【完結】Adieu au Héroes   作:たあたん

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五月雨くんすこなんだ♪


#45 還らぬ真実 1/3

 

 それは古いようであって、未だ七百日と経過していない近しき過去の記憶だった。

 

『弟が……弟が、帰ってこないの』

 

 彼女とは二年もの時をともにしてきた。しかしこんな焦燥に駆られた表情を目の当たりにしたのは、少年にとって初めてのことだった。

 

『家族想いの優しい子なんだろ?大丈夫、絶対に帰ってくるって!』

『……そう。そうよね……』

 

 そのときの少年には、そう励ますよりほかに力になりえなかった。ヒーローを志してはいても、しょせん未だ庇護される学生の身であるからには。

 

 しかし胸のうちに蔓延る不安は、そのまま現実となってこの世界に根を下ろした。彼女の弟……そして時を同じくして失踪した、大勢の人々。

 

 彼らは未だ、帰ってこない。

 

 

 *

 

 

 

「ドーモ皆サン、あけおめデ〜ス」

 

 軽々しい挨拶とともに死柄木弔がタクティクス・ルームに入室したのは、既に太陽が南西へと傾きはじめた頃だった。

 

「あけおめってあんた……この前一緒に年越ししたじゃん」

「あーそっか。じゃあオハヨウゴザイマース」

「時間帯を考えればそれもどうかと思うぞ!こんにちは、が良いのではないか!?」

「………」

 

 隙のない仲間たちの突っ込みに閉口していると、管理官が助け舟を出してくれた。

 

「ふたりとも、その辺にしないか。久しぶりに死柄木捜査官が出勤して嬉しいのはわかるが」

 

 大晦日──仲間たちとの会話をきっかけに国際警察への復帰を決めた弔。とはいえ十五年前の"個性事故"について、まずもって清算しなければならない。今の弔にできることは捜査を担当していた日本警察に憶えている限りすべてを話すこと──志村転弧は頭脳明晰な子供で、それゆえ記憶も幼児のそれとしては鮮明に残されていた──、そして……家族のもとへ、墓参りに行くことだけだった。

 

「聴取はもう終わりそうなの?」

「ああ。この通り、丸一日だったのが半日になったし。あとニ、三回ってとこじゃない?」

「そうか、それは良かった。……これからはなんでも、俺たちに相談してくれ。できる限り力になるから!」

「なんでも、ねえ。じゃあ今狙ってる女がいるんだけど、良い口説き文句考えてよ」

「ムッ!?そ、そういうことはだな……僕の力になれる範囲外というか……」

「……真面目に取りあうなよ飯田、遊ばれてるって」

「ははははっ」

 

 愉しそうに言葉をかわす部下たちを眺めつつ、塚内直正もまた頬を緩めた。──と、そんな彼のもとにジム・カーターが密かに歩み寄ってきた。

 

『管理官、死柄木さんのパーソナルデータなんですが……本名に書き換えなくても良いんでしょうか?』

「……彼は潜入捜査を行うにあたって、便宜上偽名を登録していることになっているからな。その立場が変わったわけではない」

『上層部の方針も、変わらないんでしょうか?』

「現状はな。……"内通者"のことに、進展があれば別かもしれないが」

 

 "内通者"──前長官・八木俊典。偉大な英雄であったはずの彼は今、罪人として牢に繋がれている。ひと回り年少の塚内を友と呼んで憚らず、ともにギャングラーからこの世界を守ろうと手を差し伸べてくれた彼が。

 

(俊典……)

 

『──管理官?』

「!、ああ……すまない。とにかく今は、このままで良い」

 

 そう、このままで──

 

 

「そういや、切島くんは?」

「ああ……あいつなら半休だよ」

「学生時代の友人と会うらしい」

「学生時代って、雄英?」

「詳しくは訊いてないけど、口ぶりからするとそうじゃないかな」

 

 雄英高校の同級生ということは、プロヒーローか。むろん友人同士なのは違いないだろうから、単に懇親目的であってもおかしくはないが。

 

 

 *

 

 

 

 ちょうどその頃、切島鋭児郎は指定されたカフェテラスを訪れていた。

 出迎えの店員に対しややどもりぎみに待ち合わせと伝え、目当ての人物の姿を探す。

 

「──切島ちゃん、こっちよ」

「!」

 

 呼び声に振り向くと、こちらに手を振る女性の姿。蛙に似た顔立ちは、彼女のいちばんのチャームポイントだと鋭児郎は思っていた。

 

「久しぶりね、切島ちゃん。元気そうで何よりだわ」

「おう、久しぶり──梅雨ちゃん」

 

 

──蛙吹梅雨。鋭児郎の高校時代の同級生であり、つまりは弔が睨んだとおりプロヒーローである。その蛙に似た容姿は個性由来のもので、それゆえ彼女は水場を中心に活動している。地味ながらその実力は高く、デビューから着実に名声を高めていた。

