【完結】Adieu au Héroes   作:たあたん

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異動が決まりました
4月からどうなるか…今まで通り更新できればいいんですが


#45 還らぬ真実 2/3

 

 切島鋭児郎がタクティクス・ルームに戻るや、出入口で迎えたのは肩をいからせた委員長系の同僚だった。

 

「いくらなんでも離席時間が長すぎるぞッ、切島くん!勤務時間内は職務に専念しなければダメじゃないか!?」

「うおッ、すすすスンマセン!!?」

 

 反射的に──なぜか敬語になって──謝ってしまう鋭児郎。そこに追い打ちをかけたのは、応接スペースを縄張りにしている白髪の青年で。

 

「ははっ、俺が復帰したら今度はきみが行方不明かよ。梃じゃないんだから」

「死柄木ぃ……」

 

 実際、特別捜査官という文字通り特殊な地位にいる彼は、勤務時間中執務室はおろか庁舎からも消えていることが多いのだが。一緒にされては堪らない。

 

「で、どこ行ってたの?」

「あ、ああ、実は……」

 

 隠しておくような話でもない。耳郎響香の問いに答えようとしたときだった。

 

「──切島くん、後ろがつかえてるぞ」

「!?」

 

 慌てて振り向くと、そこには上司である塚内管理官の姿があって。

 

「す、スンマセン!」

「いやそんな畏まらなくてもいいが。──皆、とりあえず着席してくれ」

「!」

 

 その言葉に、隊員たちの表情がにわかに引き締まる。彼が着席を促すのは、任務を伝えるときと相場が決まっているからだ。

 

「………」

 

 鋭児郎の脳裏に、管理官には報告済みだという先ほどの寧人の言葉が甦る。

 皆が命に従って自席に着いたところで、彼は改めて口を開いた。

 

「最近、富裕層を標的に連続している詐欺事件が、ギャングラーによるものであるという可能性が出てきた。──ジム、」

『了解です!』

 

 ジム・カーターの操作により、複数の情報が一挙に表示される。当然、それを一度に目で見て理解しろというのも酷な話である。ジムが噛み砕いて説明してくれるのが、通例の流れとなっているのだった。

 

『ただいま管理官がおっしゃった通り、事件は富裕層をターゲットにしています。より正確に申し上げるなら、家族、とりわけ令息や令嬢が失踪してしまった家庭であることが条件のようです!』

「つまり、失踪した子息に化け、帰ってきた風を装ってその家に潜り込むと?」

 

 捜査官としてのキャリアがそれなりにあるだけあって、天哉の発言は鋭かった。その通りと塚内、ジムが揃って頷き、説明を続ける。あとは黒霧が快盗に語ったのと、ほとんど同じ話ではあるが──当然、鋭児郎たちはそのことを知らない。

 そして彼らの目標もまた、快盗と同じだ。ギャングラーの捕捉。そのために取りうる手段は、ひとつしかない。

 

 

──というわけでおよそ半刻後、警察戦隊の面々はとある邸宅の目の前にいた。

 

「うわぁ……でか」

 

 思わず率直な感想を洩らす響香。対して、

 

「そうだろうか?俺の実家もこんなものだが……」

「……そりゃあんたがお坊ちゃんだからでしょうよ」

 

 天哉の実家は親子三代にわたってヒーローを務めるヒーロー一家であり、それゆえ今回の事件の被害者たちよろしく富裕層にカテゴライズされる家庭であった。むろん職業が職業なので、財産をひけらかすようなことはなかったが。

 

「ほら、行くよ」

「う、うむ」

 

 先立って邸宅の敷地に足を踏み入れていくふたり。──その背後で、鋭児郎は暫し動けずにいた。

 

(……五月雨くんのこと、なんかわかるかな)

 

 友人・蛙吹梅雨の弟、五月雨。当時中学一年生だった彼は、学校から自宅への帰途、その姿を消した。家出をするような理由もないことから、当初は誘拐も視野に入れた捜査が行われた。しかし目撃情報などは一切出てこず、捜査は暗礁に乗り上げてしまったのだ。彼ばかりではない──同じ日に失踪した、数十人にも及ぶ人々と同様に。

