いったい何が起きたのか、即座に理解が及ぶはずもなかった。
ただ、自分たちの上に積もった瓦礫を力ずくで押しやり、痛む身体を叱咤して起き上がる。
「ッ、飯田、耳郎……。大丈夫か……!?」
彼の呼びかけに、呼吸を荒げながらも仲間たちが応える。この状況下にあってようやく胸を撫でおろすことのできた鋭児郎だったが、それも周囲の状況を認識するまでのことだった。
──ビルが崩れ、瓦礫と炎とが焼け焦げた道路に降り積もる。
それは滅びの光景……地獄、そのものだった。
『──デストラの攻撃で、13の地区が被害を受けています。爆心地となった広沢地区は……壊滅状態です』
ジム・カーターによる被害状況の報告が、タクティクス・ルームに重々しく響く。やむなくヒーローに救助活動を任せ、帰還したパトレンジャーの面々は、揃って拳を握りしめることしかできないのだった。
「……あれが、デストラの一撃で起こったことなのか」
ハンマーのひと振りが、13もの地区を地獄へと変えてしまった。世界そのものを大きく動揺させた、ギャングラーの脅威。デストラ・マッジョという男は、それを体現していた。
「これ以上被害を出す前に、ヤツを倒さないと──」
『──あのぅ、』躊躇いがちに割り込むジム。『実は皆さんが戻ってくる前に、死柄木さんから通信がありまして……』
「!、マジか!?なんて……っ、ジム、死柄木はなんて言ってんだ!?」
もとより冷静な心持ちでない鋭児郎は、目の色を変えてその報告をしたジムに詰め寄った。結局、あの戦場で弔と言葉をかわす暇などあるはずもなかった。彼のことを気にかける感情も、忘れてしまったわけではない。
「落ち着け、切島捜査官」
あえて冷や水を浴びせるように、塚内が言い放つ。
「彼から報告があったのは、デストラの能力についてだけだ」
「……デストラの?」
「──"デストラは、ビクトリーストライカーとサイレンストライカーの両方を手中に収めている"……だ、そうだ」
「──!?」
「な……!?」
あのデストラが、よりにもよって最強クラスのルパンコレクションを?弔からの一週間ぶりの接触という事実が頭から抜け落ちるくらいに、その報告は衝撃的なもので。
「ビクトリーストライカーは未来予測、サイレンストライカーは重力操作の能力を発揮するらしい。そのふたつ、そしてデストラ自身の圧倒的なパワーを攻略しなければ……我々に、勝ち目はない」
「……ッ、」
若人たちの強い心さえも折りかねない塚内の言葉は、しかしどうしようもなく事実でしかなかった。
*
一方、爆豪勝己と死柄木弔も間一髪、難を逃れて拠点であるジュレに戻っていた。
「こ、こんな感じやったっけ……?」
「違ぇわヘタクソっ、いい加減包帯の巻き方くらい覚えろや!!」
「………」
「〜〜ッ!?」
無言のお茶子に巻き途中の包帯で思いきり締め上げられ、勝己は声にならない悲鳴をあげた。
その様子を横目で見つつ、
「ビクトリーとサイレン、両方がデストラの手にあると……間違いないんだな?」
「……ああ。サイレンは直接確認してないけど、あの能力は100パーそうだね」
左目を包帯で覆った弔の回答に、炎司はえも言われぬような表情で黙り込んだ。前者はザミーゴから、後者は燈矢から……間接的にはいずれも、自分が原因を作ったようなものだ。それが巡り巡ってこの青年たちを苦しめている。
「どうしよう、あんな強いのに……コレクションだって取り返さなきゃでしょ?」
「ッ、たりめーだわ……」
お茶子にやられた痛みに顔を顰めながら、勝己。──ふたつのVSビークルを、どうやって取り返すか。デストラはこちらの動きを読むことができる、そんな相手の隙をつく方法は……。
「──問題は、どうやってデストラの能力を破るか……」
まったく同じ時機に、警察の面々も"
そして──そのために、取りうる手段は。
「……コレクションを、快盗に奪らせる……」