 

「直接会うのは卒業以来かしら?」

「だな!梅雨ちゃん、すっかり大人な感じになっちまって……一瞬わかんなかったよ」

「ふふ……そういう切島ちゃんこそ、随分と男らしくなったんじゃないかしら?」

「そ、そうかな?」

「ケロ。でも当然よね、ギャングラーと戦ってるんだもの」

「……まあな」

 

 雄英に在籍していた頃は、自分がまさかデビュー早々国際警察に出向することになるとは思いもしなかった。まして烈怒頼雄斗ではなく、パトレン1号と声高に名乗りを挙げる身になろうとは。

 

「ああ、そういや夏ごろだっけな、任務で芦戸と一緒になったぜ」

「そう……三奈ちゃんも、頑張っているようね」

「おう!でも、梅雨ちゃんも活躍してるじゃんか。聞いたぜ、この前──」

 

 三年間、同じ釜の飯を食べた仲間同士である。当然、会話は弾む。──ただ鋭児郎は、これが他愛のない雑談を楽しむための会食でないことを事前から察していた。実際に顔を合わせてみて、それは既に確信へと変わっていたのだけれど。

 

「……あれから色々、探ってみたの」

 

 その言葉は、ここからが本題であることを鋭児郎に悟らせた。

 

「二年前の集団失踪事件、ギャングラーの仕業かもしれないんですってね」

「……おう」言葉少なに頷く。

「ということは、国際警察で捜査を?」

「ウチの捜査部門が担当はしてる。ただ、俺らには何も……多分、確たる証拠は掴めてねえんだと思う、けど」

「……そうなの」

「………」

 

「五月雨くんの手がかり、まだ見つからないのか?」

 

 訊くまでもないこととは思ったけれど──あえて、確かめずにはいられなかった。

 そして梅雨の反応は、予想通りのもので。

 

「……家族みんな、今でも躍起になって捜しているわ。もちろん私も……公私混同だとわかってはいるけれど、仕事の伝手を使って」

「………」

「だから切島ちゃん……これも公私混同を承知のうえで、お願いしたいの。どうか、捜査を……なんでもいい、あの子の手がかりを見つけてほしい」

 

 腿の上で拳をきゅっと握りしめ、梅雨は身を震わせている。その懇願に鋭児郎は、かつて子供だった自分の、無邪気な言葉を思い出した。

 

「……わかってる。約束だもんな、力になるって」

「!、じゃあ……」

「おう、できるだけのことはやってみるから。信じて待っててくれ──梅雨ちゃん」

 

 陰ることのない鋭児郎の言葉に──梅雨は、頬を染めて感謝を述べたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 一方、正月気分など早々に吹き飛ばした快盗戦隊ルパンレンジャーの面々。

 彼らのもとには久方ぶり、雇い主の代理人たる黒い靄の執事が情報提供に訪れていた。

 

「今回の標的(ターゲット)ですが……様々な人間に擬態しては裕福な家庭に入り込み、詐欺を働いているようです」

「様々な……具体的には?」

 

 轟炎司の質問を待っていたかのように、黒霧は複数枚の写真を取り出した。そこに写されていたのは、

 

「……ガキばっかだな」

 

 ガキと言っても、本当に子供と言って差し支えない年齢の少年少女から、成年には達している──つまり勝己より年長者である──若者まで幅は広い。

 

「比較的年齢の高い者はともかく……子供がどうやって、家に入り込む?」

「あっ、養子縁組とかちゃう?アメリカとかでたまにあるやん、身寄りのない子供をセレブが養子にするとか、そんなん!」

 

 そういった炉端話が好きなお茶子らしい発想だったが、男たちも馬鹿にはしなかった。実際、縁もゆかりもない家に子供が入り込むとなると、それくらいしか方法が思いつかないのだ。まして富裕層は、一定程度の警戒心は持ち合わせているであろうし。

 だが、黒霧の明かした解答はもっとシンプルな……それゆえ彼らには、思いもつかないものだった。

 

「いえ。彼らは元々、それぞれの家の人間です」

「は?」

「どういう……──!」

 

 問いただすまでもなく、炎司はその意味に気づいたようだった。その頬がわずかに青ざめる。

 

「まさか……」

「ご想像の通り、──彼らは皆、一度行方不明者として届出がされた人間です」

「え……じゃ、じゃあ皆、実在の人物ってこと!?」

「……ギャングラーの変装ってワケか」

 

 ギャングラーは人間に擬態するのだ──モデルになった人間がいても、なんらおかしくはない。

 ただ、

 

「……黒霧。その者たちが失踪したのは、いつのことだ?」

「………」一瞬の沈黙のあと、「先に申し上げておきますと、全員が一定というわけではありません」

 

