伏線のようなそうでもないような
隠伏のさなかの思わぬ訪客に、切島鋭児郎はすぐには二の句が継げなかった。
「……おめェら、どうしてここに……?」
ようやく、その問いだけは絞り出す。尤も答えたのは、目の前の少年たちではなかったが。
「俺が呼んだんだよ、きみが様子を窺いに出てる間に」
「!?」
「少しでも戦力が要るだろ、これからやらなきゃいけないことのためには」
「やらなきゃいけないことって……エンデヴァーの救出か?」
「他に何があるんだよ」
いやもちろん、パトレンジャーとして何より優先すべき任務ではあるが。自らが逃亡者となってしまった弔が、未だそれを遂げようとしているとは。
「でも快盗、おめェらは──」
「──民間人なんざどうでもいい」遮るように言うレッド。「だがなァ、俺らも
「え……?」
レッド──勝己が何を言うつもりなのか、弔はおろかお茶子ですら知らされていない。仮面のおかげで鋭児郎に表情を違和感をもたれることはないが、内心では固唾を呑んでいた。
「VSチェンジャーとビークルを、ギャングラーに奪われた。ブルーのをな」
「は!?」
「!」
目を丸くした鋭児郎に対して、弔は内心「そう来たか」と得心していた。それなら、この場にブルーがいない不自然さも一応は誤魔化せる。
「ハナシはわかった?」
「お、おう」
「なら早く行こう。ここもいつ見つかるかわかんないし」
「あっ、ちょっと待「待てや」──!」
鋭児郎に被せて呼び止めたのは言うまでもない、勝己だった。
「てめェが国際警察に追われてる理由……ギャングラーに通じてたっつーのは、ほんとうに事実じゃねえんだな?」
「!?」
思わぬ問いに言葉を失う鋭児郎に対し、弔は小さく頷くだけだった。
「証拠は?」
「ッ、おい!」
「ちょっ……レッド!?」
なおも問いつめるレッド。仮面から覗くその瞳は、冷徹そのもので。相対する弔もまた、静かな表情でそれを受け止めていた。
ややあって彼は、ため息とともに壁に凭れかかった。
「"悪魔の証明"って、知ってる?」
「えーっと……なんやったっけ?」
「……存在しねえモンをねえって証明すンのは、不可能だっつーハナシだろ」
「ははっ。流石、博識」
いつもの皮肉も、勝己を怒らせるほどのキレはないようだった。
「しかも、真実を混ぜ合わせているから性質が悪い」
「……真実?」
「それって、まさか……」
──人を殺したのは、事実だって言ったら?
先の言葉を思い起こす鋭児郎。対する弔は、自嘲めいた笑みを浮かべて"それ"を語りはじめた。
「こんなときにナンだけど、少し昔話するぜ。ま、邪魔が入ったらそれまでだけど」
「………」
それが突拍子もない発言でないことくらいはわかる。聞く三人は黙って、彼の言葉の続きを待った。
そして、
「──昔々、あるところにとある女ヒーローがいました」
そんなありふれた語り口から、"昔話"は始まった。
「その女は笑顔がまぶしい、誰からも愛されるヒーローでした。そんな彼女にはコタロウくんという、ひとり息子がいました。彼女は多忙の極みの中で、コタロウくんをそれはそれは大事に育てました。親子ふたり、彼女は幸せでした」
「でも、そんな幸福も長くは続かなかった」
「ある日、彼女はモノ言わぬ骸となって帰ってきました。たったひとりのおかあさん、その無残な亡骸を目の当たりにしたコタロウくんの心は深く傷つきました。コタロウくんはおかあさんを奪ったモノを憎みました。──切島くん、なんだかわかる?」
「えっ!?」
聞き入っていた鋭児郎は、当然ながら慌てた。
「……その、巨悪じゃねえのか?」
弔は笑った。
「まァ、普通はそう考えるよな」
「コタロウくんが憎んだのは他人のために自らの、自らの家族を不幸にして憚らない"ヒーロー"という存在そのものでした」
「……!」
皆が言葉を失う中で、弔は静かに語り続ける。
