麗日お茶子はぼうっとベンチに腰掛けていた。川べりゆえに、遮るもののない初冬の風が冷たく頬を撫ぜる。それでも彼女は、この場から動くことができずにいた。
(……もしバレちゃったら、どうしよう)
当然、今まで通りにジュレの営業を続けることはできず、どこか文字通りの隠れ家にでも潜みながら活動を続けることになるだろう。夜逃げと軽く言ってきたが、それはアンダーグラウンドへの永久の逃避に他ならない。これまでの日常はもう、二度とは戻ってこないのだ。
日常──そう、ジュレでの日々は既に、彼女にとってそう呼ぶにふさわしいものとなりつつあった。無論、父の病を癒し、会社を立て直すという願いはかなえたい。しかしそれに劣らぬくらい、彼女は仲間たちとの今の生活を大切に思いはじめている。
勝己や炎司とはきっと性質の異なるであろう不安を吐き出すように、深いため息をついたときだった。
「麗日くん?麗日くんじゃないか!」
「!」
聞き覚えのあるしっかりとした声に顔を上げると、大柄な青年がこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
(飯田、さん……)
飯田天哉──宿敵、パトレンジャーのひとり。今不安の根を形づくっている存在に、思わず腰が引けて逃げ出したくなる。
しかし警察に情報が伝わっているかどうか、確かめる好機でもあった。天哉は正直、誠実が服を着て歩いているような青年なので。
「あ……こんにちは。お仕事ですか?」
「うむ、実はギャングラーがこのエリアに潜伏している可能性があってな。きみも早く帰ったほうがいい」
「そう、なんですか」
「?、どうかしたか、麗日くん?元気がないようだが……」
「俺で良ければまた相談に乗るぞ!」と、努めて明るい声を発しつつ。その実気遣わしげな表情は、やはり二心あるようには見えない。
そのことに対する疑念はさておき、お茶子は彼を無碍にすることはできなかった。
「全然、漠然としたことなんです。愚痴みたいになっちゃうかも……」
「構わないさ。吐き出すことで気が紛れることもある」
「ありがとう、ございます。悩んでるのは、これからのことっていうか……」
「これからの?……将来、ということか?」
「うん。いろいろ行き詰まってて……私これからどうなるんだろうとか、今のままでいいのかとか……考えちゃうんです、どうしても」
「……ふむ」
「飯田さんはあった?そういうこと……」
「それはもちろん、あったさ。きみくらいの頃もそうだが……なんなら、未だにな」
「えっ……」
ヒーローへの途が閉ざされた少年時代ならわかるが、今でも?心外だという感情が表に出てしまったのか、天哉は苦笑を浮かべた。
「無論、国際警察の職務はヒーローに負けず劣らず誇りうるものだ。しかしふと、胸のどこかに穴が開いたような錯覚が来るときがある。明確な兆しもなく、な」
「……そういうときって、どうしてますか?」
「うむ、こうして誰かに弱音を吐いてみる……というのは、俺の性格上上手くできなくてな。無論それも解決策のひとつだとは思うが」お茶子の行動を擁護しつつ、「方法は概ねふたつあると思う。ひとつは、どうにもならないからすっぱり忘れて目の前のことにがむしゃらで取り組む」
「もうひとつは?」
「不安の原因をこれでもかと徹底的に分析して炙り出す!……まあ早い話、どちらにしても全力を尽くすことが不安から抜け出す近道ということだな。はは……すまない、偉そうに語ってしまった」
「ううん、そんなこと……ありがと、飯田さん」
「お安い御用さ!」
白い歯を覗かせながら親指を立てる天哉は、今のお茶子にはどこまでも眩しい存在だった。
「では、すまないがそろそろ任務に戻る。また何かあれば、遠慮なく連絡をくれ!」
「……はい!」
気をつけて、と、手を振り見送る。その大きな背中が豆粒ほどになったところで、お茶子は踵を返した。とにかくがむしゃらにやる、不安の原因を分析してかたちにする──どちらもやれるほど自分は器用ではないが、同じ悩みを抱えた仲間がいる。ともに立ち向かおうとするならば、解決の糸口は見つかるのではないか。今なら、そう思えた。
*
快盗たちは三人がばらばらの場所にいた。勝己もお茶子も、居たたまれず外へ飛び出した──青さゆえに。快盗としては青を名乗っている轟炎司については、実際には唯一の大人ということもあって、ジュレにこもってじっと思考するということができていた。
(あの荼毘とかいう男……俺の名しか呼ばなかった)
昨日の戦いを振り返ったとき、ふと覚えた小さな違和感。炎司のことを──エンデヴァーと──呼びはしたが、仲間たちのことに言及はなかった。彼が唯一地位や名声をもち、対外的にはルパンレンジャーを代表する立場と考えられるから、それで説明はついてしまう。だが、もしそうでないとしたら。
「……俺ひとりで考えていても、仕方がないか」
そう結論づけ、通話アプリを立ち上げる。少し悩んで、勝己にメッセージを送る。
──話したいことがある。今、どこにいる?
