【完結】Adieu au Héroes   作:たあたん

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中年男性の裸体ばかり登場するのは気にしてはいけない(戒め)


#40 誰そ彼れ 2/3

 

 轟炎司が目を覚ましたとき、辺りは漆黒の闇に包まれていた。

 

「──!」

 

 意識がはっきりすると同時に、咄嗟に身を起こす。目を凝らして周囲を見遣ると……ようやくここが、深い森らしき場所とわかった。

 

「ここは……」

「う、んん……」

「!」

 

──すぐ傍に、耳郎響香が倒れている。炎司は立ち上がると、すぐさま彼女に駆け寄った。

 

「大丈夫ですか?──しっかりしろ!」

「……ッ、」

 

 既に覚醒の途にはあったのだろう、少し揺さぶると響香は目を開けた。

 

「……轟さん……」

「……失敬。立てますか?」

「え、ええ……──ここは?」

「………」

 

 そのときだった。複数の足音が接近する音が聞こえてきて、ふたりが咄嗟に繁みに身を隠したのは。

 

「!、あれは……」

 

 響香は目を丸くした。──そこに現れたのは他でもない、ポーダマンの群れだったのだ。

 

「ポーダマン……!まさか──」

「ここは、ギャングラーの世界……ということでしょうか」

 

 冷静な口調で告げる炎司。今は一般人でも、元トップヒーローである──彼を頼もしく思う気持ちが湧き上がってくるのを、響香は自覚した。

 

「……どうしました?」

「あ、いや……とにかくここから脱出しないと。──轟さん、私から離れないでください」

 

 それでは駄目なのだ。彼は一般市民、自分は警察官。どちらが守護者たるべきかは、火を見るより明らかだ。

 

「──わかりました」

 

 炎司もまた、その想いを受け取った。

 

 

 *

 

 

 

「耳郎ーーッ!どこだぁーー!?」

「耳郎くーーん!!」

 

 連絡を受けて駆けつけた切島鋭児郎と飯田天哉は、懸命に仲間の名を呼んでいた。しかし静寂の中、いっこうに返事はない。

 そして──彼らも。

 

「どうなってるの……?デストラも、炎司さんたちもいないなんて」

「………」

 

 同じく仲間に呼ばれてやって来た快盗たちも、怪訝な様子で辺りを探っていた。そんな折、何かを発見した勝己が唐突に跳躍して。

 

「ちょっ……レッド!?」

 

 こちらに背を向けているとはいえ、警察がすぐ傍にいるのに!しかし彼は上手く木箱の陰に潜り込み、鋭児郎たちに察知すらさせなかった。

 そうこうしているうちに鋭児郎たちが移動したので、お茶子も彼のもとへ駆け寄っていく。

 

「もー、いきなりどしたん?危うく見つかるかと……」

「ンなヘマするかよ。──それよりこれ、見ろ」

「!」

 

 勝己が見つけ拾い上げたのは、シックな濃紺のカバーに覆われたスマートフォンで。

 

「これ、炎司さんの……?──まさか!?」

 

 最悪の想像がお茶子の脳裏をよぎる。しかし向かいあう少年は、少なくとも表向きには冷静だった。

 

「あのオヤジがそう簡単に殺られねえだろ、イヤホン女も」

「そ、そやね!じゃあ、死柄木さんにも連絡して──」

「……呼んだ?」

「!」

 

 振り返ったふたりが見たのは──ずぶ濡れで海から上がってくる、死柄木弔の姿だった。

 

 

 *

 

 

 

 ギャングラーの世界に飛ばされてしまった炎司と響香は、ひとまず岩と岩に挟まれた窪みの中に身を潜めていた。

 

「……すいません、轟さん。巻き込んでしまって」

 

 デストラの攻撃で負傷した箇所の応急処置を自ら行いつつ、謝罪の言葉を述べる響香。対する炎司は、

 

「まったくだ……と言いたいところですが、あの場所にいた私の自業自得ですので。それより今は、脱出の方法を考えましょう」

「……そうですね。でも、いざというときは私を置いて逃げてください。奴らの狙いは私でしょうから」

「言われなくとも。……尤も私の存在も知られている以上、見逃してくれるとは思えませんが」

「……ふふ、」

「何か?」

 

