【完結】Adieu au Héroes   作:たあたん

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#46 ヤミクモ 1/3

 高所から見下ろす夜の街は、いつだって煌々と照らされている。少年にとってそんな光景は、既に見飽きたものとなりつつあった。

 

「………」

 

 フードを目深に被り、口許を猛獣の牙のような覆面で覆っている。そうして顔の殆どを隠している中で、赤い瞳が焔のように爛々と輝いていて。

 

「……"かっちゃん"、僕は──」

 

 くぐもった声は、誰に届くでもなく夜空に吸い込まれていった。

 

 

 *

 

 

 

 今日も今日とてルパンレンジャーのもとには、"標的(ターゲット)"の情報が持ち込まれていた。

 

「博物館?」

 

 雇い主の提示した名称に、快盗の面々は揃って片眉を上げた。二年近く活動してきたが、縁のない場所だったのだ。

 

「ええ。半年前にグリーンランドで発見されたものが、最近日本に持ち込まれたようです」

「ぐ、グリーンランド?どこにでもあんねんなぁコレクション……」

「……で、それがコレクションっつー確証は?」

「──こちらを」

 

 一枚の写真と、分厚い辞典を同時に並べる黒霧。果たしてそこには、まったく同じ形状のものが写って(描かれて)いて。

 

「"Prends-le dessus"と言います」

「……なんか、恐竜の化石みたいや」

「能力は?」

「………」一瞬の沈黙のあと、「隕石を呼び寄せます」

「は?」

「ですから、隕石を──」

「いや隕石はわかったから!それってもし、ギャングラーに使われたりしたら……」

 

 "地球滅亡"──そんな四文字が、お茶子の脳裏に浮かぶ。

 

「……それは操るギャングラーのやり口次第だが、危険なことに変わりはないな」

「ンで使われる前提で話してんだよてめェら」尤もな突っ込みを入れる勝己。「その前に俺らで回収しろっつーハナシだろ」

「ええ、その通りです」

 

 頷く黒霧。彼らの任務は該当の博物館に侵入し、ルパンコレクションを盗みとること。──れっきとした犯罪だが、そんなことは今さら気にかけていられない。どんな手を使ってでもすべてのルパンコレクションを回収することが、彼らの使命なのだから。

 

「………」

 

 それでも一瞬、勝己の表情に翳が差す。それは躊躇ではない。ないの、だけれど。

 ともあれ、そのような神妙な機微を断つ出来事が起きた。頭上からにわかに、ごとごとと何かが動くような音が響いたのだ。

 

「!」

「……見て来る」

 

 立ち上がり、二階へ上がっていく勝己。妙に慣れた三人の反応を、黒霧は不思議に思った。

 ややあって降りてきた勝己の手には、ジャックポットストライカーが握られていて。

 

「まァたコイツ、動いてやがった」

「……やはりか」

 

 もう何度目になるか。最近、ジャックポットストライカーはとかく独りでに動く。一体どういうつもりなのか、グッドストライカーと違って言葉も発しないため判断がつかないのが厄介なところだった。

 

「ジャックポットストライカーはグッドストライカーと同様、意思を持ったルパンコレクションです……本来は」

「本来?」

「荼毘……轟燈矢が所持していたことを考えると、催眠術などで意識を奪われていたと思われます。しかし皆さんの手中に収まり時間が経って、その効力も薄れつつあるのかもしれません」

「じゃあもう少ししたら、この子もしゃべる!?」

「ええ」

 

 「楽しみや〜」と破顔するお茶子。お気楽に振る舞う彼女に男ふたりは呆れ顔だったが、幾分か空気が弛緩したのもまた、否定できない事象なのだった。

 

 

 *

 

 

 

「じゃあ俺、帰るけど。宿直ごくろーさん」

 

 帰り支度を終え、死柄木弔は同僚にそう声をかけた。対する同僚こと切島鋭児郎、いつもなら「おうお疲れ!」と陽気に返してくれるのだが。

 

「……ああ……」

 

 ディスプレイをじっと睨んだまま、生返事。何か熱心に調べものをしているというのをがやり過ぎなくらいアピールしている……というのは一般的な話であって、彼の場合はほんとうに専心しているのだろう。ならば水を差すのは本意ではない。親しい相手に対しては、弔にもそういう分別があった。

 

