【完結】Adieu au Héroes   作:たあたん

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本誌ぃ……

ぶっちゃけ轟家の顛末見届けてから今話は書いたほうがいいかなーと思いつつ、拙作は我が道を行くことにしました


#42 燈矢 1/3

 

 午後も深まり、白昼と夕暮の中間地点を迎えた頃になっても、依然雨は勢い衰えることなく降り続いていた。

 

「………」

 

 執務室のブラインド越しに、靉靆とした景色を眺める塚内直正。隊員たちを送り出した今、彼にできるのは無事の帰還を祈ることだけだった。

 

『皆さん、大丈夫でしょうか〜?ザミーゴとの交渉、決裂してないと良いんですが……』

「……まあ、前に大見栄を切ってしまったからな」

 

 ギャングラーとは交渉しない──長官含めた大勢の乗客を乗せた旅客機がハイジャックされたときでさえ貫いた、原理原則。

 

「ただ、その全責任は自分にあると死柄木捜査官は言った。彼は我々には何も差し出させず、自分自身と快盗たちだけで事を収めるつもりなんだろう」

 

 それで、上述のことは体裁がとれる。弔は一匹狼のように振る舞っているが、その実組織のことをよく理解している。日本ではようやく成人という年齢だというのに。

 

 たった五歳で依るべき家族を殺めてからの十五年間、志村転弧は何を考え、経験して死柄木弔となったのだろう。家族とともに自分自身の心をも崩壊(こわ)してしまった子供が快盗と警察を股にかける潜入捜査官になるまでの間には、想像もつかないような懊悩があったはずだ。

 自身の麾下にない人員の存在をストレスに感じることもあったが、今一度彼とは膝を突きあわせて話がしたい。旧友に抱く疑念とまるでシーソーゲームのような関係ではないかと、とりとめもなく塚内は思った。

 

 

 *

 

 

 

 二次元のトンネルをくぐった先には、極夜の森が広がっていた。

 

「ここが……ギャングラーの世界?」

 

 つぶやくルパンイエロー。性格は様々ながら騒々しい連中が多いギャングラーだが、彼らの本拠とする世界は異様なまでの静けさに包まれていた。

 

「なんか、生き物が死に絶えたあとみたいや……」

「チッ、縁起悪ィこと言うなや」

 

 とはいえそのような空気感は、皆が感じているものだった。お茶子のものの見方は素直だが、それゆえに鋭い。

 ルパン家で育つ中で、弔は聞いたことがあるのだ。ギャングラーの占めるこの異世界には、かつて人間も住んでいたのだと。

 

「油断するなよ、快盗。いつどこから敵が襲ってくるかわからない」

 

 パトレン3号──耳郎響香の言葉に、皆の気がよりいっそう引き締まる。見渡す限りに敵影はないが、救助対象である轟炎司の姿も見当たらない。

 

「チッ、わーっとる……わっ!」

「うおっ!?」

 

 いきなり銃口を向けられ、狼狽する1号。そのまま引き金が躊躇なく引かれ、

 

 1号の肩の上あたりを掠めた銃弾は、彼の背後に忍び寄る影を撃ち抜いていた。

 

「!」

 

 振り向いた先で、身体に風穴を開けて倒れ伏すポーダマン。その姿を認めて、鋭児郎はようやくルパンレッドの意図を理解した。

 

「た、助けてくれたのか……サンキュー」

「……今てめェにケガでもされて、足引っ張られちゃ堪んねえンだよ」

「なっ……ポーダマンに一発喰らったくらいで足手まといになるかよ!?」

「どーだかなァ、ヒーロー崩れ」

 

 火花を散らしあう赤ふたりを、イエローと2号が慌てて分けた。

 

「もー、何してんのこんなときに!?」

「大人げないぞっ、切島くん!……いや実際にどちらが年上かはわからないが!」

「……ハァ、」

 

 弔は密かにため息をついた。一刻も早く遂げねばならない共通の目的があるために手を組んでいるが、快盗と警察が相容れない存在であることに変わりはない。この程度の衝突で済めば良いが。