「!」
鋭児郎のつぶやき。それはこの場にいる全員の頭の中にある考えだった。圧倒的な力をもつデストラを打ち破るには、それしかないと。
「……快盗に、協力させるか」
「しかし、どうやって彼らを呼び出す?死柄木くんがこちらからのコンタクトを受けてくれるかもわからないんだぞ」
事実この一週間、こちらからの連絡に対しなんの返信もなかったのだから。
だが、
「いや……死柄木を通す必要はないよ」
「何?」
「
「チッ……サツの連中、使うしかねえか」
勝己もまた、鋭児郎と同じ結論に達していた。
「彼らを囮にしてチャンスをつくるということか?」
「それしかねえだろ。──なァ、死柄木」
「!、………」
弔は是非を述べようとはしなかった。ただ勝己の考えに代わるものをもたないのは、間違いなくて。
「でもデストラ、めっちゃ強くなってるんでしょ?ふたりがこんなメッタメタにされちゃうくらいやし……警察の人たちだって、もたないんじゃ──」
「はっ、気合いでなんとかすンだろ、あの連中なら。市民守るためなら手段選ばねえんだから」
「
「
「「──それを、利用するんだ」」
*
一度退いたデストラ・マッジョは、主人の屋敷に戻った。既に、この場に出入りする者は殆ど存在しなくなっている。ことごとくが快盗、あるいは警察……いずれにせよ改造したルパンコレクションを扱う人間たちによって、倒されたのだ。そうしてギャングラーは今や、瓦解寸前となっている。
「──あら、もう戻ってきたの?」
「……ゴーシュか」
ゴーシュ・ル・メドゥ、一応は同僚という扱いになるのかどうか。ドグラニオの側近という立ち位置は同じだが、壊し、奪い、殺すための集いであるギャングラーに明確な職掌があるわけではない。彼女は己の好奇心を満たすためにドグラニオに媚びを売り、それと引き換えに好き勝手をやっている。
「ドグラニオ様は留守か?」
「ええ。最近、色々とご自分で動いてらっしゃるみたいよ?ギャングラーもこの通りだものね、フフフッ」
「……わかっているならこれ以上、勝手は慎むことだ」
「勝手じゃないわよ、ボスが認めてくださってるんだもの」
そう──ゆえに、デストラは彼女の行動に不快感を表明する以上のことができなかった。今までは。
だが、これからは違う。
「俺がボスの座に就いた暁には、貴様には行動を改めてもらう。よく覚えておけ」
「あら……遂にその気になったのね。ボスもお喜びになるでしょうけど……誰も文句をつけられないような功績のひとつやふたつ、あげてから言うべきじゃないかしら?」
「………」
ゴーシュの言わんとするところは、考えるまでもなく判る。今、デストラが挙げうる目に見える功績など、ひとつしかありえない。
「……快盗と警察を葬り去り、あの世界を我らのモノとする。──きょうこの日こそ、新たなギャングラーのはじまりの日だ……!」
同僚のほかに聞く者のない宣言を高らかに告げると、デストラは踵を返して去っていく。
その背中を見送りつつ、
「フフフ……期待してるわよ、デストラ」
どこまでも真意の窺えぬ声で、ゴーシュは独りつぶやいたのだった。
*
『──現在、92パーセントの住民の避難完了。高藻地区・和義沼地区においては、日本警察及び地区管轄のプロヒーローと合同で住民の輸送作業を進行中。国際警察日本支部において戦力部隊は──』
「……デストラのヤツ、次はどこに現れると思う?」
「奴は快盗や我々を標的にしてきた。おそらく、また……」
「快盗はどこにいるかわからないだろうけど、ウチらは堂々と拠点を晒してるからね」
庁舎全体に流れるアナウンスを背に、パトレンジャーの面々は出陣の備えを行っていた。
──そして、彼らも。
「いよいよ、デストラと戦わなきゃか……」
快盗の衣装を纏いつつ、自らに言い聞かせるようにつぶやくお茶子。手が震えてしまうのは、自らの意志で抑えられるものではなくて。