すぐに既読がついて、
「!、何だと……?」
思わず声を出してしまった。──ギャングラーっぽいヤツ追跡中。そんな返答があったものだから。
そう、勝己は偶然、イセロブとパトレンジャーの戦闘現場に居合わせていたのだ。介入するより早く戦闘は終わってしまったが、パトレンジャーがイセロブ捜索のため散っていくのを眺めていた謎の男。彼がイセロブである可能性を鑑み、尾行を続けていた。
「勝己……まったく、貴様という奴は……」
こういう状況下で単独行動とは。考え無しならどうしようもないが、あの小僧のことだ、危険を承知で突撃している。
場所を聞き出し、炎司もすぐさま店を出ようとする。──と、そこに飛び込んできた少女がいて。
「ハァ、ハァ……はー、良かった……。おった……」
「お茶子……どうした?」
すう、はあと深呼吸を繰り返したあと、お茶子は決然と顔を上げた。
「提案が、あるんやけどっ!」
「……提案?」
唐突な言葉に鼻白んでいると、お茶子は思いもよらぬことを口にした。
「ザミーゴのこと、死柄木さんに話そう!」
「何?」
ザミーゴ・デルマ──"デク"と焦凍を消したギャングラー。奴を討てば、ふたりを取り戻せるかもしれない。それ即ち、ルパン家に頼らずとも──つまり、いざというときの切り札。
「わかっているのか?死柄木は──」
「わかってる!でも、急がないと……!いつ警察に私たちのことがバレるか、もうわからないんだよ!?」
「………」
自分の思い至った可能性を今ここで伝えるか、炎司は迷った。仮にその推測が正しいとしても、日常でのパトレンジャーとの距離は縮まっていく一方。何が蟻のひと穴になるか、わからないのだ。
「ふたりの願い
「……お茶子、」
彼女の素直な言葉が、炎司の胸を打った。
「……勝己を、首肯かせられるか?」
「が、がんばってみる……!」
「ふ……そうか」
先日の勝己に対してのようにするのは、曲がりなりにも異性なのでやめた。
「今、奴が単身ギャングラーらしき男を追跡している。俺たちも合流するぞ」
「わかった!」
*
謎の男は、山深くに分け入ろうとしていた。そこには既に使われていない工場のような建物が建ち並び、その隙間を縫うような道を抜けると奥には暗い坑道へ続く扉があった。
それを開け放ち、ぐふふふと卑しく嗤う。
「国際警察のヤツら、全然気づかねえでやんの。ザミーゴの野郎にカネ払うのは癪だったが……化けの皮、買っといて良かったぜ」
適当に安いのを選んだので、こんな冴えない中年男にはなってしまったが。個体にもよるが彼らも美醜感覚は人間と概ね一致しているので、容姿のすぐれた"化けの皮"は高値で取引されているのだった。
閑話休題。──いずれにせよ彼の場合、それは即座に無意味なものと成り下がった。
「はっ、アイツらニブいからなァ」
「ホントだよね〜……──!!?」
なんとはなしに会話をしてしまった直後、我に返って慌てて振り向く。
──果たしてそこには、赤い快盗の姿があった。
「よォ、エビ野郎」
「エビじゃねえッ、イセロブ・スターフライドだ……あっ」
慌てて口を塞ぐ男──イセロブだが色々と手遅れである。次の瞬間投げつけられたカードが偽りの皮膚を切り裂き、彼の真の姿を露にした。
「はっ、次はカードじゃ済まねえぜ?」
「かっ、快盗めぇ舐めやがって……!降りてこいィ!!」
「言われんでも降りたらぁ!」
有言実行、高所から跳躍するルパンレッド。だがその右手は既に、VSチェンジャーをイセロブに向けていた。容赦なく発砲し、対空狙いの攻撃を阻止する。
「ぐおおおお……!」
「てめェのお宝、いただき殺ォすッ!!」
そして戦場の音が、山中の閑寂をかき消す。
*
その頃、快盗衣装に着替えた炎司とお茶子は戦場へ向かっていた。数分前、勝己から送られてきた"ビンゴ"というメッセージと、現在地を示したマップの画像。戦いが始まっているであろうことは、既に推測がついている。