 

 奇しくも今回の一件、その数十人のうちひとりが関わっているというのだ。ならばそこから手がかりが掴めるかもしれないと、鋭児郎は期待を寄せていた。

 

「──切島くん?」

「!」

 

 並んでいた弔に軽く背中を叩かれ、鋭児郎は我に返った。

 

「なに考えごとしてんの、置いて行かれるぜ?」

「お、おう……悪ィ」

 

 曖昧に濁して、歩き出す。──仲間たちに早く話を通しておきたい気持ちはあるのだが、切り出すタイミングがなかった。尤も勘の鋭い弔が、鋭児郎の懸念を察知していないはずもないのだが。

 

 

 パトレンジャーの面々が訪問したのは、東堂という資産家の屋敷だった。大企業の社長だった当主は数年前に亡くなり、未亡人は現在、慈善事業を主に手がけている。

 果たして彼女は、──いちおう訪問前に連絡をとっていたとはいえ──突然現れた四人組の若者をにこやかに歓迎してくれた。篤志家というだけあって驕るところのない、果たしてこれがほんとうの上流階級だろうと思わせるような振る舞いだった。

 

「いつもギャングラーから守ってくださり、ほんとうにありがとうございます。先日の不祥事のことで、世間ではあれこれ言われているようですが……皆さんのような若い方々は精一杯戦ってらっしゃると、わたくしは理解しているつもりですわ」

「……ありがとうございます」

 

 その言葉は……多少世辞も含まれているかもしれないが、間違いなく本心からくるものだった。鋭児郎たちの心に沁み入らないはずがない。

 

 同時に、これから彼女に伝えなければならないことを思うと、心苦しくもあった。

 

「それできょうは、孫のことでお話があるとか?」

 

 一瞬、三人で目配せしあう──弔はソファに座らず窓辺に拠っていたので仲間には入らなかった──。と、意を決したように天哉が口を開いた。

 

「改めて確認になりますが、お孫さん──賢志(まさし)さんは、一昨年の4月9日に失踪されたそうですね」

「……はい」

 

 婦人の表情が翳る。

 彼女の孫である賢志は当時、大学生になって間もない18歳。キャンパスから駅に向かう道中で消息を絶った。その後懸命な捜査にもかかわらず一切の手がかりが見つからなかったのは、他の行方不明者たちと同じで。

 

「──しかし先日、突然帰宅なさったと」

 

 そう──帰ってきたのだ。それは絶望的な想いを抱いていた未亡人にとって、突然降って湧いた希望。一度失ったゆえにこそ、彼らの歓喜は計り知れないものがあった。

 

「失踪していた間のこと、賢志さんはなんと?」

「それが、ほとんど覚えていないと言うんです。失踪以前の記憶にも朧気なところがあるようで……肝心な出来事は思い出せるようですので、記憶喪失というわけではないと思うのですが」

「………」

 

 その供述も、他の帰還した行方不明者たちと一致する。喜びのあまり冷静な判断ができなくなった人々から巧みに金を引き出し、再び姿を消す。その行方不明者が本人ではなく、そっくりに擬態したギャングラーだったとしたら。

 

「わたくしどもの息子夫婦……つまり賢志の両親は、賢志が幼い頃に海難事故で亡くなりましたの。それからは、夫とわたくしがあの子を育ててきて……どうしても甘やかしてしまったところはありますが、素直な良い子に育ってくれたと思っています。だから……だからほんとうに、帰ってきてくれて良かった……っ」

 

 後半は、涙声になっていた。その姿に、一瞬躊躇が生まれる。もうひとつ──自分たちの抱いている懸念が、何かの間違いであれば良いとも。

 それでもこれは、善良な市民を守るための重大な職務だ。

 