 不安はもうひとつある──荼毘のことだ。全員であの男と対峙した場合、その口から轟炎司がルパンブルーであることが漏れはしないか。炎司が快盗であると知れれば、同じジュレのスタッフである勝己とお茶子の正体も早晩露呈するだろう。

 

──とはいえ、ここは敵のテリトリーである。悠長に思考を巡らせている暇はなかった。

 

「!」

 

 前触れもなく、ポーダマンの群れが突如四方八方から現れる。当然ながら包囲される人間たち。

 

「コイツら、どこから……!」

「音もしなかったのに……っ」

 

「──皆、円陣だ」

 

 弔の声が響く。決してがなってはいないのに、よく通る声だった。

 迷うことなく、快盗も警察もその指示に従った。円形に並ぶことで皆が皆の背中を守り、背後からの不意打ちを防ぐ。

 

「「こんなヤツら、秒でブッ飛ばァす!!」」

 

 台詞を被らせた赤ふたりは、睨みあいながらも先陣を切った。仲間たちもまた、それに続くのだった。

 

 

 *

 

 

 

 荒廃した屋敷のダイニングルームは、蠟燭の灯により照らし出されていた。珍しいのは、その灯火が蒼く染まっていることか。赤より熱い炎は、しかしその色のために寒々しい印象を与える。──自分の炎を使ったのは失敗だったかと、荼毘こと轟燈矢は内心思った。

 

 ただ今は、それすらもが愉快に感じられる。積年の夢がかなったのだから、彼にとってあとのことはどうでも良かった。ただ、この"幸福"が永遠に続けば。

 

「──美味しい、おとうさん?」

 

 不器用な手つきでスプーンを使いながら、懸命に食事をしている父を見遣る。時折ぼろぼろとご飯粒をこぼしてしまっているが、それはやむをえないことだと荼毘は思う。だって今の彼は、推定年齢四歳ほどの幼児なのだから。

 

「………」

 

 幼児になった父……炎司は、是とも否とも述べることなく。ただぼんやりとした碧眼を、荼毘に向けた。そのいろに同じ遺伝子を感じとり、ますます歓喜が深まっていく。

 

「おとうさん。ぼく、幸せだよ。おとうさんとこうしてまた、一緒に暮らせるんだから」

「………」

「おとうさんは、幸せ?」

 

 幼い炎司は、この見知らぬ……しかしどこか近しい匂いを感じる青年を、じっと見つめた。

 

「幸せだよね?」

 

 念押すような言葉。どこか縋るような口調に、どうしてか胸が切なく痛む。ややあって、炎司はこくんと頷いていた。この青年の言うことには、できる限り応えてやらなければと思う。記憶を失っていることすら忘れている子供に、その理由がわかるはずもないけれど。

 炎司の反応を認めて、荼毘は心の底から嬉しそうな笑みを浮かべた。炎司もつられて頬を弛める。傍目には、歳の離れた兄弟にしか見えない光景。

 

「あらあら、仲良くやれてるみたいねえ」

「!」

 

 瞬間的に笑みを消し、振り返る荼毘。果たしてそこには、ゴーシュ・ル・メドゥの姿があった。

 

「はじめまして、坊や。私はゴーシュ……そこのおにいさんのお友達よ」

「……ともだち?」

 

 首を傾げる炎司。愛らしいしぐさに、これがルパンブルーの成れの果てかとゴーシュは密かに嗤う。ただ、自分の行う改造手術のようにぐちゃぐちゃに身体を弄られてこうなったのではなく、ただ幼い姿にされただけだ。人間の寿命を考えれば、これがたかだか数十年前の状態。

 

「……おとうさん。ぼく、こいつと話があるんだ。待っててくれる?」

「……うん」

 

 頷く炎司の頭に手を伸ばし、ひと撫ですると、荼毘は席を立った。

 

 

「……で、なんの用だ。手短に話せ」

 

 炎司に対するものとは打って変わった口調に、ゴーシュは噴き出しそうになるのを堪えた。

 