「コタロウくんは母の遺伝子を受け継いでとても優秀だった。里親に惜しみなく育てられたことで立派に成長し、実業家として成功を収めた。彼はとある女性と結婚し、子供をふたり設けた。……それでも、彼の傷ついた心は癒やされることがなかった」
そこからは、目を閉じれば浮かんでくる光景だった。裕福な家庭、優しい母と、母の両親、大好きな姉と飼い犬。
でも、父親は──その顔を思い出そうとすることは、弔にとって大きなストレスだった。ただ……形は違えど同じように父権の強い性格の仲間と接しているうちに、少しはあきらめもついたけれど。
「子供たち……とりわけ下の男の子は、他の子供たちと同じようにヒーローが好きになりました。でもコタロウくんの言いつけで、家でヒーローの話をすることは許されなかった。子供たちも、奥さんも、奥さんの両親も、みんなコタロウくんに怯えていました」
そして、ある日──
「子供たちは、コタロウくんの書斎に忍び込みました。そこで、コタロウくんのおかあさんの写真を見つけました。コタロウくんのおかあさん……自分のおばあちゃんが、ヒーローであることもそのとき知った」
「でも……忍び込んだことを、コタロウくんに知られてしまった」
「おねえちゃんは忍び込んだのを、弟のせいにした。言い出したのは自分だったのに。男の子はコタロウくんに叩かれ、外へ放り出された。誰も……誰も救けてはくれなかった……っ!」
感情の滲む声。そこで一度言葉を切り、弔は呼吸を落ち着けた。
「……その日の夜でした。彼……志村転弧の個性が、
不意に、弔がグローブを外す。初めて目の前で晒された右手は、常に隠れているせいか他と比べて肌が白い。
しかし、その手が傍らの廃材に触れた途端、異変が起きた。ビキビキと音をたてて、廃材にヒビが広がっていく。それは触れた箇所から全体へ拡がっていき、
「……!?」
皆が、息を呑んだ。廃材は粉々に砕けたばかりか、砂とも灰ともつかぬものになってその場に崩れ落ちたのだ。
「転弧の個性は"崩壊"という、世にも恐ろしいものでした。精神の安定を失った子供がそんなものを手にしたら、どうなるかは想像に難くない」
「………」
転弧の個性は最初に抱きしめた飼い犬を殺した。自分の手の中でぼろぼろに崩れて死んだたった一匹の理解者。そうして転弧少年の精神も完全に崩壊した。
救けを求める手は、それとは裏腹に家族をも害した。姉も、祖父母も、母も、みんな死んだ。
そして、最後に──
「……それは、殺人とは言わねえだろ」
彼らしくない押し殺した口調で反駁したのは、いちばん近くにいた鋭児郎だった。
「個性の暴走による事件は、あちこちで数えきれねーくらい起きてる。中には被害者が亡くなったモンだってある。……でも暴走が原因だってわかれば、それは事故として処理される。まして、おめェは子供だったんだろ?それなら──」
「──話はまだ終わってないぜ、切島くん」
遮るように、弔は言った。
「俺は確かに
「……!」
今でも思い出す。父親に殴られた痛み、そしてその顔面を掴み、自らの手で"壊した"瞬間の途方もない快感。
「……わかったろ?死柄木弔の皮を被っていた志村転弧っつー人間が、いかに悍ましい化け物か」
静かに首を傾け、聞く者たちを見遣る弔。そして、静かに笑う。
「ははっ……そりゃ、そういう
「………」
「とはいえ快盗諸君、俺らはルパンコレクションを回収しなきゃならない。それまでは協力してくれよ、なァ?」
「……てめェがギャングラーに通じてねえなら、それで良いわ」
感情を抑えた声で、勝己は応じた。快盗にとって必要なのは好き嫌いではない。目指すものが同じであること、目指すもののためにお互い使えるか使えないか──それだけだ。尤もお茶子は、そう簡単には割り切れないようだが。
「で……切島鋭児郎くん。きみとはここまでだ」
「な……!?」
驚愕をくっきり顔と態度に表す鋭児郎。その反応にむしろ驚きたいのは弔だった。法律で裁けるかは別にして、明確な殺意をもって文字通り手を汚した人間と、好き好んで親しくする意味などあるまいに。
