作者とは同学年ということもあって、本当に言葉もありません。ただ「戦わないヒロイン」として、リュウソウの清涼剤になってらっしゃったと思います。
ケルベーロが走り去った方角の遥か彼方──某山中に、世間を騒がす快盗たちの姿はあった。
グッドストライカーの導きに従い、なんの変哲もない断崖に偽装された巌の扉から、洞窟の中へ進んでいく。
「グッディ、罠があるとこは教えてね」
『まかせとけ!オイラ二回目だからな〜』
無論、グッドストライカーに任せきりにはしない。自分たちでも周囲を窺いながら進む快盗たち。そのひとりだった勝己はふと、壁に文字が彫られていることに気づいた。
(……"Brise"?)
フランス語か。意味は、確か──
『おっと気をつけろよ。この辺、足下が崩れるぜ』
「ふふん、もし落ちたら私が浮かせたげる!」
あらかじめ罠があるとわかっているせいか、得意げに鼻の下を擦るお茶子。しかしそれは……もはや彼女のアイデンティティーになってはいるが、快盗にあるまじき油断だった。
「!、待て。この音は……」
炎司の言葉に耳を澄ます。──ゴゴゴゴ、と、地鳴りのような音。それは徐々に大きく……否、近づいてきている?
「まさか、」
三人が身構えるのと、通路の奥から巨大な岩の塊が転がってくるのが同時だった。
「!!?」
『えっ、さっきと違ぁああああああ──』
「グッディ!?」
すんでのところで身を翻した快盗たちだったが、いちばん慢心していたグッドストライカーだけは間に合わなかった。岩に押しつぶされ、そのままペラペラになって一緒に転がっていってしまう。
「た、大変や……!」
「……あれくらいで死ぬタマじゃねーだろ」
実際、未だに悲鳴が聞こえてくる。それも、いまいち緊張感のない。
「うむ。問題は、洞窟内のトラップが変化しているということだ」
いずれにせよ、グッドストライカーの記憶には頼れない。ここからはもう会話もなく、快盗たちは歩を進めた。
──程なくして、次なる罠が襲いかかる。
「!!」
天井に穴が開いたかと思えば、飛翔してくる鋭く尖ったオブジェクト。人間ひとり串刺しにするなど容易い大きさの槍が、まるで雨あられのように襲いかかってくるのだ。
「うわぁ、ガチやん!?」
「けっ、こんなの……」
確かに殺意は感じるが、この程度かわしきれないようではここに足を踏み入れる資格はない──そういうことだろう。実際三人は、難なくそれらを避けきっていた。
そして余裕があるおかげで、勝己はまた単語が刻まれていることに気がついた。今度は、"tes"。
「お、終わったかな……?」
「槍はな」
「!」
間髪入れず、次なる罠。西洋鎧で全身を覆った騎士が暗がりから現れ、長剣を手に襲いかかってきたのだ。
「えっ、誰この人!?」
「さあな。アルバイトの人間では、なさそうだっ」
動作に人間味をいっさい感じない。刃をかわしたところで勝己が肩口に蹴りを入れると、装甲は容易く吹き飛んだ。──そこには、何もない。
「ほらな、空洞だ」
「さまようよろいやん……」
「うむ、さっさととどめを刺すぞ」
ゲームにまったく造詣のない炎司にはお茶子のイメージは伝わらなかったが、それはともかくとして。
三人の容赦ない連続射撃を浴びて、鎧は爆発──粉々に砕け散った。
「行くぞ」
再び、歩き出す。──と、程なく岩と砂のほかには何もない洞窟に不似合いな光景が飛び込んできた。透明なガラスに覆われた真紅のオブジェクト。そして、
「死柄木……!?」
仰向けに倒れた人影を認めて、三人は駆け寄った。固く閉じられた瞼が、伸びた白髪の隙間から覗いている。一瞬命の心配をした彼らだったが、幸いなことに規則正しい呼吸を繰り返していた。
「寝てる……だけ?」
「だけということはあるまい。最後の罠にやられたか」
「………」
「どしたん、爆豪くん?」
お茶子の問いに対し、勝己はある方向を指差した。そこにある岩壁には、第三の単語──"fers"。
「え、英単語?」
「フランス語だボケ。さっきからそこかしこに刻まれてる。合わせると、"Brise tes fers"……だとよ」
「……"足枷を外せ"、か」
この透明な檻に封じられた伝説の銃──"ルパンマグナム"を手に入れるための、カギとなる言葉であることに間違いはない。弔が気を失っていることとも、関係はあるはずだ。
「どう、するの?」
「決まってンだろ」
そして、
「え……?」
呆気にとられるお茶子。岩と砂塵に覆われた洞窟にいたはずが、そこは住み慣れた自宅のリビングだった。服装も、快盗のそれではなくなっている。
「何これ……どういう──」
「──お茶子?」
「!!」
決して忘れることのない声に振り向けば、そこには壮年の男女の姿。ふたり──とりわけ女性は、顔立ちがお茶子によく似ている。
それもそのはずだった。
「お母ちゃん……お父、ちゃん……?」
自宅で目を覚ましたのは、炎司も同じだった。
「……む、」
お茶子と異なり、経験に富んだ彼はこの光景が幻夢の類いであることを即座に見抜いた。ただ、この先に何があるのかまでは読めない。夢を見せて終わりでないことはたしかだが。
幸い身体は現実と遜色なく動いたため、炎司はそのまま屋敷の廊下を進んでいった。──と、居間のほうから声が聞こえる。複数人が、賑やかに談笑しているような声。
(……なんだ?)