 ならばとそれ以上は何も言わず、踵を返そうとしたのだが、

 

「……なあ、死柄木」

「?」

 

 不意に呼び止められ、振り返る。果たして鋭児郎は、目の間の液晶に釘付けになったままだった。とはいえ幻聴ということもあるまい。

 

「えっと……その、」

「………」

「……悪ィ、やっぱいいや。おつかれ!」

 

 ようやくこちらに目を向け、鋭児郎はそんなことを言い放った。張りつけられた笑顔は実に曖昧なもので、彼がとことん嘘や誤魔化し下手なことを改めて感じる。

 

「……きみも、損な性分だよな」

「へ?」

「いや、こっちの話。じゃ、au revoir」

 

 思わず洩れたつぶやきは止められなかったが、あえて触れぬまま去っていく弔。その配慮を感じつつも、鋭児郎は改めてディスプレイに意識を戻した。

 

──つい先ほど、送付されてきたメール。それは、

 

 と、デスクに備え付けの内線が鳴った。

 

「!、はい。警察戦隊、切島──」

『──物間です。お疲れさま』

「あ……お、お疲れさまっス!」

 

 電話の相手はまさしく、メールの送信者だった。

 

『メール、見てくれたかい?』

「あぁ、はい……今見てます。スンマセンでした、手間かけて」

『まあ、これが仕事だから。それよりその情報、どう活用するつもり?』

「……それは……正直、まだわかんねえス。これだけで、何かが確定するってワケでもねえし」

『ま、なんの証拠にもならないのは確かだろうさ』肯きつつ、『……でも、夢はいつか必ず覚める。それを先延ばしにすれば、現実が取り返しのつかないことになるかもしれない。肝に銘じておくんだね』

「……っス」

 

 その忠告に、鋭児郎は相槌を打つことしかできなかった。──夢は、その中にいるうちは現実と区別がつかない。ゆえにまだ、これが現実なのだと信じたい気持ちもあって。

 寧人もそれは理解しているのだろう、それ以上の返答を求めることなく話題を切り替えた。

 

『おっと忘れるとこだった。それとは別に、日本警察からさっき情報提供があってね』

「!、なんスか?」

『赤染市の赤染第一博物館に、"()盗スカーレット"を名乗る人物から予告状が届いたそうだ。ルパンレンジャーとは無関係だと思うけど、一応報せとく』

「スカーレットって、確か……」

『厳重な警備を掻い潜っては希少品を盗んでおきながら、きっかりひと月後に返品してくる愉快犯。流石に知ってるか、ニュースにもなったし』

「……っス」

 

 ほんとうにルパンレンジャーと無関係なのだろうか。そんな疑念が一瞬浮かんだものの、彼らなら一度奪取したものを返品したりはしないだろう──そう思い直し、声には出さなかった。

 

『じゃ、僕はこれで。au revoir』

「お、オルヴォワール……」

 

 本日二度目の仏式挨拶とともに、通話が切れる。こういうフランスかぶれの面々のおかげで、鋭児郎もすっかり基本的なやりとりはマスターしてしまった。業務上必要な場面は殆どないにもかかわらず、である。

 奇しくもこの一年近く、ずっと気にかけている少年の勤める喫茶店もフレンチ・スタイルだった。奇妙な宿縁──しかしそれは確実に絆へと進化しつつあるのだと、信じていた。

 

(……爆豪、)

 

 

 寧人の言う通りだった。夢から覚めるべきときが、目の前に迫っている。

 

 

 *

 

 

 

 その爆豪勝己をはじめとした快盗たちは、目的地にたどり着くや否や困惑していた。

 

「な、なんかめちゃくちゃ物々しくない……?」

 

 黄色の仮面越しにもわかる戸惑った表情でつぶやくお茶子。果たして彼女の所感通り、博物館の周囲を大勢の警察官が囲っていた。一部にはプロヒーローらしき姿もある。

 

「な、何かあったんかな……?それともまさか、私たち対策!?」

「それはないだろう」即座に否定する炎司。「例のものがルパンコレクションだとわかってもいないのに、我々が来ることを予期するのは不可能だ。……まあ、関係者に予知の個性の持ち主でもいれば別だが」

「………」

 

 いずれにせよ、侵入の難易度はぐんと上がってしまった。苦虫を噛み潰したような表情を勝己が浮かべていると、

 