そんな様子を窺って、唯一着替えていない弔が口を挟む。
「……なァ、やっぱり俺も──」
「──馬鹿言うなや」ぴしゃりと跳ね除ける勝己。「ンなボロクソで戦りあえるような相手じゃねーのは、てめェがいちばんよくわかってンだろ」
「……きみが言えた義理じゃないと思うけど」
勝己だって、手酷く負傷しているのは同じなのだから。
「俺にとっちゃこの程度かすり傷なんだよ。てめェは片目やられてンだろ、どう考えても万全じゃねー」
「………」
「──死柄木、ここは我々に任せろ。ただ……万が一のときは、」
「ちょっ……ストップストーップ!」炎司の言葉を遮るお茶子。「万が一とか言うのあかんてもう!せっかく自分落ち着かせてたんに……」
「はっ、ビビってんじゃねーよ丸顔」
「うっさいバカ豪!」
「よしてめェはデストラの次に殺す」
軽口を叩く少年少女と、それを見守る壮年の男。彼ら三人は快盗というひとつのチームとなって、命と矜持をかけた戦場へ出立していく。
「………」
それを見送るほかない弔は、ふと背後に気配を感じた。それが何ものかなど瞬時にわかる、振り返るまでもない。
「……行ってしまいましたか」
「そりゃ行くだろうよ、コレクションの奪還はあいつらの悲願でもあるんだから」
「俺はこんなだから留守番だけど」と、弔。視界に入らなくとも、黒い靄が背後で揺らめくのがわかる。
「……死柄木弔、良い機会です。あなたはもう、前線から退くべきかもしれない」
「は?」
その言葉には思わず振り向いてしまった。そうしたところで靄に覆われた顔から、表情など窺えないのだが。
「なに言ってんだ、黒霧。俺が国際警察にいられるようにっつってたのはおまえだろ?」
「!、……そう、でしたね」
「一週間で言うこと変わりすぎだろ。……何があった?」
国際警察側の動きにネガティブな変化があった──まずもって立ちうる推測だった。合理的な思考という意味では、弔のそれは突飛ではない。むしろ、黒霧のほうが。
「何が、というわけではありません」
「……?」
「迷っているのかもしれませんね……私も」
アルセーヌ・ルパンの跡を継ぎ、弔はニ勢力を股にかけて立ち回るほどに成長した。……それでもなお、黒霧の目には出逢った頃のちいさな転弧少年が映っているのだった。
*
同時刻──国際警察日本支部庁舎の前に、異形の一つ目巨人が姿を現していた。
「人間どもの
言うが早いか、巨人──デストラ・マッジョは己の体内で生成した無数のミサイルを放った。それらは庁舎の突出部に着弾し、辺り一面に劫火を撒き散らした。外部からの攻撃に耐えうるよう建設されている、この一撃で崩壊などありえない。それでもばらばらと細かな瓦礫が落ち、整然とした庭を汚していく。
「フン……」
他愛もない。そう思っていたらば、複数の足音が迫ってきて。
「そこまでだッ、デストラぁ!!」
VSチェンジャーを構え、三人の若者が立ち塞がる。
「貴様の狙いは我々だろう!!」
「他には指一本触れさせないよ……!」
勇ましく声を張り上げる三人。その内心には、幾分の虚勢も含まれていることだろう。自らの命が風前の灯火とわからないほど、彼らも愚かではあるまい。
「わざわざ出迎えとは、手間が省ける。まずは貴様らから、消えてもらおう……!」
「人間の意志は、そう簡単に消えねえんだよ!──行くぜっ!!」
──警察チェンジ。コールとともに、トリガーを引く。青年たちの肉体が警察スーツに覆われ、戦士としての姿に変わっていく。
「「国際警察の権限において──」」
「──実力を、行使するッ!!」」
そして、吶喊するパトレンジャー。平和をかけた、譲れない戦い。しかし自分たちだけでは力不足であると、忸怩たる思いながら彼らは理解していた。
(快盗……おめェらの意志、信じてっからな……!)
快盗は、必ず来る。
いや、
「──快盗、チェンジ」
既に、その身を翻さんとしていた。