時は、ナリズマ・シボンズの一件があった翌日に遡る。
「大量失踪事件の被害者が、ギャングラーの擬態に使われていた……だと?」
死柄木弔によってもたらされた情報に、快盗たちはそれ以上の句が継げなくなっていた。
「……ああ。連中は、"化けの皮"って呼んでるらしい」
「呼び方なんざどうでもいい。擬態に使われた人間は……この世にもう、いねえんだな?」
勝己としては婉曲的な表現だった。同時に、明快に是非を問うかたちは彼らしくもあり。
ゆえに弔は、頷くだけでその問いに応じることができたのだった。
「……それじゃあ、デクくんと焦凍くんは……もう──」
「今まで、ふたりの姿をしたギャングラーには出逢ってないんだろ?まだ、"化けの皮"にはされていない可能性もある」
それが楽観的な見通しにすぎないことは、弔自身よくわかっていた。これまでの戦いによって、ギャングラーの絶対数は残り少なくなっている。それでも未だ潜伏を続けている構成員はいるし、擬態に使われていないからと化けの皮になっていない保証もない。──すべては、黒幕たるザミーゴ・デルマ次第だった。
「ザミーゴを倒しゃ、はっきりする」
静かな、それでいてよく通る声だった。
「どうせ、俺らのやるべきことは変わらねえんだ」
ザミーゴは必ず倒す。──ルパンコレクションはすべて、奪還する。
もしもデクたちが、既にこの世に亡くとも。
「──絶対に、取り戻す……!」
「レッド!」
仲間の声に、勝己は意識を現在に引き戻された。
振り向けば、身軽に駆け寄ってくる三つの姿。その表情に少なからず焦りが浮かんでいることを、どこか他人事のように思う。
「……遅ぇ」
「言っている場合か!怪盗スカーレットが緑谷出久の姿をしていたというのは、間違いないのか?」
「……ああ。髪型とか目の色とか、細けぇとこは違ってたけど」
「じゃ、じゃあ他人の空似だったんじゃ?」
「どうかな、その"細けぇとこ"を変える方法はいくらでもあるから。カラコン入れるとか」
お茶子の発言も、弔の言うことも一理あった。そもそも夜の闇の中での邂逅だ、視力の良い勝己といえどディテールがわかるはずもない。
(でも……あれは、デクだった)
間違えない。自分が、間違えるはずがない。
「爆豪くん!落ち着いて……!」
唐突に、お茶子がそんなことを言い放った。いったい何を言っているのか。自分はすこぶる冷静だ。デクの生死がどうあれ、すべきことは変わらないのだから。
「勝己!」
今度は、炎司の声。──それでようやく勝己は、自身の呼吸がこれ以上はないほど荒ぶっていることを自覚した。
「は……は、はぁ……はぁ……ッ」
必死に呼吸を整え、気を落ち着ける。それを待って、弔が改めて口を開いた。
「……スカーレットの手口、ギャングラーにしては甘すぎる。ヤツが何者かは、捕まえてみないことにはわからないさ」
「たっ確かに……。ギャングラーならもっと、ドカーン!とやってババーン!と盗みそうやもんね!」
「だが、我々が捜すには警察やヒーローが邪魔だ。奴も既に遠方へ逃げているかもしれん」
「まァな、でもコレクションを盗られた以上、猶予はない。俺はこれから国際警察に戻って防犯カメラの映像を探ってみる。発見次第連絡すっから、きみらはいったん帰れ」
「……わーった」
一同が一瞬目を見開くくらい、勝己らしからぬ素直な首肯だった。彼の精神状態が不安に感じられたが……それは決して他人事ではないのだと、炎司は思い知らされた。
(焦凍……)
息子がまだ無事でいるのか否か……確証は、ない。
*
包囲網から悠々と逃げおおせることに成功したスカーレットは、そのまま隠れ家としている廃ビルの一室に帰還を遂げていた。"本番"は成功した──にもかかわらず、その表情はどこかすぐれない。
「……まいったな、顔を見られるなんて」
僕としたことがと、ため息をつく。相手は同じく追われる身のルパンレンジャーだが、だからこそどのようなアプローチを仕掛けてくるかわからない。既に目的は達したようなものだと思っていたが、この失態は後々大きな障害となる予感があった。
「……大丈夫。必ず、やり遂げてみせる」
「僕にはもう……それしかないんだから」
*
──デク……!