「レッド、ひとりで大丈夫かな……!?」
「……おそらくな」
今のレッドはルパンマグナム、そして新たに入手したビクトリーストライカーを所持している。並のギャングラーが相手なら独りでも十分立ち回れるであろうし、仮にステイタス・ゴールドのような強敵が相手でも敗けはないよう考えて動くだろう。無茶はしても、無謀ではない──そういう信頼は、たしかに築かれている。
いずれにせよ、一刻も早くたどり着く。──そんな彼らの決意は、不意に向けられた殺気によって打ち砕かれた。
「!、イエロー!」
「え──きゃっ!?」
"それ"を感じたのは炎司だけだったらしい。お茶子の身体を咄嗟に抱きかかえ、飛び退く。
刹那、蒼い炎がふたりの行く手に火柱となって噴き上がった。
「……ッ、」
「え……こ、これって……!」
昨日、記憶に焼きつけられたばかりの光景。そして、
「よォ、エンデヴァー?」
──声、姿かたち。
「貴様は、荼毘……!」
「……へえ、死柄木のヤツから聞いたのか?俺のこと、少しは知ってくれたみたいで嬉しいよ」
唇をゆがめ、嗤う青年──荼毘。端正な顔立ちは尊大な悪意と、焼け爛れた痕のために無惨なありさまを晒している。
「貴様の相手をしている暇はない、そこをどけ……!」
「ヤだね」にべもなく、「おまえがイヤがることは徹底的にやるって決めてんだ、俺は」
やはりこの男、快盗というより自分に執着している──炎司は己の推測の一部を確信へと深めたが、その理由までは当然わからない。ただ、拭えぬ強烈な違和感……いや、焦燥感があった。何か、とんでもない過ちを犯しているのではないかという。
それでも今、とりうる選択肢はひとつしかない。
「ならば、力ずくで押し通るまでだ……!──イエロー!」
「うん!」
VSチェンジャーを構えるふたり。対する荼毘も笑みをたたえたまま、黒に染めぬかれた銃を構える。
「「──快盗チェンジ!!」」
「警察、チェンジ」
快盗たちがルパンレンジャーに、荼毘が漆黒のパトレンジャーに。対峙の緊迫は、程なく打ち破られた。
「──ははははははァ!!」
哄笑とともに、走り出すパトレン0号。漆黒の銃もまた火を噴き、敵の足下に火花を散らす。
「ッ!」
散開するルパンブルー、そしてイエロー。火力は明らかに相手のほうが上。ならばと後衛をイエローに任せ、ブルーは突撃した。どうせ正体を知られている。ならばと躊躇なく、"ヘルフレイム"を纏いながら。
「へェ、開き直ってやんの」
「黙れ!焔なら、俺は負けん……!」
「……はは、そうかもな」
それは意外な肯定だったが、その意味を熟考する余裕は今の炎司にはない。──声音に滲んだ郷愁に気づくことも、また。
*
そしてイセロブ・スターフライドと交戦するルパンレッド。援軍を望めず、孤軍奮闘するしかない彼だったが、その経験と武装の火力にモノを言わせて有利に立ち回っていた。
「おらおらァッ、どーしたよエビ野郎!?」
「ぬおおおっ!?」
VSチェンジャーとルパンマグナムの二丁流による一斉掃射を受け、逃げまどうほかないイセロブ。一方で彼の放つエビフライミサイルは、スピードに優れた快盗スーツの性能と周囲のオブジェクトを最大限に活かすレッドには通用しない。接近しようにも弾丸がシャワーのごとく飛んでくるのだから、打つ手はなかった──普通には。
「こうなったら……見よ!お宝の力ァ!!」
「!」
金庫が妖しく光り、刹那ルパンレッド身体が浮き上がる──
「──甘ぇんだよ!」
その瞬間、レッドはワイヤーを傍らの廃屋に引っ掛けた。
「何っ!?」
「ケーサツみてぇにはいかねえんだよ!!」
言うが早いか、ルパンマグナムを連射、連射、連射!思わぬ銃撃にイセロブが悶える中、レッドは躊躇なく飛びかかった。