だが、鋭児郎は弔が考えている以上に頑迷で。
「……言ったろ。俺は、おめェのダチだ」
「は?だから、俺は──」
「おめェの過去に何があろうが関係ねえ!大事なのは
「じゃあその未来に、俺がまた人を殺さない保証があるとでも?」
「保証なんて要らねえ!……そんときゃ、俺が止める!」
「ダチとしてな!」と、胸を張る鋭児郎。弔はもはや、それ以上の反駁の言葉をもたなかった。この大馬鹿者は、いったいなんと言ってやれば自分から離れようとするのか。
「──てめェの敗けだ。あきらめろ、死柄木」
嘲笑混じりにそう言って、歩み寄ってくる勝己。躊躇っていたお茶子も、ついには「あーもうっ」と声をあげてあとに続いてきた。
「私もっ、今の死柄木さんを信じる!」
「……ハァ、なんなんだよ。マジで」
「──きみらは、流石に違うよな?」
「!」
思わぬ問いかけは、姿を見せている三名に向けられたものではなかった。
「………」
「あ……飯田、耳郎!?」
軒先から姿を現したのは、パトレンジャーの残るふたりだった。いつの間に、という気持ちと、見つかってしまったという焦りが鋭児郎の心を支配する。
「……話は聞かせてもらった。死柄木くん、きみを──」
「ッ、待ってくれ!」弔を背に庇う鋭児郎。「死柄木が過去にやったことは、確かに取り返しのつかないことかもしれねえ!でもその罪のぶんだけ、こいつは世界を守るために踏ん張ってきたんじゃねえか!!」
「……切島くん」
天哉が、深々とため息をつく。
「きみは、間違っている」
「……ッ、」
「──だが、その間違いが救うものも、あるのかもしれない」
「!、え……」
「ウチらの任務はギャングラーから世界を……人々を守ることだよ。ウチらは、そのためにここに来た」
「行こう、救けに」──響香の言葉。それ以上に必要なものなど、何もありはしなかった。
そして、集結より半刻後。
人気のない郊外の廃道を、前を見据えて突き進む六人の若者の姿があった。
快盗、警察──その双方を股にかける、死柄木弔……本名・志村転弧。
「エンデヴァー……轟炎司を救出するには、当然だけど
「俺らが次元をこじ開ける方法があるのか?」
「結論から言えば、無いね。……ジャックポットストライカーの能力なら、あるいはだけど」
「あの荼毘っつー野郎が持ってんだろ。あいつ捜すンか?」
「……轟さんが向こうに捕まったとき、一瞬だけど蒼い炎が見えた」
「えっ……じゃあえんっ……デヴァーを捕まえたん、荼毘ってこと!?」
「つまりあの男も、向こうの世界にいる可能性が高いということか……」
「ああ。だから、別のヤツに頼るしかない」
「別のヤツって……まさか」
不意に、弔が立ち止まる。
「もう一回訊くぜ。みんな、俺がギャングラーに通じてないって心の底から信用できるか?」
「死柄木……」
信用できないなら、自分の考えは到底許容できないはずだ──弔の言葉に、皆が息を詰める。
それでも、
「──今さら、あとに退けるかよ」
勝己──ルパンレッドの言葉が、皆の背中を押した。
*
雑草の生い茂る中に聳える廃墟のビル。既に長年人の手が入っていないそこは、虫や野生動物……果ては邪なる者どもが棲家とするにふさわしい場所となり果てていた。
その最深部……自然光の届かない場所に響く、口笛の音。その主は人の姿をしていて……しかし、人ではないモノ。害虫などより余程悍ましい、人を喰らう存在だ。
そんなモノを……彼らは、訪っていた。
「あっれェ?どうしたの、皆さんお揃いで」
「………」
険しい表情で彼──ザミーゴ・デルマに相対する、快盗そして警察。
今にも暴発しそうな張り詰めた空気の中、それに先んじるように弔が前へ進み出た。
「ザミーゴ・デルマ、おまえに頼みがある」
「頼み?オレに?」
