【完結】Adieu au Héroes   作:たあたん

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#43 X 1/3

 昼から降り出した雨は、夕方から白雪に変わった。

 地面にこそまだだけれど、車道と歩道の境目に植えられた街路樹にはところどころ白が混ざりはじめている。クリスマス・イブを彩るには、これ以上ない光景。

 

 しかし浮つく街とは裏腹に、駆け抜ける車両の中で揃って沈んだ表情を浮かべている者たちがいた。

 

「……ふたりとも、ごめん。結局、共犯者にしちまって」

 

 後部座席に蹲るようにして座る切島鋭児郎の言葉に、仲間たちは軽くため息をつきつつも首を振った。

 

「……仕方ないよ。死柄木や快盗たちがいなきゃ、轟さんを救けられたかわからないんだ」

「うむ。──だが、目眩ましとはいえ同じ国際警察の仲間めがけて発砲したのはいただけないぞ!反省したまえ!」

「お、おう……悪い」

 

 そんな会話を繰り広げているうちに、パトカーは庁舎の敷地内に進入していく──

 

 

──そこには既に、保安員らが待ち構えていて。

 

「耳郎響香、飯田天哉、切島鋭児郎──各捜査官。貴方がたを職務規定違反により拘束します」

「………」

 

 覚悟はしていた。三人は両手を挙げ、無抵抗の意思を示すよりほかになかった。

 

──たとえ自分たちがどのようになろうとも、志を継ぐ者たちが世界の平和を守ってくれることを祈って。

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、パトレンジャーの面々が拘束されることになった原因である青年は、独り帰宅していた。

 

 帰宅といっても、国際警察にも届け出ている"表向きの住所"にではない。そちらもカムフラージュのため今までは寝泊まりに使っていたが、当然今は監視の目があるだろう。まあ、二度と戻れなくとも問題はないが。

 一方でこの住居は、彼が"先生"と呼ぶ人物が日本に滞在する際に使用していたものだった。彼が不在の今、自分が主ということになっているが……数年が経過してもなお、その残り香のようなものが漂っているように感じられる。

 

 とりとめもない思考を揺蕩わせつつ、青年は着の身着のままでベッドに倒れ込んだ。じっとりと湿った疲労が、重石となって身体に張りついている。呑気に眠っている場合ではないと自覚はしているけれど、もはや指一本さえ動かせそうもなかった。

 

("先生"、俺は……)

 

 瞼を閉じると、浮かんでくる情景。夢とも回想ともつかないそれは、ただ間違いなく記憶の底から浮かび上がるものだった。

 

 

 *

 

 

 

 文字通り自らの手で家族を殺めた志村転弧は、外見も内情も引っくるめて亡霊のごとき存在だった。もとは黒だった毛髪は老人のように白く染まり、丸みを帯びた顏の中で落ちくぼんだ紅い瞳だけが爛々と輝いている。その果てにあるものは、"死"しかない。弱冠五歳にして庇護者を失った子供に待ち受ける、残酷な現実。

 しかしそのときを待つばかりとなった彼の前に、その男は現れた。

 

『苦しかったね、つらかったね』

 

『それでもきみは、生きていくしかない。終わりが来るまで……その罪を背負って』

 

『でも──もう大丈夫、僕がいる』

 

『僕が一緒に、きみの罪を背負う』

 

 

『──ヒーローの手が届かないモノを、僕たちが守るんだ』

 

 

──それが志村転弧と、"先生"との出逢いだった。

 

 

 *

 

 

 

『きょうからここが、きみのおうちだよ』

 

 "先生"とともに渡欧した転弧は、ルパン家の一員となった。屋敷は実業家だった父が建てた家とは比較にならないほど広大で、ふつうの子供の感性を失ったわけではない彼は圧倒されるとともに、少なからず浮ついた気持ちを味わった。ただその度に死に際の家族の顏が脳裏に浮かび、自分はこのような厚遇を受けてはいけない人間なのだと己を責める。"先生"の言葉を己のレゾンデートルとして呑み込むには、彼は未だ幼すぎた。

 

 日がな膝を抱えるようにして過ごす転弧に、"先生"は常に寄り添ってくれた。庭をともに散策したり、旅行にも連れていってくれたか。そのひとつひとつがきらきらと輝くような思い出として、彼の心のうちに残っている。

 

 

 そうして二、三年が経過した頃になってようやく、転弧少年はぎこちないながらも笑顔を浮かべることができるようになりつつあった。

 

『おかえりなさい、先生』

 

 玄関にまで迎えに出た転弧を、"先生"は軽く抱き上げてくれる。

 

『ただいま、転弧。良い子にしていたかい?』

『うん』

『……軽いな。きちんとご飯は食べているかい?それに、目の下に隈ができている』

『……だって、たくさんお勉強しなきゃ』

 