「東堂さん、単刀直入にお訊きします。──賢志さんが戻られたあと、金銭を要求されたことはありませんでしたか?」

「は……?」怪訝な面持ちになる老婦人。「……どういうことでしょうか?」

「あまり報道はされていませんが、こちらと同じように失踪者が戻ったお宅では……その後、失踪者が金品を持って再び行方をくらますという事件が起きています」

「!、え……」

「………」

 

「我々は帰ってきた失踪者の方が偽者……ギャングラーの擬態だったのではないかと、考えています」

「じゃあ……賢志も……?」

「……その通りです」

「……!」

 

 婦人が目を見開くのがわかった。言葉が出てこないのか、口がはくはくと開いては閉じる。その裏で、思考の奔流が巡っているのがわかる。だからパトレンジャーの面々はそれ以上何も言わず、沈黙を保つ。

 そして、婦人の口から飛び出した言葉は意外なものだった。

 

「そんなこと、ありえません!」

「……!?」

「だって……だって賢志は、失踪する前と何も変わらない、優しくて良い子なんですよ!?昔旅行に連れていってあげたことだって、両親が亡くなったときのことだって覚えてます!!それが、偽者なんて……」

「方法は考えられます。擬態とともに記憶をコピーしているとか……」

「しょ……証拠はあるんですか!?いい加減なことを言わないでください!」

「ちょ……いい加減なんてそんな……!俺たちは事件を防ぐために──」

「だいたい、そんな事件が起きていたならどうしてもっと報道されていないんですか!?事件を防ぐためというなら、もっと注意喚起するべきじゃないんですか!?」

「ッ、それは……」

 

 藪蛇だったが……その部分については、鋭児郎たちもまったく同意見だった。伝えられるべき情報が抑えられていたのは、ひとえに従前の国際警察……そのトップである、八木俊典の意向によるもの。ギャングラーと内通していたかの前長官は、今回の件でも一枚噛んでいたのだ。

 

 反論できずに沈黙する鋭児郎。しかし相手のさらなる畳みかけを遮るように、弔が口を開いた。

 

「証拠ならありますよ。──お孫さん自身っていうね」

「……なんですって?」

「ギャングラーの体内組成は人間とは異なってます。CTスキャンにでも放り込めば一発ですよ」

「〜〜ッ!」

 

 老婦人の頬がみるみるうちに紅潮していく。売り言葉に買い言葉という面もあるとはいえ、弔の物言いはあまりに容赦がなさすぎる。仲間たちが咎めようとした矢先、にわかに部屋のドアが開いた。

 

「おばあちゃん、ただいま」

「!、賢志……!」

「………!」

 

 顔を覗かせたのは、婦人の孫──二年前に失踪した、賢志青年だった。柔らかそうな茶髪に、くりくりとしたどんぐり眼が不思議そうにこちらを見つめている。

 

「お客さん?」

「な、なんでもないの!あなたはお部屋に行ってなさい」

「え、だってあの制服ってパトレンジャー……」

「いいから!」

 

 戸惑う孫を押し戻しながら、婦人は四人を睨みつけた。

 

「帰ってください!これ以上、何もお話しすることはありませんッ!」

 

 

「──そうか……やはり駄目だったか」

 

 部下からの報告が芳しくないものであることは、塚内直正のあらかじめ想定するところだった。

 

「……すみません、なんとか協力してもらえるようにとは思ったんですが」

『まぁ、仕方がない。予定通り、プランBを継続してくれ』

「了解しました」

 

 通信を終え、響香はふう、と息をつく。彼女は今、屋敷の傍に駐めたパトカーの助手席にいた。これは長期戦になりそうだと覚悟しながら。

 それゆえ、"相方"に買い出しを頼んだのだが。

 

「──お待たせ耳郎くん!色々と購入して来たぞ」

「あぁ……サンキュ、飯田」

 

 レジ袋を片手にした大柄な身体が運転席に滑り込んでくる。「色々購入してきたぞ」と、袋からあれやこれやを出してくる。思わず苦笑する響香。

 

