【完結】Adieu au Héroes   作:たあたん

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終章
  開幕


#47 生け贄 1/3

 ドグラニオ・ヤーブンはとある人物を待ち続けていた。彼らギャングラーに厳密な時間の感覚などないが、それでも呼び出してから随分と経過している。そういう男だとわかってはいるが、思わずため息がこぼれる。

 

 と、ごとりと重い扉が開く音がする。顔を上げた彼の顔に、凍てつく風が吹きつけた。

 

「よォ、ボス?」

「待ちかねたぞ、ザミーゴ」

 

 悪びれる様子もなく、くつくつと笑うザミーゴ・デルマ。それに対して、表向き平然としたままドグラニオは口を開いた。

 

「ザミーゴ、今一度訊く。俺の跡を継ぐ気はないか?」

「ハァ?」

「組織はこの通りガタガタになっちまったが……そういうときこそ、強いヤツが頂点に立つべきだ。おまえにはその資格がある」

「資格、ねぇ」

「そうさ。俺の築いたものはすべて、おまえの思うままになる。今みたいに細々した商売なんざせんでも、一生遊んで暮らせるぞ。どうだ?」

「へぇ……」

 

 興味を示したかのように、身を乗り出すザミーゴ。そのまま首領のもとに歩み寄ると、

 

「ヤ〜だね、馬鹿馬鹿しい」

 

 真っ向から、切り捨てた。

 

「爺さん、あんただってわかってんだろ?今どき悪の組織のドンなんて、よっぽどの物好きか馬鹿のすることだ。ンな面倒引き受けるくらいなら、オレは思うがままに暴れたいね」

 

 嘲笑とともにそう告げると、ザミーゴはくるりと背を向けた。

 

「じゃ、待たせてるヤツがいるんでね。アディオス、ドグラニオ様?」

 

 そう告げて去っていく。その背を黙って見送ったドグラニオだが、やがてぽつりとつぶやいた。

 

「……そういう、モンか」

 

 

 ボスのもとを去ったザミーゴは、果たしてその配下のもとを訪れていた。

 

「よう、待たせたな。──ゴーシュ、」

 

 待っていたのは、ゴーシュ・ル・メドゥ。そしてここは彼女の本拠たる手術室であった。簡素な手術台の横に、メスや様々な薬品が置かれている。

 

「フフ……本当に良いのかしら?今でもあなた、十分強いじゃない」

「はははっ、爺さんにも言われたよ。でも、」不意に声のトーンが下がり、「ルパンレッドと戦りあうためには、オレも限界を越えないと。わかっちゃったんだ、その先にしか真の愉悦はないんだって」

 

 ザミーゴ・デルマ。いよいよ彼も、その命を賭す覚悟を決めたのだった──

 

 

 *

 

 

 

「ありがとうございましたー!」

 

 可愛らしいウェイトレスの元気な声に送られ、客人たちが笑顔で帰っていく。この店──ジュレは突然の休業や店都合での予約キャンセルが多く、それだけが欠点とレビューサイトに書かれることも多いのだが……逆に言えばこのウェイトレスの明るい接客と、気難しいが見目麗しい厨房担当の少年の料理については評価されているのだった──強面の店長については賛否両論である──。

 

「ふーっ、きょうも無事クローズドやね!おつかれさまっ!」

「おー」

「うむ。ふたりとも、ご苦労だったな」

 

 店長である元トップヒーロー・エンデヴァーこと轟炎司と、爆豪勝己。そしてこの麗日お茶子。店を取り仕切るのはこの三人しかおらず、これより減ることはあれ増えることはない。その理由が、彼女らの抱える重大な秘密に根ざしたものであることは、言うまでもない。

 

 

 そしてその"秘密"を嗅ぎつけ、逸る心を抑えられずにいる青年の姿が、店の外にあった。

 

(麗日くん……)

 

 飯田天哉、24歳。お茶子と年齢差はあるも、既に友人として親しい間柄にある。

 しかし同時に、彼は国際特別警察機構の一員だった。

 

──バクゴーたちのこと、もう一回調べてみるべきかもしれねえ。

 

──あいつらの"願い"っつーのがその幼なじみや息子を取り戻すことで、ルパンコレクションを取り返すことでそれがかなうんだとしたら?

 

 脳裏によぎる仲間の言葉を、天哉は首を振って払いのけた。

 

(確かに、切島くんの推論は頷ける。だが……彼女は、麗日くんの事情はまったく異なるじゃないか)

 

 まずもって、お茶子の周囲の人間で行方不明者は出ていない。彼女の実家はギャングラーのせいで経営していた会社を潰され、父も大怪我を負って入院したという経緯はあるにせよ。

 そしてあの、純朴な性格。あれほど自分たちパトレンジャー、そしてギャングラーをも出し抜いてきた快盗とは、どうしても重なることがない。

 

 しかし頭ごなしに反駁できるほど、天哉には彼らが快盗でないという確信があるわけではない。以前確認したアリバイも、この超常社会においては絶対的なものではないのだから。

 

──ならば今、すべきことはひとつ。

 