 癒えることのない傷を抱えながら、転弧は恩人の意に沿えるよう必死に立ち直ろうとしていた。与えられた書籍や教材を読みふけり、知識を得、思考する。そうしている間だけは、己が家族を殺してのうのうと生きている大罪人であることを忘れられる。元々賢明な頭脳の持ち主であることも手伝って、転弧少年は寝食も忘れて勉強に打ち込んでいたのだった。

 

『転弧、』

 

 ちいさな身体をおもむろに地面に降ろすと、"先生"は白く染まった頭を撫でた。その優しい手つきに、転弧は目を細める。

 

『きみと出逢ったあの日、僕は言ったね。"終わりが来るまで、罪を背負って生きていくしかない"と』

『……うん』

『だからといって、自ら終わりを早めようとしてはいけないよ。できるだけ長生きして、世界のために尽くさなければ』

 

『きみと同じ思いをする子供を、なくすために』──"先生"の言うことの多くは子供の転弧にはまだ難しかったけれど、その部分だけは明確に心に響いた。そうだ──そのために自分は、こうして生きながらえているのだと。

 

『独りにしておくと、どうもきみには良くないようだ。やはり世話役は必要だったね』

『……?』

 

 首を傾げる転弧を尻目に、『入りなさい』と玄関先に声をかける"先生"。そして現れた男の姿に、転弧は目を見開いた。

 

『──はじめまして、転弧様。"黒霧"と申します』

 

 "黒霧"──そう名乗った燕尾服の男は、素肌のことごとくが黒い靄に覆われていた。頭部すらも。男と判断したのは体格と声からで、それさえ確実ではなかった。

 

『彼にはきょうから私の執事を務めてもらう。転弧、きみの世話も彼に任せることにしたんだよ』

『よろしくお願いします』

 

 明らかに年長者でありながら、慇懃に一礼する黒霧。対する転弧は、

 

『……ふん』

 

 不満げに唇を尖らせ、そのままそっぽを向いてしまった。

 

『転弧?』

『"先生"のばかっ、ぼくは独りでいい!世話係なんていらないっ!』

 

 そう吐き捨て、走り去ってしまう。引き留めることはしなかったけれど……"先生"は少なからず動揺している様子で。彼と付き合いのまだ浅い黒霧にも、それがわかった。

 

『……気づかれてしまったかな、きみの素性?』

『いや、そういうわけではないと思いますが』

『ふむ……僕は色々なことをしてきたが、子供を育てたことはなくてね。自分のことを思い返そうにも、随分と遠い記憶になってしまった。その点、きみはまだ少年だったろう?』

『……なるほど』

『頼りにしているよ、白雲朧くん』

 

 その名は命とともに捨てたのだがと、靄の向こうで黒霧は苦笑した。

 

 

 *

 

 

 

 夜の街の片隅──河川敷に駐車された黒塗りの大型バンの中で、国際警察の部隊は死柄木弔の捜索を続けていた。

 後部座席が改造されてモニターが設置されており、それを囲むように捜査官たちが作業をしている。複数の画面には街を監視する防犯カメラの映像が表示されており、その中から標的を見つけ出すことが彼らの任務であった。

 

「………」

 

 その中にあって──この捜索部隊のリーダーである物間寧人は、片隅でじっと黙考を続けていた。その碧眼は虚空を見つめており、その態度に疑念を抱く者もいる。……が、一部の事情を知る者は彼の心中を理解していた。同時に、彼も含めたこの部隊全員が盤の上の駒でしかないことも。

 

 どれほどの時間が経過しただろう──終わりの見えない作業に皆が疲れはじめた頃、唐突に片側のドアが開かれた。

 

「──物間捜査官、」

「!」

 

 腹心の部下に呼ばれ、寧人は唇を吊り上げた。外に出て車から距離を置き──携帯電話を受け取る。

 

「もしもし、ファントムシーフです。……待ちくたびれましたよ、"ムッシュ・ノワール"?」

 

 それに対し、相手が発した言葉。寧人は笑みを濃くしつつ……どこか、寂しげに碧眼を伏せる。その胸中は、彼自身にしか知り得ぬものであった。

 

「そうですか、ご協力感謝します。──では」通話を切り、「男の尻を追いかける不毛なイブも、やっと終わりか……」

「は?」

「いや。──それより、庁舎に戻ろう。こんなくだらない三文芝居、とっとと幕引きにしなきゃ、ね」

 

 何より、その仕掛人の企みも。それこそが寧人の真なる目的なのだと、間もなく知らしめられることとなる。

 

 

 *

 

 

 

 悲喜劇が複雑に交錯する死柄木弔の回想は、微睡みともども唐突に中断された。屋敷内に、何者かの気配を感じたのだ。

 咄嗟に身を起こした弔は、Xチェンジャーを手に寝室を出た。すっかり暗くなった廊下を、息を殺して進んでいく。他者の気配が、ますます色濃いものとなる。

 

 と、奥にあるキッチンからかちゃかちゃと音がする。食器を動かすような音。──その気配が何者が発するものかを察した弔は、警戒を緩める代わりにため息を吐いた。

 

