随分と大がかりな買い出しになってしまった。
貸切パーティーの予約が入ったので、調達すべき食材がいつもより多くなる──そのことを見越して同僚と上司を動員した勝己少年だったが、それは正しい判断だったようだ。独りでは持ちきれない数の紙袋を手分けして抱えながら、ただ今帰路をジュレに向かって歩いているところである。
「貸切なんて久々や……こりゃ大儲けのチャンス!」
はしゃぐ紅一点、麗日お茶子。かわいらしい容姿や言動も相まって、男所帯ではちやほやされるだろう──普通なら。
「けっ、クレームになって手間かかんなきゃどーでもいいわ」
「我々本来の任務の邪魔になっては本末転倒だからな」
「………」
あいにく、勝己も炎司もそういった思考回路とは無縁なのだった。
「はあ……ふたりともさあ、向上心ってものがないよねえ。どうせやるなら、世界一の喫茶店にしてやろう!とか思わん?」
「馬鹿じゃねーの。自分から目立とうとするとか、ねえわ」
「いやだから、それくらいの心構えでやろうってこと!」
言い募ると、不意に勝己は足を止めた。
「……世界一の喫茶店にしたら、デクを取り戻せんのかよ?」
「!」
吐き捨てられた言葉は、その実透き通った結晶のようだった。
二の句が継げずにいる相手に目をやることもなく、再び歩き出す少年。今度はお茶子のほうが、縫いつけられたかのように立ち止まることになった。
「……言い過ぎた、かな……?」
「……まあ、やむをえまい」
お茶子に悪意など欠片もないことは、炎司はもちろん勝己だって理解しているだろう。だが、彼のようなセンシティブな人間には、善意こそが猛毒となることもある。
"地獄への道は、善意で舗装されている"──爆豪勝己の選んだ道も大本をたどれば、ひとりの少年の稚い善意から生み出されたものだった。
*
気まずい雰囲気のままジュレに戻った三人。しかし彼らは否が応なく、次なる戦いへ誘われることとなる。──"彼"の、到来によって。
『エマージェンシーエマージェンシ~!緊急事態だってばよぉ~!!』
「え……グッディ?」
漆黒の翼、グッドストライカー。意思をもつおそらく唯一のルパンコレクションであり、神出鬼没、普段は何処かを気ままに飛び回っている──ルパンコレクションを手元に置きたい快盗やルパン家にとっては頭の痛い存在なのだが、既に仲間のひとりとして扱われつつもあった。
『トムラが、トムラが大ピンチなんだぁ~!!?』
「ッるせぇな!落ち着いて話せや!」
『ぐええ』
勝己の手刀がもろに胴体を直撃する。
『痛でで……じ、実はぁ……』
狙い通り少しばかり落ち着きを取り戻し、グッドストライカーは話しはじめた。
──かつてアルセーヌ・ルパンが造った秘密の隠れ家、そこに秘蔵のルパンコレクション……"ルパンマグナム"が隠されている。
「ルパン……マグナム?」
『伝説の銃、さ!場所がわからなかったのを、日本に来てからトムラ、ずっと探し続けてたんだ。それで、やっと見つけて……』
「……我々に何も言わず、独りで向かったと?」
『うう……』
三人は顔を見合わせた。死柄木弔が自分たちと完全に一体でないことはわかっているし、入手したあと、それを隠しだてするとも思えない。──にもかかわらず単独行動をとるのは、心の問題だろう。
『トムラのヤツ、アルセーヌのことになるといつも独りで突っ走っちゃうんだよぉ』
「……まあいい。いずれにせよ、放っておくわけにはいくまい」
「う、うん。……あ、そうするとパーティーは──」
「キャンセルに決まってンだろ。連絡ヨロシク、テンチョー?」
「……うむ」
損な役回りである。しかし圧倒的最年長者である以上、不平は言えなかった。
*
一方、人間の一挙手一投足など些事とも思わぬ悪魔たち。
「そういや最近、ケルベーロのヤツがはしゃいでるらしいじゃないか」
ドグラニオ・ヤーブンの言葉に、彼の側近たちが反応する。