「──何かあったじゃなくて、これからあるんだよ」

「!」

 

 唐突に響いた声だった。その瞬間まで、気配すらなかったのだ。尤も聞き覚えのある声ゆえ、驚愕も一瞬のことだったけれど。

 

「Salut、皆の衆」

「……死柄木」

 

 死柄木弔。退勤した彼は、快盗に早変わりしてこの場にやって来たのであった。

 

「ったく、シゴト終わってまたシゴトなんてブラックにも程があるよ。別に働かなくても遊んで暮らせるだけの蓄えはあるってのにさ」

「だったら勝手にやめりゃいいだろーが」

「やめたら寂しくて泣いちゃうクセに」

「ア゛ァ!?誰が泣くかボケカス!死ね!!」

 

 売り言葉に買い言葉で喧嘩腰になっていくふたり。そういうものはさっさと鎮火するに限ると経験則上理解している炎司は、ため息混じりに彼らの間に割って入った。

 

「状況を考えろ、馬鹿者」

「どっちが?」

「どちらもだ。死柄木、先ほどの言葉の意味を説明しろ」

 

 肩をすくめつつ、弔は改めて口を開いた。──"怪盗スカーレット"からの予告状。同じ称号を名乗る者同士、その存在は彼ら全員認知していた。

 

「チッ……ンでよりによって今日なんだよ」

「まァ気持ちはわかるけど、先越されるよりはマシだろ。何せスカーレットの狙いは、──"Prends-le dessus(楽しくいこうぜ)"だからな」

「えっ……」

「スカーレットは、ルパンコレクションのことを知っているのか?」

「さあ……まァ知るすべがないワケじゃないからね。国際警察のどっかから洩れたか、あるいは……」

「ギャングラー、か」

 

 ギャングラーから情報を得ているのか。──あるいは、スカーレット自身がギャングラーか。

 

「それより、どうするん?あれじゃ侵入するのもひと苦労だよ〜……」

「──なら、待ち構えてりゃいい」

「!」

 

 勝己の発した言葉は、彼にしては意外なものだった。

 

「そいつが失敗して捕まったンならその隙に乗じて、成功したならとっ捕まえて横取りする」

「なるほど、スカーレットちゃんを利用するってワケやね!」

「どうでもいいけどたぶん男だぜ、スカーレットって」

「えっそうなん!?スカートみたいな名前やしてっきり……」

「……本当に雄英志望だったのか?」

 

 そんな会話を繰り広げたあと、快盗たちは機を見極めるべく散開した。スカーレットが予告した時刻まで、それほど猶予はない。

 

 

──そうしている間にも、博物館内外の警備網は盤石になりつつあった。

 

 その中心、"楽しくいこうぜ"が展示された特別展示室内を守るのは、ツーマンセルのプロヒーロー。とはいえその表情は、どちらも気の抜けたもので。

 

「ホントに来るのかね、スカーレットのヤツ?」

 

 ふぁ、と欠伸混じりにぼやく青年ヒーロー。若く血気盛んな彼は、こんな退屈な任務に駆り出されたことに不満を覚えているらしかった。

 対して、隣に立つ同僚が、

 

「まあ、そう言うなよ。これでも飲んでさ、のんびり朝待とうぜ」

「お、気が利くなぁ。サンキュー」

 

 渡されたコーヒーの缶に、彼は嬉々として口をつけた。甘さと苦さの同居する温かい液体が、嚥下のたびに喉を潤していく。

 

「ふぅ……あったまる。あれ、おまえは飲まないのか?」

()はまだいいよ。ひと仕事終わってからで」

「……?」

 

 ひと仕事……怪盗の捕縛のことを言っているのか?いやそれ以前に、この同僚は自分を"僕"などと称しただろうか。

 違和感を覚えた矢先、不意に視界がぐらりと傾いて。

 

「あ……れぇ……?」

 

 がくんと腰から力が抜け、彼はその場に尻餅をついていた。

 

「効いてきたみたいだね」

「お……おま、へ……」

 

 同僚じゃない──いったい、誰だ。霞む思考でようやくその事実にたどり着いたが、もう、何もかもが遅いと言うほかなかった。

 

「おやすみ、ヒーロー?」

 

 そんな言葉を聞いたのを最後に、彼の意識は途絶えた。

 

 

「さあて、と……」

 