このような声、現実ではついぞ聞いたことがない──他ならぬ、自身のせいで。
気づけば炎司は、そちらに誘い寄せられていた。交わる声に惹かれるまま、襖を開く。
「あ、親父」
「……!」
子供たちに、入院している妻──死んだはずの長男の姿もある。
それに、
「焦、凍……?」
「おう」
一度たりとて見せたことのない微笑を浮かべて、末子は応じた。
そして、爆豪勝己。彼だけは、他のふたりとは様子が違っていた。
(……ンだ、ここ?)
見慣れぬ教室。それも、つい半年ほど前まで在籍していた中学校のそれとは広さもデザインも質の異なる。
さらに服装も、着たことのない制服へと変わっていた。グレーを基調としたジャケットに、濃紺のボトムス。──雄英高校の制服だ。志望校として幾度となく調べたから、そのデザインは脳に刻み込まれている。近い将来、纏うことになると信じて疑わなかった。
ならばここは、その雄英の教室か。──そこまで確信をもって、勝己は鼻を鳴らした。もはや現実ではありえない、そんなこと。
「かっちゃん?」
「──!」
柔らかなその声を、聞くことだって。
「……デ、ク」
デク──緑谷出久の姿が、たしかにそこに存在した。それも、勝己の知るままの出久ではない。雀斑の散ったまろい頬や楕円形の大きな瞳こそ相変わらずだが、身長が伸び、細く折れそうだった体躯は随分と厚みを増しているように見えた。
何より、その服装──ジャンプスーツというのだろうか。ディープティールのそれは、明らかにヒーローコスチュームを意識したもので。
「どうしたの、かっちゃん?早く着替えないと、次の演習に遅れちゃうよ」
「……ッ、」
やはりこれは、現実ではない。現実のデクが雄英に進学することも、ましてこんなふうに親しげに声をかけてくることも絶対にない。──これは、悪夢だ。ルパンマグナムを守る最後の罠が、自分に悪夢を見せている。
「……こんなモンに、引っかかるかよ」
念じれば、手元にVSチェンジャーが現れる。もしも雄英に進学していたとしたら、持っているはずのない武器。
その引き金を、勝己は躊躇なく引いた。
*
『……ムラ、トムラぁ!』
「……ん、」
必死の呼びかけと頬に刺さる軽微な痛みによって、昏睡に沈んでいた死柄木弔はようやく覚醒した。わずかに露となった赤目を動かせば、そこにはグッドストライカーの姿。
『よかったぁ……死ぬかと思ったゼ、いろんな意味で!』
「……?、あぁそう」
言っている意味はあまりよくわからなかったが、いずれにせよ追及している場合ではなかった。
「!、こいつら……なんでここに?」
すぐ目の前にあった勝己たちの姿に、弔は当惑した。ただそこに居るからではない。──まるで時を止められてしまったかのように、彼らは立ち尽くしたまま硬直していた。
『オイラが呼んだんだ!トムラ、ピンチだっただろぉっ!?』
「別にピンチって程じゃないけどさァ……まあいいや」
だが、彼らもこうして同じ罠にかかった。彼ら三人に、果たして罠を破ることができるか。"それ"のために夢や地位を捨てて快盗の道を選んだ、愛すべき同志たちに。