呼びかける声に……怪盗スカーレットに扮した"デク"は、くつくつと嘲った。
──残念だったね、かっちゃん。
──"デク"なんて人間……もう、どこにもいないんだよ。
目の前の"デク"の姿が、ぶくぶくと膨れあがり……弾ける。飛び散る血飛沫とともに現れたのは、見るも悍ましい醜悪な化け物だった──
「──ッ!!」
全身がぐわっと熱を帯びるような錯覚に、声にならない声をあげて勝己は飛び起きた。視界に慣れ親しんだジュレの風景が広がり、たった今見たものが現実でないことをかろうじて認識する。
荒ぶる吐息。それを自覚するにつれ、心身が急速に冷えていくのがわかる。──悪夢を、見た。
「は、………」
勝己は自嘲した。デクに瓜二つの怪盗が現れたというだけで、ここまで我を忘れるとは。彼が生きている可能性を見出したこと自体、つい先日のことであったというのに。
外を見遣ると、空はまだ薄暗い。時間を確認しようとスマートフォンに手を伸ばしたところで、それが無慈悲に震えた。
「!」
発信者を確認もせず、即座に受話する。ほとんど反射的な行動だった。
『
*
深夜に来て夜明け前に去るという迅雷ぶりで、弔の来訪が宿直の鋭児郎に気づかれることはなかった。それは幸いだったかもしれない。思いつめた鋭児郎が、いよいよ"それ"を問いただしたかもしれないので。
「……バクゴーたちのこと、もう一回調べてみるべきかもしれねえ」
そんな彼の言葉を聞いたのは出勤してきた塚内管理官以下、警察戦隊の面々だった。当然彼らは、困惑した表情を浮かべていて。
「この前の一件で、二年前の集団失踪事件がギャングラーの仕業だってわかったろ。それから、ずっと考えてたんだ」
「エンデヴァーの末の息子が、たしか被害者だったな」
「エンデヴァーだけじゃない。バクゴーも……」
声を詰まらせつつ、鋭児郎はキーボードを叩いた。それに合わせて、モニターに詰襟姿の少年の姿が映し出される。無造作な緑がかった黒髪に、こぼれ落ちそうな大きな翠眼がまず目に入った。
「この子は?」
「──緑谷出久、当時14歳。行方不明者のひとりだ」
「当時14ってことは、爆豪と同い年か……」
「それだけじゃねえ。あいつ、前に話してくれたんだ──"デク"って、幼なじみのこと」
「!」
デク──出久。
「この子のことを話してるときのバクゴー、すげえ思いつめた顔してた」
「幼なじみが失踪したというなら……それも、当然かもしれないな」
確かに、その通りだ。──けれど、それだけだろうかとも思う。無個性でありながらヒーローであろうとし続ける彼を、勝己は"クソみてぇ"と断言した。そもそも"デク"の呼び名自体、木偶の坊からとったもので。
勝己は彼を、慈しんではいなかった。むしろ悪意をもって、傷つけ続けてきたのではないだろうか。だから彼が消えた今、自ら犯した罪に苦しみ続けている──
「三人中……ふたりが失踪した人間の関係者か」
「だが、それと快盗として活動することがどう繋がる?ルパンコレクションを入手することで、何が……」
「……"これしかないから快盗やってる"。
そして、デストラ・マッジョとの決戦では。
──決めてンだよ……!死んでも、願いはかなえる!