「まあ、あのガンマニアが?」
「人間どもの武器を集めるなど……。奴ら自身でさえ、アレは旧時代の遺物と考えているというのに」
個性という特殊能力を人々が当たり前に持っている時代に、冷たい鉄の塊は時代遅れなもの。尤も前者とて、ほとんどは彼らギャングラーの下位互換にすぎないのだが。
「わかってないわねえ、デストラ。役に立つ立たないじゃないの、楽しいかどうかよ」
「……ふん」
「ま、あいつのことだ。楽しいだけじゃ、終わらんだろうよ」
デストラを宥めるように、主が言った。
*
そんな会話がかわされているちょうどその頃、話題に上っていたギャングラーが行動を開始していた。
「ヒャッホウ!フハハハッ、ワオォォン!!」
爆発炎上する"世界のおもしろ銃器展"会場を背に、奪った銃器を抱えて満足そうに吼えるギャングラー。狼に似た姿……というのは、地球の生物の外見的特徴をもつ彼らには不思議ではない。ただし、左肩の白骨化したハウンドドッグのような意匠は特異なものであった。
──そんな彼の行く手に、三人の警察官が立ちはだかった。
「動くなッ、国際警察だ!!」
「各地で銃器を強奪しているギャングラーは、貴様だな!?」
警察官のひとり──飯田天哉の問いに対し、
「ハァ?グハハハハッ、地獄の番犬"ケルベーロ・ガンガン"様も有名になったモンだ。なァ、カワイコちゃん?」
畏まる様子など微塵もないケルベーロ・ガンガン。相対する警察戦隊の面々からすれば、予想通りの反応である。──彼らとは結局、戦う以外の道はありえないのだ。
「「「──警察チェンジ!!」」」
『1号!パトライズ!』
「おっ、その銃……」
掲げられたVSチェンジャーにケルベーロは反応を示したが、彼が行動に移るより早く、警察官らは変身を遂げていた。
「パトレン1号!!」
「パトレン、2号ッ!!」
「パトレン3号!」
──警察戦隊、パトレンジャー。
「国際警察の権限においてッ、実力を行使する!!」
「頼むぜぇ、カワイコちゃん!」
引き金が、ほぼ同時に引かれる。つい数分前までなんの変哲もない街の一角だった場所は、一瞬にして硝煙の匂い漂う戦場へと姿を変えてしまった。
──この世界では、それもまた日常である。
「オラオラオラァ!!」
複数の銃を同時に扱い、斉射するケルベーロ。むやみに乱れ撃っているようでいて、放たれた弾丸は的確に獲物たるパトレンジャーに喰らいついてくる。
「そんなクラシックな銃で……!」
ギャングラーの猛攻すら耐えうる警察スーツに、傷をつけられるはずがない──そう判断し、回避より突撃を優先した彼らは、刹那激しい衝撃にもんどりうつことになる。
「きゃあぁっ!!」
「耳郎くん!?──ぐあッ!」
倒れ込む仲間たち。その姿を目の当たりにしたパトレン1号は咄嗟に庇いに入り、さらに己の個性を発動した。強化服の下、全身の皮膚が巌のように鋭く硬化し、あらゆる攻撃を弾き返す。
「……ッ!」
それでもなお、相当な衝撃とともに身体が後退させられることに驚愕した。予想だにしない威力、あるいはVSチェンジャーを凌駕するのではないかというほどの。
「ふたりとも、動けるか!?」
「ッ、なんとかね……」
「俺もだ……!」
「っし……じゃあ俺が牽制してる間に、物陰に隠れてくれ。このままじゃ、もたねえ……!」
苦しげな声で言いつつも、1号の行動は早かった。銃弾を浴びながらもVSチェンジャーを構え、射撃し返す。相手は狼のごとき敏捷性でそれらを避けてしまうが、その間引き金を引く指が鈍るのは間違いない。その隙を突いて2号と3号が離脱し、庭園の中央に設置されたモニュメントの陰に滑り込んだ。
「っし、うおおおおお!!」
「なぬっ!?」
硬化を維持したまま、果敢にも突進する1号。弾着によりスーツから火花が散り、一部が破損するも立ち止まらない。ゼロ距離をとることこそ、相手の攻撃を防ぐ最高の手段だからだ。
