子その人で。
ミニパトは減速することもなく突っ込んでくる。ほとんど動けないネローにその魔の手から逃れるすべなどなく、
「いや逮捕はァァァ!!?」
──轢かれた。まったく抵抗できなかったこともあって、ネローはいとも容易く吹っ飛ばされてしまう。そしてついに、VSチェンジャーがその手を離れて……。
「やった……!──といや!」
絶好の好機。お茶子は勢いよく跳躍し、宙を舞う白身銃に手を伸ばした。あと少し、あと──
──掴んだ!
そのまま華麗に一回転を決め、着地。全身で地面に叩きつけられたネローとは、対照的な姿だった。
「VSチェンジャーとダイヤルファイター、回収完了っと」
「き、貴様ァ……」
殺意を込めて睨みつけるネローに対してウインクをお返しすると、お茶子は婦警の衣装を脱ぎ捨てた。そして、快盗の姿に戻る。
ネローにとって、さらに悪いことは続いた。彼女の両隣に赤と青、ふたつの影が跳躍とともに現れたのだ。
「イエロー!」
「あっ、ふたりとも!遅いよもう!」
「ア゛ァ!?てめェ電話にも出ねえで……」
「……それよりどういう状況なんだ、これは?」
炎司が困惑するのも無理はない。お茶子は変身していないにもかかわらず、ギャングラーは既に満身創痍の状態。いったい、どんな戦い方をしたのか。
「説明はあと!まずあいつのコレクション、盗っちゃおう!」
「ふ……、そうだな」
「仕切んなや!!」
反応は分かれたが、行動は違わない。──快盗チェンジ。
『イエロー!1・1・6──マスカレイズ!』
もう一度、電子音声の『快盗チェンジ』が流れ──三人の身体に、快盗スーツを装着させる。
「ルパンイエロー!」
「ルパンブルー……!」
「ルパンレッドォ!!」
その姿こそ、
「「「快盗戦隊、ルパンレンジャー!!」」」
「おのれ……!自分のコレクションまで、盗られて堪るかぁ!!」
快盗たちが口上を言い切るより早く、ネローは痺れを押して攻撃を仕掛けた。金庫が妖しく光り、件の肩の突起が一気に伸びる。
「ッ!」
既に攻撃を予見していたイエローばかりでなく、レッドもブルーも素早く回避に動いた。同時に彼らは、金庫の光も見逃さない。
「あれが奴のコレクションの力か」
「けっ、しょーもねえコレクションもあったもんだ」
「油断しないで!」
レッドの台詞に対し、「油断するな」と返すのは普段ブルーの役割なのだが……珍しいイエローの言葉に、彼らは思わずその仮面を見遣った。
「あいつ、あの槍で人間を眠らせるんよ。そっち喰らったら……」
「……ふむ」
「ふん、喰らわなきゃいいんだろ。……耳貸せ」
そう言うと、レッドは小声でふたりに何か耳打ちした。思わず顔を見合わせるふたりだったが、彼が独りで突っ走らないだけ成長というべきか。というよりむしろ、きょうは皆の役割が入れ替わったようだとブルーは内心思った。
「いいな?──いくぞオラァ!!」
最低限を伝えきるや否や、地面を蹴ってレッドは走り出した。当然、ネローの迎撃が繰り出される。それを巧みにかわしつつ、確実に接近していく。だが、正面からまともに迫ってきたとて。
「眠らせてやる……!」
レッドを眠らせてしまおうと、ネムランスが突き出される。──そのとき、
『サイクロン!快盗ブースト!』
レッドの背後から飛び上がったブルーが、サイクロンダイヤルファイターの疾風弾を放ったのだ。
「何!?ぐおぉぉぉ!!」
それは見事ネムランスを破壊し、余波でネローを後方へ吹き飛ばした。その勢いと体重は叩きつけられたビルの外壁を破壊し、彼を磔の状態にしてしまう。
そこに、イエローが肉薄する。──ダイヤルファイターが、金庫に押しつけられる。
『6・0──3!』
「や、やめ──」
懇願も虚しく、
「ルパンコレクション、ゲットっ!」
剣の形をしたルパンコレクションを手に、イエローは意気揚々と後退した。
