【完結】Adieu au Héroes   作:たあたん

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#4 KAISER × KAISER 2/3

 深夜の湾内に、一艘の船が浮かんでいた。漆黒の海面にライトを向けながら、ゆっくりと進んでいく。

 操舵士は……人間ではなかった。ボーダマンと呼ばれる、ギャングラー構成員に仕える戦闘員だ。

 

 そしてこの船の主は、ガラット・ナーゴの攻撃によっていっときお星様になりかけた芸術家のギャングラー、ナメーロ・バッチョであった。

 その自分を吹き飛ばした存在を、ナメーロは懸命に捜していた。

 

「おぉぉぉ~い、ガラットぉ~~!!」

 

 大声で呼び掛けるが、返ってくるのは静寂をわずかに彩る滞留の音ばかり。こんなことをもう何時間も続けている。

 

「ハァ、いないねぇ……」

 

 ため息をこぼすナメーロ。それでもあきらめていないのは、この捜索が自分自身のためになると考えているからだ。

 

 と、奏功の時は唐突に訪れた。

 

 ざばぁ、と大波をたてて、船の進行方向に現れる巨大な頭。闇にあっても映える猫耳のような頭部こそ、ナメーロの目当てにほかならなかった。

 

「おおっ、やっと出てきたなガラットぉ~!こんな汚ぇ海ン中で何やってたんだ?」

「ナメーロか……。何ってよォ、隠れてたに決まってんだろ!このでけぇ身体じゃ、地上にアジトなんざ作れねえからな」

 

 生き返ったはいいが、不便で仕方ない。もっとも手当たり次第に破壊を為すとなれば、一転こんな便利な身体もないのだが。

 

「つーか、オレになんか用か?」

「いやいや……昼間の暴れっぷり、いいねぇ~と思ってねぇ!」

 

 ナメーロの目的は、ドグラニオ・ヤーブンの巨像を造ること。だが間違いなく警察の邪魔が入るし、快盗もルパンコレクションを狙ってくる。

 しかし巨大ガラットが暴れていれば、彼らの注意は当然そちらに引き付けられる──

 

「ンだそりゃ、オレぁ囮かよ!?」

「ま、まあ有り体に言やぁ……でもよう、悪いようにはしねえって!これで俺がドグラニオ様の後継者に選ばれた日にゃあ、おまえのことだって……」

「………」

「なぁ頼むよガラット!俺たち友だちだろ~?」

 

 友だちと言ったって、遊び仲間程度の関係でしかないのだが。しかし一度は脱落したガラットにとり、ナメーロとの協力は旨味のない話ではなかった。

 結果、

 

「……いいぜナメーロ。手伝ってやっから、しっかり造りまくれよォ!」

「いいねいいねぇ!交渉成立だ!!」

 

 暗闇の中に、二匹の悪魔の哄笑が響き渡る。

 そんなこととはつゆ知らず、街は眠りに落ちようとしていたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 街が眠りにつく頃合いとなれど、国際警察はその庁舎ごと夜警の任を果たし続けていた。

 

 とりわけ、ギャングラーの再出現に備える警察戦隊パトレンジャーの面々。ただ本来三人であるべき彼らは、そのトライアングルの一角を欠いていた。

 

 医務室のベッドに横たわる、飯田天哉。個性を利用した治療が施され、その代償に消耗した体力を回復するために深い眠りについている。

 

 しかしなぜ、あんなことになってしまったのか。宿直を頼まれてタクティクスルームにひとり詰めていた鋭児郎の頭の中は、そんな疑問でいっぱいだった。

 デスクの一点を見下ろしたまま、どれだけ時間が経ったか。不意に扉が開き、既に馴染み深い存在となりつつある女性が姿を見せる。

 

「お疲れ烈怒頼雄斗。交代の時間だよ、休んできな」

「あ……うっす」

「あと……」不意に缶ジュースを差し出す。「これ、ついでだけど……よかったら」

 

 ぎこちない挙動を見るに、こうした気遣いをするのは不慣れなのだろう。不器用……しかし、この人は間違いなく優しいのだろうと鋭児郎は思った。

 

「あざっす!……あの、訊きたいことがあるんスけど」

「なに?……って、訊くまでもないか」

 