 思わず顔を顰めて訊くと、響香は再び「すいません」と言った──今度は罪悪感なしに。

 

「やっぱ、ヒーローはいつまでだってヒーローだなって。貴方がウチらと一緒に戦ってくれれば、どんな敵にも負けない気がする」

「……冗談でしょう。私はただの……喫茶店の、雇われ店長です」

 

 それも、自分の家庭ひとつ守るどころか壊してしまうような……そのために非合法(イリーガル)へと身を貶した、一般市民以下の存在だ。

 

 互いの心がすれ違う中で、ついにポーダマンがふたりを発見した。四方から次々に集まってくる。

 

「ッ、見つかった……!──轟さん、逃げて!」

「………」

 

 一緒に戦ってくれれば、というのは、響香にとって"もしも"の話でしかない。炎司もそのことはわかっていて……それでもなお、逡巡が生まれる。彼女ひとりを、多勢に無勢の戦いに置いていくことに。

 

「何してんですかっ、早く!」

「……ッ、」

 

 強く促されて、炎司はついに走り出した。背後から銃声が響く。もはや自分には、誰かを救うために力を使う資格などないのだからと、言い聞かせて。

 

──彼女も含めたパトレンジャーの面々が仲間たちと談笑する光景が、不意に脳裏をよぎった。

 

 

 *

 

 

 

「痛、ででで……!爆豪くんさァ、もっと優しく……」

「甘えんじゃねえ、やってやっとるだけ感謝しろや!!」

 

 肋が折れたと主張する弔の腹を、それはもうきつく包帯で巻く勝己。実際折れていたらこんな態度ではいられないと思うので、せいぜい少しヒビが入ったというところなのだろうが……なんにしても敵にやられた怪我には間違いないので、いちおう手を貸してやっているのだった。

 

「おら、もういいだろ」

「ハァ……さんきゅ」心のこもらない謝辞のあと、「で、さっきの続きだけど……中年は素顔の状態で、連中(ギャングラー)の世界に飛び込んじまったわけだ」

「じゃあ、快盗チェンジもできないやん……」

「そ。まァ元トップヒーローが簡単にやられるとは思わないけど、救助の手ぇ考えないと」

「救助って言っても、どうやって異世界に行けば……ギャングラーに頼むわけにもいかへんし……」

 

 「いや、手はある」と勝己が告げたのは、数秒と経たぬうちだった。

 

「一つ目野郎に、扉ァ開けさせたまま拘束する」

「!、……相手はステイタス・ダブルゴールドだぞ。俺ら三人じゃ──」

「向こうに行くンは俺らじゃねーよ。快盗がケーサツと"一般人"、救けに行く義理はねェだろ」

「……一応、俺は警察でもあるんだけど」

 

 まあ、勝己の言いたいことはわかる。──彼が見定めているのが、誰なのかも。

 

 いずれにせよ今は、彼の作戦に則って動くよりほかになかった。

 

 

 *

 

 

 

 一方の異世界では、ポーダマンの群れ相手に響香が孤軍奮闘していた。既に間合いに入ってしまった敵を格闘技でいなしつつ、VSチェンジャーの弾丸を放って打ち倒す。そして、それでもなお迫る敵には、"イヤホン=ジャック"の個性で爆音を浴びせて昏倒させる。そうした複合的な戦術によって、彼女は独りでも戦うことができていた。

 しかし倒せど倒せど、ポーダマンは次から次へ湧いてくる。体力は確実に磨り減り──傷ついた脚が、不意に悲鳴をあげた。

 

「……ッ!?」

 

 力が抜け、不随意に片膝をついてしまう。その隙を突き、襲いくるポーダマン。構えが間に合わない、やられる──!