「つれないわね。人間の概念で言うなら私、あなたの大恩人だと思うんだけど?」

 

 身体に触れようとする手を払いのけ、荼毘は彼女に背を向ける。

 

「気安く触るな。……俺はもう目的を達した、誰にも邪魔はさせない。──ッ、ぐ、ふ……っ」

 

 また、体内から命のかたまりがせり上がってくる。荼毘は黒衣の裾で強引にそれを拭った。目に見えなければ、関係ないとでも言うかのように。

 

「大丈夫?また、手術が必要かしら」

「……こんなモン、大したことねえ」

「そう。まあいいけど……"邪魔者"は、ここに迫ってるわよ?」

「!」

 

 「手伝ってあげましょうか」と笑うゴーシュを、荼毘は拒絶することができなかった。

 

 

 *

 

 

 

 一方、戻ってタクティクス・ルーム。

 

 形としては通常業務に戻ったジム・カーターは、上司の行動に胡乱な思いを抱いていた。

 

『あの……管理官?』

「んー?」

『何をされているんですか?』

「何って……見たままだけど」

 

 そう言う塚内は必要な書類といらない書類を選別しては、前者をファイリングし直し、後者をシュレッダーにかけている。

 

『いっ、いくらなんでも書類整理やってる場合じゃないでしょう!?』

 

 確かに年末は近いが、こんな状況で。

 憤るジムに対して、塚内は苦笑いを浮かべて応えた。

 

「仕方がないだろう。引継前に最低限のことはやっておかないと」

『え、引継前って……』

 

 ジムが怪訝な問いかけを発しようとしたときだった。

 

「──失礼します、塚内管理官」

 

 慇懃無礼な口調とともに入室してきたのは、漆黒のスーツを着た男たちだった。一様に表情はなく、ただ"標的"だけを見据えていて。

 

「ああ……どうも。遅かったですね」

「八木長官より、身辺整理の時間を与えるよう命じられておりましたので」

「そうですか」

 

 身辺整理というなら、最低でもあと二時間は欲しかったのだが。長官殿はあれこれ気遣いをする割にその多くが空回る……そういうところが憎めないと、思っていた。

 

「塚内警察戦隊管理官。現時刻をもってあなたの役職を停止し、これより我々の監視下に置きます」

『ええっ!?』

 

 ジムの大仰な驚きの声は、塚内以外の誰にも顧みられることはなかった。

 

「わかりました。隊員たちの処分は?」

「我々にそれを開示する権限は与えられておりません」

「……カタブツめ」

「何か?」

「いえ。……ジム、」

『!、は、はい!』

 

「パトレンジャーを頼む」──そう言い残して、塚内は連行されていった。ジムひとりが、この部屋に取り残される。

 

『頼む、って……私はただの事務用ロボットですよう……』

 

 縋るような声は、誰もいないタクティクス・ルームにむなしく響くばかりだった。

 

 

 *

 

 

 

「物間チーフ、」

 

 降り続く雨とともに思考に浸っていた物間寧人は、部下の呼びかけで意識を現実に引き戻した。

 

「何?」

 

 表情を引き締めて訊くと、部下の青年は周囲を窺うようなしぐさを見せてから耳打ちしてきた。彼は寧人の"本当の任務"を理解している人間なので、その行動を不自然には思わない。

 

「塚内管理官が拘束されたと、本部から連絡がありました」

「まァ遅かれ早かれそうなるよな。で、"ノワール"からは?」

「そちらはまだ、何も」

「……わかった。連絡があったら直ぐ報告して」

「了解しました」

 

 年齢としては寧人と同じくらいか。まだ幼さの残る白皙の青年は、硬さの残る敬礼を見せると()()()()任務へと戻っていった。

 

「……ハァ、」

 

 吐き出されるため息で、視界の一部が白く染まる。徐々に昏くなっていく空と相俟って、寧人の心はますます憂鬱に沈んだ。せめてパトレンジャーの面々が、ギャングラーの棲む異世界から無事に帰還することを祈るほかない。

 

 

 この地獄が、彼らの希望を打ち砕くことになったとしても。

 

 

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