(若干クウガ味?かも)
──フランス・パリ シャルル・ド・ゴール空港
人々が個性と呼ばれる特殊能力をもつようになる以前──世界大戦ないし戦後に活躍した英雄の名を冠したこの空港に、この日特別な一団の姿があった。
「お待ちしておりました!」
あらかじめ連絡を受けていた保安検査員の敬礼に、"彼"も敬礼で応じた。病的なまでの痩身──しかし背丈はその場にいる誰よりも大柄で、もとは体格が良かったのではないかと窺わせる。
「申し訳ありませんが、規則ですので……」
「わかっているよ」
にこやかに応じて、危険物探知機を通る。次いで、彼の秘書という男も──
「あ、あの──」
「?」
思わず呼び止めてしまったのは、彼が顔を仮面で覆っているからだ。身分がはっきりしていなければ、不審人物と判断していたかもしれない。
しかし随行者である以上、無碍には扱えない。そのまま探知機を通ってもらったが、特に引っ掛かることはなかった。
「
「
検査員に見送られ、そのままVIP用のラウンジへ向かっていく男たち。たてがみのような金髪の"彼"──その随員の中でも、傍らに控える仮面の青年だけは特別な地位にいるようだった。
「日本へ帰るのは、久しぶりだよ」
「………」
「そうだろう、キミも」
言葉はない。ただ……仮面の下で、くつくつと嗤う声だけが響いているのだった。
*
「はよーっす!いつもながら早ぇなあ、飯田」
聞き慣れた陽気な声に、食事に集中していた飯田天哉は顔を上げた。そこには、思った通りの赤髪の青年の姿があって。
「うむ、おはよう切島くん!」
向かいに座り、「いただきます!」と威勢よく声をあげる切島鋭児郎。こういう明るく朗らかな性質を明らかにしているところに、常ながら好感がもてる。彼がこの単身寮に引っ越してきてからというもの、天哉は鋭児郎との距離がさらに縮まったように感じていた。
「ここでの生活には慣れたかい?」
「おう、もうバッチリだぜ。みんな良くしてくれるしな!」
「そうか、それは良かった!」
そもそもこの青年、正式に出向が決まる前から既に国際警察に馴染んでいた。ここに居住しているのは日本支部に勤務する若手職員が中心なのだから、彼が歓迎され可愛がられるのも当然と言えよう。
歓迎、といえば。
「そういえば、今日だったな」
「あ、そっか……。最初聞いたときはマジでびっくりしたよなぁ」
──"それ"を聞かされたのは今から一週間前、ヤドガー・ゴーホムの事件があった翌日のことだった。
「長官が……来日!?」
上司から突然告げられた事実に、パトレンジャーの面々は驚きを露にせざるをえなかった。
「ああ、急遽決まった異動だそうだ。一週間後に来日し、そのまま日本支部長を兼ねる人事だと」
「そんな、また急な……。だいたい長官が支部長を兼務なんて、前代未聞じゃないですか」
「元々兼任されているフランス本部は、どうなさるのですか?」
「そちらは当面次長が代行するらしいが……正直俺も、詳しいことはわからないんだ。何せ話があったのは昨夜だから」
「……マジで急だ」
理由は訊かずともわかる。ギャングラーの関与が疑われる事件の七割強が日本で発生しており、幹部級と思しき存在も確認されつつある──そのような中で、一気に状況を打開しようというのだろう。
「そうなると……我々は?」
いちばん気にかけるべきはそこだった。上層部が体制の変革を望んでいるなら、警察戦隊の陣容も変わる可能性は否定できない。人員増なら歓迎だが、メンバーの入れ替えということも考えられる。少なくとも戦闘員は、VSチェンジャーの数がそのまま定員なのだから。
「警察戦隊については、管理官である俺も含め特に内示は出ていない。先のことはわからないが……暫くは、お手並み拝見というところなんだろう」
「そう、ですか」
「まあ、上が少しごたつくことは覚悟しておいてくれ。無論、きみたちの職務に支障が出ないよう努力はする」
──そう、今回のことでいちばん大変なのは塚内だ。上層部のイデアルと、現場のリアルを調整するのが彼の仕事。人が変われば、それも振り出しだ。
にもかかわらず、塚内の顔にはどこか柔らかな感情が滲んでいた。懐かしい旧友との、再会の日が近づいているかのような──そんな表情だった。
「──そういえば今回の件、死柄木も寝耳に水っつってたな」
戻って、現在。
長官直属の特別捜査官である死柄木弔。国際警察の内情に詳しい彼でさえまったく知らなかったとなると、よほど急遽決まったことなのかと鋭児郎は推測する。
一方で天哉は、何か複雑な心境で"死柄木"の名を捉えたようだった。
「死柄木くんか。……彼は一体、何をどこまで知っているんだろうな」
「……飯田?」
存外に他者の機微に敏い鋭児郎が不安げな表情を浮かべたことに気づいて、天哉は慌てて笑顔をつくった。
「あぁ、すまない。彼のことを信用していないわけではないんだ、ただ……」
ゼロかイチか、好か悪か──二元論で物事を考えてしまうこの性格。悪癖だと自覚してはいるのだけれど、なかなか治せないのが天哉青年の悩みの種だった。
*
「っくしゅん!」
噂の死柄木弔がくしゃみをしたのは、鋭児郎たちがそんな話をしている頃だった。
「チッ、
途端、気遣いの欠片もない罵声を浴びせてくる少年。弔は彼と同じ赤眼でじろりと睨めつけた。
「風邪じゃねーし。つーか爆豪くんさァ、マジできみ蛮族みたいな台詞しか吐かないよなァ」
「ア゛ァ!?殺すぞ」
「この数秒で二連発かよ」