 

──そのとき、劫火がポーダマンの群れを呑み込んだ。

 

「!」

 

 焔──それはかつてのトップヒーローが、悪を薙ぎ払うために行使していた力。

 振り向いた響香が目の当たりにしたのは、想像していた通りの姿だった。

 

「轟さん……!?」

「………」

 

 再び全身から火炎が噴き出す。人間が隠しもっていた強大な力に鼻白むポーダマンたちは、奔る火柱によってふたりに近づくことさえ困難になった。

 

「今のうちに!」

 

 大きな手を差し伸べられ、響香は一瞬どきりとしつつそれを取った。そうして、その場から走り出す。

 

「轟さん、どうして……逃げろって言ったのに!」

「……もう、手遅れだった。貴女を見殺しにすれば、あいつらがまた傷つく……!」

 

「だから今、貴女を死なせるわけにはいかん……!」

 

 かつて──ヒーローであった頃にさえ見せなかった、烈しくも柔らかな熱情。炎のために衣服があちこち破け、無残な姿を晒していても……今の彼はいちばん、強く、美しく見えた。

 

 

 *

 

 

 

 デストラ・マッジョは郊外の倉庫街に移動していた。荼毘からの依頼を果たした以上こちらの世界に留まる意味もないのだが、主の言葉を咀嚼するにはそのほうが都合が良かったのだ。

 

(ドグラニオ様……)

 

 自分が暴威を振るう姿をもう一度見たいと、主はそう言った。それは文字通りの意味が第一であろうが、圧倒的な力を示すことによって他の連中を抑え、おまえが後継者となれという意も含んでいるように思われた。

 ただデストラは、これまでの行動からもわかるように、自身がギャングラーを率いようという意欲には乏しかった。ドグラニオが健在のうちはその補佐に徹することが何よりの喜びであり、彼の引退後は自分も第一線を退くつもりだったのだ。ゆえに後継者候補たちの一挙一動を冷静に見届けてきた。

 

 しかし、主が望むなら──そんな葛藤が生まれている。どちらが、ドグラニオに忠誠を尽くしたことになりえるか。

 

「……フゥ」

 

 考え疲れたデストラは、ため息混じりに異世界へのゲートを開いた。一応まだ、仕事は残っている。そちらを完遂しなくては、跡を襲うも何もない。

 

──その瞬間を、"彼ら"は狙っていた。

 

「ッ!?」

 

 突然背後から伸びた銀線が右腕、次いで左腕に巻きつく。慌てて振り返ろうとしたところで今度は両足を三本目が縛り上げ、デストラはその場に倒れ込んだ。

 

「なんだ……これは!?」

「──行けやサツども!!」

「!?」

 

 聞き捨てならぬ少年の声が響いたかと思うと、ふたりの人間がこちらに走り込んでくる。──切島鋭児郎と、飯田天哉だ。

 

「あんがとよッ、快盗!!」

 

 彼らふたりは、弔を通じて快盗から協力を持ちかけられていた。弔の依頼を承った快盗の手を借りたというのが表向きには正しいが、いずれにせよ仲間を救出するための賭けであることに変わりはない。

 ともあれ彼らは、異世界へと躊躇なく飛び込んでいった。

 

「まだ人間界(こっち)にいてくれてあんがとよォ、一つ目野郎……!」

「ヌゥッ、貴様らァ……!」

「そのままっ、皆が戻ってくるまで……動かんといて……っ!」

 

 ワイヤーを力いっぱい引き続ける三人。しかし複数人といえど、彼らのそれは人間の力である。ギャングラーの中でも、群を抜いてパワーに秀でたデストラを相手にしては……長く保つことなど、最初から不可能に決まっていたのだ。

 

「私を……舐めるなァ!!」

「!?」

 

 デストラが激昂した途端、彼を拘束していたワイヤーがことごとく引き千切れる。唖然とする快盗たちめがけ、起き上がりながらミサイルを見舞う。ただ、驚愕しつつも半ばこの事態を予想していた彼らは、マントを翻してその爆薬の塊を回避した。

 

「チッ、クソみてぇなパワー出しやがって……!」

「クソは貴様らのほうだ!小細工ばかり弄しおって……!」

 

 怒れるデストラ。その背後に現れていた空間の歪みが、みるみるうちに小さくなり、消えていく。恐れていた光景だった。

 

「ああっ、扉が……!」

「ッ、ダブルゴールド相手に、そう上手くはいかないか……」

「なら力ずくで開けさせたらァクソがぁ!!」

 

 その一点に望みをかけ、ブルーを欠くルパンレンジャーは勇猛果敢に突撃していった。

 

 

 *

 

 

 