 「飯田のことでしょ」と続けつつ、鋭児郎の隣に腰掛ける。

 

「飯田さんの個性って……なんなんですか?脚からエンジン噴射してるみたいでしたけど……」

「……そのものズバリ"エンジン"らしいよ。ウチも直接見るのはあれが初めてだけど」

 

 一瞬の躊躇のあと──響香は、再び口を開いた。

 

「飯田はさ……元々、ヒーロー志望だったんだ。それも、あんたの通ってた雄英の先輩」

「え……」

「ああ心配しないで、あいつから"あんたになら話してもいい"って言われてるから」

 

 先んじてそんなフォローをするあたり、響香も既に鋭児郎の性格を理解しているらしい。

 

「"インゲニウム"……知ってるよね?」

「勿論っス!今どき珍しいくらい実直で、正義感の強いヒーローで……でも確か、"ヒーロー殺し"にやられて──」

 

 ヒーロー殺し──鋭児郎がまだ小学生の頃、各地に出没していた凶悪ヴィランの通称だ。彼は狂信ともいえる独自の信念をもとにヒーローの真贋を決めつけ、贋者と断じたヒーローたちを次々と殺害していった。

 インゲニウムと呼ばれたヒーローもまた……その標的となった。

 

「幸いにして一命はとりとめたけど、身体には重い障害が残った。ヒーローとしては当然……再起不能」

「……っスよね。でも、そのインゲニウムと飯田さんにどういう関係が?」

 

 ファンだったのか──まず思い浮かんだ可能性をそのままつぶやくと、響香がくすりと笑った。

 

「まあ正解っちゃ正解だけど。ただのファンじゃなしに……お兄さんなんだ、飯田の」

「え、えぇっ!?」

 

 飯田天晴(てんせい)──インゲニウムの本名だ。当然、鋭児郎はそこまでは知らなかった。

 

「!、そういやニュースでやってた……。インゲニウムの事件のしばらくあと、雄英の職場体験行事に来てたインゲニウムの弟がヒーロー殺しと交戦して……重傷を、負ったって……」

 

 弟もまた幸い一命をとりとめたというところまでは、報道があったと記憶している。ただそのあとのことは、ヒーロー殺し逮捕のニュースに埋もれてしまっていたと思う。

 しかし、彼の現在がここにあるということは。

 

「お兄さんよりはマシだけど……飯田も同じ。あいつの生命線だった"エンジン"に後遺症が残って、個性をまともに使えなくなった」

「それで……あきらめたんスか、ヒーローを?」

「うん。──"自業自得"……そう、あいつは言ってる」

「な、なんで!?」

 

 ヒーロー殺しに兄を貶められ、自身も前途を閉ざされた。それのどこが自業自得だというのか。

 

「飯田がヒーロー殺しと交戦したのはたまたまじゃなくて、故意。お兄さんの復讐をしようとしたんだってさ」

 

 義憤ではなく、憎悪に駆られて天哉は戦った。そんな彼をヒーロー殺しは"贋者"と断じたのだ。

 兄が贋者だなどとは、絶対に認めない。だが自分はどうなのか。あの男の言うとおりなのではないか。

 

 

(ごめんなさい……兄さん、)

 

(僕は……ヒーローにふさわしくなかった……)

 

 靄がかかったような意識下で、天哉は過去を懺悔していた。

 

 それでも彼はここにいる。

 

 

 警察官として、ここにいる。

 

 

 *

 

 

 

 麗日お茶子が丑三つ時という中途半端な時間に目を覚ますのは、日常にあっては極めて珍しいことだった。

 彼女はもともと眠りが深いほうで、一度寝ついてしまえば朝まで起きないことが多い。夜中に地震があって家族が騒いでいても、まったく気がつかなかった……なんていうこともあるくらいだ。

 ただ、快盗になってから……とりわけギャングラーを追っている間は、時折このようなことがある。緊張の糸が無意識に張り詰めたままだから、普段よりも眠りが浅くなっているのだろうか。

 

 いずれにせよ目が覚めてしまえばすぐには寝つけない。喉の渇きに襲われたお茶子は水でも飲もうと部屋を出たのだが、そのために階下に灯りがついていることに気づいてしまった。

 自分以外のどちらか、あるいは両方が起きている?店を閉めるときに確認したから、消し忘れではないはずだ。

 

(爆豪くん……かな?)