「ふ──ッ!」
そのまま勢いよく跳躍し、ケルベーロの背後に回り込む。後ろから羽交い締めにし、攻撃ばかりでなく回避をも封じるためであった。
「は、放しやがれぇ!!」
「ヤだね!──飯田、耳郎、今だ!」
「「了解!」」
合図を受けて再び飛び出してきたふたりは、同時に警察ブーストを発動させていた。トリガーマシンクレーンと、バイカー。そのふたつが必殺の一撃を放つため、力を解放する。
「バイカー、撃退砲ッ!!」
「ストロングっ、撃滅突破!!」
放たれる巨大なエネルギーの弾丸が、獲物に喰らいつかんと迫る。ケルベーロは1号に力負けしており、とても離脱できる状態ではない。勝利を確信するパトレンジャー、しかし──
「そうは問屋が卸さねえ!」
ギャングラーの証──左胸の金庫が、鈍い光を放つ。刹那、予想だにしないことが起きた。
彼の足先すぐのコンクリートが砕け散り、その下から分厚い岩壁が現れたのだ。
「何……!?」
撃退砲も撃滅突破も、当然すり抜けることはかなわずそこに衝突──爆発を起こす。巻き起こる、膨大な粉塵。
「いったい、どうなって──」
「ぐああっ!」
「!?」
粉塵の向こうから吹き飛ばされてきたのは……パトレン1号だった。
「へへへへ……危ねえ危ねえ」
胴体から白煙をあげながらも、余裕とともにその身を露にするケルベーロ。呆然とする敵に対し、彼は饒舌にこの状況のタネを語った。
「オレは空気中の酸素を自由に操ることができる、火薬を使う銃なら威力は百倍だ!」
「……!」
「それだけじゃないぜぇ?オレのもつルパンコレクションは、土を材料に岩壁を創り出せる。攻撃も防御も、隙なしってワケよ!フハハハハハハッ!!」
自信に満ち溢れた高笑いを堂々見せつけるケルベーロ。しかしここまでの戦いで、それを大言壮語と切って捨てることはとてもではないができなかった。実際、必殺の砲も破られてしまっているのだから。
「さァ、親切丁寧に教えてやったところで……その銃貰ってやるよ。てめェら地獄に送ってなァ!!」
ひと纏めにされた複数の銃口が、パトレンジャーを捉える。もはや蛇に睨まれた蛙のように動けない三人。しかし動くと動くまいと、いずれ凶弾が放たれることには変わりない。1号──鋭児郎も含め、皆、これ以上耐えきれる保証はなくて。
「グッバァイ……!」
そして、いよいよその瞬間が訪れる──と、思われた瞬間。
『バウ、バウルッ!!』
「うおッ!?」
右肩の狼が本体の意志とは関係なく吼え猛る。驚愕するケルベーロ自身、しかし彼も程なくその"匂い"を察知した。
「!、おおこれは……匂う匂うぜ、最高にオレ好みのカワイコちゃあん!」
「……?」
「サツの相手してる場合じゃねえッ、行くしかねえぜ!ワオォォ〜ン!!」
遠吠えとともに何処かへ、猛烈な勢いで走り去っていくケルベーロ。「待て!」というテンプレートにも程がある残された側の台詞は、彼の耳にすら入ってはいなかった。
「ッ、なんてスピードだ……!」
「スピードもそうだけど、あの火力と防御力……」
三拍子揃っている。ここ最近は金庫が黄金であったり、複数であったりと格上クラスばかりが相手だったので、少なからず油断してしまっていた。しかし相手がギャングラーである以上、恐るべき強敵であるという心構えを忘れてはならないのだ。
「そういや、さっきアイツが言ってたカワイコちゃんって……もしかして、別の銃を見つけたんじゃ?」
「!、あ~もうッ、マジで厄介なヤツ……!」
「追おう!!──それにしても……」
「死柄木くんは何をしているんだ」──弔が勤務時間中に行方をくらますのはいつものことだが、それにしてもギャングラーの出現になんのリアクションもないとは。
いない人間のことを考えても今は仕方がない。三人は急いでパトカーに戻り、ケルベーロの追跡を開始した。