 追いすがるポーダマンの群れから、男女は必死に逃げ続けていた。

 

「ッ!」

 

 時折振り向いては、VSチェンジャーを撃ち込み牽制する響香。火花が散り、怯むポーダマン。それでもなお生来の脚力の差で距離が詰まりはじめるや、炎司が"ヘルフレイム"の劫火で彼らを火柱に巻き込んだ。

 

「……フゥ、」

 

 肩で息をする炎司。その上半身の衣服はもはや完全に塵となり、晒された逞しい上半身には汗が流れている。

 

「大丈夫ですか、轟さん?」

「……問題ありません。此処は、寒いくらいですから」

 

 とはいえ体温と気温の乖離は、彼の肉体には負担だった。長らく補助的にしか使用していなかった個性は、まるで他人のもののように体力を奪っていく。

 

(このまま逃げ続けても……っ)

 

 響香の心に、悲観的な感情がよぎる。やみくもに逃げたところで、元の世界に帰れなければいずれ捕捉されてしまう。まして、ギャングラーと遭遇してしまったら──

 

──そのとき、前方に人のかたちをした影が現れて。

 

「!!」

 

 咄嗟に銃を向ける響香。しかし目前数メートルで停止したふたつの影は、彼女らが危惧したようなものではなかった。

 

「うおっ!?──俺たちだよ、俺たちっ!」

「えっ……」

 

 両手を挙げている──鋭児郎と、天哉。

 

「ふたりとも、なんで……」

「死柄木から事情聞いて、色々やったってワケよ!……って、エンデヴァー、なんで裸?」

「……個性を使ったので」

「そ、そうでしたか。よろしければ上着をお貸しします!」

 

 このまま半裸でいるのもいたたまれないので、その好意には甘えることにした。天哉の上着を羽織り、彼らの護衛を受けながら再び走り出す。ひとまず追っ手の姿は見えなくなっている。

 ただ……彼らは気づいていなかったが、その移動の様子を崖上から眺めている男の姿があった。男──そう、人間の男だ。爛れた口許を歪め、彼は醜く嗤っていた。

 

 

「こっちだ!確か、この辺に……」

 

 次元の扉が、開いている。それを頼りに突入地点に戻ってきた鋭児郎たちだが……デストラが扉を閉じてしまった以上、そこに世界を繋げる空間の歪みがあるわけがない。

 そのはず、なのに。

 

「ムッ?──切島くん、あそこだ!」

 

 天哉が指差した先……繁みの中に、確かに空間の歪みが存在したのだ。先ほどまでと位置が異なっていることは引っかかったものの、それで尻込みしている猶予はない。彼らはすぐさま、そちらへ向かって走り出した。

 

「轟さん、最初に」

「ええ」

 

 警察官と、一般人。その順位を考えれば、当然のこと。ゆえに一歩を踏み出した炎司、

 

──次の瞬間、彼の身体はワイヤーのようなものに絡めとられた。

 

「ぐッ!?」

「轟さん!?」

 

 咄嗟に駆け寄ろうとしたパトレンジャーの面々は次の瞬間、蒼炎の爆発の煽りを受けて吹き飛ばされた。

 

「──ッ!!?」

 

 視界が目まぐるしく明滅する。そのリフレインの果て──彼らは太陽の下に転がり落ちていた。

 

「ッ、ここは……?」

「元の世界、か……?」

「──轟さん!!」

 

 すぐさま引き返そうとする響香。しかし彼女の焦燥を嘲笑うかのように、異世界の扉は閉じていく。

 

「轟さん──ッ!!」

 

 

 叫びさえ、次元のむこうには届かない。

 

 

「ッ、こんなもの……!」

 

 動きを封じられた炎司は、焔を噴出することでワイヤーを焼き切り、脱出に成功していた。天哉から借りたままの制服が焼け焦げてしまうのはこの際、気にしてなどいられない。

 

「扉が……!」

「つれないじゃないか、オトモダチと一緒に帰ろうとするなんてさ」

「!」

 

 掠れてはいるが少年のいろを残した、男の声。顔を上げれば、目の前の闇の中からその主が姿を現して。

 

「Shall we dance、エンデヴァー?」

「……ッ、」

 

 

「──荼毘……!」

 

 

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