紅葉香る白昼、街は阿鼻叫喚に覆われていた。
逃げまどう人々。その最後尾から数メートルほど距離を置いて、悠々と闊歩する異形の姿があった。
「ハーッハッハ!邪魔や邪魔や、邪魔やど人間どもォ!今からここは、オレの縄張りやど〜!」
貝殻を縫いつけたような胴体に、首から上は骸骨のような意匠。それが頭部かと思いきや、さらに小さな髑髏が上につながっている。この超常社会もの怪物じみた異形型の人間は相当数存在するが、そのどれにも当てはまらない不気味な姿である。
それもそのはず──彼は突如として異世界から現世に侵攻してきた怪人集団・ギャングラーの構成員であった。鳩尾で存在を主張する金庫が、その証拠。
そしてこの世界の治安維持の要、ヒーローたち。ギャングラーに対しては劣勢を強いられながら、この突如として現れた脅威に対しては全力で立ち向かっていたのだが……何故か今、ことごとく街から姿を消している。殺されたのではない、ほんとうに影ひとつ存在していないのだ。
──だが、ヒーローたちとは別に。ギャングラーと戦う者たちもいる。
「あイタっ!?」
その存在を誇示するかのように、投げつけられたキャッツカードが怪物の胸元に突き刺さる。
「勝手なこと言ってんじゃねーよ、他所モン」
「貴様が、ヤドガー・ゴーホムだな?」
それぞれ赤青黄、燕尾服やドレスを纏った仮面の人間たち。その姿、ヤドガー・ゴーホムには見覚えがあった。
「ホムッ、お前らもしかして!?」
「ご推察の通り!」
「「「──快盗チェンジ!!」」」
ダイヤルを回し、引き金を引く。そして跳躍した次の瞬間には、彼ら"快盗"は変身を遂げていた。
「ルパンレッドっ、オラァ!!」
「ヤドっ!?」
「ルパンブルー……!ふっ!」
「ガゴッ!!?」
「ルパンイエロー!とりゃ!」
「ホムぅッ!!??」
「「「快盗戦隊、ルパンレンジャー!!」」」
三人の同時攻撃をまともに浴び、ヤドガーは弾き飛ばされた。
「予告する、てめェのお宝……いただき殺ォす!!」
「~~ッ、ぽ、ポーダマン!」
慌てて配下の戦闘員をけしかける。十数体にも及ぶ同型の怪人たちがどこからともなく姿を現し、ルパンレンジャーを取り囲んだ。
「けっ、毎度毎度時間稼ぎしやがって」
「秒で片付け殺しちゃお!」
「油断するなよ」
常人に対しては恐るべき脅威であっても、彼らにかかればその程度の認識。実際、降り注ぐ銃弾の嵐を巧みに避け、あるいは弾き飛ばしながら、彼らはポーダマンに肉薄している。
そこに、彼らとは似て非なる戦力部隊が現着した。
「げ、先越されちまった……!」
「快盗……相変わらず手が早い」
「死柄木くんもいないのに……。やむをえん、俺たちもいくぞ!」
──警察チェンジ!