 

 それから数分後、お茶子のスマートフォンに一通のメッセージが届いた。

 

「あ……飯田さんからや」

「あ?」

 

 メッセージの内容は……生真面目な性格の彼らしく色々と前置きのあるものだったが、要約すると食事への誘いだった。

 

「ま、マジか〜……」

「……どうするんだ?」

「う〜ん……明日お店も休みやし、行こっかな!」

「はっ、手ぇ出されそうになっても助けてやんねーぞ」

「飯田さんはそんなことせえへんもん!」

「どーだかなァ」

 

 愉しそうにお茶子をからかう勝己は、今このときばかりはごくふつうの少年だった。そのために軽薄な男に貶められる天哉は哀れであったが。

 

「まったくもう!私もう寝るっ」

 

 ぷくりと頬を膨らませたお茶子は、そう言い捨てると二階に上がっていってしまった。寝るにはどう考えても早すぎる時間帯なのだが。

 

「……で、随分そわそわしてンじゃねーの。炎司サン?」

「……む、」

 

 どうするとしか訊かなかった炎司だが、勝己にしてみれば普段と様子が違うのは一目瞭然だった。

 

「娘の心配するオヤジになってっぞ」

「……あの男がお茶子に手を出すとは思わん。だとしても、こちらからこれ以上深入りすべきではない。貴様だってわかっているはずだ」

「………」

 

 親密になればなるほど、秘密を抱えていることが苦しくなる。まして、お茶子のような善良な人間ほど。

 

「でも、あんたも止めなかったろ」

「それは……」

「ンな心配ならストーカーでもすれば?マジの娘なら二度と口きいてもらえねーだろうけど」

 

 実際に娘がいる炎司に対して、からかうつもりのひと言。お茶子に対するそれと同じく冗談のつもりだったのだが、残念なことに炎司の父親としてのスキルは底辺も同然で。

 

「……わかった」

「は?」

 

 わかった、とはどういう意味か。それは程なく判明し、勝己は自身の発言を悔いる羽目になった。

 

 

 *

 

 

 

 翌日。半休を入れていた死柄木弔は、正午前にオフィスへ出勤した。入室した瞬間、普段とは空気が違うことを肌で感じる。緊張、警戒──まるで自分が来日して間もない頃のようだった。

 

「Bonjour、何かあった?」

「お、おう。おはよう死柄木」

「何もないよ、今んとこ平和」

 

 ということは、少なくとも厳戒態勢下ではない。

 

「そういや、飯田氏は?」

『!、飯田さんはぁ……えっとぉ……』

「──非番だ。所属が違うとはいえ行動をともにするんだから、スケジュールくらい確認しなさい」

「オーララ……」

 

 叱られてしまった。肩をすくめる弔だが、この硬い空気が天哉の行動を主因とするものなのかまでは読めなかった。

 

 

 *

 

 

 

 ちょうどその頃、天哉は待ち人と合流しようというところだった。

 

「飯田さ〜ん!ハァ……おまたせ!」

「う、うむ。こんにちは、麗日くん」

 

 会釈しつつ、自分よりひと回り小柄な少女の出で立ちを観察する。改めて見れば──確かに、ルパンイエローと背格好は似ている。ただそんなことはとうの昔にわかっていて、それでも違うものは違うのだと決めつけていた。

 

「?、どうかした?」

「!、……あぁいや、急に誘って申し訳ない。迷惑ではなかったかい?」

「迷惑だったらテキトーに理由つけて断るよ!そんなことより飯田さん、きょうはどこ連れてってくれるん!?」

「うむ、そうだな──」

 

 連れ立って歩き出すふたり。童顔のお茶子だがきょうは相手に合わせて大人びた服装をしているので、お坊ちゃん学生といった風情の天哉と並んで歩いていても違和感がない。

 それがかえって、陰で様子を窺う男をやきもきさせるわけで。

 

「………」

「……おいクソオヤジ、ンで俺まで行く流れになってんだよ」

「お茶子に何かあったらどうする」

「どっちの心配してンだか」

 

 とはいえ、こうなればもう乗りかかった舟である。帽子と伊達眼鏡、マスクで変装を施すと、ふたりは追跡を開始したのだった。

 

 

 *

 

 

 

 炎司の不安視したようなことが早々に起きるはずもなく、天哉の予約したレストランにふたりは入った。勝己たちもあとを追って入店し、死角となる席から様子を観察する。

 

「ん〜、おいひぃっ」

 

 メインディッシュに舌鼓を打つお茶子。その小さな身体のどこにそんな入るのかというくらいに彼女は食欲旺盛である。幼い時分、父の田舎に遊びに行くと非常に歓迎され、可愛がられたことが思い起こされる。祖父母というものは、とかく孫に食べさせたがるものなので。

 

「良かった。爆豪くんの料理で舌が肥えているだろうから、口に合うか心配だったんだが」

「んふふ、それ、爆豪くんが聞いたら喜ぶよ!意外とそーいうカワイイとこあるんやから」

 

「……だそうだぞ、勝己?」

「あんの丸顔……」

 