「やったよレッド、ブルー!」
「……俺のバイクにつけた傷はチャラになんねえからな」
「げっ……ば、バレてる!?」
「なぜバレないと思った」
「~~ッ、とにかくアイツ倒さんと!そうだレッド、マジック貸して!」
「てめェ今の流れでよく言えたな」
「ビークルは共有物でしょ、お願いっ!」
まあ、それは一理ある。今回の敵を追い詰めたのが彼女ということもあって、レッドは渋々ながらマジックダイヤルファイターを渡してくれた。
「いくよ!」
『マジック!快盗ブースト!』
VSチェンジャーに装填し、撃ち出す──そうしてマジックダイヤルファイターは、飛翔する鳥のような形の弓矢へと姿を変える。
「ま、まさか……!」
「そのまさかさ!──せーのっ!」
指示されるまでもなく、男たちも動いた。魔力のこもった矢が放たれると同時に、VSチェンジャーの引き金を引く。
結果、矢はその尾に光の弾丸を得てさらに速度を増す。即ち、貫通力も。
「ゆ……夢だ。これは夢だぁああああ──!!」
現実逃避もつかの間、ネローは必殺の矢にビルもろとも貫かれ……粉々に爆散したのだった。
「けっ、手応えねえヤツ。つーか丸顔一匹に出し抜かれるとか、ねえわ」
「ちょっ、どういう意味それ!?ってか"匹"て!!」
「生き物扱いしてやってるだけ有り難いと思えや!」
「~~!」
「………」
繰り広げられる痴話喧嘩にブルーが呆れていると、
「あーあ、もう終わっちゃった?」
「!」
現れたのは、黄金の警察官の衣装に身を包んだ死柄木弔だった。──と、いうことは。
「げ……快盗!?」
「も、もうギャングラーを倒したのか……!?」
「……あんたまで出し抜かれるとはね、死柄木」
「ほんとだよ。すごいすごい、拍手〜」
安堵しつつも、肩を落とすパトレンジャーの面々。しかし、彼らの役割はまだ残されていた。
「私の可愛いお宝さん、ネローを元気にしてあげて……」
「!」
神出鬼没のゴーシュ・ル・メドゥの手により、遺された金庫の残骸から巨大化復活するネロー。当然、これを片付けなければ戦いは終わらない。
『オウオウオウ!きょうもまた、呼ばれなくてもジャジャジャジャーン!』
「呼んでないけど、ナイスタイミングだグッドストライカー」
『ヘヘッ、ほんとぉ?』
煽てに弱いグッドストライカーである。マブダチである弔がきょうは警察側についている以上、彼が力を貸す相手も決まっていた。
「っし、こっからは俺らの出番だぜ!」
『グッドストライカー!位置について……用意!』
──出、動ーーン!!
漆黒の翼が巨大化し、次いで色とりどりのビークルの群れが。それらを追うように、黄金と白銀の彩られた列車が街の谷間を走行する。
『いくぜ〜、警察ガッタイム!正義を掴みとろうぜ〜!』
グッドストライカーを核として、三台のトリガーマシンが"ガッタイム"。鋼鉄の五体が形成されていく。
「完成──パトカイザー!!」
そして、パトレンエックスの操る列車も。
「完成、エックスエンペラーガンナー」
並び立つ、ふたつの機人。
*
「ネムランスもコレクションもなくなってしまったが……この身ひとつでも、俺は強いぞォオオ!!」
咆哮とともに両腕を広げ、突撃を敢行する巨大ネロー。その言葉になんの嘘偽りもない、彼は肉弾戦を仕掛けるつもりだったのだ。
「……あいつ、正気か?」
『まともに取り合う必要なんかないだろ』機体越しに、エックス。『こっち来る前に撃ち殺しちまえばいい』
「その通りだが、言い方!」
「ま、まあさっさとやっちまおうぜ!」
そうして二機は、横並びのまま銃撃を開始する。的はまっすぐ突っ込んでくるので、ほとんどの命中をとることができた。
しかし、
「ぐううう……っ!この、程度でぇえええ!!」
ネローは想像以上に頑丈だった。気合ひとつで銃弾のシャワーに耐えきり、敵機に肉薄する。
「ガアァァァァ!!」