 

 昨日……パトレンジャーが現れてからの彼のことは妙に気にかかる。だから何ができるというわけでもないのだが、お茶子は一階へ降りることにした。

 

 残念ながらというべきか、このとき爆豪勝己は自室で熟睡していた。悪夢に魘されることはあれ、彼もまた眠りは深いほうなのだ。

 店に下りていたのはもうひとりの仲間──轟炎司だった。その強面は眼鏡をかけていても誤魔化しきれない。自覚はしつつも、気にとめず帳簿を睨んでいる。傍らにはそろばん。

 

(あ……)

 

 元ヒーローらしからぬ地道な姿は、お茶子に拭えない既視感を与えた。このような光景を見て、彼女は育ってきた。

 けれど──

 

「──眠れないのか?」

「!」

 

 こちらを見遣るでもなく、炎司はそう問いを発した。その声が妙にやさしいのもまた、お茶子の郷愁を煽る。

 

「ちょ、ちょっとね……目ぇ覚めちゃって」

「そうか」

「炎司さんは……こんな夜中まで、店長のお仕事?」

「うむ。こればかりはサボタージュできないからな」

 

 あくまでカモフラージュのために営業している店だが、実体がある以上はやるべきことはやらなければならない。まして、雇われ店長ともなれば。

 

「……こんなことをしていると、昔を思い出す」

「昔?」

「自前の事務所を立ち上げた頃だ。若造の身で無理をしたからな、事務員を雇うカネもなかった。経理も主立っては自分でやっていたんだ」

「そうなんや……」

 

 もう一年近い付き合いになるが、炎司の口からヒーロー時代の話を聞くのはおそらく初めてのことだった。これほど饒舌なことも。勝己のように露骨ではないが、この元ベテランヒーローも情勢の変転に思うところがあるのかもしれないとお茶子は推測した。

 

「主立ってってことは、手伝ってくれる人もいたん?奥さんとか」

「……妙なところで鋭いな、おまえは」

「ダテにめんどくさいオジサンと小僧のお守りしてませんよ~だ、ふふん」

 

 隣に座っておどけた口調で言えば、炎司は憮然とした表情を浮かべた。得意になりつつ……もしお互いにあるべき立場だったなら、こんな気安く話はできなかっただろうとも思う。

 

「うそうそ。ヒーローじゃないけど、ウチもそんな感じやったからわかるんよ。お父ちゃんが現場でがんばって、その間にお母ちゃんがお金の管理したり、従業員のみんなにお弁当作ってあげたり……」

「……土建屋だったか、おまえの実家は」

「うん!まあ今どき儲からんらしくて、苦労しとったけど……でも、楽しかったなぁ……」

 

 ささやかな幸福の肖像を、昨日のことのように思い出すことができる。お茶子もまた多くの子供たちの例に漏れずヒーローを夢見ていたのだけれど、己の個性を活かして家業を継ぐことも真剣に考えていた。

 そんなお茶子に両親は言った。「おまえが自分の夢を叶えてくれるほうが嬉しい」と──

 

 結局、そのどちらも捨てたためにいまがある。

 

「後悔しているか?快盗になったことを」

「まさか、自分で決めた結果だもん。……でもお父ちゃんお母ちゃんは……もちろん私が快盗やってるなんて夢にも思ってないだろうけど、高校にも行かず働いてるってだけで気に病んでるんだろうなぁとは思う。そんな必要、ないのにね」

「……親とはそういうものなんだろう。普通はな」

「そういうもんかぁ……。炎司さんは……ううん、やっぱなんでもない」立ち上がり、「ぼちぼち眠くなってきたし、そろそろ戻るねっ。おやすみなさ~い」

「……ああ、おやすみ」

 

 一度だけ振り返って微笑むと、お茶子はひょこひょこと階段を上っていく。娘といっても差し支えない年齢の少女だが、彼女にはずいぶん気遣われていると炎司は思った。

 

