「……おまえ、ンなことしてたのかよ」
黒霧の作った料理に渋々口をつけつつ──腹立たしいことに絶品なのである、これが──、死柄木弔は驚嘆とも呆れともつかぬ言葉を発していた。快盗の危機に姿を見せないのは何かあるとは思っていたが、よもや国際警察……厳密にはそのうちの非主流派と繋がって動いていたとは。
「ええ。貴方が手配されたと聞いたときは、流石に肝を冷やしましたが」
「フン……なんだってそんな。ケーサツを引っ掻き回すつもりかよ?」
無論、付け入る隙を与えるほうが悪いのだが。まして、清廉潔白を標榜している組織で。
「言ったでしょう。貴方が国際警察に居られるようにするためだと」
「は?」
漆黒の靄に覆われた顏に、表情はない。だが先の言葉を念押しするような発言に、彼の本気が表れていた。
「ひと肌脱いだってあれ、本気だったのかよ。おまえ、俺が警察に潜り込むの反対してたじゃんか」
案の定、この男の懸念は的中してしまったわけだが。
「ええ。ですが、貴方がパトレンジャーの一員となったことで、ルパンコレクションの回収が円滑に進むようになりました」
「……まァ、そうだな」
自分がパトレンジャーと行動をともにしている限り、ギャングラーごとコレクションを破壊されてしまうリスクはほぼなくなったのは確かだった。黒霧がそのアドバンテージを受け入れたというのは、納得のいく話ではあるが。
ただ彼は──出自を考えれば、必ずしも実利だけで動くわけではなかった。
「それだけではありません。──あの方の遺言を思えば、たとえ危険があろうと、貴方の意志を尊重すべきと考え直したのです」
「!、"先生"の……」
"先生"の、遺言。その言葉が胸のうちに反響する中で、彼らの心は再び過去に沈んでいった。
*
志村転弧が"先生"に引き取られてから、十年の歳月などあっという間だった。
十五歳になった転弧はぐんと背が伸び、自らが一人前の男になりつつあることを日々感じていた。"先生"から与えられた小遣いを元手にした資産運用も成功し、既に一生遊んで暮らせるだけの財産を築いている。
そんな彼が次に望むのは、恩人の役に立つことを置いてほかになかった。知識も肉体も、万全に使いこなすことができる。"先生"のためなら、どんな危険な仕事であっても喜んで引き受けようと彼は心していた。
なのに、
『ッ、なんでだよ"先生"!?僕にはまだ早いって……!』
揚々と助力を申し出た転弧に対する"先生"の答は、「時期尚早だ」というにべもないものだった。
『転弧、きみには学ぶべきことがまだまだたくさんある。僕の仕事を手伝ってくれるなら、なおのこと焦ってはいけないよ』
『……"先生"はいつもそうやって、僕を子供扱いする……!』
『転弧様、"先生"は客観的事実を述べているだけかと』
『おまえは黙ってろよ、黒霧……!』
"先生"との、
結局、転弧が何を言おうと"先生"は首を縦には振らず。──癇癪を起こした転弧は、感情のままに屋敷を飛び出した。幸か不幸か、金銭的に自立している彼は庇護下を脱け出ようとも生きていくすべがあって。
『先生の、バカヤロー……』
パリ郊外の高級ホテル。そのスイートルームのベッドを独り占めしながら、転弧はぽつりとつぶやく。この十年間の自分の努力も、彼から与えられたあらゆる養分も、すべて一日も早く彼の役に立つためにあったというのに。そういう転弧の想いに、"先生"は敬意を払ってくれない。彼の中ではいつまでも、膝を抱えて泣いているちいさな子供のままだ。
"先生"のような大人にしてみれば、そういう反発心は子供ゆえのもの。──静かな部屋でぼうっとしていると頭も冷えてきて、相手の考えが理解ってくる。絶対に納得はしたくないけれど。
『……帰るか』
そしてもう一度、"先生"に自分の有用性を訴えればいい。そのような自分の考えが如何に子供らしい夢だったか、程なく転弧は思い知らされることになったのだ。
燃えさかるルパン家の屋敷。炎の中に斃れた──"先生"。そして、
『ふん……これがルパンコレクションか。なかなか、面白そうじゃねえか』