 逆に言えばそれは、大多数が同じタイミングで失踪しているということではないか。

 

「──まさか、」

 

 頭の回転が速い勝己も、ここで察したようだった。

 

「ええ。──二年前の春……皆さんを快盗にお誘いした、その日です」

 

 その事実は一瞬、息が詰まるような衝撃を与えるものだった。

 

 

 *

 

 

 

 蛙吹梅雨と対顔した翌日、鋭児郎はある人物のもとを訪れていた。

 

「──つーわけなんス!どうにか捜査進めてもらえないスか?」

「………」

「お願いしますッ、──物間先輩!」

 

 鋭児郎が頭を下げた先でため息をつくのは他でもない、先日帰国したばかりの物間寧人だった。

 

「……安請け合いしたもんだね、きみも」

「安請け合いって……。そりゃ俺は戦力部隊の人間だし、捜査のプロってワケじゃないっスけど……」

「わかってるなら、弁えたまえよ」

「そういうワケにはいかないっスよ!ダチが必死ンなって家族を捜してるのに!」

 

 鋭児郎の熱弁は、喫茶スペース内にとどまらず廊下にまで響き渡るものだった。通りがかった職員が思わず足を止めるほどには。

 

「声がデカいな……まったく。──別に僕だって協力しないとは言ってない。だけどきみのダチ……"フロッピー"だっけ?その娘の弟をピンポイントで捜すのは管轄外だって言ってるんだ。わかるよね?」

「……っス」

 

 行方不明者個々人の捜索は、あくまで日本警察の職域だ。国際警察の職掌はギャングラー対策に係ること。そして寧人をチーフとするユニットは暫定的に日本支部に組み込まれ、現在は裏方の情報収集を担当していた。

 

「まァでも、きみも知っての通り……件の集団失踪事件は、ギャングラーの仕業という可能性はかなり高まってきてる。今調べてる案件があるいは、そこに繋がるかもしれない」

「どんな案件なんスか?」

「もう塚内管理官に報告してる。そっちで聞きなよ、僕は二度手間が嫌いなんでね」

 

 そっけなく言い放つと、寧人は席を立った。彼の人となりを知らなければ冷たいと思うかもしれない──誤解を受けやすい性質なのは誰かに似ていると、鋭児郎は頬を弛めかけた。

 

「……っし!なら俺も、仕事に戻るか!」

 

 心身を引き締めるべく自分の顔を叩いて、鋭児郎もまた立ち上がった。

 

 

 *

 

 

 

 がり、と氷を噛み砕く音に、館の主は招待客の来訪を知った。

 

「来たか。早かったじゃないか、」

 

「──ザミーゴ?」

 

 寒々しい色合いのメキシコ風衣装に身を包み、この冬真っ只中に素手で掴んだ氷を頬張っている。常人でないことは確か……いや今さら勿体ぶる必要もあるまい、彼はギャングラーの一員、ザミーゴ・デルマだ。

 ならば彼を出迎えた青年も、人間であるはずがなかった。

 

「わざわざ足を運ばせてすまないな」

「ハハッ……サムいこと言うねぇ。"化けの皮"を情報付きで高く買い取ってくれるいちばんのお得意様だ。相応のサービスはするさ」世辞めいた言葉を返しつつ、「しかしまた、随分な住処を手に入れたモンだ」

「フッ……人間の金持ちというのは糸目をつけないからな。この姿で少し甘えてやれば、こんなものさ。──で、()()は?」

「ほらよ」

 

 彼の上背ほどもある麻袋。床に置かれたそれの中身を検め……青年はほくそ笑んだ。

 

「確かに。また、良い仕事ができそうだ」

「そいつは何より。でも気をつけなよ、そろそろ快盗や警察、もしかしたら両方が嗅ぎつけるかもしれない。あいつら、あのデストラまで倒しちまったんだから」

「それは末恐ろしいことで。そもそもオレは、武力で奴らに対抗しようなどとは思っていないがな」

 

 彼の犯行はその姿、声によってなされるもの。ゆえに青年は、自分がこれまでのギャングラーとは違うという自負があった。武力など振るわずとも、人間を操り支配することなど容易だと。

 

「ま、忠告はしたぜ。──ではまた、ご入用のときはいつでも」

 

 そう告げて、ザミーゴは踵を返した。再び氷を噛み砕きながら……密やかに嗤う。

 

(デストラ……せっかく貸しを作ってやったのに。サッム……)

 

 あの無敵の狂戦士でさえ人間に敗れたのだ。いつ誰がどうなっても、不思議ではない。かの"顧客"も、ギャングラーの首領たるドグラニオ・ヤーブンも……あるいは、ザミーゴ自身でさえも。

 

 

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