四方八方に弾丸を撃ち込んでいたのは、勝己だけではない。お茶子も炎司も、躊躇うことなく同じ行動をとっている。家族に囲まれ、ありふれた幸福に覆われたこの幻夢の世界から、現実へ戻るために。
しかしこの夢は、どうあっても彼らを逃がしはしなかった。光弾はことごとく空間の歪みに吸い込まれ、消えていく。
「なんで?幻が消えない……!」
お茶子が、
「ッ、どうすれば、ここから出られる……?」
炎司が、必死に思考を巡らせる。
だが幻夢は、彼らに謎解きなど求めてはいなかった。
お茶子の両親が、炎司の末の息子が──両腕を広げて、目の前に立つ。無論、勝己の幼なじみも。
「!、"足枷を外せ"……そういうことか……!」
「そんな……お母ちゃんとお父ちゃんを、撃てってこと……!?」
堕ちてまで取り戻したかったものを、目の前にぶら下げておいて。
理不尽に耐えがたい怒りと哀しみを覚えながら──それでも彼らは、銃を向けた。これは幻だ、本物ではない。そんなもの、消し飛ばしてしまえ。
震える指が、いよいよ引き金を引こうとしたそのとき、
「「お茶子、」」
「親父、」
「……!」
──もう、自分たちのことはいいから。
微笑とともに放たれた言葉は、
「……撃てるわけ、ないやんか……!」
たとえ、幻であったとしても。
「この光景を壊す権利など……俺には……」
両手から、力が抜ける。──グリップが、掌からすり抜けていく。
そのまま彼らは銃の落下を許し……ルパンマグナムを手にする資格を、永遠に失った。
世界が砕け散り、虚無の暗闇の中で無数の銃弾が四方八方から降り注ぐ。ふたりは全身を蜂の巣にされ、意識をも暗闇に閉ざされた──
幻夢の世界とリンクするように、現実の世界でも変化が起きていた。
時間停止に遭ったかのように立ち尽くしたまま硬直していた三人──そのうちふたりが、糸の切れた人形のように倒れ込んだのだ。
『ああっ!?エンジ、オチャコ〜!』
悲鳴のような声をあげるグッドストライカー。先ほどまでの弔と、まったく同じ状態。
「"Brise tes fers"……取り戻したい大切なものが、時に自分にブレーキをかける」
「……わかっちゃいるけど、撃てないよな。やっぱり」
哀愁のにじむ声音とともに、弔は残るひとりを仰ぎ見た。ある意味最も激しい執着と後悔を抱いている少年。彼が選ぶ道は、どちらか。
いずれにせよ、地獄へと通じていることには変わりないのだが。
──幻夢の中の勝己は未だ、銃をおろしてはいなかった。
「かっちゃん」柔らかな声。「僕なんかのために、きみがつらく苦しいだけの道を選ぶことなんてない。きみはいつだって凄いやつで……だから、いつだって明るい道を、胸張って歩いてなきゃ駄目なんだ」
「………」
「大丈夫、──きみは、ヒーローになれるよ」
「……!」
その瞬間、ある青年の言葉が、脳裏をよぎった。
──もうやめろよ快盗なんて!こんなやり方、絶対間違ってる……!
──おめェらは一体、なんのために戦ってんだ!?打ち明けてくれりゃ、俺らなりに力になれるかもしれねぇ!