獣じみた叫びとともに拳でエックスエンペラーを拳で殴りつけ、それを横から制止しようとしたパトカイザーには上手い具合に肩の突起を突き立てる。地味に厭らしい戦法である。
「うわ、こいつ……!?」
「ッ、突起には突起だ耳郎くん!」
「突起?……ああこれね」
仲間の意図を汲み取った3号が、警棒で攻撃を仕掛ける。そのひと突きを不意打ちで受けて、ネローは堪らず後退した。
さらに、
「エックスエンペラー、
その隙にエックスエンペラーがぐるりと側転し、ガンナーからスラッシュへと変わる。コックピットのエックスも白銀の快盗に姿を変えているのだが、それは外目にはわからないことであった。
「離れろよ、キモいから」
身も蓋もない言葉とともに、愛機に容赦ない斬撃を繰り出させるエックス。その鋭い一撃に、ネローは「ギャア」と短い悲鳴をあげた。
「さァてと……──おい、パトレンジャー」
そして、パトカイザーのコックピットめがけて何かを投げつける。慌ててそれを受け止めたのは、1号だった。
「うおっ、またいきなりそんな……。って、これ──」
この前にも借り受けた、赤い消防車──トリガーマシンスプラッシュ。これを投げ渡してきたということは。
『あいつの目、覚まさせてやれよ』
「……よ〜し、いくぜ!」
スプラッシュをVSチェンジャーに装填し、
『出、動ーーン!──激・流・滅・火!』
出撃、スプラッシュ。その勇姿に、グッドストライカーが歓声をあげている。
『おおお、これはやらねばなるまい~!おニューの、ガッ・タ・イ・ム♪』
パトカイザーの右腕、そして胸から上までもが分離する。その失われた部位ふたつは、変形したスプラッシュがまとめて補填した。そうして鋼鉄の巨人は、これまでとは大きく異なった姿へと変わる。
その名も、
「「「完成!パトカイザー"スプラッシュ"!!」」」
「うおお、さらに赤くなったぜ!」
自身のパーソナルカラーが存在感を増したことではしゃぐ1号。「はは、お気に召したようで何より」と、コックピット越しにエックスがつぶやく。この前からふたりの息が妙に合ってきていると、仲間たちは感じた。
──気を取り直して、戦闘再開である。
「姿を変えたとてぇ!!」
再び向かってくるネロー。猪突猛進といえば聞こえはいいが、彼はとことん無策である。自身の特殊能力をほとんど奪われているのだから、無理もないかもしれないが……。
そんな敵に対し、パトカイザー"スプラッシュ"は徐に右腕を向けた。消防車そのままの形状。標的となった当の本人を除いては、何が起こるか悟っていた。
「いくぜ──放水、開始ッ!!」
そう、放水である。ただの水と侮るなかれ、毎秒キロリッター単位が高圧状態で放出されるのだ。それは時に、銃弾以上の威力を発揮する。
「な、なんだそれはァアガボボボモゴゴゴゴ!!??」
水の塊に呑まれ、押しやられていくネロー。その間呼吸もできないばかりか、膨大な奔流によって五感までもを奪われる。それ即ち、彼の敗北を意味していた。
「へへっ、顔洗って目ぇ覚めたろ?」
「まァ、どうせ永遠の眠りが待ってンだけどな」
エックスの物騒なひと言は、決して誇張ではなかった。絶えず注いでいた洪水はやがて意志を持っているかのようにそのかたちを変え、やがてシャボン玉のようにネローを包み込んだのだ。
「もががが、な、なんだァこれは!?」
必死にもがくも、水で満たされた球体は割れるどころか彼を連れて上昇していく。これからいったい何が起きるというのか、想像もつかず怯えるネロー。
そんな彼に、引導を渡すときが来た。
「「「パトカイザー、ディスチャージアップストライクっ!!」」」
天高く上り詰めた水の玉が、いよいよ雲海を越えるというところで──爆ぜた。
「ぎゃああああああっ、これが現実なのかぁあああああ!!??」
その通りである。