 盛大に顔を顰める勝己だが、当然怒鳴りつけられようはずもなく。

 食事しつつ、とりとめもないもない雑談を続けるふたり。しかしややあって、不意に思い立ったような調子で天哉が切り出した。

 

「そういえば麗日くん、きみは中学を卒業してからずっとジュレで働いているんだったな」

「あ……はい」

「実家は三重だそうだが、どうしてこちらに出てこようと思ったんだい?」

 

 お茶子の表情が一瞬強張る。どうしてといえば、快盗稼業のためだ。ギャングラーの分布は日本国内でも首都圏に集中しているので、拠点は関東にあったほうが都合が良い。

 ただ、当然そうとは答えられず……ゆえに彼女は、嘘をつかざるをえない。

 

「ちゅ、中卒で雇ってくれるところって限られてるし……。条件が良ければ全国どこでもって思ってたら、ジュレのオーナーから声かけていただいたんです」

「そうか……ご家族のこともあるものな。元気にしてらっしゃるかい?」

「はい!おかげさまでお父ちゃ……父も、だんだん良くなってきてるし」

「それは良かった。……しかし形は違えど、ギャングラーの被害者たちがひとつの店に集まるとはな」

「えっ……?」

 

「爆豪くんたちも、ギャングラーに身近な人を奪われたんだろう?」

「──!」

 

 そのときだった。お茶子の携帯電話が、ポケットの中で振動したのは。

 

──すぐ店のトイレに来い。

 

「!」

 

 当の爆豪勝己からのメッセージ。なぜ彼が、と疑問は持ちつつもお茶子は立ち上がった。

 

「ごめん飯田さん……ちょっとお手洗い」

「うむ、行ってらっしゃい」

 

 淀みない声に送られ、お茶子は店の奥に入った。果たして通路の窪みのような空間に、ふたりの男の姿があって。

 

「ちょっ、なんでふたりしてついてきてるん!?」

「ンなこたぁどーだっていいンだよ」冷たく切り捨て、「……サツども、また俺らを疑ってやがる」

「!」

「あの男、明らかに探りを入れている。おまえなら与し易いと考え、誘い出したのだろう」

 

 無論、個人的な誘いをかけやすい関係同士だったというのもあるだろうが。

 

「そんな……なんで、」

「理由は後だ。まだ前のアリバイが崩せていないから、正面から踏み込んでこないのだろうが──」

「もう時間の問題だっつの。……とにかくこの場はテキトーにやり過ごせ。対策は戻って考える」

「う、うん……わかった」

 

 先ほどまでの愉しい気持ちは完全に消えうせていた。──正体が、露呈する。それはつまり、

 

(ジュレに……いられなくなっちゃう……)

 

 隠れ蓑でしかなかったはずのそれは、確実にお茶子の心に根づいていて。

 

 

 席に戻ったお茶子を迎えた天哉は、険しい表情で携帯電話を手にしていた。

 

「──了解しました。現地で切島くんたちと合流します!」

 

 通話を終え、途端に申し訳なさそうな表情を浮かべる。事情は、それでおおかた察することができた。

 

「ギャングラー……ですか?」

「……うむ、すまない。行かなければ」

「気を……つけてね」

「ありがとう。きみも気をつけて、まっすぐ……まっすぐ帰るんだぞ」

「……うん」

 

 罪悪感が滲み出すのを自覚しながら、お茶子は小さく頷く。果たして天哉は、そのまま走り去っていった。その際、伝票を浚っていくのも忘れない。頑固な青年だけれども、常に相手への配慮を欠かさない。この一年間、ずっとそうだった。

 天哉が去ったのと入れ替わるようにして、仲間たちがやって来て。

 

「地獄に仏だな。我々も行くぞ」

「………」

「……どうした、お茶子?」

 

「……ごめん。私、きょうは……」

「行きたくねえってか?」

「だってっ!……だって飯田さん、疑ってないから。国際警察は疑ってるかもしれないけど、飯田さんは私を信じようとしてくれてる……。それなのに私、ずっと、騙して……」

「それが、快盗だからな」

「わかってる!わかってるけど……」

 

 お茶子の苦しい胸のうちが披瀝される中──不意に、冷たい風が彼女らの頬を撫でた。

 

「──!」

 

 振り向いた三人が目の当たりにしたのは、ガラス越し数メートルの距離を揚々と歩いていく青年。寒々しい色合いのポンチョとソンブレロを纏ったその姿は──

 

「ザミーゴ……!」

「!、あれが……」

 

 炎司とお茶子にとって、人間態を目撃するのは初めてのこと。しかし勝己がそう呼んだという事実そのものが、彼らにとって絶対的な信憑性を帯びていた。

 

「……ターゲット変更だ。サツのほうは死柄木に任せんぞ」

「うむ。……お茶子、どうする?」

 

 お茶子の心は決まっていた。

 

「──行く!ふたりの願いがかなえば、あとは……あとはどうにだってなるから……!」

 

 それが、自分の未来に繋がるものでないとしても。

 

 

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