──おめェは、ちゃんとヒーローだよ。
銃を握る手が、静かにおろされた。
ただ、
「……は、……はは………ははははは……っ!」
その笑い声はまぎれもない、勝己自身のものだった。自分ですら抑えきれないそれは、やがて哄笑へと変わる。涙がにじむほどに笑ったのは、いつ以来か。自分自身、まだこんな笑い方ができたのかと、驚くほどに。
ひとしきり声を搾り出してから、勝己は改めて出久に向き直った。宝石のようなエメラルドグリーンの瞳に薄い涙の膜が張って、ゆらゆらと揺らめいている。そこに映る自分の姿は、光の屈折で醜くゆがんでいて。いつの間にか服装も、快盗のそれに戻っていた。
「……そうだよな、てめェ
緑谷出久の心は、混じりけのない善意でできている。それが勝己には理解できず、悍ましくてたまらない。きっと未来永劫、変わらない感情。
──それでも、
「もういいんだ、デク」
「ヒーローより、何よりずっと──俺、快盗向いてンだわ」
言い切るのとほとんど同時に、勝己は引き金を引いていた。放たれた弾丸は出久の身体を衝撃によって後方へ吹き飛ばす。
「……だから、誰がなんと言おうが関係ねえ。俺ぁ俺のやり方で、デクを取り戻す」
俯せた屍、広がっていく血溜まり。それらを冷たく見下ろしながら、勝己はそう言明したのだった。
*
勝己が引き金を引いたのと時を同じくして、現実世界ではルパンマグナムが光を放っていた。
「!」
弔の目の前でその輝きが爆ぜ、透明な檻を粉々に破壊する。──程なく、彼ら三人の意識が戻った。
「ッ、あ、あれ……?」
「戻ってこられたのか……──!、檻が……」
「………」
剥き出しになったマグナムを、勝己が手にする。その背中からは一瞬、何人も一歩たりとも踏み込めないような閉ざされた感情が伝わってくる。
(俺の勝ちだ、アルセーヌ)
そのときだった。光の渦の向こうに、大いなる人影が浮かび上がったのは。
『快盗としての覚悟、しかと見せてもらった』
「!」
『あ、アルセーヌ!』
『僕の愛用のコレクション、きみに預けるとしよう』──そう告げて、アルセーヌ・ルパンは再び姿を消した。
「……言われんでも、貰い殺すわ」
鼻を鳴らしつつ、躊躇なくグリップを掴みとる。この瞬間、ルパンマグナムの新たな所有者は爆豪勝己と定まった。
──それは、洞窟の崩壊という新たな災厄をもたらすことにも繋がったのだが。
「え、ちょっ……何事!?」
「……ここも用ナシってワケか。ハァ」
切迫した状況に不釣り合いなため息混じりに、弔が踵を返す。三人、そしてグッドストライカーもそれに続いた。この洞窟にもう用が無いのは、彼らもまた同じだった。
*
同じ頃、ルパンマグナムの匂いを追ってきたケルベーロ・ガンガンはようやく洞窟付近にまで到達していた。
「この辺りかァ……どこだァカワイコちゃん?」
『バウバウバウッ、バウルッ!!』
「って、ち、近づいてくる?」
どこだ、どこだと辺りを見回すケルベーロ。しかし彼がまったく意識を向けていない方向がひとつだけあった。──なんの変哲もない、岩壁。
それがなんの前触れもなく粉々に砕け散り、破片が降り注ぐのは予想の埒外だった。
「なッ、なんじゃあああああ!!?」
慌ててその場を離れるケルベーロに対し、瓦礫のむこうからは四つの人影が飛び出してくる。全員、銃を所持している──赤服の少年に至っては、二丁。
「はあ……セフセフ」
「……わざわざ崩落させる意味もわからんが」
「まァ、カッコから入りたがる人だから。──ん?」
そこで敵の存在に気づいたのだろう、四人──快盗たちは一斉に身構えた。
「見つけたぜぇッ、カワイコちゃん!!」
「カワイコちゃん?」
「はっ!もしかして……」
ぱあっと目を輝かせるお茶子だったが、その期待は弔によって即座に否定された。
「違げーよ。こっち」
「あ?」
ケルベーロの視線は、勝己──の、手元に注がれている。ルパンマグナム、伝説の銃に。
「ってかこのギャングラーの声って……炎司さんに似てない?」
「何?」
「あァ、声優カブってんのかってくらいそっくり」同調する弔。
「ア゛ー?なにワケわかんねえこと言ってやがる!?」
どちらかというと隣の赤い少年を想起させる口調のケルベーロに、炎司は顔を顰めた。
「……俺は、こんな声か……」
「どーでもいいわ。──おいイヌ野郎、ンなコイツが欲しいかよ?」
「正確には地獄の番犬!……ゴホンっ、超欲しいに決まってるだろーが!!」
「はっ、そーかよ」
「──欲しけりゃ、それなりの覚悟見せろや!!」
その言葉が合図となった。VSチェンジャー、Xチェンジャーを構え、
「「「「快盗チェンジ!!」」」」
『レーッド!0・1・0──マスカレイズ!』
『Xナイズ!』
『快盗(X)チェンジ!』
四人の身体が銃口から放たれた光に包まれ、ギャングラーと戦うための姿へと変わる。
その名も、
「ルパンレッドォ!!」
「ルパンブルー……!」
「ルパンイエロー!」
「ルパン、エックス」
──快盗戦隊、ルパンレンジャー。
「予告する。──てめェのお宝ァ、いただき殺ォす!!」
「ヘッ!お宝いただくのはこのケルベーロ様だァ!!」
走り出す快盗、迎え撃つ地獄の番犬。戦塵舞う死闘の火蓋が、いよいよ切って落とされた。