水もろともネローは粉々に弾け、それきり二度と姿を見せることはなかった。──数十回目の、ヒトの勝利である。
「任務、完了っ!!」
「ゲーム、クリア」
鬨の声に応じるように、ふたつの機人は拳を掲げるのだった。
*
「チェンジャーを一度あいつに奪られただぁ!!?」
夜のジュレ。店内に響く少年の怒声に、お茶子は思わず肩をひくつかせた。相手の傍らでは、轟炎司が鋭い碧眼でこちらを見下ろしている。
「だからてめェ、電話に出なかったンか?ア゛ァ!!?」
「……ごめん……」
「謝って済むなら快盗も警察も要らねーんだよ!!」
なんとテンプレートな小悪党な台詞だろう──内心そう思いつつ、炎司も厳かに口を開いた。
「それならそうとなぜ俺たちに報告しなかった?取り返せたから良いようなもの、あのまま奴の手から他のギャングラーに渡っていた可能性だってあったんだぞ」
「……それは……」
「まさか、叱責されるのが怖かった……などとは言うまいな?」
もしもそんな理由だったら──ふたりの怒気がじわりじわりとお茶子の心を蝕んでいく。
刹那、
「"自分のことは自分でなんとかする"──快盗のルールに従ったまでですよ」
「!」
第四の声。死柄木弔が警察のほうにいる今、それをもたらしうるのは空間を跳躍できる"彼"しかいない。
「ですからそう責めないであげてください。それに、私も共犯ですので」
「……どういう意味だよ、モヤモブ?」
「黒霧です」と訂正しつつ、
「お茶子さん、ペンを」
「あ……はい」
借りていた、一見市販品にしか見えないペンを返却する。──これのおかげで、自力でVSチェンジャーとダイヤルファイターを取り返すことができたのだ。
「と、いうわけです」
「………」
悪びれもしない雇い主の代理人にそう告げられると、ふたりも閉口せざるをえない。
それをいいことに彼はいつも通りコレクションを回収し、最低限のやりとりのみで去っていこうとする。
「あ、黒霧さん!……ありがとう、きょうは」
その背中に、お茶子が感謝を投げかけた。対する黒霧の応答は、
「お安い御用ですよ」
やはり、シンプルなもの。そうして、漆黒のゲートへと消えていったのだった。
「……相変わらず、雲を掴むような男だ」
「けっ。そういや丸顔、結局あいつのこと、なんかわかったンかよ」
「え、あ、ああ……」
まさか偶然出会った謎の美丈夫といい感じになっていましたとは言えず、お茶子は誤魔化し笑いを浮かべるほかなかった。
*
ワープゲートを越えた黒霧は、薬品の匂いが漂う一室にいた。薄暗い中にぼうっと簡素な寝台が浮かび上がり、傍らには様々な器具が置かれている。それはまるで手術室のような場所だった。
「………」
此処に立つと、在りし日のことが思い返される。──永遠に閉ざされたはずの意識が再び浮上し、"彼"に出会ったその日のことが。
『すまない、きみを救うにはこうするしかなかった』
冷えきった身体、失われた鼓動。まるで人形にでもなってしまったかのような身体に戸惑う青年に、彼はそう告げた。──それで青年は思い出した。自分はもう、死んでいるのだと。
『きみに見せたいものがある』
『……見せたい、もの?』
──この世界の、真実だ。
そう告げた彼の言葉は、嘘でも誇張でもなかった。もしも生き延びていたなら、きっと一生知ることのなかったであろう真実。
死んだ人間だからこそ、できることもある。彼はそうも言った。それもまた事実だった。陽のあたる道を歩く英雄にはなれずとも、人知れず平和のために戦う道があるのだと。
──そして、"黒霧"は生まれた。生前──"白雲
「……だから同じなんだよ、きみたちと俺は」
そのつぶやきは、誰に拾われることもなく消えていく。揺蕩う靄の隙間から覗く瞳に、宿る想いも……また。
それが、死だ。
à suivre……
次回「地獄へ」
「……俺、快盗向いてるわ」