『ボス、あの男にとどめを刺さなくてよろしいのですか?』
『放っておけ。帰るぞ、デストラ』
劫火をものともせず、去っていく怪人たち。──それがギャングラーの首魁ドグラニオ・ヤーブン、そしてその右腕デストラ・マッジョであることを知るのは、暫しあとのことになる。
いずれにせよ、そのときの転弧には何もできなかった。何もできぬまま、既に事切れた"先生"の亡骸を抱いて慟哭するしかなかったのだ。
*
「──切島隊員。きみの拘束を解く、出なさい」
拘置室に閉じ込められて二時間もしないうち、そんな言葉とともに鋭児郎は自由の身となった。そのままタクティクス・ルームへ向かうようにという指示に、ひとまずは唯々諾々と従うほかない。そこで正式に処分が下るのだろうかと、ひとまず己を納得させて。
しかし到着した先には、同じように当惑した様子で居る仲間たちの姿があった。
「!、おお、切島くん!きみも解放されたか!」
「お、おう。ってか俺たち、どうなるんだ……?」
「……それが、よくわかんないんだよね」響香が応じる。「さっき管理官が来て、別命あるまで待機してるようにって。それだけ言って、またどっか行った」
「……あれ?管理官も、捕まっちまったんじゃ?」
いったい、何が起きているのか。事態の変転を彼らが上手く呑み込めないのも、無理からぬことであったが。
「………」
『えっ……わ、私に訊かれても困りますよぉ』
皆の視線を一身に浴びることとなったジム・カーターは、あわあわと後ずさりするのだった。
──部下たちと同様、唐突に解放された塚内直正は、かつてわずかな間部下だった青年に呼び出されていた。
「お呼び立てして申し訳ありません、塚内管理官」
「……いや。きみの捜査対象は、"彼"だったんだな?」
「ええ。長官……八木俊典の周辺では、来日以前から不審な動きがあったので」
「それできみが、庁内
「ええまあ。なんたって僕は、"
そう言って皮肉めいた笑みを浮かべる物間寧人の心根は、やはりヒーローのそれだと塚内は思う。──そうだったはずなのだ、自分の知る八木俊典も。
「ただまあ、彼にも意地があるようで。僕のようなぽっと出の若輩者には何も喋りたくないようです」
「それで、俺か」
「ええ。これで警察戦隊の命令違反は帳消しにできるでしょう」
実際、旧友の変容──その理由は、直接彼の口から聞きたかった。俊典とてそういう心積もりで、だから今は口を閉ざしているのだろうと、塚内も考えた。
「わかった。任せてくれ」
そう告げて、彼は取調室に入った。八木の黒々とした瞳が、じろりとこちらを向く。吸い込まれそうな闇、しかしその中心で恒星のように輝く碧もまた、健在で。
「すまないが、彼とふたりにしてくれ」
塚内の願いに、交代する係官は無言で頷いた。寧人から当方の意志は最大限尊重するよう、あらかじめ言いつけられているのだろう。彼にもプロフェッショナルとしてのプライドがあるだろうが、今は慮外のことだった。
「やあ、塚内くん」
「……俊典、」
変わらぬ親愛の笑みを浮かべる相手に、塚内は一瞬言葉に詰まった。自分たちはとんでもない間違いを犯そうとしているのではないかという直感的な不安が、脳裏をよぎる。しかしそれを明確に否定して、彼と対峙する。
「……きみの罪状、及びその証拠については、すべて物間捜査官に確認した」
「うん。彼は優秀だね、掬いあげたのは誤りだったが、過ちではなかった」
「訊かれたことにだけ答えろ。……国際警察の創設メンバーでもあるきみが、なぜギャングラーに魂を売った?」
「………」
「……魂、か。そうだね、そう思われても仕方のない行動だったとは思っている」
「仕方のない、じゃない……!事実そうだろう!」
思わず大きな声が出た。それでも八木は、眉ひとつ動かすことはなかったけれど。
「この前、私は言ったね。──"自由のため"、と」
「!」
大浴場での会話が甦る。旧友の真意を率直に尋ねた塚内に対し、彼が答えたこと。そのときは有耶無耶にされてしまったけれど。
「塚内くん、私のきみは数少ないほんとうの友人だと思っている。……今こそ話すよ、私のすべてを」