快盗に対する、警察。警察戦隊パトレンジャー。対ギャングラー国際機関である国際警察の一員である彼らもまた、負けじと戦場に飛び込んでいく。
「動くな、ギャングラーに快盗ッ!」
「国際警察の権限において──」
「──実力を行使するッ!」
パトレンジャーにとってギャングラーは殲滅対象だが、ルパンレンジャーも打倒すべき存在には違いなかった。強敵を前に手を組むことはあるが、慣れ合うことはない。
「おめェら、なんで通報受けてる俺らより早ぇんだよ!?」
「ア゛ァ?てめェらがチンタラしてっからだろ、カス!」
「何をを……!」
こんな調子である。尤も、その銃口や刃先はギャングラーにのみ向けられている。事情を知らぬ者が見れば、共闘しながら口論しているとしかとれないだろう。
「チッ……とっとと片付けるか」
警察を制御できる"四人目"がいない以上、のんびりしていては獲物を警察に奪われかねない。業を煮やしたルパンレッドは、先日入手した"伝説の銃"──ルパンマグナムを構えた。その銃口をポーダマンに向け……引き金を、引く。
「!」
慌てて銃剣で防御姿勢をとる、標的にされたポーダマン。これが通常の武器なら、彼のもつ武器で弾くこともできただろう。
だが次の瞬間、驚くべきことが起きていた。
「………」
銃剣は弾丸の命中したところで真っ二つに折れ、標的のポーダマンの身体には風穴が開いていた。既に絶命した身体がばたりと倒れ落ちる。──それどころか弾丸は、彼の背後にいた複数体の身体をまとめて貫通していたのだ。
「!、マジかよ……なんつー威力」
「はっ、てめェも喰らってみるか?ヒーロー崩れ」
「……!」
銃口を突きつけられ、パトレン1号──切島鋭児郎は身体を強張らせた。あの尋常でない威力……直撃すれば警察スーツ、さらに個性で比喩でなく身を硬くしても耐えきれるかわからない。それに同じ人間同士であっても、いざとなれば彼は躊躇なく引き金を引くだろう。
──だが、今はそのときではなかった。目の前に、
「やるでねえか……!だが誰も、このヤドガー様の邪魔はできねえんやど!」
ヤドカリのような鋏の手を構えるヤドガー。同時に、胴体の金庫が鈍い光を放つ。
「来るぞ、レッド!」
「……チッ」
その金庫の中に何が入っているか──快盗は知っていて、警察は知らない。その差が、彼らの命運を分けた。
「喰らうやど!」
ヤドガーの周囲にブラックホールが出現し、
「ぐあっ!?」
次の瞬間、パトレンジャーはヤドガーの鋏による攻撃を浴びていた。距離があるにもかかわらず──しかも、四方八方から。
「ッ、く……!なんだ、これは……!?」
「ヤツのコレクションの力か……!」
「──"Atteindre pour toucher"……空間を繋ぐコレクション」
「もう、知らなかったらっ、避けらんないよ!」
空間を繋げることで、鋏を遠距離にまで届かすことができる──知らなかったら避けられないとイエローは言ったが、逆に言えばタネがわかればそう厄介な攻撃ではないということ。
快盗たちには容易くかわされ、警察たちも適応しつつある。ヤドガーは焦った。この連中、手を組んだ際にはステイタス・ゴールドすら葬り去ったと聞く。──もう、潮時か。
「なら、
言うが早いか──ヤドガーは鋏ではなく、不思議な虹色の光線をホールめがけて照射した。予想の埒外にあるその光の束は、両戦隊の面々を逃さず呑み込んでしまう。
「……!?」
痛みや熱は襲ってこない。しかし、異変はその直後に起きた。まるで強力な衝撃を受けたかのように、
「な……」
「なんだこりゃあああああ!!?」
「うわあああああ──ッ!!」
そして彼らは、あらぬ方角へ消え……否、"あらぬ"ではなかった。行き先は、彼ら自身がいちばんよく知る場所だったのだ。
それを最初に認識したのは、切島鋭児郎だった。
「──痛でッ!……え?」
見覚えがある……どころではない光景。六畳間に暑苦しいポスターやトレーニンググッズが所狭しと並べられており、組立式のベッドの上には読みかけの漫画本が転がっている。
「……お、俺の部屋?」
──鋭児郎だけではない。他の面々も同様だった。
「なぜ自宅に戻されているんだ!?」
「うわ、テレビつけっぱだった……」
「な、何?なんで私たちジュレにいるん?何が起きたん!?」
「ヤツの能力か……」
「いやどんな能力!?……ってか、レッドは?」
ルパンレッド。彼はただひとり、戦場に取り残されていた。
「なっ、なんで貴様はゴーホームしないやど!?」