「買い込みすぎじゃない?いくらなんでも……」

「こういった任務は粘った者勝ちだからな!とはいえ、いちばん良いのは我々の誤解で終わることなんだが……」

「……そうだね」

 

──こうして近くで堂々と見張っていれば、相手も逸ってボロを出すかもしれない。今はそれを、期待するしかなかった。

 

 

 こうした事態を見越して、四人はあえて車両を二台に分けて臨場していた。

 邸宅の表側を見張る天哉と響香のペアに対し、もう一台のパトカーは裏路地に駐車されている。その中では鋭児郎と弔が、赤い目四つを並べてクリーム色の外壁を見上げていて。

 

「なあ、死柄木」

「はいはい」

「あの孫、おめェから見てどうだった?ギャングラーっぽかったっか?」

「……直接話したワケじゃないしなァ。俺ら見て動揺してる風でもなかったし」

「だよなぁ……」

 

 か細い声で頷く鋭児郎には、いつものような覇気がない。落ち込んでいる……と言うより、何か大きな気がかりを抱えている──見知った人間のことに関しては、間違いなく鋭い弔である。

 

「……切島くんさァ、昨日何かあったろ?」

「!、……わかる?」

「そりゃ、如何にも悩みごとがありますみたいな顔してるし」

「はは、は……そうだよな。──いや、悩みってワケじゃねえんだけど」

 

 ようやく機会が巡ってきたと思い、鋭児郎は事の経緯を弔に告げた。それが今回の案件とつながっていることも。

 

「……なるほど、そういう訳か」

「おう。もし賢志さんがギャングラーなら、失踪した人たちがどうなったか、そいつから聞き出せるんじゃねえかって思ったんだけど」

「………」

「……死柄木?」

 

 今度は弔が考え込む様子を見せたものだから、鋭児郎は怪訝な面持ちになった。そうでなくとも彼は、事件について報されたときから何か思うところがあるようなのだ。それが単なる義憤の類いでないことは、彼の性格を鑑みれば明らかで。

 しかし鋭児郎が問いたてる側になるより先に、弔は口を開いた。

 

「その弟クンの写真、持ってたりする?」

「お、おう。昨日貰っといたぜ」

「じゃ、俺に送って。心当たりに訊いてみるから」

「心当たり?」

 

 皮肉めいた笑みを浮かべて、弔は頷いた。

 

「快盗の連中、だよ」

 

 

──同じ頃、日暮れに乗じて快盗たちも出撃しようとしていた。

 

「………」

 

 黒霧からの報告が彼らの脳裏をめぐる。ゆえに用意は万端にこなしながらも場には沈黙が漂っていた。

 そんな中で初めて口を開いたのは、やはり彼女で。

 

「……やっぱり、偶然ちゃうよね。ギャングラーが擬態してたんが、行方不明になった人たちなんて」

「……だろうな。今まで見てきた連中の人間態も、あるいは一度消息を絶った者たちだったのかもしれん」

「じゃあ──」

 

 デクくんやショートくんも、とは……流石に言えなかった。ザミーゴが氷漬けにしてどこかに転送したあと、ギャングラーの擬態として使われるようになった経緯は何か。彼らは今、どうなっているのか。

 

「……行くぞ」

「あ……うん」

「………」

 

 そんな中、勝己はあえて何も語らず出撃を促す。それもまた、快盗としては正しい。もとより彼らは死んだものと思って、すべてをなげうつ覚悟を決めたのだから。

 と、そこに水を差すように、スマートフォンが振動した。

 

「……チッ」

 

 こんなときにと思いつつ、アプリを起動する。──詰襟姿の少年の顔写真と、「この子に見覚えがないか」という弔からのメッセージ。

 いきなりなんなんだと訝しんだ矢先、記憶が怒涛の勢いで甦った。

 

「……おい、丸顔。これ」

「え?──!、この子って……確か……」

 

 そう──ふたりは一年近く前に相まみえていたのだ。蛙吹梅雨の弟……二年前に消息を絶った、五月雨少年と。

 

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