そう告げて、八木は己の過去を語りはじめた。──そのはじまりは三十年以上も昔。
この世界に初めて、ギャングラーが現れた日のことだった。
*
国際警察の混乱の間隙を縫うようにして、クリスマス・イブの街を脅威が襲っていた。
「ナンパッパッパッパー!サンタさ〜ん、オレにもプレゼントちょぉ〜〜だいっ!!」
無邪気な言葉を発しながら、ポーダマンを率いて商店街を襲撃するギャングラー。どこかペンギンに似た姿は、甲冑を着込んでいても丸みが隠しきれておらず、コミカルな印象を辺りに振り撒いている。
しかしながら、彼が人々にとって恐怖の対象であることに変わりはない。街を警邏するプロヒーローたちを巫山戯た態度のまま終始圧倒し、侵攻を続けているのだから。
「クリスマスだかクルシメマスだか知らねえがァ、こんな色とりどりのグッズを店先に置いといてェ、奪われないとでも思ったか〜?ナンパッパッパー!!」
自分勝手な御託を並べ立てながら、ポーダマンの集めてきた品々を真っ赤な袋に放り込んでいくギャングラー。その姿はさながらサンタクロースのようで──実際のところ、プレゼントはことごとく自分に対するものでしかなかった。
「ナンパッパ!じゃあそろそろ、撤しゅ──」
本格的な邪魔が入らないうちにと退却しようとしたギャングラーだったが、一歩遅かった。その額のど真ん中に、どこからともなく飛来したカードが突き刺さったのだ。
「痛っででで!!?な、なん、なんじゃこりゃああああ!!??──誰だァ!!」
慌てて視線を向けた先──そこには赤・青・黄、三つのシルエットがあって。
「は……、世間を騒がす快盗だ」
「なっ、る、ルパンレンジャー!?」
「ご名答!」
「──ルパンレッドォ!!」
「ルパンブルー……!」
「ルパンイエロー!」
「「「快盗戦隊ッ、ルパンレンジャー!!」」」
「予告する。──俺らに
相手が狼狽えているのも構わず、強引に戦闘を開始する快盗たち。息の合った動作で跳躍し、初撃でポーダマンの群れをなぎ倒していく。
「オラァ死ねぇ!!」
人間の身体能力を遥かに向上させる快盗スーツ、そしてそれを纏う者らが積んできた戦闘経験を前に、ポーダマンなど最初から襤褸切れも同然。瞬きの間に目に見えて数を減らしていくさまに、ペンギンに似たギャングラーは戦慄した。
「かっ、快盗には敵いませ〜ん……!」
独りごち、密かに背を向け逃げ出そうとする。しかし、
『シザー!快盗ブースト!』
「!?」
背後から響く電子音声。──刹那、飛来した巨大なブーメランによって彼は背中を切り裂かれていた。
「ナンパパパァ!!?」
「誰が逃げていいっつったゴラァ!!」
シザー&ブレードを手に、飛びかかるルパンレッド。右往左往しながらも、彼は慌てて手持ち武器の両刃剣を構えた。このギャングラーの姿といい、既視感を覚えさせるものだったが。
「ふっ──オラァ!!」
シザーシールドが敵の凶刃を防ぎ、すかさずブレードがそれを弾き飛ばす。ギャングラーは一瞬にして丸腰にされてしまったうえ、胴に駄目押しの一撃を浴びてその場に倒れ伏した。
「ナン、パァ……」
「はっ、ご開帳〜」
ダイヤルファイターが胴体の金庫に押し当てられ、自動で暗証番号を読み込んで解錠してしまう。そこに目当てのものがあると信じて疑わなかったルパンレッドは、次の瞬間面食らっていた。
「……は?」
「か、空でした……てへっ」
ペンギンギャングラーの言葉は紛うことなき真実だった。金庫の中には何も入っていない──そう、何も。
「オレ様、ボスからルパンコレクション貰えなかったの……ナンパパパ」
「………」
言い訳がましく告げるギャングラーは、確かに見た。眼前の赤い仮面が、凄まじい怒気を孕んでいくのを。
「……だったらなァ、」
「人がクソ疲れてっときに出てくんじゃねえッ、このクソ雑魚ペンギンがァ──!!!」
「ヒィイイイイイ──ッ!!?」
ブチ切れたルパンレッドの耳を劈くような罵声に、ペンギンギャングラーは引き攣った悲鳴をあげることしかできないのだった。