 邪魔者の排除を果たした"ヒーロー"は、ニヤリと唇を歪めるや己の()()()()()

 露になったのは、鼻から下を牙のような金属製のマスクで覆った青年……いや、少年か。すぐさま捻れた黒髪をフードで覆うと、彼はアクリルに包まれた"標的"へと手を伸ばした──

 

 

 それから約一分後、外を見張っていた面々にとってはなんの前触れもなく、ガラスの砕け散る音が響き渡った。

 

「!?」

 

 次いで、警報。振り向いた一同は、夜半の闇に翔ぶ影を見た。

 軽々と建物から建物に飛び移っていく"それ"──慌てて追跡を開始する面々だったが、そのスピードの差は歴然としていた。

 

 あっという間に遠ざかっていく博物館を背に、少年──怪盗スカーレットは笑みを浮かべていた。その懐には間違いなく、かのルパンコレクションが仕舞い込まれている。

 

「ふふ、ふふふ……っ」

 

 その価値を、彼はよく知っていた。居ても立ってもいられなくなり、雑居ビルとビルの隙間にいったん降り立つ。そして、改めてそれを見下ろした。

 

「やった……!これで、やっと……」

 

──願いが、かなう。

 

「──おい、スカなんとか」

「!」

 

 はっと顔を上げれば、路地の入口に人影が堂々と立ち尽くしていた。街灯を背にしているゆえに、その表情は見えない。……いや、仮面を被っているのだ。そして闇の中でも爛々と輝く、赤のタキシード。

 その姿、スカーレットもまた認知していた。

 

「……きみ、()盗?」

「わかってンなら、話は早ぇ」

 

 快盗ルパンレッド──勝己は、相手に対して手を差し出してみせた。その行為、親善を表すものであるはずがない。

 

「よこせや、それ」

「……ハァ、きみらもこれ狙いか」ルビーのような紅い目が、じろりと向けられる。「断るって言ったら?」

「は、………」

 

 そんなこと口に出して答えるまでもないとばかりに、勝己はもう一方の手に持っていたVSチェンジャーを躊躇なく発砲した。

 

「ッ!」

 

 足元を飛び散る熱に、スカーレットは息を詰めながら後退する。だが、彼も場数を踏んできている。すかさず彼も隠し持っていた銃を取り出し……敵の、頭めがけて引き金を引いた。

 

「!」

 

 咄嗟にかわす勝己。壁に触れた光がスパークするのを認めて、その正体を悟った。

 

「……テーザーガンか。ンなモンで武装したつもりかよ?」

「本来そういうものだろ、怪盗って」

 

 日がな街中で死闘を繰り広げているほうが異常……その主張は、わからないでもない。まして自分たちは、巨大な鋼機まで道具としている。

 

 それもこれもすべて、ルパンコレクションを手に入れるためだ。そして必ず、願いをかなえる──

 

 と、スカーレットがいきなり走り込んできた。強行突破を図ろうというのだろうか。狭い路地で撃ち合うのは共倒れの危険がつきまとうから、その判断は誤りではない。相手が自分でなければと、勝己の中では注釈がつくが。

 

「ふッ!」

 

 打擲を繰り出すスカーレット。その拳を左手で受け止め、右手で二の腕を掴むと、勝己はその身を力いっぱい投げ飛ばそうと試みた。

 しかし相手もそんなことを許すつもりはなく、態勢を崩される途中で蹴りを勝己の横腹に叩き込んだ。

 

「ッ、てんめェ!」

 

 掠った程度、大した痛みもないが勝己は苛立った。反撃とばかりに跳躍し、顔面めがけて回し蹴りを見舞う。果たしてそれは顔を突き穿つには至らないものの、口許を覆う覆面を直撃した。

 

「ッ、ぐ……」

 

 よろめき、後退するスカーレット。弾みでフードが外れ、その顔が完全に露となる。

 

「──!」

 

 刹那──勝己は、息を呑んでいた。捻れた頭髪に、年齢不相応な童顔。勝己の脳は、あらゆる命令を肉体へ送ることを拒否した。

 

「……デ、ク?」

「……ッ、」

 

 ぎりりと歯を噛みしめたデク……もといスカーレットは、その場に煙玉を叩きつけた。もうもうと立ち込める白煙の中に、その姿が溶けていく。

 

「……デク……!」

 

 返答は、なかった。

 

 

 

 

 

 

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