「知るかボケ」
突き放すと同時に、容赦なくルパンマグナムの引き金を引く。光弾が突き刺さり、ヤドガーは悶絶した。
「ぎゃああ!?こ、この……っ!」
再び虹色の光線を浴びせるが、やはり効果がない。理由はわからないが、よりにもよっていちばん厄介なヤツが残ってしまった──他の誰かなら、一対一の勝負で圧倒できたかもしれないのに。
「こうなったら、最終手段やど!」
「!」
新たな攻撃の予感に、身構えるレッド。しかしヤドガーはその斜め上の行動をとった。放出した光線を、空間を繋げて自分自身に浴びせたのだ。
「な……てめェ!?」
「バイバイやど~~」
そのままいずこかへ飛んでいくヤドガー。撃ち落とそうにも、その速度が尋常でないために追尾が間に合わない。あっという間に白雲の谷間に消えていく異形の姿を見送りながら、レッドは歯噛みするほかなかった。
*
警察戦隊隊員三名、本日二度目の出勤である。
国際警察の単身寮に住んでいる飯田天哉、すぐ近くのマンションに部屋を借りている耳郎響香はいいとして、通勤に片道一時間弱かかる鋭児郎は大変な思いをする羽目になった。移動の間、新たな事件が起きなかったことは不幸中の幸いか。
「無理やり帰宅させられるビーム?ははっ、ヘンなギャングラー」
唯一その場にいなかった客分、死柄木弔が乾いた唇をゆがめて笑う。実際、耳にしただけでは珍妙極まりないと思うほかない。
「まあ、家に帰されるだけだから、ウチらにダメージはないんだけどさ」
「とはいえ、現場から引き離されると戦えなくなってしまう」
「……なるほど。ま、戦えないんじゃ倒せないしなァ」
「行く手に地雷でもセッティングする?」と、本気か冗談かいまいち判然としない口調で言い放つ弔。彼の伝手を使えば実現不可能ではない気もするが、ヤドガーの行き先がわからず、市街地での再戦が想定される以上その話に乗るわけにもいかない。
「ま、それは置いとくとして。──考えがないわけじゃない」
塚内管理官の言葉に、弔を除く三人は居住まいを正した。
「切島くん。お願いがあるんだが」
「!、うっす!」
「アパート、引き払ってもらえないか?」
「うっす、お安い御よ……って、ええぇッ!?」
職務上の命令としてはあまりに傍若無人な言葉に、鋭児郎は盛大に仰け反った。驚愕は当人ばかりでなく、仲間たちにも伝播する。弔だけは案の定、「
「ど、どういうことっスか!?」
「いや……帰る家がなければ、トバされることもないんじゃないかと思ってね」
「あー……そういう」
「しかし管理官、切島くんも我々もひとり暮らしで実家が別にあります!あの光線が何を基準に我々を飛ばしているかはわかりませんが、アパートを退去したところでかえって状況が悪化しかねないのでは!?」
次の戦場がどこかにもよるが、万が一実家に帰らされたら復帰に余計時間がかかる。三人とも首都圏出身なのでまだマシだが。
無論、塚内もそれは考慮していた。
「わかっている。──だから今、持ち運び式のテントを用意させている。背負えるタイプのやつ」
「……つまり、家が背中にあれば飛んでいかないと?」
「まあ、希望的観測ではあるけどな」
とはいえ、弔の言ったような方法でもない限りやってみるしかないだろう。失敗しても自宅とみなされた場所に飛ぶだけなら、リスクは小さい。
「う~……」
理屈としては納得した鋭児郎だったが、彼にしては珍しく難渋していた。それはそうだろう、棲み家を今すぐ捨てろと言われて、頷ける現代日本人が何人いるか。
「塚内管理官!いくらなんでもそれは酷ではないでしょうか!?それならば、単身寮に住んでいる私にお命じください!万一戻れなくとも、私なら実家から通うこともできますので!」
「……確かに、今回は飯田のほうが適任じゃないですか?なんで切島に?」
部下の疑問に対し、塚内は意外な答を持ち合わせていた。
「それなんだが、実は単身寮の部屋がひとつ空いてね。──切島くん、ここの近くに引っ越しを検討してると言ってたろ?」
「!、それって……」
「事件解決後、きみが入居できるよう取り計らわせてもらう。どうかな?」
「!!」
塚内直正──実に良い上司であった。その証拠に、鋭児郎の表情はおもしろいほどに一変した。ぱあっと笑みを浮かべ、目には涙さえ浮かべている。
「管理官サイコーっす!切島鋭児郎、喜んで任務にあたらせていただきまっす!!」
これ以上ないほどの最敬礼を見せると、早速準備に取り掛かるべくタクティクス・ルームを飛び出していく鋭児郎なのだった。