「おらァ!!」
「グハッ!?」
少年とはいえ、筋肉のある男の身体が勢いをつけてぶつかってきたのだ。抵抗しえないイセロブはその場に打ち倒され、無防備な金庫を晒してしまう。
そして、
『9・1──7!』
「ルパンコレクション、貰ったァ!!」
「つ……強ぉ〜〜!!?」
イセロブ、完全に白旗を揚げざるをえないありさまであった。実際、このままルパンマグナムの必殺砲を浴びれば、彼は人間とのサシの勝負で惨敗したという不名誉を背負うことになる。
「はっ……わかったンならとっとと逝けや」
とどめの構えをとるレッド。──しかし、その引き金が引かれることはなかった。
一瞬の静謐の中で──がり、と氷を噛み砕く音が響いたのだ。
「……!」
忘れもしない、その音。──そして陽炎の向こうから現れる、カウボーイ気取りの恰好をした青年。
「なぁんか騒がしいと思ったら……おまえだったか、ルパンレッド」
「……ザミーゴ・デルマ……!」
身体の芯から煮えたぎるような激情があふれ出し、レッドの手に力を込める。マグナムの銃身がぎりりと音をたてるほどには。
「ざ、ザミーゴ……」
「──イセロブゥ!!」
「!?」
ザミーゴが突如張り上げた大声に、イセロブは思わず肩を震わせた。
「ほんの気まぐれで溶かしてやったら……面白そうなの、引っかけてきたじゃないか」
「な……!?」
「人間界じゃ、こう言うらしいぜ?──"エビで鯛を釣る"……ははははっ」
「………」
最大限の皮肉を込めた言動。軽薄に塗り固められた冷徹──仮に因縁がなくとも、その一挙一動ことごとくが爆豪勝己という少年の癇に障ったことだろう。二度と顔も見たくないと。
だが、現実には──因縁があるからこそ、今この瞬間は本望だった。
「俺も会いたかったぜ……殺してぇくらいにな」
「……へぇ。じゃあ、」
「──遊ぼうぜ、ルパンレッド」
青年の姿が氷に覆われ……刹那、異形へと変わる。
「………」
それ以上、言葉はない。沈黙のままに銃を向けあうふたり。
──そしてそれは、程なくして破られた。
「ハハハハハッ!!」
「ッ!」
放たれる氷の弾丸。それがいかに危険なものかを理解しているレッドは即座に回避行動をとった。障害物を駆使し、動き続けて照準を乱れさせる──要領は先ほどまでのイセロブの攻撃に対するのと同じだが、奴とザミーゴとではその精度が比べものにならない。常人ならこう言うだろう……生きた心地がしない、と。
「──ザミーゴぉ!そいつ、オレのお宝奪いやがった!!オレにやらせろーーッ!!」
そこに、怒り心頭のイセロブが乱入してくる。一対二の構図……しかし所詮は協力する気のない二体であるから、レッドとしてはより油断ができなくなったというだけだ。
もとより、油断するつもりなどない。
「へぇ……前より速くなってんじゃん、ルパンレッド。でも、それじゃすぐ息切れするぜ?」
「……ッ、」
「あァそうだ、前にも使ったアレ……なんだっけ?盾とブーメランのヤツ、使って防げば?」
余裕たっぷりな助言。罠ですらなく、単におちょくっているだけなのは考えるまでもない。
「ぺちゃくちゃうるせー野郎だな……。防ぐだけじゃ、勝てねえんだよ」
「ん?」
言うが早いか、イセロブに向かって突進するレッド。──彼を狙っていた、エビフライミサイルともども。
「ちょっ、来るな来るな来るな……ギャアアアアアッ!!?」
自らが放った攻撃によって、イセロブは爆炎に呑み込まれてしまった──
「だから──こいつに賭けンだよ!!」
『ビクトリー!ミラクルマスカレイズ!』
『「──スーパー、快盗チェンジ!!」』
ザミーゴは見た。劫火の中で、ひときわ眩い光が放たれるのを。
そして、
「──名付けて、スーパールパンレッドだァ!!」
白銀の鎧を纏ったルパンレッドが、姿を現した──