「──おい、」

「!」

 

 ぞんざいに声をかけると、"彼"は食器片手に振り向いた。

 

「こんばんは、死柄木弔。用意が終わったら、起こしに伺おうと思っていたのですが」

「……思っていたのですがじゃない。何やってんだよ──黒霧」

 

 「見ての通りですよ」と、出逢った頃となんら変わらぬ姿で応じる黒霧。ほかほかと湯気を立てる料理の数々が、食卓に並んでいた。

 

「作ってもらって悪いけど、メシ食う気分じゃない」

「気分がどうでも、生きている以上栄養補給は必須です。昔から何度も申し上げているのに死柄木弔、貴方は昔からなんだかんだと理由をつけて食事を抜こうとする」

「おまえに上から目線で命令される謂れはねえんだよ」

「命令ではありません。ご忠告です」

「……ハァ」

 

 黒霧と言い合っても埒が明かないと知っている弔は、ため息混じりに食卓についた。ルパン家にやってきてこのかた、感情を昂ぶらせたことのないこの男は、その実自分以上の強情者だった。正しいと考えたことは絶対に曲げないその気質に英雄の面影を見たことも、一度や二度ではない。

 

 そういえば──あれは黒霧がルパン家の執事になって暫くが経った頃だったか。屋敷をうろつくようになった──執事なのだから当然だが──黒い靄の塊がいい加減鬱陶しくなって、何か弱みでも握ってやろうと彼の居室に侵入したことがあった。生活感のない部屋をあれこれと物色していたら、一枚の写真が飛び出してきた。そこに映っていたのは、日本のヒーローアカデミアとしては最高峰の雄英高校、その制服を纏った少年たちの姿だった。青白く揺蕩う髪の少年が朗らかに笑い、黒髪の少年、金髪の少年と肩を組んでいる。彼らがいったい何者なのか──当時の転弧少年には知る由もなかったけれど。

 

「……なぁ、黒霧──」

 

 今まで調べようともしなかった。しかしふと思い返した関心を問いにしようとしたとき、それを遮るように黒霧が先んじた。

 

「貴方の心配事はわかっています、死柄木弔。──パトレンジャーのことでしょう」

「!」

 

 料理をテーブルに並べつつ、

 

「貴方はいつの間にか、随分と彼らに感情移入してしまった。これからも、白と黒を行き来するつもりですか?」

「……しようにもできないだろ、もう」

 

 自分は、国際警察に追われる身となってしまったのだから。

 しかし黒霧は、靄を揺らしてかぶりを振った。

 

「しかし、貴方はそれを望んでいる」

「………」

 

「──ですから、私もひと肌脱ぐことにしました」

「は?」

 

 そろそろ、投じた一石が波を起こしている頃合いだろう。密やかに笑いながら、冷めないうちに食べるよう黒霧は促した。

 

 

 *

 

 

 

 国際警察日本庁舎──支部長執務室は、死柄木弔逮捕令に端を発する騒擾の、台風の目であった。静かな室内に、ついひと月ほど前にこの部屋の主となった男の声のみが響いている。

 

「──では至急、新たなパトレンジャーの人員の選定を進めてほしい。うん……haha、クリスマスに申し訳ないが、頼むよ」

 

 各地の幹部に連絡をとり、指示を下す。軽い口調でのやりとりは、しかし国際警察の今後を大きく左右するものだった。彼──八木俊典が国際警察創設メンバーのひとりであり、現役の長官であるからには。

 連絡もひと段落すると、八木はふっと息をついた。そして何かを思い出したかのように、デスクの引き出しを開ける。そこには体格に秀でた黒髪の女性と、鬣のような金髪の少年が映し出されていた。──後者の容姿と同じ面影が、八木にはあって。

 

(……お師匠、)

 

 彼女が今の自分を見たら、憤るだろうか、嘆くだろうか。ふたつにひとつ。

 それでも今さら、止まることなどできない。"平和の象徴"を貶めてでも、遂げねばならない理想がある。

 

 ひとときの懐古に浸っていた八木だったが、突然執務室の扉が開かれたことで我に返った。

 

「失礼しますよ、長官」

「……キミか、物間くん。ノックくらいするのがマナーじゃないかな?」

「もうその必要もないと判断しましたので」

 

 にこりともせず告げる寧人の手には、一枚の紙が握られていて。

 

「八木長官。……ギャングラーと通じていたのは、やはり貴方だったんですね」

「……なんのことかな?」

「とぼけてもムダなのは、令状(これ)がある時点でよくお分かりだと思いますが?」

 

 それもそうだ。苦笑しつつ、八木は立ち上がった。

 

「キミの本命は、私だったか」

「………」

「良いだろう。部下の頑張りには、応えなければね」

 

 悪巧みは、やはり自分には荷が重かったようだ。諦念めいた気持ちとともに、八木は息子ほどの青年に手枷で繋がれた。

 

 

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