どちらがというより、互いに喧嘩を売り買いしているふたりである。といっても暴力沙汰にまで発展したことはないが、今は不毛なやりとりを続けているようなときでもない。
「いつまで脱線しているつもりだ。──それでその長官殿は、何をしに日本へ来るんだ?」
表向きこの喫茶店の店長──轟炎司の問いに、弔は肩をすくめてみせた。
「体制強化……まァ、表向きはそんなトコだろ」
「表向きでないほうを訊いているんだが」
「わかりゃ苦労しないよ、あの男の考えてることなんか」
忌々しげに吐き捨てる。長官の後ろ盾を得て自由に動いている弔だが、少なくとも彼のほうは心服しているわけではないらしい。
「……ならば質問を変えるが、貴様のことはどこまで知られている?勘付かれている、と言い換えても良いが」
「……さァ。慎重にやってきたつもりではあるけど」
「どこがだよ」
毒づく勝己を弔は睨みつけたが、実際彼の振る舞いは信用を得るためのものではなかった。今でこそ"ダチ"と認めあうまでになっているが、当初はあの切島鋭児郎のことさえ怒らせてしまったのだから。
「貴様の正体を察知したうえで、泳がせているという可能性は?」
「………」
沈黙は是。少なくとも彼らの間では、そういう認識だった。
*
シャルル・ド・ゴール空港を出発した旅客機は、現在東へ向かってユーラシア上空のフライトを続けていた。
「………」
書籍を読みふけっている痩せた金髪の男。その隣に座る仮面の青年はというと、両耳にイヤホンをしてじっと息を殺している。眠っているのか起きているのか、その姿からは判然としない。
一方、彼らのいるファーストクラスの最前列。怪しげな挙動を見せる男の姿があった。
「お客様、どうなさいましたか?」
訝るキャビンアテンダントが声をかける。それを合図とするかのように──男は、猛然と立ち上がった。
「どうもしてませんよ……──これからするがなァ!!」
男の身体が風船のように膨らみ……弾ける。その中身は、キツツキと人間を掛け合わせたがごとき異形の姿をしていた。悲鳴をあげる人々、その中から同じように皮を脱ぎ捨てる者たちが現れる──ポーダマンだ。
つまりこのキツツキ男は、ギャングラー。胴体に嵌め込まれた金庫がそれを証明している。
「静かにしろ人間ども!……この旅客機は我々が乗っ取った!」
「……!」
そう宣言したギャングラーは、まずポーダマンを使って乗客たちを沈黙させた。
そして彼らを見張りとしてその場に残すと、声をかけてきたキャビンアテンダントを脅して機長室まで案内させた。
「邪魔するぞ、機長!」
「!?、なんだきみは、今すぐ出てい……ヒッ!?」
長剣を喉元に突きつけられ、すくみ上がる機長。己の優位を確信し、ギャングラーはくつくつと下卑た笑い声をあげた。
「私はギャングラー、ペッカー・ツェッペリン」
「ぎゃ、ギャングラー……!?」
「最寄りの空港の管制塔へ繋げ」
人間のヴィラン相手ならまだしも、このハイジャッカーはギャングラーを自称している。世界の秩序さえ揺るがす破壊者を前に、機長は一もニもなく従うほかなかった。
*
──国際警察長官が搭乗する旅客機が、ギャングラーによってハイジャックを受けた。
その報は旅客機の現在地の最寄り──トルコのイスタンブール空港から国際警察中東支部を介し、四半刻のうちに日本支部まで届けられた。
「それで、ギャングラーの要求は?」
塚内管理官の問いに、中東支部の陸戦部隊長──イスハーク・アル=アルスランが応じる。
『国際警察の保有するルパンコレクション、そのすべて……だそうだ』
「……!」
やはりか。塚内はぎりりと歯を食いしばった。国際警察を相手に要求をぶつけてくるとするなら、金品の類いでないことは想像がつく。
「……その便の現在地は?」
『ヴァン県、イラン国境付近を飛行中。……ただでさえデリケートな地域だというのに、尚更手が出せんよ』
「……そうだな」
──何せ、人質は長官なのだから。
『回答期限はちょうど十二時間後、そちらの時間で午後十時。おまえたちの戦力部隊で対処するなら……ぎりぎりの時間だな』
獅子に似た風貌でぐるると唸りながら、アルスランは苦渋の表情で告げた。このまま旅客機が航路を東進してくるとするなら、日本海に差し掛かるかどうかという頃である。それより前──国境を越えるとなると、各支部と多大な調整が必要となる。このアルスラン隊長とは旧知の仲であるから協力は可能だが、すべてがそうではないのだ。縄張り争いは、如何なる組織にもありうる。
『ともかく実力行使はできないが、可能な限り協力はしたいと考えている。また状況が動けば連絡する、そちらからも何かあれば遠慮なく言ってくれ』
「……ありがとう、イスハーク」
いったん通信を終え──塚内は独り、深々とため息をついた。警察戦隊始まって以来……というほど歴史はないが、とにかく最も厄介な難事件だ。
(それに……なぜギャングラーは、長官がその便に搭乗するとわかった?)
偶然であるはずがない。旅客機をジャックしたギャングラー、ペッカー・ツェッペリンは間違いなく、僥倖ではなく計画的に長官を切り札としている。ならば当然、彼の来日を事前に知っていなければならない。
(……やはり、情報が漏れている)
以前のことといい、それしか考えられない。ならばいったい誰が──浮かび上がった疑念を、塚内は振り払った。今は目の前の問題への対処が先だ、隊員たちに状況を伝達しなければ。