 炎司もまた、人の親だ。四人の子供がいて、誰ひとりとして苦労などさせたことがない……生活面では。

 だがヒーローとしての頂点、そんなものへの執心を捨てられなかった自分は、"普通の親"にはなれずじまいだった。

 

 

『おまえを親だなんて思ったことは一度もねえ』

 

『おまえの思い通りになるくらいなら……ヒーローなんざ、くそ食らえだ……!』

 

(……焦凍、)

 

 いま肩を並べて戦っている同志たちと、同い年の末の息子。彼には生まれながらにしてすべてを与え……代償に、母と希望と、そして未来を奪った。

 

 それを自覚していても、無意味に歳を重ねてしまった自分には、生き方を変えることなどできはしない。

 

 だから、これは罰だ。過ちと知ってなお変わることのできない人間は、どこまでも堕ちていくしかないのだから。

 

 

 *

 

 

 

 夜が明け、朝が訪れる。

 

 街が動き出すその瞬間を狙い澄ましたかのように──彼らは、動き出した。

 

 街の象徴とでもいうべきひときわ大きなビルが、突如としてその形を変える。それがドグラニオ・ヤーブンを模した彫像であるだなどと、居合わせた人々が知るよしもない。

 

「う~ん……いいねいいねぇ!やっぱり俺、天才だねぇ!」

 

 心の底から自らを称賛するナメーロ・バッチョ。

 天才の技を見せつけるには、ひとつやふたつ作ったくらいでは足りない。この周囲一帯のビルというビルをドグラニオ・ヤーブンの彫像へと変えるつもりで彼はいたが、その間に快盗か警察、あるいは両方の邪魔が入ることは予見できた。

 それゆえに、復活した"彼"と手を組んだのだ。

 

「オラァっ、踏み潰されたくなきゃ逃げろ人間どもォ!!」

 

 ナメーロとは対照的に、手当たり次第に暴れまわる巨大ガラット。とはいえなるべく建造物を壊さないようにというナメーロの意向に従っているのだが、当然本意ではなかった。

 

「ったくぅ、こんなんで本当にボスが喜ぶのかよ!?」

「いけるって!わざわざゴーシュ使っておまえを甦らせるくらいなんだからよ~!」

「けっ……」

 

 まあいい。快盗にせよ警察にせよ、"生前"の恨みがある。それを晴らすまで、あと少しの辛抱だ──

 

 

 *

 

 

 

「管理官!雄乃木町にギャングラー二体が出現しました!」

 

 ジム・カーターの甲高い声がタクティクスルームに響いた。弛みかけていた緊張の糸が、一気に張り詰める。

 

「昨日の二体か。耳郎くん、烈怒頼雄斗……ふたりだけの出動になるが、頼む」

「はい!」

「うっす!」

 

 と、ふたりが力強くうなずいたときだった。

 

「お待ちください!」

「!」

 

 緑と濃紺を基調とした制服をかっちりと着込んだ大柄な身体が、室内にずんずんと進入してきた。

 

「飯田……!」

「も、もう起きて大丈夫なんスか?」

「勿論だとも!──ですから管理官、私も出動させてください!」

 

 もう傷は癒えているし、治療に費やした体力もひと晩眠って取り戻した。胸を張って、飯田はそう主張する。

 対して、暫し口を開こうとしなかった塚内であったが、

 

「……いいだろう、許可する」

「ありがとうございます!」

 

 がばりと頭を下げる天哉。その勢いはなんら平時と変わらない。肉体はもちろん、精神の面でも。

 

「さあ……耳郎くん、烈怒頼雄斗!──行こう!!」

 

 うなずくふたり。──誰からともなく、VSチェンジャーを構える。

 

「「「警察チェンジ!!」」」

 

『1号!』

『2号!』

『3号!』

 

『パトライズ!──警察チェンジ!』

 

 VSチェンジャーとトリガーマシン──ルパンコレクション同士の力が重なりあい、三人の肉体を鮮烈なる強化服で包み込む。

 

「危険度の高い巨大ギャングラーの殲滅を優先してくれ。──では、パトレンジャー出動だ!」

「「「了解!!」」」

 

 人々の安寧を守る。

 

 その強い意志のもと、彼らは出陣の狼煙をあげた。

 

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