心外という態度で訊き返すザミーゴだが、弔にはわかった。この男は間違いなく、凡その事情は知っている。こちらが依頼しようとしているのが何かも。
「異世界への扉を、開いてもらいたい」
「……本気で言ってる?」
「向こうに民間人が捕らわれてる。俺たちは、救出に行かなきゃいけねえんだ!」
鋭児郎の言葉に、ザミーゴは露骨な嘲笑を漏らした。内心腸が煮えくり返るが……氷の力で逃げることも、相手を"消す"こともできるこの男相手に今戦ってはいられない。ゆえに交渉役の弔以外、皆、口数少なでいるのだった。
「へえ……じゃあソイツ、お前らにとって取り戻したい"タイセツ"ってワケだ」
「………」
「良いぜ、手伝ってやっても」
「!」
思わぬ了承の言葉。しかしこの男が醜悪なギャングラーである以上、それで終わるはずもなかった。
「ただし、ひとつ条件がある」
「……言ってみろよ」
「簡単なことさ。お前らの大切なモンをひとつ、オレによこしな」
「……!」
一同、とりわけ快盗たちに緊張が走った。この場合の"大切なもの"が何を指すのかなんて、考えるまでもない。
「何かを得るためには、何かを捨てなきゃ──"等価交換"だ。ははははっ」
「………」
ギリリと歯を食いしばりながら……しかし促されるでもなく、勝己が前に進み出た。その手に握られていたのは──ビクトリーストライカー。文字通りの、勝利の切札。
「おっ、コイツは……」
「てめェを殺せる武器だ。これで、文句ねえだろ」
「はははっ、言うねえルパンレッド。……でも伝わったぜ、お前らの本気」
勝己の手からビクトリーストライカーを受け取ると、ザミーゴは徐に立ち上がった。その姿が氷に覆われ、砕けると同時に怪人態へと変わる。
そして──次元の扉が、開いた。
「!」
「行けよ。扉は開けといてやる」
「精々愉しませてくれよ」──腹に据えかねる本音は、ゆえにこそ信用が置けた。極めて皮肉なことだが。
「……行くぞ、皆」
弔の言葉と同時に──皆が、それぞれの
「「「快盗チェンジ!!」」」
「「「警察チェンジ!!」」」
『レッド!0・1──0!』
『イエロー!1・1──6!』
『1号!』
『2号!』
『3号!』
『Xナイズ!』
『マスカレイズ!』
『パトライズ!』
『快盗チェンジ』『警察チェンジ』──音声が交錯し、六人の身体が光に包まれる。
そして変身を遂げた彼らは、誰からともなく走り出した。ひとり、またひとりと次々空間の歪みへと消えていく。
「アディオス。……生きて帰ってこいよなァ、必ず」
特に、ルパンレッドは。
ビクトリーストライカーを手中で弄びながら、ザミーゴは嗤った。
*
両戦隊がこの異世界に侵入した頃、荼毘は静寂の中で酒を嗜んでいた。その碧眼に感情はなく、ぼんやりと虚空を見つめている。
ただその脳裏には、白と黒の入り乱れる幼い記憶が、濁流のように流れていて。
「………」
沈黙のまま、そのひとつひとつに複雑な想いを致していると、視界の端でちいさな人型がむくりと起き上がるのが捉えられた。心を今に引き戻し、そちらを見遣る。
果たしてそこにはベッドがあって、寝かされていた子供が半身を起こしたところだった。寝ぼけているのだろうか、彼は茫洋とした瞳で周囲を見渡している。
「おはよう、」子供に声をかけつつ、立ち上がる。「調子はどう、おとうさん?」
「……だれ?」
舌っ足らずな口調で問いかけられ、荼毘はますます笑みを深めた。"おとうさん"という呼び名、意志の強さを醸し出すような赤髪と碧眼以外、彼が轟炎司であることを示すものはもう、ない。
それで良い。どんなかたちであれ……これでもう彼は、自分の手中で生きていくしかなくなるのだから。
「これからは、ずうっと一緒だ……おとうさん」
「……?」
おとうさんという呼び名にもやもやしたものを抱えながら、炎司は抱き寄せる手を拒まなかった。痩せた身体の温かさに、そっと瞼を閉じる。
──自分が誰なのかさえ、彼にはもうわからなかった。
à suivre……
次回「燈矢」