「あいつらの"願い"っつーのがその幼なじみや息子を取り戻すことで、ルパンコレクションを取り返すことでそれがかなうんだとしたら?」
「……ッ、」
その可能性を、誰も否定はできない。むろん、手放しで肯定できるものではない。──ゆえに鋭児郎が最初に言った通り、調査をやり直すということに繋がるのだ。言葉にするまでもなく、より徹底した形で。
ただそれは、即座に遂げられることはなかった。──このあと、国際警察は再び揺さぶられることとなる。鎖に繋げたはずの、あの男によって。
*
少年は朝の街を、目的地へ向かって歩いていた。赤みがかった黒髪が長く伸び、右目を覆い隠している。漆黒のダッフルコートにジーンズといういでたちは、ただでさえ地味な容姿の彼を過分に街へと塗り込めていた。
それは当人の好みではあったが……何より、明確な意図があってのものでもあった。──夜陰に乗じて、"怪盗"などと名乗っている身の上である以上は。
ただ、それもきょうまでだ。目的を遂げ、怪盗として活動を続ける理由はなくなった。
「………」
そして彼は、とある総合病院の前に立ち尽くしていた。既に幾度となく、無意味に訪れた場所。それも、きょうで終わる──
ここを訪れるとき、彼はただあるひとりのことだけを想っている。ゆえに彼は、自らを目指して迫る気配に気づくことができなかった。
「──ッ!?」
柱の陰から伸びてきた腕に襟首を掴まれ、少年は立体駐車場に引きずり込まれた。
「見つけたぜ、スカーレット……!」
「!、きみは……」
自らを壁に押さえつける少年──勝己を認めて、彼は目を見開いていた。だってその顔かたちは、あまりに──
「目が、覚め……いや違う、そんなわけ……」
「ごちゃごちゃ喋んな……!訊かれたことにだけ答えろや……!」
「……ッ、」
「てめェが、デクを殺したンか……!?ンでその皮を被ってやがんのか!?──答えろ!!」
「何、言って……──そうか、きみは……」
昨夜、ルパンレッドも自分の素顔を見て言っていた。──"デク"と。
「……人違い、だよ」
「ア゛ァ!?」
「僕はその"デク"って人じゃない。……きみが僕の"かっちゃん"じゃないように、ね」
刹那、勝己は見えない力に引っ張られるようにしてスカーレットから引き剥がされていた。当惑する勝己に、彼は告げる。
「ごめん。個性を使わせてもらった」
「……てめェは、」
「僕は、
*
赤谷海雲と名乗ったデクに瓜二つの少年は、逃げも隠れもせずそのまま病院に入っていった。追う勝己の内心は、未だ半信半疑。彼は立ち振舞いまでデクの面影を感じさせる、他人の空似とは片付けがたい。しかしギャングラーの擬態であればむしろ、言動まで似通うことはないとも思う。──結局何者なのか、考えれば考えるほど深みに嵌っていく。
そうして思考の底に沈みつつ、海雲の行動にのみ警戒心を向けていた勝己は、すれ違う看護師たちの驚愕に満ちあふれた視線に気づくことができなかった。
「──ここだよ」
不意に立ち止まった海雲の言葉に、勝己は我に返った。くすんだ赤い瞳が、じっとこちらを見据えている。
果たしてそこは病室だった。扉を開くと、薬品の匂いが鼻腔を撫でる。中央にはベッドが置かれ、様々な計器類がぐるりとそれを取り囲んでいる。その意味がわからない勝己ではなかった。
「お客さんだよ、……"かっちゃん"」
「!、は……?」
その呼び名は、勝己に向けられたものではなくて。
堪らずベッドを覗き込んだ彼は……刹那、言葉を失った。たくさんのチューブに繋がれ、昏々と眠り続けている少年。
いろのないその顔は──まるで鏡写しのように、勝己と瓜二つだったのだ。